150 皇帝からの依頼
なすがまま、なされるがまま。
城に着いた一行は多数のベスティアに押し流される様にして別れてしまった。
アベルローズ親子とヒナタ、そしてナギは比較的緩やかな待遇で案内されていったのに対して残ったリーンフェルトとアウグストそしてリナの三名は怒涛の勢いと言っても過言ではないくらい、担がれる様にして城の中に運び込まれる。
あれよあれよという間に城の一室に連れて行かれ、詰め込まれてしまう。
「一体なんだったのでしょうね?」
「客人に対する扱いではありませんわね。お嬢様」
「確かにね。私達は確か皇帝からお呼ばれした筈なんだが……」
三者共にさっきの扱いについての不満が漏れる。
「何かの手違いでしょうか?」
「案外シュルクに対する扱いという事かも知れないねぇ。ほら彼等の祖先をこの大陸に追いやったみたいな歴史があるのだし恨まれていてもね」
「……一体何世代くらい前の話なのです? 我々……特にお嬢様への扱いが酷過ぎます。私は断固として抗議いたしますわ」
そう鼻息を荒くするリナに、さほど扱いについて気にしていないリーンフェルトは彼女を宥める。
「リナさん、私は大丈夫ですからそんなに怒らないでください」
「むぅ……お嬢様がそういうのなら」
リーンフェルトの一言で静かになった所で、沈黙していたアウグストが口を開く。
「なんにしても待つしかないようだね。別に命までは取られる様な事態にはならないだろうから」
アウグストの言う通りシュルクであると目の敵にしてここに捕えているのであれば、警備はずさんと言える。
かと言って客人に対する扱いでもなく、なんとなく感情が宙ぶらりんとなってしまう。
確かに部屋の外に気配をいくつか感じるが、特に危険な感じがしないのも事実だ。
その点ではリナも同意見であるらしく、警戒して気を巡らせる程度である。
「本当に危険がありましたら私は武器を構えておりますわよ。しかしなんなのでしょうね? 彼等の意図が全く読めませんわ……」
本当に困ったと言った風に眉を八の字にして頬に手を当てるリナとは対照的に、敵意を感じない二人を見ていたアウグストはいつもと変わらない態度である。
「成程、必要以上に緊張する事はないという事だね。では私はちょっと資料の整理でもしようかな」
そう言ってアル・マナクの色である青みがかった紫色のブレザーの内ポケットから手帳とペンを取り出すと研究モードとでも言うべきか資料に目を通しながらブツブツと呟き、時にペンを走らせている。
そこには一切の心配を感じていない感が溢れている。
「ある意味流石というべきでしょうね」
「そうですね。でも我々が居て安心して研究を始めたのですから、それは信頼と呼んでも良いのではないですか」
「それはそれなりに時間を共にしていますから信頼はしておりますわよ。クライアントとしてですが」
「リナさんだってアル・マナクの所属ではないですか」
「それは勿論そうなのですが、私はお嬢様と出会えましたので、いつでも組織を辞めてしまっても良いのですよ。その代りお嬢様のおそばに置いてくださいませね?」
「えっと、それは遠慮させてもらいますね」
「もう……つれないですわ、お嬢様」
警戒は一応しつつも、殺気を感じない事態に釈然としないまま他愛のない話をしていると不意にふすまと呼ばれるこの部屋の扉が開いた。
「では、お客人方。皇帝陛下への謁見の準備が整いましたのでお迎えに上がりました」
犬のベスティアが二人現れてそう告げたのだが、そこにリナが噛みつく。
「客人に対してこのような扱いをこの国ではするのですか?」
「このようなとは一体……?」
そう言って首を傾げるベスティア達の後ろから聞きなれた声が聞こえてくる。
「リナ、ここはアシュタリアだぜ。ここにはここの流儀ってもんがある。別室で何もされなかっただろ? そういうもんなんだから黙っておけ」
ベスティアの二人の後ろにはカインローズがニカッとした笑みを浮かべながらハクテイ家の家紋の入った袴を身に着けており、アシュタリアの正装をしている。
さらに普段ボサボサの髪は綺麗に寝かしつけられて赤いはずの髪が今は真っ白になっており、正直顔の皺や髭などが無ければアベルローズを良く似ている。
「カ、カインさん? その髪はどうされたのですか?」
驚いたリーンフェルトがそう尋ねると短く彼は答えた。
「俺、普段髪染めてるんだわ」
「は?」
「だから……こっちが本来の髪の色なんだ。ほらどうしたってこれ目立つだろ?」
そう言って綺麗に寝かしつけられてた髪を触って見せる。
「確かに真っ白なので目立つと思いますが……普段の赤もかなり目立つと思うのですけど」
「だがシュルクの中じゃ赤は案外目立たなかったんだよ。っう訳でアシュタリア皇帝との謁見だ。案内に従えよ」
カインローズは三人にそう言うと最後尾に着いた。
「カインさん達はどこに行っていたのですか?」
「あぁ親父の顔で先に皇帝に謁見してな、ハクテイの嫡男として紹介されたって訳だ。さてそこの角を曲がって大きな通路を行くと謁見の間だ。くれぐれも粗相の内容にな」
カインローズらしからぬ言動に反応したのはアウグストだ。
「普段こちらが粗相しないか心配しているというのに、カイン君はそういう事を言うかね。私達は多分君よりも数倍礼儀正しいはずだぞ?」
「はっはっは。そりゃ、違いない!」
そう言って笑うカインローズは普段のそれであり、何となくアル・マナクの三名は緊張が解れて行くのを感じていた。
さて、控えの間から一行が案内されたのは、想像していたよりも質素な空間だった。
謁見の間というよりは畳が一面に敷き詰められた大きな部屋だ。
国王が座る玉座という物は無く、ハクテイ家で見た一段高くなっている畳が部屋の最奥にある。
その脇にはアベルローズ、何時の間にこちらに来たのか分からないエイシなど見慣れた顔が並んでいたので安心する。
カインローズは謁見組側には座らずアベルローズの左隣に所作に乗っ取り紋付き袴をあしらうと、その場に正座して顔を上げた。
心に少しばかり余裕の出来たリーンフェルトは部屋に飾られている物珍しい調度品などに目を向けていると、四祭祀家が一家、シュテイ家のエイシが話し始める。
「一応アル・マナクの方々にはアシュタリアの礼に倣ってもらう。もうすぐ陛下がこちらに来られるだろう。その際は着いた事をまず教えてくれる。そしたらまず頭を下げて許しを得てから顔を上げよ。最低この礼儀だけ守られておれば客人としては無礼にはならない。勿論細かい事は色々あるのだがシュルクである貴方方にそれを言っても仕方が無かろう」
「王侯貴族との謁見の際にも客側が頭を下げて待ちますから、それと意味は同じ感じでしょうか。それにしてもエイシ殿もこちらに来られていたのですね」
そう切り返したリーンフェルトにエイシは笑う。
「流石に空路で移動出来ればそう時間は掛からずにママラガンに来る事が出来るのだよ。今回は空路で私も着ている。アベルは陸路での道案内ご苦労だったな」
「おう、たまに陸路も良い物だぞ? 帰りはエイシお前が陸路で行くと良い。儂が陛下にそうお伝えしよう」
「いや、ここはハクテイ家に譲る故ちゃんと帰りも陸路で帰ればよい」
などと押し付け合いのやり取りを見ていると、部屋の外が騒がしくなって来た。
謁見の間の最奥の襖に人影が写り込む。
「アシュタリア帝、カハイ・コウリウ・アシュタリア様の御成ァり~!」
これがエイシの言っていた合図なのだろう。
リーンフェルトとリナ、そしてアウグストの三人は頭を畳に向かって下げた。
視界は緑色の畳が広がっており状況を観察する事は出来ない為、耳に集中して情報を探る。
着物が畳をする音と小さな足音が聞こえて来て、空気が張り詰めて行くのが分かった。
そしてその足音が止まると威厳溢れる低い声が部屋に満ちた。
「面を上げよ客人よ」
これが許しを得たという事なのだろうか。
リーンフェルトはゆっくりと上半身を畳から引きはがして顔を上げる。
そして少し目だけを動かして声の主を探る。
何故なら上座に鎮座していたのは、上品な灰色の毛並豊かな毛玉……いやベスティアである。
良く考えれば分かる事なのだがロトルの兄である彼は鼠系の肉体を持つ。
特に皇帝ともなればベスティアとしてもかなり純血種に近いと思われる。
そんな彼が徐に口を開き、挨拶を始め今回の呼び出しに対する謝辞を述べた。
「朕はアシュタリア帝国、皇帝カハイ・コウリウ・アシュタリアである。朕の招集に応じてくださったアル・マナクの皆さんには感謝の言葉を」
そう言って小さな皇帝は頭を下げた。
「右からアウグスト・クラトール殿、リナ・パイロクス殿、リーンフェルト・セラフィス殿でございます」
ヒナタの父にしてシュテイ家当主のエイシがアル・マナクの三名の名前を皇帝に伝える。
「三名とも宜しく頼む。さて朕も暇ではない故、手短に話をするとしよう。貴殿等にお願いしたい事というのはアベルから聞いておるだろうが改めて、今回そち達を呼んだのは他でもない。我が国の御神体……お主らで言う所のヘリオドールの破壊こそが朕の望み。それについて御神体の専門家であるアル・マナクにどのようにすればあれを壊す事が出来るのか調査して欲しいのだ」
姿とは裏腹に深く響く威厳のある声に気圧されるリーンフェルトであったが、アウグストはその状況に呑まれずに普段通りであった。
「カハイ陛下お目に掛かれて光栄でございます。御神体こと雷のヘリオドールについては、是非私の方から調査させて頂きたいと思っておりました。必ずや陛下のご期待に応えましょう」
「当代随一とされるアウグスト殿がそう言うのだから、良い返事を待っておる。御神体への案内はアベルとエイシを着ける故良しなに頼む。ささやかだが宴席を設けた故今日は旅の疲れを存分に癒し明日よりの調査に全力を傾けて欲しい」
そう言ってカハイはもう一度深く頭を下げたのだった。