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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
144/192

144 伝説の初代様

 早朝からハクテイ家を出発した一行はいつもならば朝食を取るような時間には西都の東の端までやって来た。

 その間ずっとアベルローズ親子は二日酔いの為ぐったりとしており、身体の大きいカインローズに一台、アベルローズ用にもう一台、計二台の馬車を使って荷物となっていた。

 二人の事が心配だったのだろう。

 領内まで見送りをさせて欲しいと申し出たキトラがそこまで道案内をしたので、ここまでは迷う事は無かった。

 尤も屋敷から出て、大通りから東門を抜けてそのまま一本道をぞろぞろと歩いて来ただけではあったが。

 名残惜しそうにキトラは頭を下げる。


「夫と息子がこんな感じですみません。私もついて行けるなら良いのですが……」


 そう言ってキトラは目を伏せ、頬に手を当てた。


 リーンフェルトは道すがらキトラと会話をしながらここまで来た。

 カインローズの子供時代の話や夫であるアベルローズとの馴初めなどを話していたら、つい夢中になってしまい西都の東端までの時間はあっという間であった。

 キトラの今日の服装は、裾の窄まった紺地のボトムにハクテイの色である白に見えるように染色された土蜘蛛の糸を編み上げた羽織り物であり動きやすさを考えての事らしい。

 伸縮性に優れ、軽く、防刃効果を得る程の強度を誇るのだとか。

 キトラはそんな事を話をしつつ、西都の境界線を示す石で出来たオブジェの所で立ち止まると一行に頭を下げた後、手を振った。


「久々に沢山のお客様をお迎えしたので随分と賑やかでした。夫も行ってしまうし少々寂しのですが、我慢致します。また帰りに寄って行ってくださいね。ハクテイの者一同でお迎え致しますので」

「ありがとうございます。カインさん共々帰りにまたお邪魔致しますね」


 そう言ってリーンフェルトはキトラと握手を交わした。


 ハクテイの親子はいびきをかいたままで起きない。アシュタリアの地理に不慣れな一向はヒナタの案内で帝都を目指して進む事となった。


「空を飛べればかなり近いのですが……」


 そう漏らすヒナタの言う通り、アベルローズも一日二日あれば帝都から帰って来ていたはずだ。


「飛べない者は本当に大変なのですよ。リン姉様」


 馬車からひょっこりと顔を出したナギがそう付け加えた。


「確か山の頂上にあるのでしたよね?」


 アル・マナクの事前資料にアシュタリアの帝都ママラガンについての記載があった。

 峻峰の頂上に位置し、その場所は雲よりも高いとされる。

 そんな知識を掘り出しながら話を進めると、ナギは頷いて見せた。


「そうですよ。元々は忍の一族だったそうですよ。忍は分かりますか?」


 一段階声色が高くなったナギの声は、リーンフェルトに取って何か既視感を齎す。

 前にもこのテンションで何かを聞いたはずである。

 話を中断する訳にも行かず、リーンフェルトはそのままナギの問いかけに回答する。


「その位は流石に分かります。情報収集を主に行う職業と聞いていますが?」


 その答えはナギにとっては半分正解であり、半分間違いである。


「今のアシュタリアの忍はそんな感じなのですが、昔は敵国の要人暗殺や重要施設の破壊工作なども当時は任務に含まれていたそうです。私の好きなアシュタリア建国記の頃の忍は冒険活劇の様で面白いです」

「ぼ、冒険活劇ですか?」


 その単語に思わず面食らったリーンフェルトはそう聞き返していた。

 自国の歴史を冒険活劇の様というのは分からないでもない。

 旧アルガス王国にもヒロイックサーガが存在するし、建国に纏わる英雄達の話はどれも興味深い。

 リーンフェルトも読書を嗜む者として、いくつかそういうジャンルの物を読んだ事があった。


「はい! 初代様が華麗に忍術を駆使してちぎっては投げちぎっては投げ……当時無数あった国々を滅ぼし、御神体をママラガンに持ち帰ってから亡くなるまで無敗だったそうです」


 初代様というのはアシュタリア帝国を建国した初代皇帝の事だろう。

 そして無敵であったというのだから、素直な感想がリーンフェルトの口から洩れる。


「無敵ですか……それは凄いですね」


 リーンフェルト自身も良くそういう小説を読んでは想いを馳せだものだ。

 その辺り実に女の子らしくないのだが、それについて両親から咎められる事は無かった。

 当時からアルガスの王族を見るたびにこれがあの英雄の末裔であるという事が信じられなかったのは、今にして思えば良い思い出だ。

 勿論リーンフェルトにとってもその英雄譚の英雄達は遠い遠い先祖に当たる。

 リーンフェルトの実家、セラフィス公爵家は王家の分家である為、当然と言えば当然なのだが。


「そうなのです! 伝説では忍術で自在に雷を操れたと聞きますし、百万の大軍を前に一人で戦ったとか……色々と逸話が残っているのですよ」


 得意げなナギに苦笑しながら、リーンフェルトは流石に百万の大軍を一人で相手するその初代様の姿を想像してみる。

 実際に軍に籍を置き軍隊という物を知っている彼女にとっても百万という数字が想像がつかない。

 しかし軍隊の規模と言うものは何となくだが分かる気がする。

 恐らく眼前は見渡す限り敵だらけであり、とても一人で相手するのは困難であると言える。


「それは流石に難しいのではないかしら……」


 少々口にしてから大人げなかったかと思ったが、ナギもこういう事では引かないタイプである。


「確かに伝説の方なので多少の誇張はあると思いますが、凄かったのは本当だと思うのですよ。初代様ファンはアシュタリア中に居ますし!」

「そんなに力まなくても……。初代様が凄い方なのはよく伝わりましたよ」

「いえ、リンお姉様はまだ分かっていません! きっと初代様忍法帖や仮面の忍者初代様を読破してくださればその凄さ偉大さが分かるのです! ママラガンに着いたら一式……全四十巻、さらに外伝と番外編と……」

「ナギちゃん流石にそんな量読破出来ないですよ」

「それならケフェイドまで使いをやって届けさせますね!」


 どうやらナギはどうあってもリーンフェルトを初代様ファンに取り込みたいようである。


「全部は読む事は出来ないかもしれませんが、まずは一冊だけお借りしますね」


 そう言ってその場を誤魔化して笑った。

 それを見ていたヒナタが窘める様にナギに話しかける。


「こら、ナギ……リーンフェルト殿が困っているだろ?」

「なんですかヒナタちゃんだって、初代様ファンじゃないですか!」

「それはそうだよ。この国で初代様の強さに憧れない奴は男じゃないね!」

「ほら、ヒナタちゃんからもリンお姉さまに初代様の素晴らしさを伝えるのです!」


 ナギに押し切られる形でヒナタも会話に加わり初代様談義に巻き込まれていると、荷台に積まれていたアベルローズがムクリと起き上がり辺りを見回して大きな欠伸をした。


「ふわぁ……あぁ! クソ! 頭が痛いぞ……すまんが誰か水を持って来てくれ……」


 リーンフェルトはアベルローズのそれを脱出するチャンスと捉えたようだ。


「お水ですね! 直ぐにお持ちします!」


 そう言ってナギとヒナタの傍を離れると、土魔法で木製のコップを素早く作り上げその中を水魔法で生み出した水で満たしてアベルローズの下へと駆け寄る。


「おう……すまねぇ……」


 手渡された水を一気に飲み干したアベルローズがリーンフェルトに礼を述べる。

 その言い方がどうにもカインローズのそれであり、やはり親子であるのだなと改めて思う。

 声はカインローズよりも少々しゃがれているが、年齢の割には引き締まっておりハクテイ家の紋が入った着流し姿である。


「すまん、もう一杯水を出して貰えるか」


 コップを突き出して彼女にそういうとニカッと歯を見せて笑った。


「うむ……リーンフェルト殿の魔力の質が良いのか中々の名水じゃった感謝する」


 そう言ってぺこりと頭を下げたアベルローズとリーンフェルトは少し聞いてみたい事があったので尋ねてみる事にしたのだった。

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