153 目標確保
風の魔法でふわりと上空に上がる。
「さて、ジェイドはどこに行ったもんだかね?」
一つぼやいて辺りを見回したが流石に視界では彼を見つける事は出来ない。
カインローズは目を瞑り、意識を集中してジェイドの気配を探り始める。
「んじゃ探しますかね……」
しばらくして彼のセンサーに引っかかる物を感じた。
「あー……どうしよう……」
そうぼやいたジェイドの独り言を彼の尋常ならざる聴覚はしっかりと捉えていたのだった。
それさえ掴めてしまえば後はその方向に向かって距離を縮めて嗅覚の方で追いかける。
そうして野生味溢れる能力を如何なく発揮した結果目標を捕捉する事に成功する。
彼は元の位置から数キロ離れた場所に隠れる様にして立っていた。
やたら甘い匂いのするそこは、菓子屋の屋根の上だった。
実の所カインローズとしては地上に逃げられた方が探し辛い。
それは雑多な音と匂いが溢れている分、聞き分けるにしても嗅ぎ分けるにしても大幅に範囲が窄まる。
しかしジェイドが空に逃げたのを見ていた分、大まかな方向も分かっていたしカインローズの能力を発揮できる方に行ってくれたのはラッキーと言える。
空には邪魔な音が極端に少ない。
ましてやアシュタリアの街はシュルクの街と比べると静かなように思える。
勿論シュルクやベスティアが疎らにしかおらず賑わっていないという意味では無い。
獣の特徴を持つベスティア達は大きな音に敏感な者が多い為、必然的に無駄に大きな音が無いのである。
そんな訳でカインローズは何やら悶々としている男の背後を容易に取る事となった。
きっと本来ならば背後を取らせるような真似を彼がする事は無いと思われる。
つまり動揺している今だからこそ出来る事なのだ。
ジェイドに対して言えばサエスで飲み食いした仲なので、もう友達のカウントである。
カインローズの友人の垣根の低さは相当だろう。
悪戯心も含めてカインローズは敢えてこちらの存在に全く気が付かなかったジェイドに対して大声で声を掛ける。
「よう! そこのジェイド、俺と茶でもしばかねぇか?」
極上の笑みを浮かべたカインローズは、そう声を掛けるのだが声を掛けられた方は少し間を置いてから諦めた感じで勢い良く振り返る。
「う、……っわぁ……予想通り君か……リーンフェルトはいないだろうな……?」
カインローズから見てもこれは酷い怯えようとである。
なんと言うか新兵が訓練を終えて初めて戦場に立った時の駄目な反応の方というかなんというか。
ちなみに良い反応の方は戦意が向上している状態である。
一度心が折れると元に戻すのが実に面倒なのだ。
動かなくなって只管防御に徹する兵士など使い物になどならない。
しかしだ。
あの圧倒的な力を持つ魔導師がこうも怯えているのを見て、思わずニヤニヤしてしまったのは仕方のない事だと思いたい。
少々不機嫌そうな顔であったがあたりを数度程キョロキョロとリーンフェルトが近くにいないかを確認したのだろう。
そしていない事が分かれば次第に落ち着いてきたらしく、普通に話し始めた。
「もう……何追い掛けて来てるんだ、さっさと何処か行けよ……リーンフェルトに見付かったらどう落とし前付けてくれるつもりなんだ。大体何で俺が君と茶なんかしばかなきゃならないんだよ……美女に性転換してから出直してくるなら考えてやらなくもないけど……」
仮に性転換を果たしたとしても、カインローズはきっと美女とは呼ばれる事はない。
何故ならはち切れんばかりのムキムキとした筋肉を誇ったまま女性になるに違いないのだから。
ジェイドの好みがそういう方向であるのであれば、美女認定を受けるかもしれないがどう考えてみても女になった自身の姿を想像出来ないカインローズとしては酷く無理な注文だなと思うばかりだ。
それはさておき今は合コンに誘う事が第一の目的である。
ジェイドの皮肉にユーモア溢れる回答をしてやろうと頭を捻ったカインローズだが結局思い浮かばず、せめて誘いに乗ってきそうな言葉選びで返事をした。
「はっはっは! 面白い事を言うな。美女ならいるから安心しろ。ただそれには時間がかかるから、後でお前んとこに遣いを出すからよ。ちゃんとおめかししてこいよ?」
「いや意味が分からない。茶をしばくのに時間がかかるってのもな……遣いってどういう事だ?」
「俺と二人きりじゃ不満なんだろ? だから美女を用意してやるってんだ。それならいいだろ?」
男と二人で昼間からってのはサエスの時にやったが、今回は別にそれが目的ではない。
それにジェイドはリーンフェルトの関係者であるカインローズの誘いへの警戒は相当な物だ。
「その美女って……リーンフェルトとかの事を指してる訳じゃないよな?」
「はっはっは! それは来てからのお楽しみってな」
当然の様にリーンフェルトの有無について確認をしてくるジェイドから、逆に目を逸らさずに笑って見せる。
カインローズとしては内心ばれていないかどうかヒヤヒヤ物である。
必死に表情に出ない様に気を付ける。
確かにリーンフェルトは面子に入っている、むしろメインの一人だ。
しかしバラしたら絶対にこの男は来ない事も分かっているのでカインローズは素知らぬ顔でとにかくはぐらかす。
その努力が実ったのかどうかは定かではないがジェイドの首が縦に動いたのは実に僥倖である。
「…………分かったよ。遣いを出す……って事は今俺らがいる場所も知ってるのか。一応皇帝の息が掛かった建物だから、妙な真似はしてくれるなよ」
その言葉を聞いてカインローズは妙に腑に落ちた感じがした。
どうやら説得が上手く行ったとかそういう類ではないみたいである。
つまりジェイドは居場所も何もかも押さえられている上に、逃げ場がないと勘違いして諦めたのではないだろうか。
最後に皇帝の息の掛かったという保険まで掛けて、リーンフェルトが襲ってくる事への盾としているのだ。
確かにリーンフェルトは短気な部分があるとはカインローズも思うのだが、今回は話し合いがメインだ。
出来ればジェイドとリーンフェルトの蟠りが少しでも解れてくれれば良いと思っている。
それさえ何とかなればリーンフェルトの謝罪したいという願いも、妹との静かな喧嘩にも終止符が打てるだろう。
大体普段からぶっきら棒な表情なのに、今はどんよりとオーラすら暗いから正直話しかけ辛くもある。
気分転換も大事だろうし、ジェイド達と鉢合わせする様に仕組んだのもカインローズだ。
「安心しろ。別に事を荒げようとは思ってねぇんだ。遣いを安全な奴をやる予定だ」
「それは当たり前だろ……一応君の事は信用してやってもいいなって気になってきたところなんだから、失望させないでくれよ」
「ああ分かった、しっかり準備しておけよ!」
そう言うと風の魔力を生み出して一気にその場から離脱する。
言質はしっかり取った。
後は遣いの人選くらいなのだが、そんなものは後から考えればいい。
アシュタリアの関係者ならば、怪しまれる事もなく遣いとして機能する。
引っかかるのはせいぜい皇帝所有の建物という事くらいだろうか。
遣いの格式?
皇帝家への作法?
「それなりの人選が必要だってか? だがま、何とかなるだろう」
一気に心配事が減ったカインローズは少々魔力を強めて勢い良く空に舞った。
――その後帝都上空を勝手に飛び回った為に警備隊に捕まり、一時間ほど説教を受けるのはまた別の話だ。
「お前なぁ……何やってんだよ! こっちが恥ずかしいわ馬鹿者め!」
さらに屋敷に帰ってからもアベルローズに叱られ散々ではあったが、ようやくカインローズの思い描くお節介は結実へと向かっていた。