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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
145/192

145 襲撃の火柱

 水を差しだし終えたリーンフェルトは好奇心からアベルローズへと質問するべく声を掛ける。

 アベルローズは馬が引く荷台に、リーンフェルトは徒歩でそのスピードに着いて行くと言う状況である。


「取り敢えずついて来ならが話すのは落ち着かねぇだろ? ちょっとこっちまで上がって来たら良いぞ」


 リーンフェルトは歩きながらでも良かったのだが、見かねたアベルローズはそう声を掛けると彼女は短く返事をする。


「では、少しお邪魔させて頂きます」


 そう言ってリーンフェルトは荷台に音もなく飛び乗る様を見て、アベルローズは感嘆の声を上げる。


「ほう……足音一つ立てずに飛び乗るか。まるで忍のようだな」


 などと笑っているとリーンフェルトはアベルローズの対面に座り、話を切り出し始める。


「アベルローズ様、実は聞いてみたい事があったのですが聞いても宜しいですか?」

「ん? なんだ改まって。国の中枢に関わる事以外なら、まぁ答えてやろうかね。んで、何が知りたいんだ?」


 アベルローズは荷台に胡坐をかいてリーンフェルトの方を見据える。

 その目は無言であんまり余計な事を聞くんじゃないぞと言っている様である。


「いえ大した事ではないのですが……」


 そう前置きしてリーンフェルトはアベルローズに質問をする。


「先程ナギちゃんとヒナタ殿に初代様の話を聞きました」

「あぁ初代様な。アシュタリアの皆はあの話が大好きでなぁ、ベスティアにとっての心の支えって言うのかね? 誇りを取り戻してくれる話らしいぞ。生憎と俺はシュルクだから、そう思えない事も多々あるんだが……昔よくあいつが寝付けない夜なんかに話してやった記憶があるぞ」


 クイクイと親指を立てたその先には未だもう一台の荷馬車でぐったりしているカインローズを指す。


「カインさんも小さい事に寝物語で聞いていたのですか」

「あぁあいつ特に御神体を奪還しようして押し寄せた百万の軍を一人で相手する話が好きでよ。良くせがまれたんだぜ? 俺も何度もその話をしている内にそらで言えるようになっちまっていたよ」

「あのカインさんも可愛い頃があったのですね」

「ははは、今はあんなだが小さい頃はそりゃ可愛かったさ。俺達の事をちゃんとお父様、お母様って呼んでいたしな。はぁ……今じゃすっかりおっさんだ。それでも子供だからな。なんやかんやで可愛いもんさ」

「親というのはそういう物なのでしょうか?」

「あぁこればっかりなってみないとわかんねぇな。リーンフェルト殿も早く殿方を見つける事だな」

「私はそういうのには向いていないようでして……」


苦笑しながらそう答えるリーンフェルトにアベルローズは笑う。


「はっはっは。こうなんだ恋なんてもんは出会った時から予感めいた物があるもんさ。そういう男に出会った事はないか?」

「生憎とそういう人には会った事がありませんね。そもそもその予感という感覚が……」

「んん……なんだうら若き乙女が。恋の一つもせんでどうするか!」

「恋の一つも、と言われましても……」


 リーンフェルトの恋愛事情と言えばお見合いでマルチェロの全身をローストしたところから始まるのだから、最初から躓いてしまっていると言っても過言ではないだろう。

 小説の主人公である英雄達に憧れこそあるが、それが恋愛対象かと言われればまた違うだろう。

 アル・マナクの誰かが恋愛対象になるかと考えてみても該当するような人物はいない。

 セプテントリオンの男性陣に目を向けて見てもアダマンティスはケイという息子がいる年齢だし、カインローズは色々問題があり過ぎてとてもそういう対象に見る事が出来ない。

 一番年齢の近いケイは筋肉と戦闘をこよなく愛する変わり者であり、アンリは悪戯が過激である事、性格に難がある変人である。


(アル・マナクはどうしてこう変わり者が多いのでしょう……普通の人はいないのでしょうか?)




 他人事の様な感想をリーンフェルトは持っていたのだが、傍から見ればリーンフェルトもまた相当変わっているのを果たして彼女は認知しているのだろうか。

 荷台で揺られ、グラつく視界と頭をかち割ろうとしているのかと錯覚する頭痛。

 そして込み上げる吐き気に耐えながらも、耳の良いカインローズには父親と部下の会話が聞こえていた。


 それにしても懐かしい話を思い出した物だ。

 カインローズもまたアシュタリアの初代皇帝の話が好きだった一人である。

 尤も冒険者になり、アル・マナクに所属してからは思い出す事すらなかった程だ。

 一体いつから忘れてしまったのだろうなどと考える余裕は今のカインローズには無かった。


 もう一台の荷馬車ではいつの間にか他の話題に切り替わっているようだ。

 再び聞き耳に入ったカインローズは暫し耳を傾ける事となる。


 そんな事とは知らずにリーンフェルトとアベルローズの話は進んで行く。


「なんでぇい枯れてやがるな」


 リーンフェルトの表情を見て、思い浮かべられる様な男性がいない事を見抜いたアベルローズは彼女の表情を観察しながらからかう様にそう言った。


「大きなお世話です!」


 キッと眉を釣り上げたリーンフェルトの表情をニヤニヤと笑いながら、アベルローズは口を開く。


「まぁそうむくれるんじゃねぇ……お前さんはそもそも隙が無さ過ぎんだよ」

「隙ですか?」

「そう相手が懐に入って来れる隙な。相手を受け入れる事が出来なけりゃ、自分も受け入れてもらえねぇって寸法だ」

「はぁ……」

「なんだあんまり分かってねぇ感じだな」

「隙を自分から作ると言うのが私には分かりません」

「ふむ……こりゃ育ちかねぇ? あんた貴族出身だろ?」

「アベルローズさんにはそのあたりの事は言ってなかったと思うのですが……」

「おいおい、何年生きてると思ってんだ? シュルクもベスティアのお前さんより数倍は見て来てるさ」


 どこかニカッと笑う顔がカインローズに似ているのはやはり親子だなと感じて見ていると視線がぶつかる。


「おいおい、こんな爺ちゃんまじまじと見るな。なんだ、良い男過ぎて惚れちまったか? 俺は嫁も息子もいる身だぞ?」

「そ、そんな事を思って見ていません!」

「はっはっは、んな事は分かっとるよ。あれだな……考え方が硬すぎるんだよな。こんなのは冗談だし顔を赤らめる事もなければ、真に受ける事でもねぇだろ?」

「それは……そうなのですが……」

「もう少し気を抜いて生きてみな。今のおまえさんにはきっと大事な事だと俺は思うがね」

「気を抜いてですか……でもどうしたら?」

「そんなもん簡単だ。難しく考えすぎない事だよ。お前さん性格も真面目そうだし使命感や正義感も強い。その分いろいろ難しく物事を考えすぎちまうきらいがある。そう言う奴ってのは自分がなんとかしなくちゃと思って、思い詰めて行動しちまう奴が多くてな」


 思わぬ所から図星を突かれたリーンフェルトは黙り込んでしまう。

 今までの行動を振り返るとアベルローズの言う通りであり、反論出来なかったのである。


「で、ではそんな私はどうしたら良いのですか?」

「うん? あぁなんだ。本当に図星か!」


 そう言ってアベルローズは笑い出す。


「はっはっは、いやいやすまん。お前さん不器用に生きとるな! そんな奴は一体どうしたら良いのか。そんなもんはもっと簡単だ」


 そう言って彼は自身の胸に手を当てて目を閉じた。


「ここに聞いてみぃ。自分の望む姿を描け、そしてその姿に近づくように行動する事だ。嘘偽り無く。な」

「ここ……にですか」


 その仕草につられる様にリーンフェルトも自身の胸元に手を置くと、アル・マナクの制服越しに鼓動を感じる事が出来た。

 リーンフェルトも自身が理想とする姿を描く為に目を閉じる。

それを見ていたアベルローズがニヤリと笑ったのには気が付かなかった。





 ママラガンへ向かう一行の先頭を進んでいたヒナタは後方で突然起こった爆発に警戒を強める。

 誰かアル・マナク一行を良く思わない者の襲撃かと思ったヒナタは、抜刀し翼に風を受けて大空に舞う。


「敵が居ない? 一体どこから……」


 そう呟くヒナタは火柱が立ち上った場所に降り立つ。

 そこには無傷のリーンフェルトと髭が縮れたアベルローズが座っていた。


「リンさん、アベルローズ様大丈夫ですか!」


 そう声を掛けたヒナタにアベルローズは力なく答えた。


「おう……なんでもねぇよ……ヒナタ。ちょっと魔力が暴発しただけだ」

「そんな訳ないじゃないですか、リンさんもアベルローズ様も魔力の扱いには長けた方々ではありませんか!」


 そう食い下がるヒナタの傍にはナギも駆け寄り心配そうな声を上げる。


「リンお姉様大丈夫ですか?」

「ええ……大丈夫ですよ」


そういつになくぎこちない笑みを作ったリーンフェルトが答える。


「お嬢様今の爆発は……?」


アウグストの護衛そっちのけで現れたリナもまた鋭い目つきであたりを警戒しているのだが、襲撃犯の気配を探れずにいた。


「リナさん。大丈夫ですから……アウグストさんの護衛に戻ってください」

「ふぅ……お嬢様がそう言うのなら」


リナは深く追及する事なく、特に怪我をした様子もないリーンフェルトに安心したのかアウグストの護衛位置へと戻る。

その間もヒナタはアベルローズから情報を聞き出すべく話をしている。


「アベルローズ様……本当に、本当に何もなかったのですか? 襲撃者の魔法はどの方向から飛んで来たのです?」

「俺も咄嗟の事だったんでな……ま、もう気配を感じないし大丈夫だろう。持ち場に戻り帝都へ向けて出発だ」


 そう短く話すとヒナタに犬を追い払うような仕草で手を払って見せた。


「一体何があったんだろう?」


 釈然としないヒナタは持ち場に戻りママラガンへの道を進むのだった。

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