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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
141/192

141 目覚め

 カインローズの進言によりロトルは実に迅速に動いた。

 始めに万雷荒れる中アシュタリア帝国の帝都であるママラガンへと使いを走らせた事、そして自らも皇帝に上申するべく、ハクテイ、シュテイの両家に別れの挨拶をしてアル・マナクの面々には是非帝都に来て欲しい旨を伝え各人に握手を交えながら伝えると帝都への使いの後を追う様にロトル達は帝都へと向かった。

 ヒナタの容態が気になるナギはそのまま残ると自ら願い出て、ロトルはそれを了承した。

 シュテイ家に預けられる事になったナギは今ヒナタが運ばれている馬車の中である。


 慌ただしく動き始めたロトル達アシュタリア帝国側にリーンフェルトが感じる事が出来た事と言えば、ジェイドに関する情報がこの国にとってどれほど重要な物であったかという事である。

 そこに自身の問題を絡めて考えてしまい躊躇った彼女は、ジェイドの事を報告したカインローズの前に立つ。


「カインさん……あの」


 話を切り出そうとして声を掛ければカインローズはいつもの調子に戻っていた。


「ん? さっきのか? 気にすんな、お前の事だ私情が絡まりそうで言い出せなかったんだろう?」


 カインローズの指摘が図星であった事にリーンフェルトは少々凹む。


「なぜ……ですか。私の考えていた事をカインさんが……」

「おいおい……俺だってあれくらい想像が付くんだぜ? まぁヒナタの件の借りはこれで返せたか? 拗れている妹とは一回しっかりと話し合うんだぜ? あいつ等ならヘリオドールのある所には決まって現れるんだ。いつもなら忍び込んだりして破壊していってるが、今回は皇帝自らの依頼という形になるだろう。ならば兵士達を嗾けられる様な事にはならねぇ。むしろ今回の任務は皇帝庇護の下で行われるんだ。帝国内に関してはまず安全だろうよ」

「カインさん……その……ありがとうございます」


 小さく頭を下げたリーンフェルトの肩をポンと叩くとカインローズは言葉を続けた。


「しかしまぁあれだ。今回は魔力を貯める時間もねぇから、しっかりと誠意を見せる事が大事だぜ」

「それは……はい。分かっています」

「本当か? あいつと面と向かった瞬間に魔法とかぶっ放さないでくれよ?」

「カインさん、私の事をどのような目で見ていたのですか!」

「そりゃお前、俺よりも短気な奴って認識だろう。どう考えたってもうちょっとお淑やかにだなぁ」

「そういう事をカインさんには言われたくありませんね。礼儀作法なんてほとんどダメじゃないですか。それとも書類仕事……ご自身でやられますか四席殿」


 急に席次で呼ばれたカインローズは背筋に寒い物を感じて慌てて謝り倒す。


「いや俺が悪かった。すまん、書類仕事だけは絶対に嫌だ」


 そんな感じでリーンフェルトの機嫌が戻るまで何とか取り繕ったカインローズは人知れず大きく溜息を吐くのだった。




 さてそんなこんなで八色雷公<やくさのいかずち>の中、ハイテイ家とシュテイ家の一団は西都まで行軍する事となった。

 雷光で目がチカチカとする中の移動に真っ先に根を上げたのはアウグストである。

 早々に馬車の中に退避すると早々にこんな事を言っていた。


「アシュタリアの雷はへそを取るらしいのだよ。へそを集めて一体何に使うのだろうね? 興味はあるが私のを取られる訳には行かないからね」


 そう言ったきり馬車の窓を閉め切ってしまった。


「まぁへそを取るなんざ迷信にしか過ぎないんだがな」

「でもどうしてへそなのでしょう?」

「アシュタリアは迷信めいた物も多いんだが、雷が鳴る時ってのは大概曇っているもんでな。日が無い分そんなに暖かいわけじゃねぇし急激に気温が下がるんだ……だから子供には寒くなって来たら腹を隠せ、下してしまうぞってのを雷に引っかけて昔は教えていたんだとさ」


 そう言って笑うカインローズはおどけた様子でへそのあたりに手を当てて見せた。


 雷鳴がけたたましくなり、稲光が絶え間なく降り注ぐ中でも行軍自体は特に問題なく行われた。

 むしろこの八色雷公に慣れていないのはアル・マナクの三名だけであった為、行軍には何ら支障をきたさなかったのである。

 そして西都に着いたのは八色雷公の二日後の事である。


 西都についてからもヒナタは眠ったままだった。

 リーンフェルト自身も本当に術が成功したのか不安になって来ていた頃、慌ただしい足音がハクテイ家の廊下に響いた。


「ヒナタちゃんの意識が戻りました!」


 そう言って客間で歓談中だったキトラとリーンフェルトの元に駆け込んで来たのはずっと看病していたナギである。

 ヒナタが目を覚ましたのは西都に着いてから実に三日後の事だ。

 看病中は暗い面持ちであったナギの表情は今や夏の青空に咲き誇る大輪の向日葵の様な明るさであり、彼女のそんな顔を見たリーンフェルトを含め、西都に戻って来たアシュタリアの面々を安心させた。


 ナギの知らせを聞いて寝室に詰めかけたのはシュテイ家からはヒナタの父であるエイシ、ハクテイ家からはキトラ。

 そしてアル・マナクからはリーンフェルトとカインローズである。

 なお、アベルローズは帝都へ出仕しており不在、ヒュドラの研究に没頭するアウグストの護衛としてリナが残った形である。


「ナギ……迷惑を掛けたみたいだな」


 未だ布団に入った状態で上半身を起こした彼の傍らに正座するナギにそう語り掛けたのだが、彼女はそれに返事をせずリーンフェルトの方へ向き直ると改めて感謝の言葉を述べた。


「リンお姉様……いえ、リーンフェルト様。この度は私の幼馴染であるヒナタ・シュテイの命をお救いくださいました事、心より御礼申し上げます」


 三指付いて頭を下げて顔を上げれば薄らと目尻に涙が溜まっていた。

 リーンフェルトはハンカチを胸元から取り出すとナギに手渡し、話し始める。


「私はその時自分に出来ることをしただけです。まずはそれで涙を拭いてください」

「はい……」


 ナギがリーンフェルトのハンカチで目尻を拭っている間に、ヒナタに体調の確認をするべく顔を向けた。


「ヒナタ殿、体の調子はいかがですか? どこか痛い所などありますか?」


 心配気な声でそう尋ねてみれば、案外呑気な回答が返ってくる。


「あぁ特に問題はなさそうなんだが……翼がガチガチに固定されていて動き辛いくらいか」


 そう言った途端、病み上がりのヒナタの頭に何処からともなく扇子を取り出したナギがそれでもって刺した。


「痛っ!」

「ヒナタちゃん! これはリンお姉様が翼がもげてしまわない様に固定して下さったありがたい包帯なのですよ! シュテイ家は家宝として末代まで大切になさいませ!」

「もげるか! こんなにしっかりくっついてるだろうが!」


 そう言ってヒナタはバサバサと翼を動かして見せた。


「翼の方は大丈夫でそうですね」


 千切れそうになっていた翼は動かせるようになるまでには回復しているようである。

 その成果に一安心したリーンフェルトはなんとなく肩のあたりが軽くなった気持ちになった。


「なんなら今から剣の稽古も出来そうなくら……痛っ」

「ヒナタちゃん! ちょっと元気になったからって調子に乗り過ぎです。ちゃんと安静にしていてください!」


 今一度扇子で頭を小突かれたヒナタは結局強制的に布団に寝かされる事となった。


「しかし本当に助かって良かったわね」


 キトラはそうエイシに話しかければ、エイシも安心したのだろう少々目が赤くなっている。


「リーンフェルト殿には本当に大きな借りが出来てしまったな」

「借りだなんて……どうぞお気になさらずに。ヒナタ殿を助ける事が出来て良かったです」

「シュテイ家はリーンフェルト殿のアシュタリアでの行動を全面的に保証させて貰おう」


 そう言った矢先にキトラとカインローズの目が光る。


「さぁリーンフェルト殿私と一緒に買い物と食事に行きましょう。今なら西都でも一番のお店を抑える事が出来るわ」

「いやいや母さん……リンはこれから俺と飯に行くんだぜ」

「えっ……?」


 目を丸くしたまま固まったリーンフェルトを余所に親子はどちらがリーンフェルトと食事に行くかを争っている。


「どうせ儂の奢りか何かだと勘違いしているようだが、行動についてだ。金銭では無いぞ!」


「エイシのケチぃ。ハタタガミだっけ? あの街儲かっているみたいじゃないの」


 頬を膨らませてエイシを睨むキトラ。


「お前の所の西都と比べるんじゃない! アル・マナクと懇意にしてオリクト流通を一手に担うハクテイ家の方が金は持ってるだろうが!」

「お金は多い方が良いわ! そして食事は人の奢りが一番美味しいわ!」


 そう言い切ったキトラは腰に手を当てて胸を張った。


「今回の件は俺の力量によって解決したも同然だろうに……母さん、シュテイ家の奢りは譲れねぇな」

「カイン。そこはママでお願い」

「……まだ諦めていなかったのか」


 半笑いのエイシを視界の端に捉えつつリーンフェルトはカインローズ親子を見て良く似た親子だなと思っていた。


 結局エイシは個別の食事を諦めてもらう代わりに、ヒナタの快気祝いならばとその財布の紐を解く事になる。


「倅の祝いだと思えば安い物だ」


 自分に言い聞かせるようにして頷いて見せたエイシは宴の準備をするように部下達に命令を発したのだった。

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