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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
147/192

147 疑惑の恋心

 アル・マナク一行の旅は概ね順調と言えるだろう。

 平地を二日掛けて進み一つ目のミカタケという宿場町に入る。

 二日の行程の内一日目に八色雷公と当たり雷の中を進み野宿をしたのだが、一度経験している為か然程支障は来さなかった。


 さてミカタケの街はママラガンへ続く街道を大通りに据えてその両脇に宿屋、道具屋など旅に必要な物を取り扱う店が軒を並べている街である。

 手軽に食べられる海苔で巻かれたおにぎりなる物を片手にカインローズは辺りを見回す。

 店もそこそこ綺麗であるし、シュルクの姿もちらほら散見される。

 いずれも行商人の様な軽装であり、籠等を背負って商品を運んでいるらしい。

 宿場町としては中々活気がある方だと思われる。

 先日のアベルローズの粗相はきっちり息子として母親であるキトラに報告して置こうと思っている。

 不思議な物でリーンフェルトは、すっかりアベルローズの話術にはまりここまでの道程でもよく話しているのを見かける。


「ありゃ完全に親父に丸め込まれたな……」


 少々語弊があるが、概ね間違ってはいないだろう。


「カイン様、リンお姉様最近なんだかおじ様と仲が良いですよね。私と話しているよりも時間が長いです。ちょっとずるいです」

「まぁ親父の話術に乗っかってる感じだよな」


 そうリーンフェルトへの感想を漏らす。

 それを聞いていたアウグストはふと顔を上げ、カインローズを真顔で見た。


「もしかしてリン君はカインの母になるかもしれませんね」

「ふごっ!? ゲホッゲホッ……なんてこと言いやがるんだアウグスト!」


 おにぎりを喉に詰まらせ盛大にむせたカインローズは口からご飯粒を吹き出し、少々涙目になりながらアウグストへ抗議の声を上げる。


「いや、あのリン君がですよ? こんなに長時間異性と話が出来るなど異常ですよ。きっと何かあったに違いありません!」

「なんだよ。アウグストとも長く話しているだろう?」

「あれは、ほら仕事ですから。プライベートで男性と話しているの姿を見るのはそんなにないですよね?」


 アウグストが言うようにプライベートでリーンフェルトが、と言ってもアル・マナクのセプテントリオンとして住み込みで仕事をしているような物なのだがらプライベートなど無いような物なのだが、それでも珍しい事象だと腕を組みながら尤もらしく話せばカインローズも同調するように頷いて見せる


「あぁ、言われてみりゃ確かにそうだが……だがよ、それ本当かよ? 年下の母親とか、あれを母さんと呼ぶとか、なんだか鳥肌が立って仕方がないんだが……」


 良く考えればリーンフェルトにその様な兆候すらない事は分かるはずなのだが、異国情緒溢れる旅路のせいか、皆少々気持ちが浮ついている様だ。


 二人の会話に珍しく同調したのはリナである。


「確かにアベルローズ様はアシュタリアの重鎮でハクテイ家の現当主。優良物件ではございますが、お嬢様とは年の差がありすぎますわ」


などと真顔で言うものだから、ナギが驚いて大声を上げてしまう。


「それは一大事ではないですか! 早速……モガモガ」


 颯爽と現れたヒナタによって口元を封じられ、完全に発言できなかったナギは矛先をヒナタへと向ける。


「ヒナタちゃん!」

「ほら、怒らない怒らない。ナギの発言は皇帝家とほぼ同等の公爵家。このうっかりで二人の縁談を発してしまえば、効力を持ちかねないから。注意してくれ」

「でも、リンお姉様の恋のお手伝いが出来るならば……きっと恩返しになりますよ。ヒナタちゃん」

「いやだがしかし……そこは当事者の問題だろう。外野が四の五の言っても仕方が無いだろ?」

「なら、私が確認して来ます!」


 鼻息を荒くした八歳の少女は、会話が弾むリーンフェルトとアベルローズの元へ突撃を仕掛けようとするが、またまた素早く動いたヒナタに動きを止められてしまう。


「ヒナタちゃん?」

「いいか、ナギ。よく言うだろう? 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえって。もしかしたらアベルローズ様は妻子ある身だし、秘めた恋心かもしれないだろ? そうだった場合ナギの一言は全く逆の意味を持ってしまうぞ? それに皇帝に連なる公爵家の一員の発言は、国内での効力が大き過ぎるから少し静かに見ていたら良いぞ! それはお前だって身を以て知っているだろう?」

「なんですか、ヒナタちゃん偉そうに。もしお姉様が秘めた恋心を伝えられずに苦しんでいたら可哀想ではないですか。ここは私がひと肌脱いで取り持ってあげないと!」


 それに口を出したのは勿論カインローズである。


「待てよナギ……それは取り持っちゃいけねぇだろう」

「何故です? アシュタリアは一夫多妻、若しくは一妻多夫でも大丈夫な国なのですよ?」

「それは分かっちゃいるがな。親父が母さんに消し飛ばされる姿しか想像できねぇんだわそれ。西都を壊滅まで暴れつくすに違いないぜ……当主は確かに親父だが、ハクテイの力を持っているのは母さんなんだし、一波乱起きちまう。下手したら帝都まで殴り込みをかけかねないぞ。うちの母さんなら」


 そう言って身震いをする彼の脳裏には猛獣と化したキトラがアベルローズに馬乗りになり、打ち下ろす拳が頭ごと大地を穿つ姿しか想像出来ない。

 女遊びだけでも顔面晴れるまで殴られたというのに側室を迎えたとなれば、嫉妬に狂ったキトラがアベルローズにどのような態度を取るのか想像したくない。

 仮にハクテイの力を以て暴れるのであれば、少なくとも他の祭司家の当主が相討ちの覚悟で臨まなければ止める事は出来ないだろう。

 相性によってはそのまま倒されてしまいかねない。

 そうなればアシュタリアの統治機構が崩れる事になり、国は恐らく大混乱に見舞われるに違いない。


「そ、そんな事が起こると言うのですか?」

「母さんが本気で暴れるなら、盟友のシェルム師匠も多分面白がって絡んでくるぞ。二人が揃ったら太刀打ち出来る奴は本当に一握りになっちまうぞ」

「シェルムさんは何故そんな事に関わってくるのです? 関係ないじゃないですか」

「いや……うちの師匠、面白そうなら首突っ込んでくるから絶対に。大体アル・マナクの出迎えだって師匠じゃなくても良かったんだぜ? なのにあの人は俺がどれくらい成長したか、どんな姿になってるかとか面白そうという理由でかって出てるんだ。リンの奴との婚姻を公爵が許したと聞けばロトル様が危ないよ」

「いやまさか……ですよね?」

「怒った母さんは本気で怖い」


 あの山ほどある八ツ首ヒュドラすら容易く葬るカインローズそう言うのだから、相当なのだろう。


「分かりやすく言うとナギ、四方八方を八ツ首ヒュドラに囲まれている方が余程楽だ」

「そ、そんなに!?」


 目を丸くし驚いた表情のナギに、カインローズは極めて真面目な顔でこう続けた。


「ああ、生きた心地がしないというか、殺気の量が普通じゃないからな」


 ハクテイ直系の血がそうさせるのかは分からないが、その昔父親にキレた母親の殺気に当てられてちびった思い出のあるカインローズとしては出来ればそんな殺気を浴びたくはない。

 カインローズ自身かなりの修羅場を潜り抜けて来たと自負しているが、未だかつて近接戦で放たれる殺気については母親以上の存在とあった事が無い。

 尤も幼い頃にそんな強大な殺気を感じてしまった為に、殺気という物の基準がおかしくなってしまっているのだろう。


「とにかくだ……お前ら変に突くな。刺激するな。アシュタリアが滅ぶぞ!」


 そう捲し立てたカインローズは腕組みをして鼻で大きく息を吐いた。




 一方、そんな事になっているとは露知らずリーンフェルトはアベルローズとの会話に花を咲かせていた。

 アベルローズがかなり博識である事と弁舌の上手さがあり、ちょっとの話題でも膨らませ、シュルクとベスティアの違いを踏まえながら文化的な説明をする。

 それだけでもベスティアに対する理解が深まると言うものだ。

 気が付けば本当にここ数日は朝からずっとアベルローズに色々な事を学んでいる。


「――つまりだ。シュルクの様に街を密集させないのは、頻度高い落雷で被害が出ぬようにという意味がある訳だ。尤もこれは現皇帝であるカハイ様が各土地を調べさせて雷が比較的少ない場所に宿場町を移したりと俺達も協力して色々やってるわけだ」


 昔を懐かしみつつアベルローズはリーンフェルトとこの国と歴史、地理などを講義していた。


「雷をコントロールする事は出来ないのですか? 他国のヘリオドールならば何かしらそれに干渉する事が出来るのですが……」


 ヘリオドールを扱ってきた王家やそれに類する各国の支配者は皆ヘリオドールを自国の為、自身の地位の安定の為に使ってきた歴史がある。

 だからこそアシュタリアの現皇帝家にもその制御方法が伝っているのではないかという推察が生まれる。

 アベルローズをその言葉に尤もらしく頷くと、リーンフェルトに質問を投げ掛ける。


「そこは歴史問題に掛かってくるわな。初代様は御神体をどうした?」

「確か奪ったのでしたよね」

「そうだ。つまり……正しい制御方法がアシュタリアの皇帝家には伝わっていねぇ訳だ。そして制御しきれない魔力は八色雷公となって国内に降り注ぐって寸法だ」

「だから破壊して欲しい。という事ですか……」

「そういうこった。少なくとも御神体さえ壊してしまえば八日に一度の八色雷公とはおさらば出来る。あれが無ければアシュタリアの活用出来る土地が増える。畑でも良いし、街でも良い。使える土地が増えればもっと国が栄えるよ。まぁ玄爺だけは反対して大変だが……」

「確か玄帝の方でしたね」

「確かにベスティアにとって御神体は信仰の対象だ。根強く残っていたこの意識を初代様は変えたかったのだろうな数百年先を見越してな」


 そう言ってアベルローズは遠くに薄らと見える山の方を仰ぎ見たのだった。

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