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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
137/192

137 野営準備

 やはり目上の相手が自分に頭を下げているという絵は見た目が悪い。

 それにヒナタの為に貯めていた魔力を使うと決めたのはリーンフェルトである。


「そんな頭を上げてください。カインさん」

「だが……」


 そう言い澱むカインローズにニコリと微笑んだリーンフェルトは、こう答えた。


「大丈夫です。私自身がヒナタさんを救いたいと思った事に間違いはないので。それよりもこの場に他の魔物が近づかないように警戒をお願いします」

「あ、ああ……そうだな。親父達が動けるようになるまでは、俺達で皆を守らなくちゃいけねぇしな」


 やっと頭を上げたカインローズは気を取り直して上空に舞い上がると、早速警戒を始めた。


「しかし……お主の席次は本当に七席なのかや? アル・マナクの実力の底が知れぬの」


 カインローズの背を見送っていたリーンフェルトは不意に後ろから声を掛けられ、びっくりして振り返ればシェルムがそこに立っている。


「妾はどうやら吸収の対象にはならなかったようでの。妾も動けるようじゃ」

「そうでしたか。今は人手がとても足りていないですから、シェルムさん程の実力の持ち主がお手伝いしてくれるなら安心です」

「しかしカインが上空から警戒しておるのじゃし、何をしたものかの?」


 暫しシェルムは考えた後、ポンと手を打って話し始める。


「そうじゃ! 妾はこれから炊き出しの準備をしようかの。皆に妾の料理を振る舞ってやろうぞ!」


 腕捲りをしてやる気を見せるシェルムにリーンフェルトは頷く。


「では、炊き出しの件お願いしますね。シェルムさん」

「任せるのじゃ」


 胸を一つ叩いて請け負ったと頷くシェルムはシュテイ家の兵士達が運んできていた食糧を調理すべく準備を始めた。


 改めてヒナタの怪我の状況を確認する。

 見た目はほぼ綺麗に治っている。

 良く目を凝らして見ると薄らと魔力で縫合した部分が蚯蚓腫れの様になっているが、血などはもう出ておらず、静かな寝息を立てている彼を見れば年相応の少年であると分かる。


「見た目ほとんど分からないくらいに治りましたね。お疲れ様でしたシャハル」


 声を掛けても返事が無いあたり、彼は疲れて眠ってしまっているのだろう。

 傷口を確認し終えたリーンフェルトが一応上半身と腕を包帯で巻いて固定する。

 シャハルの縫合治療が失敗したとは思わないが一応の処置を施す。


「こんな所でアルガス軍の応急処置術が役に立つとは意外ですね」


 リーンフェルトは小さくぼやいて、救急用具の片付けに入る。


 上空から降りてきたカインローズは瀕死を脱したヒナタを見て、胸の奥で張り詰めていた物を吐き出すかのように息を大きく吐いた。


「はぁ。まったくやれやれだぜ……」


 カインローズは一人ごちて、改めてリーンフェルトに向き直る。


「リン。今回は本当にすまねぇ……感謝する」

「カインさん、いつまで謝るつもりですか? 気にしないでください。それにヒナタさんが無事で良かったじゃないですか」

「いや良くねぇんだよ。一応俺は事情を知ってるんだぜ? そう言う訳にはいかねぇよ」


 カインローズの言う事情とはジェイドの腕の事だろう。

 彼の腕を切り飛ばした事によって妹であるシャルロットとは険悪な状態である。

 仲直りする為にはジェイドの切り飛ばした腕を再生させるだけの魔力を貯める必要があったのに、今回の件で使わせてしまった事がどうしてもカインローズの中で申し訳ないと感じていた。

 またその事情を知っていてヒナタの為に使って欲しいと願った事は、思いの外上司である彼の意識を刺激する物だったのだろう。

 しかし、そう何度も謝られてもリーンフェルトとしては困るのだ。

 勿論、魔力を貯め直さなければならないのだが、それよりも今は彼の罪悪感を少しでも和らげ無い事には前に進まない。


「大丈夫ですよ……魔力はまた貯めれば良いのです。それにいつ妹と行動を共にしているだろうジェイドに会えるかなんて分かりませんし、私は彼の命を助けられて良かったと思っていますよ」


 カインローズに向かって笑うリーンフェルトにもう一度深く頭を下げると、彼は辺りの安全を確保する為に再び空へと上がって行った。





――さて、今一度状況を確認しよう。


 西の空は徐々に夜の帳をおろし始めていて、ようやく1日が終わりを告げようとしている。

 暗くなるにつれて、遠くの方で夜行性の動物達が遠吠えを上げたりと活動が活発になってきているようだ。

 今の状態でも野生の狼程度ならば問題はないだろうが、魔物が襲ってくる可能性も否定は出来ないそんな状況だ。


 まず初めにリーンフェルトは容態は安定しているが、念の為ヒナタの看病を付っきりで行う事になった。

 シャハルがアシュタリアの面々から吸収した魔力と、先の戦争で貯めていた方から魔力を使用してヒナタの腕を治した為、リーンフェルト自身の魔力としては消費されていない事。

 そしてこの場で回復魔法を使えるのが彼女をおいて他にいなかったのも要因として大きい。


 続いてカインローズだが、彼は上空から周囲警戒、寝ずの番である。

 空を自由に動ける点、目や耳が優れている事、また発見次第殲滅出来る強さがある為こちらも役割としては鉄板である。


 アシュタリア側で何故か唯一シャハルの吸収の対象にならなかったシェルムは、シュテイの行軍用として持ち込まれた食糧を解放し、炊き出しを行っている。

 一人で百人以上の食事を作るのは大変だと思っていたのだが、案外慣れた様子で淡々と火を熾し、数十台の煮炊き用の鍋に水を張り並べると食材を刻んで米と一緒に炊き上げていく。

 若干水分が多くおかゆの様になっているのは、魔力切れを起こしぐったりとしていても食べ易い様にする配慮だろう。

 今はおかゆをよそった食器を症状の軽めの者から配っている所である。


 さて、アル・マナクの中で残ったのはリナとアウグストである。

 今晩はここで野宿する事が確定している。

 その為の準備として野営用のテント、これもシュテイ軍の物を利用して設営を開始する。


「私はあまりこういうことに慣れていないのだが……」


 野営準備には無縁なアウグストがリナに聞こえるようにぼやく。


「仕方がないですわ。圧倒的に人手不足ですので」


 普段であれば待っていれば誰かしらが野営準備を行いそこに入るだけのアウグストである。

 当然と言えば当然なのだが準備というのは初めてだったようだ。

 確かに学者が本分であるアウグストが、野営準備に携わる事自体が緊急事態なのだ。


「そうは言うがね。インドア派の私がテントの張り方など知ってるわけないだろう……と言うか普段なら見ているだけで良いのだが」

「はいはい。文句ばかり言わないでこちらの防水布の端を持ってあちらの支柱に結びつけてくださいませ」


 テントの組み立て自体はさほど難しい物ではない。

 六本の支柱と三角形の形をした屋根部分への防水布を紐で固定して屋根と壁を作り、四隅の支柱を立ち上げテントを立ち上げる。

 さらにテントの強度を上げ、安定させる為に長辺に二つある支柱を立ち上げれば長方形型の野営テントが出来上がる。

 一張に大体十名くらいが収容できるそれを人数分作成となれば単純計算で十二張もあれば足りるだろう。


「そこに力の強そうなシェルム殿がいるじゃないか! 私に肉体労働など……」

「実質アル・マナクの面々しか動けませんよ。それに見ての通りシェルム殿はお嬢様が炊事をお願いをしておりましたので作業には充てられませんわ」


 そう答えるリナにアウグストは次の案を提案する。


「なら、カインを空から降ろしてだね……」

「最速の警戒を外す事は論外だとお気付きですよね?」

「まぁねぇ。私が作業したら痩せてしまうじゃないか」

「ええ、存分に引っ込めてくださいませ」

「どうしても私に手伝わせたい様だね……」

「人手が足りていないのです。キビキビ働いてくださいな」


 結局アウグストは大型のテントを五張程手伝わされてぐったりとしている。

 額には玉の汗が吹き出していたが、果たして腹は少しくらい凹んだのだろうか。

 真実の所は確認のしようも無いのだが、リーンフェルトが見る限り良い運動になった様である。

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