152 兎を追う者
話には聞いていたが、まさかこんなに早く出会える機会に巡り合えるとは。
これが運命の悪戯というものか。
遠巻きに聞こえた叫び声は聞き覚えのある声だった。
反射的にその方向に視線を向けると、兎耳のベスティアなりきりセットを身に着けているシャルロットと目が合った。
だがしかしその矢先に目を逸らされる。
向こうは姉であるリーンフェルトも認識したようで、彼女の後方にいた狐面の男は恐らくジェイドだろう。
シャルロットが気が付かないうちにさっさと上空に逃げてしまうのがこちらからでは丸見えである。
一方傍ではリーンフェルトも叫び声に気が付き声を上げたが、誰が声を上げたかまでは認識できていないようだった。
ならばここはおせっかいな計画を進めても良いのではないか。
そう判断したカインローズの行動は早かった。
「あれは……リン。ちょっと昔の馴染みを見つけた。髪飾りは好きなのを買って良いからな」
そう言って凄い勢いで走り出す。
明らかに行動がおかしいのだが、リーンフェルトもカインローズとの付き合いが長いせいか特に気にも留めなかった。
「カインさんがおかしいのはいつもの事ですし」
そう言って手に取った翡翠があしらわれた簪と瑪瑙と螺鈿があしらわれた櫛とを手に取り悩み始めたのだが、カインローズは肝心の財布を置いて行かなかった事に気が付き走って行った先に目をやるとそこには見覚えのある少女の姿があった。
「シャル……?」
その存在に気が付いたは良いものの何を話したらいいか分からず、気まずさのあまりに容易に近づく事が出来ないリーンフェルトはそのまま立ち尽くしてしまった。
なぜシャルロットがアシュタリアにいるのかと考えれば、答えは直ぐに思いつく。
「皇帝はカインさんの進言を呑んで、グランヘレネから呼び寄せたというところですか……」
そうは言って見たものの、動揺のあまりに一歩も足が進まない。
このまま近寄り普通に話しかける事が出来れば、多少は関係を修復する事が出来るのではないか。
その思いと同時に無言で拒否されてしまうのではないかという不安は圧倒的に不安の方が勝っている。
だからカインローズが何をするのか、じっと見守る事しか出来なかったのである。
さてリーンフェルトが気が付いてしまったとは露知らず、カインローズは人混みに紛れて逃げようとするシャルロットを追っていた。
追っているのが分かったのだろうかシャルロットはふと足を止めて後方を振り返ったのだ。
これはチャンスとまず手首を握り彼女を拘束すると、思っていた展開とは違ったのだろうシャルロットはその大きな瞳を一層大きく見開いて驚いていた。
ここでまずしくじる訳にはいかないと、至って真面目な表情を作ったカインローズは彼女をこう誘った。
「合コンしよう」
目的は最終的にそれなのだが、前段を端折りすぎて何を言っているか分からないシャルロットはその言葉足らずの誘いに対して一言返すのがやっとな状態だった。
「えっ……だ、誰とですか…………」
その反応を見てやっと自身の言葉が足りない事に気が付いたカインローズは、面子についての不安を抱くシャルロットに対して安心させるべく回答する。
「あ、あぁお前の姉ちゃんとだが、なんか問題あったか? そうだな二対二だと少し気まずいな。そこは俺が適当なの見繕っておくぜ」
シャルロットの表情は完全に思考が停止したように、なまじ呆れが多分に含まれた物となっている。
何かおかしな事を言っただろうか。
身内であるリーンフェルトも揃っての参加だ。
不安に思う事もないはすだし、何よりどんなに荒れた事態になっても姉が全力で守ってくれるだろう。
もしかして二度と顔を合わせるつもりもないくらいに決裂しているなら、お節介が本当に邪魔にしかならない。
カインローズは確認の意味を込めつつ、彼女に確認をする。
「嬢ちゃんも早く姉ちゃんと仲直りしたいだろ? あいつもあの後色々あったんだぜ。ま、その辺は酒と美味い飯を食いながらワイワイやろうやって事さ」
これで彼女に事の趣旨は伝わっただろうか。
シャルロットはちゃんとそのあたりの趣旨を理解してくれたようだが、やはりリーンフェルトが参加すると言う事でその口ぶりは少々重たい。
「それは、その……お気遣い有難う御座います。あの、ええと……一応の確認なんですけど。二対二というのは……私と、貴方と……お姉ちゃ、姉と…………」
恐らくシャルロットの脳裏にはこの集りの気まずさが過ぎったに違いない。
サエスでのオリクト輸送任務の時から紡がれているリーンフェルトとジェイドの因縁も浅くはない。
更にジェイドとの遭遇時にはリーンフェルトはボロボロになるまで戦い、一方的に負けて教会に担ぎ込まれた。
かと思えばシャハルとの契約によって力を得たリーンフェルトが、グランヘレネで遭遇した時にジェイドの腕を切り飛ばしている。
そして居合わせた妹とも関係が縺れ、シャルロットを思い姉として行動すればするほどジェイドとは拗れてしまっている。
リーンフェルトの自業自得と言ってしまえば、そうである部分がある事は否定出来ない。
しかし、彼女が生真面目であるが故に任務を遂行しようとした果ての衝突であり、もし出会い方が違えば良き友人となっていたかもしれないのだ。
それは事件の当事者であり一番近くで事の成り行きを見て来たカインローズだからこそ、何とか解き解してやりたいと強く想い願う所である。
「そりゃジェイドだろ。ま、嬢ちゃん方が気まずくならんようにもう一組くらい誘っておくさ」
流石に当事者同士だけでは気まずい。
誰もが無言で葬式の様な飲み会など求めていないのだ。
であれば、緩衝材としてもう一組くらい用意するのが妥当と言えるだろう。
「先生は先程、姉の姿を見てどこかへ行ってしまいました……合コン? でしたっけ、それに呼んでも来るとは、到底思えないのです」
明らかに不安の表情を浮かべるシャルロットに了承を得ない事には、恐らくジェイドも釣り上げる事が出来ないだろう。
あいつの参加の絶対条件はシャルロットが参加する。
それ以外に無い。
だから彼女に断られる事が実は今回の合コンで最大の難関なのである。
逆に彼女が参加になってしまえばジェイドの参加は確定したも同然なのだ。
そして同時にリーンフェルトの参加も確定になる。
まず、妹であるシャルロットとの関係を修復したい気持ちがある事、その為にテーブルに着くくらいの勇気は持ち合わせているだろう事。
尤も妹と面と向かって話すのが怖いとか言うような事があれば、根性を叩き直してやらねばならないだろう。
という訳でとにかくシャルロットさえ説得してしまえば、今回の合コンは成功も同然なのである。
後は酒さえ飲んでしまえば、勢いで大体の事は何とかなるだろうとカインローズは考えている。
なので、ここは絶対の自信を持ってカインローズはシャルロットの目を見つめた。
「大丈夫だ。言いだしっぺの俺がアイツを説得してきてやるぜ」
そう言い放つのだが、言われたシャルロットからは完全に疑いの目で見られてしまっている。
「本当ですか? ……でしたら、お任せしますね。先生、どちらに逃げたのか私も見てなかったので分かりませんが……」
「奴の匂いは覚えてっから、逃がしはしないぜ。明日にでも早速やろうや!」
ここは完全に勢いに任せてシャルロットの首を縦に振らせなければいけないのだ。
それにカインローズ側からは突如として上空に向かって逃げて行ったのジェイドの姿をしっかりと視界に収めていたのだ。
逃げた方向まで完璧に押さえている。
後はあの方向に向かって全力で飛べば追いつけると言う寸法だ。
「時間と場所に関してはだなぁ……後でお前のとこに遣いをやるから、宿屋の場所教えてくれや」
「わ、分かりました……」
半ば強引に畳み掛けて了承を得たカインローズは、シャルロット達が滞在している場所を押さえて連絡が取れる様にした。
残るは逃げて行ったジェイドを捕まえればいい。
セッティングこそ強引だったがお節介焼きでカインローズが企画した合コンは、後にアシュタリアで後世に語り継がれる歴史的事件への歯車を大きく回し始めたのであった。