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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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14 彼女に落ちる影

「こっちは散々ですね…馬も荷物も完全にやられてしまいましたよ」


クライブが乗っていた馬車の爆発のあおりを受けたアトロの馬車も直撃こそなかったが、火に巻かれ死ぬまでの間に馬が酷く暴れた為に馬車は使い物にならないくらい

大破してしまっている。


受け身の時に服に付いた汚れを払い終えたアトロは、クライブを背負いながらカインローズとリーンフェルトに近寄ってきた。


「今回もサエスに荷物を届けられなかったな。こりゃアンリあたりに怒られそうだぜ」

「任務は…やっぱり失敗ですよね……」

「まあ、こんだけ派手にやられたんだからな。しかし…ありゃ一体なんだったんだ?相当な魔法の使い手である事は間違いないな」


殆ど一瞬の出来事だっただけに、一体なんだったのだろうという感想をカインローズも持ったようである。


「私にも分かりません。ただ…あの男の傍にいたのが妹のシャルロットであるという事は間違いありません…あの子、一体何故……」

「あの魔法を放ってきた奴に心当たりはないのか?」


カインローズは素直に精巧な魔法を見た事と、一方的にやられてしまった事に感心の念すらある声でリーンフェルトに質問する。

出来れば一対一の真剣勝負などしてみたいと思う戦闘狂のカインローズであるが、手酷くやられたのも事実だ。

実に神妙な面持ちと真面目な声色だ。

それにリーンフェルトは申し訳なさそうに、言葉を紡ぐ。


「ありません…こちらに来て知り合ったのだとは思いますが……」


その表情は妹を心配する姉のそれであり、セプテントリオン第七席の顔ではない。

カインローズは頭をガシガシと掻きながら、徐に口を開く。


「取り敢えずだ…何とか皆生きていて何よりだ。運んできたオリクトがこんな事になっちまったのは、まあ仕方がない。

馬は俺とリンが乗ってきた二頭だけだが、二人づつ乗ればいい。このありさまだ。荷物で回収出来る物はないだろう、そのままルエリアに向かうぞ!」


一行は無言で頷くとカインローズが鞍の前にクライブを乗せ、落ちないように固定をすると馬に跨る。


もう片方の馬にはリーンフェルトが乗り、後ろにアトロが乗る事になった。


これは純粋にアトロの方が、リーンフェルトよりも馬術が上である事に起因している。

出来るだけ早くルエリアまで行き、クライブをちゃんとした光魔術師に見せる為だ。

リーンフェルトも光魔法は使えるが、怪我を完全に治癒出来るほどの腕前ではない。

せいぜい応急処置という所であり、止血こそなされているが骨折などは治せない。

もっと高位の光魔法習熟者にお願いして見てもらうしかない。


「私がもう少し光魔法を使えれば良かったのですが……」


鐙に足を掛けて馬に乗るリーンフェルトはそう漏らす。

そう悔しそうにするリーンフェルトにカインローズは何時になく鋭い視線で彼女を見る。


「リン一つ言っておくぞ。自惚れるな。お前が魔法を得意としている事は知っているが、その魔法で全てが解決出来るわけじゃない。

だからお前が出来る最大限を努力しろ。クライブが怪我をしたのはお前のせいじゃないし、任務に失敗したのもお前のせいじゃない。

どちらかと言えば俺の責任だからな。それにだ、お前が完治出来なくても止血した事によりクライブの生存確率はかなり上がっただろう、だから無駄じゃないさ」


リーンフェルトは俯く。


「旦那……」

「アトロ、今はそれを聞かん。それよりもクライブが心配だ。ルエリアに向かうぞ」


そう言って馬の腹を蹴ると走り始めた。


「仕方のない旦那ですね…」


アトロは先を行くカインローズに追いつくべく馬のスピードを上げて走り出した。


馬に揺られながらリーンフェルトは思った。


もっと私に力があればと。


今回の任務では本当に良いところがない。

カインローズはそこから学べばいいと言ってはくれたが、思った通りに事が運ばないのはもどかしい。

故に自分の内側に原因を探る。


初任務で浮かれてはいなかったか、思い上がってはいなかっただろうか、と。


リーンフェルトのセプテントリオンとしての自信も揺らぐようなことばかりだ。


しかも動揺から実力を発揮できず、あのマルチェロに追い詰められてしまう始末。

マルチェロを無力化させるだけの力があれば捕らえる事が出来、王家派も大人しくなってくれていただろう。


先の襲撃者だって力があれば追い払う事が出来たのだ。

そしてクライブに怪我をさせる事なく、オリクトも守れただろうと。

もっと強くならなければ思った事も成し遂げられず、大切な物を守る事すら出来ない。


今回の任務はリーンフェルトの心に大きな影となったようだ。


リーンフェルト達が去った後、壊れた馬車からズルリとヘドロのようにドロドロとした何かが落ち広がってゆく。

それは強い雨の日に出来る水たまり程に広がると、徐々に盛り上がり子供くらいの人の形を取ると口元にあたる部分がが裂け、ニヤリと笑った。


面白いのがいた、と。


しかしすぐさま形が崩れ、地に溶けてなくなった。



馬を走らせて半日でルエリアの街に着く。アトロの案内の下、街の教会に駆け込むと修道士が対応してくれた。

クライブの状態を説明し、その教会の司祭に取り次いでもらい光魔法の施術に入る。

程なく施術室から出てきた司祭は皆を見廻し、温和な笑みを浮かべて口を開いた。


「命の心配はありません。初動の止血が良かったのでしょう、体力の消耗も最小限でした」


初老に差し掛かった白髪交じりの司祭はニコリと優しく微笑むと、リーンフェルトに話しかけてきた。


「お嬢さん少しよろしいかな?」

「なにか私にご用でしょうか、司祭様?」


突然話しかけて来た司祭にリーンフェルトは一瞬身構える。


「いやなに、お嬢さんが思い詰めた顔をしているから、お話でもと。老人のお節介というやつですな」

「顔に出ていましたか……?」


貴族として本音は表に出さないように訓練をしてきたのにも関わらず、表情に出ていたというのはリーンフェルトの中でどれほどであったか。それを恥じるように司祭に返す。


「ええ、あそこの隊長さんかな?あの赤い髪の大柄な御仁だ。随分と気にしていたようですが話すきっかけが掴めないのか、ざわついた気配だけが貴女に向いておりました」

「カインさんがですか?」


自分の事で手一杯だったので、気がつかなかったのだがカインローズの落ち着かない雰囲気だけは言われて感じ取る事が出来た。


「おそらく不器用な方なのでしょう。冒険者の皆さんや警備隊の方々と雰囲気が似ておりますので」

「……」


押し黙るリーンフェルトに司祭は気にしていないと言った風に言葉を重ねる。


「長い事この仕事をしておりますとね、貴女のような顔をされた方に会う機会も多いのです。何か気負ってはおりませんかな?」

「……」


やはりリーンフェルトは押し黙る。


「神の前では誰もが平等です。お話しされていきませんか?」

「いえ、大丈夫です。お心遣いありがとうございます」


司祭は苦笑するとリーンフェルトの手を取る。


「そうですか、では一言だけ。シュルクは神ではありません。しかしその力の一端を扱えます…貴女が止血されたのでしょう?大変良い腕でしたよ。

このまま腕を磨けばきっと優秀な光魔法の使い手となるはずです。あの怪我をされた方は貴女のおかげで生きられたのです。だからどうか気負わないで、自信を持って歩みなさい」


そう言うとリーンフェルトの手をぎゅっと握りしめた。

とても暖かい手だ。

この手はきっと多くの命を救ってきたのだろう。


「光魔法のコツは相手を思う優しさです。それに勝る物はありません。お嬢さんはまだ若いのだから、時間を掛けて精進なさい」


そういうとふっと手を放し、教会の奥へ戻っていった。

なんだか見透かされてしまったようで恥ずかしくなったリーンフェルトは、まだ温もりの残る手を握りしめた。



教会を出た一行はクライブの静養の為、ルエリアでも有数の設備が整った宿へ入る。

一人部屋を割り当てられたリーンフェルトは早速旅の疲れを風呂で洗い流す。

当然ここも既にオリクト式のシャワーやドライヤーが導入されており、備え付けられている。

リーンフェルトは少し熱めのお湯を頭から被って洗い流す。


カインローズからはクライブの静養の為、とりあえず三日ほどルエリアに滞在する事と、今日は各自で食事をする事が言い渡されている。

リーンフェルトはこの三日で出来る事を考える。


まず一つ目はシャルロットの事だろう。

まだこの近くにいるのだろうか?ならば、一度ちゃんと会って話がしたい。

両親からの言伝もあるし、シャルロットが背負って連れ去ったあの影のような男の事を聞きださなければならない。

オリクト破壊の実行犯であり、今回の任務を失敗に導いた憎き相手の事を。


あのシャルロットの事だからきっとあの男に騙されて、襲撃の片棒を担がされているに違いない。

そうであるならばシャルロットを守ってやれるのは姉である私だけなのだと、心に強く思う。


「まずは聞き込みかしら…。冒険者の事はギルドに聞けば何とかなりそうね」


そう呟いてリーンフェルトは思考を整理する。


二つ目は先ほど司祭言われた光魔法の鍛錬だ。

今後同行する誰かが怪我をした時に治療出来るようになる。

勿論回復魔法というのは、その存在だけで重宝される。

何より自分の力になる。


流石に宿で剣を振るうわけにはいかないので、剣技の鍛錬は今回はなしだ。

他にも使える属性が多いリーンフェルトは相手を想定して、脳内でシミュレートすることで対策を練ったりすることにした。

とりあえず仮想敵の顔はマルチェロにしておこうと思う。


「とりあえず…今晩は何を食べようかしら?」


今日は一人で食事をする事になりそうなリーンフェルトは、軽装に着替えてルエリアの街へ繰り出す事にした。



一方カインローズは宿に入り部屋を出ようとしたところでアトロに捕まる。


「旦那?」

「チッ…もう来たのか」

「そりゃ来ますとも。先ほどの件、少しリンさんにきつく言っていましたが…どういうつもりです?」

「どういうつもりも何もないさ。あいつが責任を感じて凹んでいるから、ああ言っただけだが?」


アトロは酷く深い溜息を吐くと、父親が子供を諭すような声で話し始める。


「いえね、旦那の言いたい事はわかります。あの生真面目なリンさんの事ですから、任務に失敗したら自身に責任を感じてしまうだろう事は。

ですが物には言い方という物がありますよ。あれは適切でしたか?」

「まあ…なんだ、あんな言い方になっちまって悪いとは思ってるんだ」


カインローズはばつの悪い顔でそっぽを向いたままアトロに返事をする。

頭をガシガシと掻く癖も加わり、言ってしまった建前どうしたら良いものかという顔をしている。


「そうですよ、教会の司祭様にまで気を遣わせて……何をしているんですか」

「何って言われてもよ」

「あんなにそわそわしてみっともない姿でしたよ」

「面目ない」


アトロは苦笑交じりにカインローズを正面から見据えるとお説教の締めとばかりに明るめに声を出す。


「ちゃんとフォローしてあげてくださいよ旦那。私からは以上です」


さて一体どちらが上なのかわからない説教で、すっかり滅入ってしまったカインローズにアトロは続ける。


「取り敢えず、私はクライブの看病がありますからあまり動けません。そうですね…あの現場に居合わせたのが本当にリンさんの妹のシャルロット嬢であるならば、この街を拠点にしていてもおかしくないですよ」

「ふむ…つまり?」


鈍いカインローズはそのままアトロに聞き返した為、再び大きなため息を吐かれる事になる。


「はぁ……つまり?ではないですよ。リンさんに話しかける切欠とか欲しくないですか?今気まずいですよね?旦那」

「ああ…うん。確かにそうだな。気まずいったらありゃしねぇな」


うんうんと頷くカインローズにアトロは提案を持ちかける。


「なら、妹さんの情報を探ってみたらどうですかと私は言ってる訳ですよ」


流石気遣いの出来る男アトロである。


「なるほど!」


目から鱗が落ちたように納得したカインローズ。なぜそのくらい思いつかないのか。

しかしそれもまたカインローズらしいとアトロは内心思いながら、こう付け加えた。


「なるほどじゃないですよ。そもそも旦那は耳も鼻も良いんだから出来るでしょう。それにあのオリクトを破壊していった男の正体を突き止めない事には我々も組織に帰れませんよ?」


そう、輸送部隊としては任務に失敗しているのだ。

それを取り返す程度には情報を持って帰らないことには、セプテントリオンの名が廃るというか、純粋にアンリの説教が怖い事を改めて認識する。


「アンリお説教モードだと本当に話が長いからな…それだけはなんとか避けたい。今日は時間もそれなりに遅いしな。聞き込みは明日からという事にして…今日は英気を養おう!!」


そういうと一目散にカインローズはアトロの前からいなくなった。


「まあ、それも旦那らしいですね本当に」


呆れ交じりに苦笑すると、開けっ放しにして逃げたカインローズの部屋の扉をそっと閉めた。


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