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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
140/192

140 八色雷公

 アル・マナクのテントが見えてきた頃、そこに見慣れた姿を発見したのでリーンフェルトはその人物へと駆け寄る。


「カインさん。何をされているのですか?」


 テントの入り口にはカインローズが腕を組んで待っていた。

 さながら門限に厳しい父親が娘を玄関で待っているようであり、時折足先をパタパタと動かしながら空を見上げている。


「おう、リンやっと戻って来たか。遠くからこっちを見るのは構わねぇが、もう少し気配なり足音なりを消しておけ。さてそんな事より折角これから何が起こるかを黙っていたんだ。しっかり良い反応をしてくれよ?」


 カインローズと話している内に東の空が薄らと明るくなり始める。

 リーンフェルトも東の空へ視線を向けると、改めて空が分厚い雲に覆われているのが認識できる。


「今日は曇りのようですね」

「クックック。それは違うぞリン」

「何ですかその変な笑い方は……。雨の気配があまりしないのでこのまま曇りなのかと思っているのですが……。只の曇り空ならばカインさんの態度もおかしいですし、これから一体何が起こるというのですか?」


 にんまりとするカインローズにリーンフェルトが困惑の表情を浮かべていると急にゴロゴロと雷鳴が響く。


「……雷?」


 リーンフェルトがそう呟く。

 カインローズは依然としてニヤニヤした表情を崩さないままそれは始まった。


 眩いばかりの雷光を撒き散らして、轟音と共に大気を切り裂く。

 それはまるで太鼓を乱れ打っているかのように次から次へと絶え間なく稲妻が光り、まだ明け方だというのにすっかり昼の様に明るくなってしまった。

 その光景を目の当たりにしたリーンフェルトは言葉を失って、開いた口を閉じる事もせずにほどばしる稲妻に魅入られていた。

 この空に亀裂を生むように走り、消えてはまた違う方向に走るそれはまるで天を破壊せんとばかりに引き裂く爪痕の様である。


「これは……凄いですね」


 目の前に展開される光景に思わずそう感想を漏らすリーンフェルトであったが当のカインローズは物凄く不満気である。


「なんだよ。悲鳴の一つも上げてくれりゃ面白かったのに」


 どうやらカインローズはこの絶え間なく続く激しい雷でリーンフェルトが驚く事を楽しみにしていたらしい。

 しかし彼女は一つ溜息を吐くとさらりと返事をする。


「雷光と暴風には人一倍耐性がありますので」

「なんだよそれ。ん? 俺の事か!」

「雷鳴に一々悲鳴を上げていたらカインさんと一緒に行動出来ませんよ?」

「確かにそりゃそうだな。くそッなんで気がつかなかった」

「それはカインさんですから」

「なんだか悪意のある言い方だな」

「そんな事はありませんよ? 多分ですが。しかしこれは一体なにが起こってるのですか?」


 いつものように後頭部に手をやってガシガシと掻いたカインローズは眉を顰めて嫌そうな顔をするのだが、リーンフェルトはあっさりとそれを躱して本題の質問に入ると彼は徐に口を開いて説明を始めた。


「八色雷公ってんだ。アシュタリア名物だよ。八日にいっぺんこんな天気になるのさ」

「やくさのいかずち……ですか?」


 始めて聞く単語にオウム返しに尋ねるリーンフェルトに彼はいつになく饒舌に話し始めた。


「まぁ諸説あるんだが」


 そんな前置きをした後、雷鳴が五月蠅かったのだろう風魔法を展開してあたりの音を掻き消すと早速話し始めた。


「一説によると八色雷公ってのは女神が周期的に不機嫌になって怒っているというのがある。確かに女ってのは突然怒り出したりするしな。女神が何だかシュルクやベスティアの様で面白いだろう?」

「確かこの地の女神はレヴィンでしたよね。彼女が怒っているという事ですか? そうなるとなぜ八日に一回の周期で怒るのでしょうね……?」


 カインローズの言う説を仮に論議するのであれば、真っ先になぜ女神は八日に一回の周期で形振り構わず天を震わせ、地に向かって叫ぶのか想像も着かない。

 首を傾げて考えるリーンフェルトに彼は続ける。


「さぁな。ただ八色雷公に纏わる話ってのは女神絡みの話が多いんだ。って事は案外この国のヘリオドールが原因だったりしてな」


 などと笑っていると、辺りの雷鳴を消していた為に近づいて来た彼に気が付かなかったようである。


「それについては我が国の悩みの種じゃな」


 いつの間にか現れたロトルが二人に声を掛けて来た。


「実はなリーンフェルト殿に頼みがあって参ったのじゃ」


 神妙な面持ちで話し始めるロトルに、只ならぬ緊張感を感じたリーンフェルトは改まって聞き返す事となる。


「ロトル様は私にどのような頼みがあるのでしょうか……?」

「あぁそんなに緊張せんでもいい。貴殿の特異な能力で御神体を破壊して欲しいのじゃ」

「それはつまり……」


 この国のヘリオドールを壊して欲しいという事に他ならない。


「私に御神体と呼ばれるヘリオドールをどうにか出来るとは思えませんが……」

「いや貴殿の力があれば御神体の力を弱められるのではないかと思ったのじゃよ。ハクテイの倅が言うようにこの八色雷公という現象は御神体の魔力が漏れ溢れて引き起こしているというのは、長年の研究から分かっている事じゃ。この国の民なら皆が知っておるよ。しかし慣れと言うのは恐ろしい物でな。こんな異常現象を当たり前の様に受け入れてしまっておる。兄である皇帝カハイもどうにか出来ない物かと色々考えておったよ。不遜ながら御神体を破壊出来ればこれも収まるやもしれん」


 御神体つまりはアシュタリアのヘリオドールの破壊について、リーンフェルトとカインローズはある人物を思い出していた。


「アイツなら出来るかもしれねぇな。なぁリン?」

「ええ、確かに実績もありますからね……」


 名前こそ出さないがカインローズが誰の事を言っているのは察するに余りある。


 ジェイド・アイスフォーゲル。


 彼であれば破壊という観点で行けば可能だろう。

 事、今回はアシュタリアの皇帝が破壊したがっていると言う。

 もしかしたらここで彼の名を口にする事で再会のチャンスを得られるのではないかと思ったのだ。

 彼の腕を治すだけの魔力は集めなくてはならないが、まずは謝る意志を面と向かって見せたい。

 そして出来る事ならば、妹であるシャルロットと仲直りをしたいと考えている。


 ここ数か月で彼とヘリオドールの事件に巻き込まれて来た二人である。

 そこから導き出される答えが手に取るように分かる。

 これは拗れてしまった姉妹間の関係を修復するチャンスである。

 そこまで考えておきながら、自己的なその考えをこの国に押し付けてしまって良いかと悩んでしまう。

 シャルロットとの事は言ってしまえば実に個人的な問題である。

 彼と行動を共にしている彼女は必ずこのアシュタリアに姿を現すだろう。

 そういう打算が多分に含まれている提案である。

 だから躊躇ってしまうのだ。

ふと気の迷いがリーンフェルトの表情に浮かんだのを見逃さなかったのはカインローズである。

 

「ロトル閣下。実はここ数か月でサエスとグランヘレネのヘリオドールが破壊されると言う事件が起こっている事お耳には入っておりますか?」


 そう切り出してロトルの反応を見ればフサフサの体毛がコクリと動いた。


「勿論知っておる。件の犯人が何者であるかは各国は伏せておるが破壊されているという件についてはうちの忍び達が情報を手に入れてくるのでの」


 ロトルの耳にはその犯人についての情報がないという。

 リーンフェルトは未だ悩んでいる最中である。

 妹との仲直りの為に彼の情報を提供する事は果たして良い事なのか悪い事なのかと悩んでしまう彼女はジェイドの名をやはり言い出せないままだ。


 あの姉妹についてはすっかり関わり合いが深くなってしまったカインローズである。

 それに今回の件で貯めていた魔力を消費させてしまっているという負い目が少なからずある。

 彼女が言えないのならばここは一つ借りを返しておこうと思い動き出す。


「閣下。我々は二つの国で起こったヘリオドール破壊事件の犯人を知っております」


 突如自分が言いだせずにいたリーンフェルトの代わりにカインローズが話し始めた事に驚きそちらに顔を向ける。

 彼はちらりとリーンフェルト見ると、直ぐにロトルを真っ直ぐに見据えて二つの事件についての説明を始めた。

 カインローズは細かい説明を省いて、大まかな流れだけを伝え、最後に犯人の名を告げる。


「この二つの事件は同一犯で、名をジェイド・アイスフォーゲルという。彼を見つけて呼び寄せる事が出来れば御神体の破壊を請け負ってくれるのではないかと愚考致します。出来れば皇帝カハイの名において捜索、招集くだされば彼の者もそれに応じる事でしょう」

「うむ、情報提供感謝する。これが成ればアシュタリアはさらに大きく発展するじゃろう」


 そう言ってロトルはモフモフの顎鬚を緩く撫でた。

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