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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
149/192

149 天上の帝都

 リーンフェルトはママラガンへの道について甘く見ていた節があった。

 帝国の首都であるママラガンに到達するまでの道のりが険しければ険しい程都市としての守りは強固だ。

 しかし陸路での物資の輸送を考えるのならば、道幅も狭く輸送に適さない山道は都市としての機能面で考えればマイナスと言える。

 そう言う意味でアシュタリア帝国帝都ママラガンもまた山の上にあるとはいえ、そこの当たりを考えられて作られた都市であると考えていたのである。

 入口でここまで運んでくれいた馬車や馬などは、御者を務めた物が回収していった為、現在は只管徒歩にて、ママラガンへと至る道を進んでいる。

 だが実際はどうか。

 これは山岳地帯における行軍訓練ではないか。

 弱音こそ吐く程ではないが、想像していたよりもキツイ事に驚いていた。


「こんなに険しい場所にあるだなんて、ママラガンへの物資の補給はどうなっているのですか?」


 それに答えようとしたカインローズだったが、答えが分からず唸った挙句、父親であるアベルローズの方へ困ったように顔を向けた。


「なんだお前、そんな子供みたいな事すんじゃねぇよ。ちゃんと勉強しておけ、彼女はお前の部下でもある。そう言う所で威厳であったり知識だったりをしっかり見せて置く事が統率の秘訣だ。それで……あぁママラガンへの物資の輸送か。そりゃお前アレだアレ」


 そう言ってアベルローズは上空にチラリと見て指を指して見せる。


「帝都への物資の輸送は飛竜が一般的だな。籠を取り付けて物を運ぶんだぜ……というのはまぁ表向きだな。大分昔アシュタリア全土がまだ群雄割拠していた時代の話なんだが……おいカイン覚えているか?」

「何をだよ親父」

「お前の好きな初代様が一人で大軍を相手する話だよ」

「あぁ……確か神出鬼没に現れては敵を攪乱して数を減らしていったんだよな確か。それが?」


 その回答についてアベルローズは大きな溜息を吐いて見せた。


「お前なぁ……なんで分からねぇんだ?」

「だからなにがだよ!」

「なんでわからねぇかな。きっとリーンフェルトなら的確に答えるぞ! なぁ?」


 そんな感じで話を振られたリーンフェルトは一瞬面食らったが、直ぐに冷静さを取り戻し少し考えた後口を開く。


「恐らくですが、隠された通路が無数にあるのだと思いますよ」

「まぁそういうこった。忍術が万能だと思っている内は、まだまだ初代様の本質を見ていないって事だぜ?」


 そう言って息子の回答を笑う。

 カインローズとしては勿論面白くは無い。

 少々不貞腐れた顔を見せると言い訳を始める。


「初代様は特別なんだぜ……そんな夢のない話が出来るかってんだ」

「ま、夢だけじゃ腹は膨れねぇんだ。という訳で無数の通路が実は裾野から存在している。勿論見張りはいるし普段入口はカモフラージュされた上で閉じられているぞ」

「アベルローズ様そんな機密情報を漏らしてしまっても良いのですか?」


 アベルローズの漏らした情報は国防にとって非常に重要な情報である事から、思わずリーンフェルトはそのように聞き返すが、当のアベルローズは仕掛けに自信があるのだろう。

 その口ぶりからは余裕が感じられる。


「ん?あぁ、そういう事か。気にすんな無数にあるがかなりいやらしい方法で隠されているんでな。ちゃんと場所を知らないと惑うぜ」


 逆に言えば場所さえ分かれば開錠が可能という事も暗に示唆した形である。

 仮に敵と言うものがいて、それらがその話を聞いたのならばとんでもない事が起こるような機密情報をいとも簡単に話してしまうあたりアシュタリアという国の国防が不安になる。


「まぁ隠し通路を見つけたとしてもだ。それは帝都の手前までしか繋がってねぇよ。むしろ面前にある帝都に辿り着くのが大変という印象だな。さてなぜこんな話をしたか答えは簡単だ。儂が山登りに飽きた」


 なんともぶっちゃけた回答にリーンフェルトは苦笑してみせる。

 見れば他の面々もしばらく続けて来た登山で表情が暗い。

 リナは魔力で体を強化しながらなので、汗一つ掻く事すらしていないのだが、その護衛対象はへばり気味だ。


「ま、まだ着かないのかね……このままでは痩せてしまうじゃないか……」

「痩せるのは大いに結構ではありませんか」

「そうは言ってもだね。この体型に丸眼鏡が私の気に入っている姿なのだから仕方が無いだろう」


 額から滴る汗を手の甲で拭ったアウグストは、飄々と地形の影響を受けずに歩くリナを恨めしそうな表情で見やる。

 そしてもう一組。

 こちらは一方的に片方が疲れていた。


「そろそろ自分の足で歩けよ……ナギ」

「こんな山道か弱い私が耐えられるはずありませんよ」

「都合のいい時だけか弱くなるな……クッ、ナギお前ちょっとふと……」


 山道を歩き始めて真っ先に根を上げたのはナギである。

 彼女の年齢程度の体力では直ぐにバテてしまう事は分かっていた。

 そして疲れたという一言があった後に、ヒナタがおんぶする形でやってきたのだ。

 場所的な事を言えば中盤手前までの高さまで彼はナギを背負って来たのである。

 そのヒナタも背中からの殺気に当てられて続きの言葉を言うのを止めた。

 多分言い切ってしまえば、それはそれで面倒な事になると察しての行動だ。



 さて既にそんな状態であるから、余計に足取りは重く頂上への道は長く遠い。


 客人として迎えるに当たってこれ以上は恨みを買いかねないと言うギリギリの判断がアベルローズにはあったのだが、それに気が付く者は誰一人としていなかった。

 それはアベルローズなりの気の使いようという物である。


「実はな。ここの木の洞に仕掛けがあってだなぁ……ほれ!」


 徐に木の洞に手を突っ込んだアベルローズは素早く手を引き、リーンフェルトの方に投げて寄こした。

 それは小型の蛇である。

 その蛇はリーンフェルトに届く前にカインローズが叩き落とす。


「なんじゃつまらん」


 息子であるカインローズが悪戯を阻んでしまった為に、本当につまらなさそうにしているアベルローズに彼は怒鳴る。


「つまらんじゃねぇよ親父! あんたがうっかり消し炭になっちまったらこっちも大事なんだぞ!」


 そう注意するも今度は別な方向からカインローズは問い詰められる。


「カインさん……なんですか? その消し炭になるというのは」

「だってお前、反射的に火球飛ばす癖があるだろうが!」

「く、癖などではありません! ちょっとした防衛本能です」


 酷く心外だと言う表情でそう答えたリーンフェルトだが、正直癖になりつつあるそれを何とかしなければと意識をする。


「ちょっとしたで消し炭になっちまったら取り返しがつかないんだぞ」

「大丈夫です! 全身火傷に留めますから」


 勢いに乗ったカインローズがそれについて言うものだから、リーンフェルトは開き直って答えた。

 今の魔力制御ならこの程度の事は可能である為、あながち嘘ではない。

 しかしカインローズは右手を額に当てて、苦々しい声でぼやく。


「それじゃ余計に質が悪ぃぞ……」

「では一思いに」

「そういう事を言ってんじゃねぇ……はぁもういい。親父近道があるんだろ? さっさとそれで行こうぜ」


 改めて木の洞に手を突っ込み何かを操作すると、急に視界がぶれ始める。


「なっなんだ!?」


 驚いた声を上げるカインローズに悪戯が成功した言わんばかりにアベルローズはニヤリと口元を歪めた。


「何を驚いておるのか……ってお前がいる時にこれを使うのは初めてか。ま、十分に驚いてくれぃ」


 アベルローズが触ったのは所謂転送装置という物だろう。

 発動した魔力で一気に山頂付近まで移動を果たした一向の目の前には、砦の城壁を思わせるような灰色の石橋が存在しており橋の下には雲海が広がっている。


「良かったなカイン、ナギ。これはヒナタも初めてか? この装置が初代様の神出鬼没の訳だ」

「こんなカラクリがあったとは驚きだぜ」

「初代様と同じ体験をしたという事ですか……嬉しいです」

「ええ、確かに初めて乗りましたが……凄い技術ですよね」

「ま、技術は凄いんだがな。今は失われた技術がいくつも使われているらしいってカハイ様が言っていたな。そういや」


 などと話をしながら橋の中腹まで来た頃に、朧げな姿を見せ始めたのが帝都ママラガンである。




――正面に聳えるのはママラガンの入口らしい。

 見張りの者に合図を送ったアベルローズの姿が確認されると、街へはスムーズに入る事が出来た。


「いや、またここは変わった建物が多いですな。アベルローズ殿」


 アウグストはママラガンの街並みに視線を這わせ、食い入る様に観察をしている。

 その表情は新たな玩具を見つけた子供の様にキラキラとしている。


「ここの成り立ちは特殊だからな。シュルクの言う帝都という感じがあんまりしないだろう? 俺も昔そんな感想をここに抱いた物さ。ここは初代様の一族が暮らしていた隠れ里なんだよ。山の上に帝都だなんておかしいだろ?」

「成程隠れ里ですか! ふむふむ……」


 何やらメモまで取り出したアウグストはさておき、一行は皇帝との謁見の為に皇帝の屋敷を目指して歩き出す。

 山道の入る際乗り物は預け手荷物だけという装備になっていた一行には乗り物と言うものが存在しなかった。


「牛車ならあるんだが……下手にあれに乗ると日が暮れちまうわな……歩いて行くか」


 その言葉にナギが抗議の声を上げる。


「皆さんの体力を基準に考えないでください! 私は疲れてもう動けません。誰かお父様に連絡してください」


 そう言うものの今のメンツでナギの命を忠実に熟せるのはヒナタしかいないだろう。


「では行ってきます……」


 ヒナタが先触れとしてロトルの屋敷まで使いとして向かわされた。

 結果として暫しの休息と公爵家から乗り物である牛車が来てしまったのはご愛嬌だろう。

 ともあれ一行の乗った牛車はアシュタリア皇帝カハイのいる城へ向かう事となったのだった。


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