151 帝都ママラガン
アベルローズの案内で御神体の安置されている場所へたどり着く。
そこは城の奥に聳える塔の上にあった。
恐らく、アシュタリアの中で最も高い場所にそれは安置、というには程遠い状態でそこにあった。
「……ヘリオドールがむき出しで出てますね」
「初代様の頃はちゃんとした廟が建てられて、そこに安置されていたんだぜ。だがよ、八色雷公が始まった頃には建物は粉々に打ち砕かれたらしい。それ以来こんな感じで祀ってあるて話だな」
ヘリオドールと言えば台座とばかりに近寄っていくアウグストに、アベルローズが声を掛ける。
「気を付けてくれよ。時々そいつ放電しやがるから」
「ほう……魔力を貯め込めずに吐き出すと。確かに八色雷公は御神体の魔力が溢れて起きるとは言っていましたね」
「特にここは直下って事もあって、空が曇っていたりすると、八色雷公とは関係無しに雷が落ちて来るんだ」
「それは物騒ですね」
「だから不用意に近づくのはお勧めしないぜ、アウグスト殿」
「成程……ではリン君の能力で安全を確保しましょうか。雷が落ちてきたならば吸収、もしくは魔法で相殺してください」
事も無げにアウグストは言うがいつ落ちるか分からない雷に対処するのは至難の業である。
「分かりました」
それでも組織トップの指示である為、リーンフェルトは頷いてアウグストの先を行く事となった。
確かにこの辺りには雷の魔力が多分に漂っている様に思える。
それはヘリオドールから漏れ出た物なのか、標高故の物なのかはわからないが時折頬にピリッとした物を感じ、髪の毛が魔力に踊らされてふわふわと泳ぐ。
客観的に見るならば面白いのだろうが、そういう余裕はどうも無さそうである。
リーンフェルトが警戒しながら進むが、結局雷はリーンフェルトにもアウグストにも降る事はなかった。
アウグストはまずヘリオドールの台座を調べ、これをメモしてゆく。
どうやら今回も彼のお目当ての物は手に入れる事が出来たようである。
それが終わるとヘリオドールを観察して、鼻を一つ鳴らした。
「ふん……これは大分不味い状態ですね」
「それはどういう事ですか?」
顎に手を当てながら、そう呟くアウグストにリーンフェルトは質問を試みると、あっさりと返事が返ってきた。
「どうせ壊すのだから言ってしまっても構わないだろう。雷のヘリオドールはコントロールを失っている状態にある。それも結構な年月だ」
恐らく件の初代様の時代からヘリオドールを管理する知識が失われている。
先日アベルローズとの会話の中で出てきた話だ。
アシュタリアの初代様は簒奪者であり、制御の方法が分からないまま後世に残してしまったという。
つまりメンテナンスされていないヘリオドールはいずれこのような状態になってしまうという事を証明しているかのようだ。
「つまり各大陸にあるヘリオドールも管理を怠ったり、破壊されるような事があれば、このような何らかの……と言ってもその属性によるのだろうが被害が大陸中に降り注ぐという事だね。例えばケフェイドにある火のヘリオドールなんて暴走させてしまったら、大陸が火の海となりシュルクの住めない土地になるだろう」
アウグストの見解について、リーンフェルトはそれを想像するのに難くない経験がある。
それはサエスのヘリオドールが破壊された時の洪水であり、後で知った事だがグランヘレネの時は緑の大地が一瞬にして黒く死滅して行ったという。
ならばこの雷のヘリオドールを破壊したのならばどうだろうか。
漏れ溢れた魔力が八色雷公になっているというその話の通りならば、あの中に溜まっている雷を全て解き放つ事にはならないだろうか。
流石のリーンフェルトでも幾千、幾万の雷を相手するのは不可能と言えよう。
一通りの見分を済ませたアウグストはいち早く台座に掛かれた知識の解析をしたくてうずうずしており、この日の調査はあっさりとした物に終わった。
そこから毎日の様にアウグストは調査に入り、雷除けでリーンフェルトも同行する事になった。
残雪残る頃から始まった調査はいつしか桜の咲く季節へと移り変わる。
その月日の間で分かった事と言えば八色雷公中は内側から魔力が放出されている為、比較的ヘリオドール自身の強度が下がっている状態にある事くらいだろうか。
ただアウグストの思いつきでアベルローズやアシュタリアの面々が止める中、八色雷公時のヘリオドール調査はリーンフェルトにとってかなりギリギリのラインであった。
アシュタリア全土に向かって一日中放出し続けている魔力が、当然のようにヘリオドールの周りに渦巻き縦横無尽に雷を放ってくるのだ。
これは狙ってと言うよりも無差別にという表現が正しい物だ。
アウグストが調べている最中に四方八方から襲い来る雷を只管防ぎ続けるのだから、下手な修行よりもキツイ上にアウグストに怪我をさせるわけにはいかない為引く事も出来ない。
結果かなりの魔力を吸収する事になったのは、おまけのような物か。
仕事が終われば、待っていましたとばかりにナギに連行される。
何かと思えば初代様シリーズの書籍の貸出である。
このシリーズ確かに面白いのだが、初代様がとにかく格好良い。
エピソードに関しては多肢に渡るが、一貫している事はアシュタリアの歴史に則している事である。
この辺りの話の補足をアベルローズやエイシなどの四祭祀家の面々から受けられるのは好環境であった。
本来ひけらかしてはいけない話を交えつつ、講義を受ける事が出来たのは大きい。
おかげで大分アシュタリアの事に詳しくなったように思える。
アウグストの調査が終盤に差し掛かった頃合いを見計らったように、皇帝カハイはヘリオドールを破壊出来る人物として進言したジェイド・アイスフォーゲルをアシュタリアに招いた事をアベルローズ経由ではあったがカインローズに知らせていた。
「……さて、こっからがお節介の焼き所だな」
外は時折肌寒い風こそ吹くが、概ね春の陽気である。
「桜を見ながらざっくばらんに酒を呑みながらも良いかもしれん、しかしなぁ……ここは大人しく席のある飯所でも良い気がするんだよな」
ジェイドがアシュタリアに到着したという報告を聞いてから、カインローズは時折唸りながらブツブツ言っているのを父であるアベルローズは耳を掃除しながら聞いていた。
「なんだお前一体何を悩んでるんだ?」
「あぁ、親父実はな……」
これまでのリーンフェルトとジェイドの因縁から、現在拗れている妹のシャルロットの事まで包み隠さず話したカインローズにアベルローズは大きな溜息を吐いた。
「お前なぁ……なんだってそういう複雑な事に首を突っ込むんだ?」
「そりゃ、因縁浅からぬ仲だからな。それに俺も当事者であると同時にリンの保護者だ。それくらい面倒見てやらねぇとだろう。あいつあのままじゃ一生かかっても仲直り出来そうもないんでな」
「あぁ、時々あの子は頑固な所があるからな」
アベルローズはアシュタリアに来てからリーンフェルトに歴史や文化について聞かれるがままに色々と教えていた。
そんな付き合いの中時折見せる彼女の表情を思い出しつつそうぼやいた。
「俺としてはだ。弟子でもあるあいつが暗い顔してるのは嫌なんだわ」
グランヘレネでの一件以来、正直リーンフェルトの表情は優れない。
それはジェイドの腕の事であり、シャルロットとの関係に起因する事が大部分だろう。
ナギに姉様と呼ばれる度に少しだけ表情が曇るのを、カインローズは見逃したりはしていなかったのである。
「ほほう、随分まともな事を言う様になったじゃないか」
長らく離れて暮らしていた息子のそういう一面に感心しながら、アベルローズはにやっと笑った。
「一応俺もそれなりに年を食ってんだよ」
「それでどうするつもりなんだお前は」
「飯でも食いながら和気あいあいと話せればそれでいいんだが?」
事もなげに言う愚息に父は再び盛大な溜息を吐いて見せた。
「はぁ……話を聞いている限り、とてもじゃないがそんな和気あいあいとはならんだろう。程遠いだろうが……」
「それでもだ。話し合いの席くらいは設けてやりたいんだよ」
「そうかそうか、ならそうだな。店はキコマ屋にしておけ。飯も美味いし酒も良い。なにより店員の娘の胸ときたら……」
「はいはい、親父そういう余計な情報はいらんぞ。しかしキコマ屋な……そこは抑えておくか」
「そうしておけ。儂は娘っ子どもに着物でも見繕ってやるかな」
どうやらアベルローズはリーンフェルトに着物を仕立てる気でいる様だ。
「親父……不公平は良くないぜ。リナの分も宜しく頼む」
「ふむ。ついでだお前のも仕立てておいてやる。ハクテイの家紋入りのスペシャルな奴な」
「……親父それは俺、遠慮しておくわ」
「全く親の心子知らずっていう奴じゃな。まぁそれはいい」
「いいのかよ」
「それよりリーンフェルト殿を連れて街にでも行ってこい。女子には小物が入用だからな」
そう言って懐から財布を取り出すとカインローズに放って投げる。
「そこに多少金が入っているから、それで簪やら櫛やらを買ってこい。勿論本人を連れて行けよ?」
「あぁ。んじゃちょっと行って来るか。あいつは今どこにいるんだかな……」
カインローズはぼやきながらハクテイ家に宛がわれているアシュタリアの王城の一室から出て行く。
アル・マナクの面々は王城の客間の方に寝泊まりしているのだが、カインローズはハクテイ家の者という認識である為にそんな事になっている。
広い城の東の端から客間のある西の端までは屋内の通路を通れば面倒な事になるのだが、飛べる者からすれば屋根を三つ越えた先である。
東の中庭から西の中庭へと移動したカインローズは早速リーンフェルトを探して回る。
近くからナギの声が聞こえたのでそちらに行ってみれば、案の定リーンフェルトは初代様絡みの本を大量にナギから手渡されていた。
どこかで断れば良い物を、案外律儀に目を通して感想まで述べる彼女は基本的に優しい人物である。
しかし頑なな部分と生来の生真面目さがいろいろと裏目に出てしまうのだ。
距離を縮める為に歩き始めた足音でカインローズが来た事に気が付いたのだろう、ナギがカインローズの方を向いてお辞儀をする。
「こんにちは、カイン様」
「おう、ナギ。お前また初代様の本か?」
「はい、オギウ・ソラーイ先生の新刊が先日出てましたのでお届けに来ました」
オギウという作家は確か初代様の歴史を調べては書籍化する学者兼作家という顔を持つ人物である。
それはさておきカインローズは本題へと入る。
「リン。悪いがちょっと買い物に付き合ってくれ」
そう言うカインローズに不思議そうな顔をする彼女の返事は微妙な物だ。
「私で宜しいのですか? 何か相手のある物を買いに行くのであればリナさんの方が適任かと思うのですが」
「あぁ、そこは大丈夫だ。リン、お前に頼みたい」
「……そうですか、分かりました。早速参りますか?」
「あぁお前に準備とかそう言うのがなけりゃな。アシュタリアの店は閉まるのが早いんでな」
「そこは文化ですよね。本当に」
ママラガンに入って驚いた事は形こそアシュタリア風ではあるがオリクトを使った街灯がある事である。
その為街中は夜でもそれなりに明るいのだが、如何せん夜まで店を開いているという文化がない為、夜の帳が降りる頃には大通りですら人影はまばらである事が殆どである。
さて、カインローズの誘いに乗ってアシュタリアの街を歩き始めたリーンフェルトは彼の言うままあれこれと買い物をして大通りを歩いていた。
「今日は済まなかったな。お礼と言っちゃなんだがそこの先に髪飾り屋があるんだが、ちょっと寄っていかねぇか?」
「な、なんですかいきなり。カインさんらしくありませんよ? 何か企んでいませんか?」
「んな訳ないだろう、純粋な感謝の気持ちだぞ?」
「そこがどうも怪しいと言うか……」
そんな事を話していると、遠くから聞き覚えのある叫び声が聞こえてきたのだった。