148 帝都へと至る道
道程が進むにつれて段々と迫ってくるママラガンのある山への道は少し勾配を帯びて来ていた。
多少ではあるが足や荷馬車に負荷が掛かっているのを実感できる。
二つの宿場町を抜けてここから先はママラガン以外に街と呼べる物は存在しないらしい。
そう言うアベルローズの説明にリーンフェルトは理解を示しながら、質問などをしていた。
「こっから先は帝都も近い。故に御神体の影響がモロに出ている場所でな、八色雷公の時は危なっかしくて素人は通れなくなるくらいだ」
「素人というのは?」
「あぁ、ママラガンへ他国からやってきた商人とかだな。連中がビビッて足を止めてしまう程、ここの雷は激しいのさ。昨日が八色雷公で良かったぜ。全く……」
先日入ったミカタケから進む事七日間の旅路の果てタケミナという宿場町に八色雷公の中駆け込むように入ったそこで一泊する事となった。
その日の八色雷公は八ツ首ヒュドラ討伐の帰りに遭遇した雷とは比べにならない程の轟音と稲光が、体を貫いてお腹の中に衝撃を感じさせるほどであった。
――ともあれそれは昨日の話。
雷が豪雨の様に降り注いでいたらしい、その場所は穏やかな表情をリーンフェルト達に見せていた。
「ほれ……あそこら辺を見てみぃ……所々変色しておろう? あれはそこに雷が落ちて焦げた跡よ」
アベルローズが指差す先に見えるのは黒く焦げた大地であり、それがあちらこちらに点在している。
これが八日に一度襲ってくるのだ。
このような場所にはシュルクだろうがベスティアだろうが関係なく住む事は困難であろう。
まず住居を立てたとしても無数の雷に貫かれ、発火などした日には目も当てられない。
勿論田畑への転用など出来るとも思えない。
一日で見渡す限り、数え切れないほどの場所を焦がすのだから植物を育てる事すらままならない。
成程こうして見ると御神体の及ぼす影響がどのような物なのかを感じる事が出来る。
こんな状況の土地がアシュタリア全土の数割を占めているのだから、邪魔で仕方がないだろう。
リーンフェルトはそんな事を思いながら、ママラガンへの道を進んでいる。
一方カインローズは日に日に仲良くなっていく父親と弟子の関係を訝しんでいた。
先日皆が気にしていた事が現実になったら、一体どんな顔をしたらいいのだろう。
「こりゃいよいよ本当にリンの奴に相手を見つけてやらねぇと大変な事になるぜ……こう、合コンとかなんか大きな宴会とかねぇのかよ……なんか出会いの場が欲しいぜ」
眉間に皺をよせ、腕を組みながらブツブツ言っている。
リーンフェルトが自分の義理の母になる事自体がまず悪夢だ。
それによって引き起こされるキトラの嫉妬による暴走が本気で怖い。
そんな理由から本気でリーンフェルトの相手を探さねばと真剣に思うカインローズはメンツについて考えている。
アル・マナク内での職場結婚はオススメ出来ない。
何故なら皆が皆それぞれに癖のある者ばかりで、大よそ彼女の幸せという点について考えればその単語からほど遠い。
御者のクライブがリーンフェルトの事を好いている事は勿論知っているが、あいつでは家格が合わない。
性格も問題はないし、一途な所もある。
一般的な女性としてはそこそこの物件だろう。
アル・マナクに属している為、給料についてはちゃんと支払われているし生活面では余程荒れた生活をしなければ家族を養っていけるだけの手取りもあるだろう。
だがしかし、まず農民の出の男が公爵家でどうなるかなど容易に想像が着く。
絶対に肩身が狭い上に、今更礼儀作法を叩き込まれた上で政治経済の勉強もしなくてはいけないだろう。
議会制になったとは言え、ケフェイド大陸の情勢は不安定である。
その中でも公爵家は議会の中枢を担っている。
そこの跡取りとなった時の重責にはクライブはきっと耐えられないだろう。
そもそもが高嶺の花である。
元鞘という訳ではないがサエスで見かけたマルチェロの奴もある意味の候補だ。
今は無きアルガス王家の生き残りである。
リーンフェルトとは親戚筋にあたる為、家格的に何ら問題ない。
確かに王家の血という意味では厄介者でしかないし、性格に多少の難があったとしてもリーンフェルトと釣り合う家格となるとどこぞの王侯貴族あたりになってしまう。
結局なんだかんだと振るいに掛けてしまうとリーンフェルトに見合う者というのは、この世の中にそんなに多くは無いとカインローズは考えている。
「もうちょっとこう、女らしくなってくれれば騙される男だって出て来るかもしれないってのになぁ」
そう心からカインローズは思っていた。
黙っていれば正直美人の部類に入るだろうリーンフェルトの容姿だが、武術を嗜むせいか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
そのせいか目つきも表情によってはきつく見えてしまうのは、彼女が損をしている所だろう。
もう一つ厄介な所で武術の腕でも魔法の腕も一級レベルに達している事だろう。
でなければセプテントリオンにはまずなれないからである。
突出した戦闘能力を持ち、他の追随を許さない能力の持ち主こそがセプテントリオンの最低条件である。
「あいつ自分より強い相手でなければ認められません! とか言いそうだもんなぁ」
ちらりと横目でリーンフェルトを見て、苦笑する。
「結局、あいつより強くて家格も公爵家に見合う者、さらにケフェイドの議会に入ってもなんら遜色がない事とか……どこの覇王だよ! 全く……」
「どこの覇王とはなんですか?」
「うわっ!!」
気が付けばリーンフェルトが真後ろに立っており、そうカインローズに言葉を投げかけた。
「気配なく寄ってくるな! びっくりしたじゃねぇか!」
「あぁ、えっとすみません。なんだかカインさんがこちらを見ていたので用事があるかと思って来てみました」
「あ、あぁ……別に用事なんてねぇよ? 本当に」
「本当ですか? その覇王というのは一体……?」
「あ? あぁ覇王な覇王! 初代様ってのはどちらかっていうと覇王だよな……なんてな」
苦しい言い逃れであったが、リーンフェルトは初代様トークに反応を示す。
「確かに行いを見ていくとそう分類しても差し支えないと思いますよ」
「だよな! でもやっぱ初代様は初代様で親しみもあるし良いかなってよ」
「そうですね。確かに覇王と呼んでしまうと恐ろしいイメージもついて回りますし、初代様というのが良いのではないでしょうか」
「なんだ、リン。すっかり初代様に詳しくなっているじゃねぇか」
「えぇこの国の地理や歴史を学ぶ上では知っておくと話が繋がりやすいという事でアベルローズさんからここ数日色々と教えて貰っているのですよ」
「あの親父がねぇ……」
「気さくですし、お話も面白いですからついつい、いろんな事を聞いてしまいますね」
そうアベルローズを褒めるあたり、脈があるのかと思ったカインローズは少々躊躇いながらも切り込んだ。
「リンは……ああいう感じの話が上手い奴が好みか?」
「好み……ですか? 確かに話をしていて面白いのは良いと思いますけど……ん? カインさん何かおかしな事を考えていませんか?」
カインローズの質問に一体この人は何を言っているのだろうと沢山の疑問符を頭に生み出したリーンフェルトは、何かに気が付いたのだろう段々と目が鋭くなっていく。
「おかしな事?」
カインローズの口ぶりにはなんとなく何を言っているのか分かってきたリーンフェルトの脳内では何かが繋がった様である。
「成程……なぜみんながここ数日よそよそしいのか察しました。物凄い勘違いをしている様ですが、そもそもカインさんのお父様ですよ? 普通に考えれば分かるじゃないですか」
「いやだってお前、男性とあんなに何日も話してられねぇだろ?」
「なんですかそれは……私はアウグストさんともアンリさんとも、勿論カインさんともあれくらい話しているじゃないですか」
「そりゃお前任務だろ?」
「今だって任務中です!」
「あぁ言われてみれば」
確かにリーンフェルトの言う通り現在任務中ではある。
誰だプライベートなどと言った奴はと、カインローズも眉をしかめて見せる。
「何ですか全く! みんなして……ちょっと酷くありませんか?」
頬を膨らませるリーンフェルト、カインローズもまた失言をしてしまう。
「そりゃお前、日頃の行いってもんだぜ……だからそんな勘違いが生まれんだよ」
ピクリと眉を動かし反応したリーンフェルトの目が険しい。
「私は常に任務を忠実に熟そうと……そうですか分かりました。ではそういう事が思いつかない様に矯正したいと思います」
そう言うや右手に拳大の火球を生み出す。
「いや待て! ちょっとは落ち着け! そういうのは極力なくすんだったろ? お淑やかに! お淑やかに!」
そう言われてリーンフェルトは火球を引っ込める。
「そうでした。そんな事ではまたシャルに睨まれてしまいますね」
「そうだぜ。俺の報告が通っていりゃ連中もアシュタリアに来るはずだからな」
「……そうでしたね。一体何を話せばいいのか……」
困ったような表情の彼女にカインローズは笑いながら答える。
「ははは、んなもん。なるようにしかならねぇよ。ただな、リン。お前はちゃんと相手の話を聞くべきだぜ。まずは聞いてみろ。ムカついても聞いてみろ。行動には理由があるはずなんだ。ま、尤もイカれた奴かどうかの見極めは必要だがな」
そう言って景気よくリーンフェルトの背中を平手で小突いて見せた。
「ケホケホ……ちょ、ちょっとカインさん! 力が強すぎです!」
衝撃に咽せたリーンフェルトが前のめりの恰好で咳き込む。
「すまんすまん。って大分話し込んだなここがママラガンへの入り口だ」
そう言ってカインローズが指差す方向には山道が頂上に向かって伸びていた。
「かなりの標高がありそうですよね……」
「飛べりゃ良いんだがな」
そうカインローズがぼやくのも無理もない。
彼ならば難なく高度を稼ぎ帝都までたどり着く事が出来るだろうからである。
しかし、飛行での来訪は許可されておらず、この峻峰を登らなくてはいけない事は確定事項である。
「頑張って上りましょう! カインさん」
「なんか楽できる方法は無いのよ……」
怠そうな表情のまま後頭部をガシガシとやれば、豊富な赤髪がワサワサと揺れる。
「ま、行くしかないわな……」
カインローズは一つ盛大な溜息を吐いて、登山道に一歩足を踏み入れるのだった。