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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
143/192

143 西方の虎に翼あり

 すっかり水を打ったように静かになった中、アベルローズは一同を見回し閉口を確認してからアシュタリア皇帝カハイの要件が書かれた書状をを徐に読み上げ始めた。


「まず初めに今回の八ッ首ヒュドラの件は包み隠さず報告させてもらった。うちの倅の帰還、ヒナタの負傷、そしてリーンフェルト殿の能力についても勿論な。前にも言ったがうちの皇帝はアシュタリアの御神体、シュルクで言う所のヘリオドールを破壊しようとしている。まぁ元々オリクトにも興味を持っていたんだが……まずアル・マナクのアウグストはヘリオドールの専門家として帝都にご案内だ。加えて特異な能力を持つリーンフェルト殿に協力を仰ぎたいとの事だ。さらにアウグストの護衛としてリナ殿の同行

が許可されている」


 そう言って一枚目の書状を皆に見せる様に文面を表にして、両手で広げその場にいる者達に見えるようにしてみせた。

 書状にはアシュタリア皇帝カハイのサインと印が押されており、それが公式な物である事を裏付ける。

 尤も四祭祀家の一家の長がわざわざ偽物を用意する訳も無く、その場にいたベスティア達の誰もが皇帝からの勅旨である事を恭しく聞いていた。

 その中でアル・マナクのメンバー達の反応は皇帝の影響を受けない客人の身、少々反応が違う。


「ほう……ヘリオドールの専門家としてですか。確かに私を置いて右に出る物はそうそういないでしょうが……この件を断る事は出来ますか?」

「貴殿はハクテイ家の客人である。我々からは要請する事しか出来んよ」


 そう答えるアベルローズにアウグストはニコリと笑い返事をした。


「皇帝陛下に御呼ばれした以上このアウグスト、必ずや帝都まで駆けつけますとも」


 そう言って胸を叩いて見せた。

 リーンフェルトの目から見て、アウグストは最初から行く気であったはずだ。

 それをわざわざ一回断る事について質問するあたり、何か条件をねじ込むつもりなのだろうかと勘繰ってしまう。

 そして自身の吸収の能力がヘリオドール破壊の為に何か役に立つとして帝都に呼ばれた事については些か疑問が残る。


「私の能力で協力……一体何をしたら良いのでしょうか?」


 アベルローズにそう質問したリーンフェルトだが、彼はそのあたりの事までは知らないようで、あっさりと返事が返ってくる。


「そこの所はうちの皇帝に直に聞いてくれ。俺はそこまで知らされていないからな」


 リーンフェルトにそう返答したアベルローズに処遇について言及の無かったカインローズが口を挟む。


「待て待て親父。俺はどうなってるんだ。アル・マナクの一員、それもセプテントリオン四席としてママラガンへの同行はさせてもらうぞ?」

「馬鹿者、落ち着け。お前の同行も許可されている。が、それはハクテイ家の者としてだ。いい機会だからお前の事も皇帝に面通ししておこうと思ってな」


 そう言って笑うアベルローズは父親の笑みを見せる。


「そ、そうなのか?」

「あぁ俺達の息子が立派になって帰ってきたんだ、それくらい父親として国に報告させろや」

「親父……」


 息子を誇らしく思うと暗に言われたカインローズは胸にこみ上げてくる物をグッと抑え込んだ。

 何故なら先程まで優しげな父親の笑みから一転、いつものアベルローズの少々意地の悪そうな笑みに戻っていたからである。


「まぁ……未だに宮廷には混血だなんだと頭の固い事を言うアフォ共も少なくはないがな。でも帰ってきてからのお前を見る限り大丈夫だろ? そんなもん」

「あぁクソ喰らえって感じだな」

「ならばよし。ハクテイ家の嫡男として胸を張れ。西方の虎に翼あり。威武を示せだ」

「おう」


 カインローズは父の言葉に短く答えたが、その返事には気合いが入っている事が伺える。


 アベルローズはそう言ってまとめると二枚目の書状を取り出し、今後の日程について口にする。


「カハイ殿下は多忙でな。アウグスト他アル・マナクの二人には明日にも帝都ママラガンへ向けて出発してもらう。護衛はそうだな……ヒナタ行けるか?」


 アベルローズは居並ぶ面々から病み上がりのヒナタを指名する。

 彼は指名を受けて、体調は万全である事をアピールする機会が出来たと嬉しそうに返事をして見せた。


「勿論です。必ずや無事に帝都までお連れ致します!」


 声を張って答えたヒナタに苦笑して見せたアベルローズは、一つ頷いてから言葉を続けた。


「よしよし。ナギちゃんも帝都に送り返さないかんしな。ちょうど良かろう。ハクテイからは案内人として俺が出る。キトラ毎度悪いが留守を頼むぞ」

「ええ、大丈夫よ。お土産は帝都のお菓子で良いわよ」


 いつものことだと言わんばかりに笑うキトラは、主人に対してお土産の要求も忘れない。


「……そういうのは後で言ってくれれば良い物を」


 この場で言えば威厳という物が削がれるだろうと、苦々しい表情でぼやく。

 その姿にキトラは笑みを絶やさず、意に介していない様子でこう言った。


「だって貴方直ぐに私へのお土産を忘れてしまうじゃないの。忘れない為にも大人数に聞いてもらっていた方が良いでしょ?」


 そう首を傾げて見せるキトラは、四十近い息子がいるとは思えない程若々しく美しい。


「だがしかしだな……」


 困った様子のアベルローズを見て、エイシが指を指して笑う。


「はっはっは西方の虎と言えど、妻には勝てぬか」


 そう言って笑うエイシをジロリとにらんだアベルローズは口元を釣り上げて笑った。


「お前の所だって人の事を言えないだろうが! 帝都に行くたびに正妻から側室に至るまで、全員の土産を怯えた雛の様に震えながらごっそり買っていくのを俺は知ってるんだぜ?」

「土産くらい買って帰るだろう? 儂は皆を愛しておるからな。決して脅されてなどおらんぞ」


 少々引き攣った顔のエイシに、実情を知るであろうヒナタはポツリと呟く。


「父上……それはちょっと苦しいかと」


 まさか息子からツッコミが入ると思わなかったエイシは一瞬ヒナタを睨み、一つ咳払いをして息子を黙らせる。


「ウォッホン! ともかくだ。妻への土産はとても大事だという事だ」

「ケッ! 尻に敷かれ過ぎて煎餅布団の様になっちまって大変だな!」

「クッ……お前はうちの妻共の怖さを知らないからそんな事が言えるのだ! 全く……本当に大変なのだぞ?」

「まぁその辺りは心中を察するって事にしておくぜ。さて、要らん話が入ったが早速で悪いが明日出立する者は各自用意を頼む。陸路で行く帝都ママラガンは非常に道が険しいからな。なまじ登山のような物だ。その辺りの準備は入念に行ってくれ。アル・マナクにはうちから準備をサポートさせる! さぁ明日は帝都へ向けて立つ。今晩は盛大に祝おうぞ!」


 どうやら今晩も西都は宴会を開くようである。

 寧ろそれもアベルローズの目的に含まれていたのかは定かではないが、その晩は昨晩よりもアベルローズが盛り上げようと意気込みいろいろと巻き込み、彼が酔い潰れて眠るまでお祭り騒ぎは続いた。

 誰もが明日から帝都への旅路に備えている中、ヒナタの快気祝いよりも盛り上がったのは単に彼の手腕であろう。


 そうして翌朝を迎えたハクテイ家は死屍累々多くの者が二日酔いと寝不足で体調不良に陥っていた。

 アル・マナクでまともに動けたのは女性陣だけだ。

 二人とも光魔法の使い手である為に酒と言うものには強い。

 リーンフェルトに至っては宴会の始まる前から魔法を発動させて対策を怠らなかった。

 一方アル・マナクの男性陣は酷い物だ。

 客人としてもてなされたアウグストは宴会の最中、体内要領の限界を超えた為、三度嘔吐した後の記憶が覚束ないようだ。

 そしてカインローズはと言えば今回はアル・マナク扱いでは無かった為、ハクテイ家の馬車へと……積まれていた。

 彼は西都から帝都に行く為に用意された旅の食糧を乗せた荷台へとキトラによって放り込まれる。


「任務を忘れて騒ぐからですよ!」

「うぅ……頭に響く……大声出すな……」


 息子よりも輪を掛けて酷いのはアベルローズである。

 昨晩盛り上げ役に徹した彼であるが、今はキトラに肩を借りて何とか歩いている状態だ。

 全身に纏った濃厚な酒の匂い。

 アベルローズは完全ある二日酔い状態で出発する事となってしまった。

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