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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
136/192

136 再生技術

 カインローズの両手はそのままリーンフェルト肩を掴みその場に固定するとカインローズの顔が目と鼻の先に迫ってくる。


「ちょっと、えっ? カインさん? 近い、近いです!」


 酷く真顔のカインローズが顔を近づけて来るものだから珍しくリーンフェルトは動揺してあたふたする。

 しかし、そんな事はどこ吹く風カインローズはしっかりと目を見据えた後に、頭を下げた。


「なぁリン。お前ならあれ治せるんじゃないのか? 頼むあいつを治してやってくれねぇか?」

「えっ?」


 その言葉にリーンフェルトの脳は急速に冷静さを取り戻す。

 一瞬真顔のカインローズにドキドキしてしまった自分を恥じてから、改めてそういう人物ではなかったと思い直しそれに答える。


「どういう意味ですか?」

「お前あれだろ? ジェイドの腕の為に魔力を貯めてるじゃねぇか。それでヒナタを救っちゃくれねぇか?」

「でもですね……」

「でももへったくれもねぇ。死んだ奴を生き返らせる魔法じゃねぇんだよ! どうなんだよクソ爬虫類」

「ふん。半獣人めそれが物を頼む態度か。まぁよい。吾輩から言わせてもらうのならば坊主を修復する魔法はあるが魔力は足らん。この場にいる者達の魔力を根こそぎ貰って構わんのなら足りるかもしれんが」

「なら構わん! 今すぐそこらの魔力を吸い尽してヒナタを治すんだ!」

「それで良いのか? 主殿。今貯蔵してある分をすべて使ってなんとか間に合うかどうかと言った所じゃ。それでもやるかね?」


 リーンフェルトは暫し返事に悩む。

 ジェイドの腕を治さない事にはきっとシャルロットとの仲直りは出来ないだろう。

 前回サエスとグランヘレネとの戦争の際に集めた魔力ではまだ足りないのだとシャハルは言う。

 後どれだけの魔力が必要なのだろうか。

 しかし、そうであっても今目の前で失われかけているのは、少年の命である。

 ならばと決意したリーンフェルトはカインローズに頷き返す。


「よしっ! すまねぇ皆! ここにいる皆の魔力を根こそぎ貰う! それで救えるかも知れねぇんだ! 頼む協力してくれ!」


 そう言ってカインローズが頭を下げるがそれでもベスティア達は動こうとはしない。


「親父っ!」

「なぁカインそれはどれくらいの確率だ?」

「それはわからねぇ。だがこのままじゃヒナタが死んじまうのも事実だ。こいつは将来腕の良いサムライになる。だから協力してくれ!


「ふむ……分かった。親父と呼ばずにパパと呼んでくれれば俺は頷いてやってもいいぞ?」

「あら……どさくさに紛れて貴方ったら。ならカイン。私の事もママと……」


 アベルローズとキトラはこのどさくさに紛れて提案を吹っかける。

 勿論この程度の事でとも思うのだが、カインローズは四十間近の年齢である。

 中々精神的に苦しい物があるのだろう。

 しかし、そこは彼も必死だった為に、あっさりとその提案は受理される。


「わかった。パパとママ。頼むヒナタを救う為に協力してくれ!」


 そう言って頭を下げる。


「おや、これは……」

「あら意外でしたわね貴方」


 お互いの顔を見合わせたアベルローズとキトラは頷き合う。


「カッカッカ。良かろう。儂の魔力全部持って行け!」

「私のも持って行くがよい」

「ついでにエイシ! お前の息子助かるかもしらん! お前と部下の魔力をそこの嬢ちゃんに全部寄越せ!」


 そう叫ぶとヒナタを抱えていたエイシはガバッと血濡れた息子の身体に埋めていた顔を上げる。


「そんな事が本当に出来るのか? その程度で助かるのならばシュテイの者の魔力は全て吸ってしまって構わん。勿論儂のもだ!」


 エイシの一言にシュテイの兵士達は全員が地に片膝を着いて頭を下げた。


「あのっお父様! 私も! 私の魔力も吸ってもらう事を許してください。ヒナタちゃんを救いたいのです」

「ふむ……皆その気の様だな。ならばこの賭けに余も乗るとしよう」


 この場のロトルの一言は大きな意味を持つ。

 お付の者達も地に片膝をついてその意を示したからである。


「皆……感謝する! リン! やってくれ!」

「分かりました!」


 そうしてリーンフェルトはアシュタリアの面々に右手を突き付け吸収を発動させる。


「ぐっ……こいつは……」

「確かに魔力が吸われているのでしょうね。体が重くなってきましたわね……」


 アベルローズとキトラから順にリーンフェルトは魔力を吸い上げて行く。


「うぐぅ……」

「主殿頑張るのじゃ! それとそこの半獣人さっき動いた首から食い千切られた腕を持ってくるのじゃ!」


 シャハルがカインローズにそう指示をすると、彼は迅速に動き先に仕留めたヒュドラの口を強引にこじ開ける。

 そして中から拉げて無残に折れ曲がった翼と血の気を失った腕を取り戻しにかかる。

 腕は肩口は食い千切られた為、無残な有様だが腕と掌はヒュドラの牙には当たらなかったのだろう。

 損傷は少なくかなり綺麗な状態で発見されたのは不幸中の幸いである。


「まず腕と翼は出来るだけそこの小僧の近くに置いておくのじゃ。さて主殿、予行練習と言えば予行練習になるかの。今回は時間がないようじゃから良く見ておくのじゃぞ」


 そういうなりリーンフェルトの意識は遠くから外を見ているような感覚になる。

 自身の意志では指一本すらも動かせないその状態は視界以外はシャハルの制御下に置かれる事になった。

 吸収の速度が急速に跳ね上がる。

 あっという間に魔力切れを起こし始めたアシュタリアの面々が地に伏せて軽い昏睡状態になる。


「シャハル!」


 心配になり精神で声を上げるリーンフェルトにシャハルは答える。


「大丈夫じゃ。吾輩はそういうヘマはしないのじゃ」


 勿論吸収という特技自体はシャハルと契約して得た能力である。

 本家がそういうコントロール面で下手を打つような事は無さそうである。

 そこからのシャハルの魔法捌きはリーンフェルトにとって、とても勉強になる一時だった。

 まず詠唱がとんでもなく速い。

 脳内で変換されているのだろうが、元々シュルクの言葉とドラゴン達の言葉では圧倒的にドラゴン達の言葉の方が魔法の詠唱に優れているのが良く分かる。

 シュルク達の使う言葉で意味のある呪文を唱えても、ドラゴンの言語であれば三言で終わってしまったりするのだ。

 それを内側から見る事が出来るのだ。

 勉強にならないはずが無い。


 シャハルが手始めに行った事は食い千切られた腕と翼の断面と、ヒナタの身体側の傷口の整形と縫合である。

 両方の傷口を滑らかに整形し、それをまず並べる。

 皆から吸い上げた魔力を赤く可視化したそれはドレスを縫うが如く繊細に行われていく。


「魔力で作り上げた糸で手始めに食い千切られてしまった腕を繋ぎ合わせるのじゃ。その際に傷口をこのように滑らかにしておけば縫合


 もしやすくなる。さてあまり時間も無いし、このヒナタという小童の体力も大分血が流れたせいか弱々しくなって来ておる。さっさと魔力回路までつなげてしまうぞい。傷口あたりの魔力回路が千切られてしまっておるからな。その辺りは念入りに縫合してしっかり魔力回路を補強しておくのじゃ。でなければ傷が治っても元の様な動きを取り戻すのに時間が掛かってしまう。それはシュルクでもベスティア


 でも大して変わらんが連中の一生は短いからな。大変な苦痛を強いる事になるのじゃ。じゃから必ず魔力回路の修復は入念にしておくのじゃ」


 素早く魔力を操作しながら説明をするシャハルは、次の作業へと移る。

 傷口にリーンフェルトの手を当てるとそのまま傷口に魔力を注ぎ始めたのだ。


「傷口の修復と同時にここに形成した魔力回路に魔力を通していく作業じゃ。先程吾輩が作った魔力回路にはまだ魔力が通っていない状態じゃったからの。これに魔力を通す。これで血が通っていなかった腕の方に血と魔力が流れるようになる。魔力が切断されている時間が長ければ長い程、元通りになるまでに時間が掛かる。今回はそこの蛇が必死に食い千切った後に手早く半獣人が仕留めたから、消化されずに済んだわけじゃ。そういう意味ではこの小童は運が良いのぅ。これを腕から作るとなると魔力もこれの倍以上かかってしまうからの」


 つまり一から肉体を作るという事は相当な魔力を消費する行為なのだろう事が容易に想像出来てしまう。

 ならばリーンフェルトが切り落としてしまったジェイドの腕を作り直し、縫合するには一体どれほどの魔力が必要となるのだろう。

 先の戦争で蓄積された魔力では全く足りない事は良く分かった。


「最後に失われた血を少し足しておこうかの。ここまでしておけば小童も安定してくるだろう。やれやれ……吾輩は疲れた故、後は任せるぞい……」


 その言葉を最後にシャハルの気配は急速に消えて行く。

 それと同時にリーンフェルトの身体の感覚が戻ってくる。

 両手を握ったり開いたりして感覚が戻ってきた事を確認して、辺りを見回せばアシュタリアの面々は誰もが魔力切れ寸前で顔色が悪い。

 シャハルはアル・マナクの面々からは魔力を吸い取らなかったようである。

 初めて魔力吸収という能力を見る事になったリナと報告こそ聞いていたアウグストは開いた口が塞がらないといった表情のまま固まってしまっている。


「カインさん……終わったみたいです」

「あぁ……お前の目が赤く光っていたからな。あの爬虫類の意識が上がっていたんだろ?」

「はい」

「まぁいい。爬虫類には感謝だな。ヒナタの腕と翼は見た目元通りだし、顔色も大分良くなった」

「ですが、アシュタリアの皆さんは魔力切れで動けなくなってしまって、これからどうするのですか?」


 その問いに答えたのはアウグストである。


「まずは皆の魔力が回復するまでここに留まる事になるだろうから野営の準備を。私からもオリクトをいくつか提供しよう。いくつか砕けば辺りの魔力濃度が若干高くなるから魔力の回復も早くなるだろう。しかし報告では確かに知っていたがリン君の能力は凄まじい物だったね」


 手を叩いて称賛の言葉を口にするアウグストにリーンフェルトは事実を伝えようとするが、すぐさまアウグストの言葉を重ねてしまう。


「あれはシャハルが……」

「それでも君が契約者である事は変わらないよ。いやいや良い物を見せてもらったよ」

「そうですわね。お嬢様の力は素晴らしかったです」


 アウグストの称賛にやっと気を取り戻したリナもリーンフェルトを褒めるのだが、彼女自身は少々居心地が悪そうである。


「あれはシャハルが……」


 それを見ていたカインローズはリーンフェルトの前に再び立つと彼女に話しかける。


「まぁ素直に褒められておけ。見た目にはお前だったしアウグスト達から見ればリンがヒナタを救ったようにしか見えないぜ。つか、俺のせいで貯めてた魔力を使わせちまってすまねぇ……」


 そう言ってカインローズはリーンフェルトに深々と頭を下げたのだった。

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