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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
142/192

142 嵐は帰りて吹き荒れる

 エイシの手配で動き始めたシュテイ家のベスティア達は西都中を駆け回り食材や酒を大量に調達してきた。

 シュテイ家の精鋭は野営慣れしており、料理が出来る者もかなり多く居たので多彩な料理がどんどん作られては配膳されていった。

 宴会会場と化したハクテイ家の庭には敷物や椅子が持ち出され、歓談する者、料理を食べる者、果ては余興を始める者と様々だ。。

 だが一様にして言える事は皆がお祝いムードであり、各人それなりに浮き足立っているという事である。


「ここは私も自慢の料理を振舞わなくてはなりませんわね!」


 などと腕まくりを始めてしまったリナをアウグストとリーンフェルトは必死に止め、何とか諦めさせることに成功した。


「リナ君の料理など出してしまった日には要人暗殺の疑いを掛けられてしまいますよ。全く……」

「流石にそれは……」


 そうリーンフェルトは言いかけて、先の料理対決の結末を思いだし苦笑するに留めた。

 確かにあの料理がこの場に出てしまったならば、鼻の良いベスティア達が卒倒してしまうだろう。

 仮に口に入れてしまったなら第二、第三のクライブをこの異郷の地に生み出しかねない。


「代わりに私が料理に参加して来ますので」

「そんなお嬢様が行くくらいなら私が!」


 リーンフェルトが台所に立つくらいならば代わりに自分がと立ち上がりそうになったリナをアウグストが必死で止めに入る。


「リナ君リナ君、私の護衛はどうするのだね。カインもリン君も居なくなってしまっているのだから、もしもの事があったらどうするのだね? 君の任務は私の護衛だったはずだよ」

「それでしたらバカインは仕方ないとしても、お嬢様も護衛ですわよね?」

「そこはだねリナ君。彼女はヒナタ殿を救った恩人だ。そして我々の中でカインに継いでベスティアからの信頼を勝ち得ている。ここは一つ親善大使として台所に立って貰おうじゃないか」


 そういうアウグストに納得のいかないリナは、反論して見せる。


「で、ですが……それならばお嬢様は恩人として料理を振舞われる側ではありませんか?」

「彼女はそういうタイプの親善大使ではないよ。その場に溶け込んで距離を縮められるタイプだと僕は思うけれどもリナ君はどう思うかね?」

「それは勿論可憐なお嬢様の事ですから、皆仲良くしたいと思うに決まってますわ!」


 リーンフェルトの事を評価を否定するような事を基本的に言わないリナの事を熟知したアウグストの話術は見事に欲しい言葉を引き出して見せる。


「つまりそういう事だよ。ではリン君悪いがちょっと花嫁修行の一環でベスティアの皆様にシュルク代表として腕を振るって来てくれたまえ」

「ならば仕方がありませんわね。流石私のお嬢様です、是非ベスティアの皆様との親善の懸け橋となってくださいませ」

「なんだか物凄くハードルが上がってしまいましたが行ってきます」


 こうしてリーンフェルトはシュテイ家の兵士達に混ざって料理をする事になった。

 ヒナタの命を救ったリーンフェルトの事を当然好意的に受け入れられた兵士達は食材を運んだり、皿を出したりと細やかに動いて見せた。

 リーンフェルト自身もベスティアに伝わる調理法などを教えて貰ったりと中々有意義な時間を経験した様である。

 料理の腕前は以前よりも大分上達しているように思える。

 刃物の扱いならばナイフから剣、斧、刀など何でも扱えるようにと修行した器用さは包丁に持ち替えても健在である。

 こうしてリーンフェルトが作り出した一般的なシュルクが食べるような料理もヒナタの快気祝いに花を添える事となったのであった。



――さて、エイシが色々奮発して開かれたヒナタの快気祝いから一夜明けて朝。

 首都ママラガンでの用事を終わらせて西都に帰ってきたアベルローズは怒っていた。

 玄関口が騒がしいので何か起こったのかとぞろぞろとハクテイ家に滞在していた面々も顔を覗かせてしまうほどアベルローズは怒り心頭していた。


「お前ら俺が戻って来る前に宴会開くたァどういう了見だ?」


 この宴会は昨日行われたヒナタの快気祝いである。

 ヒュドラ討伐にも同行し、ヒナタを回復させる為の魔力の提供もした。

 そんな彼には少なくとも一杯の酒が振る舞われて当然の権利がある。

 彼が怒るのはもっともだとリーンフェルトは成り行きを見守りながら思っていた。


「ごめんなさい貴方……でもチャンスだったのよ。近所の酒屋さんや食物を扱っている所は軒並み潤いましたから」

「そうだぜ親父。それにあのケチで有名だったエイシからの振る舞い酒なんざそうあるもんじゃねぇよ」


 カインローズが言うのは随分小さい頃に耳にしたシュテイ家のエイシはケチという話だ。

 もっともこれは誤解であり、財政担当となったエイシが方々の倹約に努めた結果であり、いわば今まで甘い汁を吸ってきた者どもの恨み節であったのだが、そんな事実を知る前にカインローズは家出同然にアシュタリア帝国から出奔している。


 そんな感じであれこれと言い訳を並べる二人にアベルローズはぴしゃりと言い放った。


「じゃかしいわい! なんで祝いの金はハクテイ家から出さなかったか! こっちでやっときゃエイシが引退しそうな五年後、それから後に続くシュテイの餓鬼どもにも恩着せがましく振る舞えたものを!」


 そうアベルローズは二人を怒鳴りつける。

 彼の髪が風と雷の魔力でザワザワと逆立っているのを見ると、その言葉がそれくらい本音で出ているのか推測に難くない。


 しかし当然の事ながらハクテイ家に滞在していた面々というのに、そのエイシが含まれていない訳ではない。

 エイシはほの暗い笑みを浮かべた後にアベルローズを睨みつける。


「貴様うちの倅の祝にかこつけて……最低だな! 儂はまだまだ引退などせんぞ!」

「よっ!エイシ」


 片手をあげ、街中で友人を見つけたかのように誤魔化そうとしたアベルローズの姿はかなり滑稽でリーンフェルトは笑いを堪える事に苦心する事になる。

 何かこの二人示し合わせたかのようなやり取りが奇妙でもあり、なんだかとても笑いそうになるのだ。


「よっ。ではないぞ! 貴様今完全に無かった事にしようとしただろう!」

「すまんな。寄る歳のせいか最近昨日何食ったかすら思い出せんぞ。ほれついさっき言った言葉すら思い出せん。これは困った困った……」


 尚もボケ倒すアベルローズに段々と翻弄されていくエイシはこのようなやり取りを日頃からやっているのだろう。



「お前そこまで絶対に耄碌してないじゃないか!」

「いやいやベスティアと俺達じゃ歳の取り方がやっぱり違うんだぜ? 身体面では圧倒的にベスティアの方が優れているんだ。見ろうちの上さんを。未だピチピチで愛らしいだろうが!」

「いや違う。そういう事を聞きたいんじゃないぞアベル?」

「美容法、健康法についてはキトラに聞いてくれよ? 俺に聞かれても全くわからん」

「本当に煙に巻く気だな?おい」

「全く嫌だのぅエイシ。人聞きの悪い事を……」


 妙に悲しそうな表情を浮かべるアベルローズだが、そんな物には騙されないとエイシも食い下がる。


「いやアベルお前の発言の方が余程酷かろうが!」

「まぁまぁエイシ……そんなに怒ると禿げ上がるぞ?」

「ふん。家は鳥系ベスティアの宗家だぞ? 禿げたりなどせんよ。寧ろそんな狡猾な事を考えていると狐と呼ばれる様になるぞ? アベルよ」


 エイシがそう言い放つと意外な所から横やりが入る。


「狐が狡賢いとな? 賢く美しいという点については頷いても良いが、狡いというのは少々癪じゃの」


 そう言って九尾の狐のベスティアであるシェルムがエイシの背後にいつの間にか現れて凄まじい殺気を放っている。


「くっ……相変わらず凄まじい殺気だな」

「ふん。我ら狐のベスティアに対する暴言を取り下げよエイシ殿」

「大変失礼致した……」

「よい。我ら狐は寛大である故な。良いか肝に銘じておくのじゃぞ?」

「ぎょ……御意」


 すっかり強者の気に当てられたエイシはバケツの水を掛けられたように鎮火してしまった。


「それでアベルローズや。陛下はなんと?」


 騒ぎが収まった頃、徐にシェルムはアベルローズにそう尋ねた。

 話を察するにシェルムは今回アベルローズがアシュタリア帝都ママラガンで何をして来たのかを知っているような感じである。


「おっといけねぇや……すっかり忘れておったわ。皆の者良く聞け。これより皇帝陛下からの言葉を伝える」



 その一言でザワザワとした雰囲気が一瞬にして静まり返る。

 それほどまでに皇帝とは凄まじい存在なのだと改めて実感する貴重な体験となったのだった。


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