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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
135/192

135 討伐完了

 ヒュドラの首も気が付けば残り三本である。

 内訳としてはカインローズが三本、そしてヒナタが二本という具合だ。

 若干肩で息をするヒナタに対して、百戦錬磨のカインローズには呼吸の乱れすらない。


「何だ。もうへばったのか?」


 普段とは違い挑発する様に、嘲りの笑みを浮かべながらのそれにヒナタのプライドが刺激される。


「ふん……残りの首は全て俺が落とすから見ていろ!」


 それにカインローズは怪訝そうに眉を顰めた後、仰々しい口調で答える。


「おいおい……勝負してんだぞ。分かってるか? はい、そうですかと待ってやるほど俺は出来ちゃないぜ」


 練り上げた風の魔力が生み出す突風に思わずヒナタは身体を硬直させる。それも狙っていたのだろう。ヒナタが一瞬怯んだ隙にその魔力を推進力に変えたスピードでカインローズはヒュドラの首へと向かって跳躍してみせる。


「クソッ! 待て!」

「ははは。誰が待つかよ。あの首貰ったぜ!」

「させるか!」


 カインローズが放った斬撃になんとか追いついたヒナタはその一撃を牽制してヒュドラへの攻撃を受け流し、受け流した力を利用してヒュドラの首を刈り取る。


「汚ねぇぞ!」

「あんた程じゃないさ!」


 リーンフェルトは最初どうなるかと思われたこの八つ首ヒュドラ討伐もスコアはどうあれ無事に終わるだろうと確信した。

 蓋を開けてみれば、山のような巨体でこそあったが、カインローズの相手にならなかったようだ。

 ヒナタの方もその才能の片鱗を見せ始めている。

 このまま鍛錬を続けれていけばいずれ、開花しそうだとリーンフェルトは感じていた。


「このままではカインさん勝ってしまいそうですが……いいのでしょうか?」


 そのぼやきに反応したのはアウグストである。

 彼は実に愉快であると言わんばかりの笑みをその顔に浮かべている。


「カインに幼妻。それも少々無理があるような年齢差。これはまたからかい甲斐のある話だなと思うと、いやはや楽しくなってきましたね。きっとアンリあたりも私のこの気持ちを分かってくれるに違いないね」


 リーンフェルトの脳裏に悪戯を思いついた時に口元だけゆがめて見せるアンリの姿が過ぎる。

 魔法についてアンリから指導を受けたりする間柄であるリーンフェルトはそれが容易に想像出来てしまった事を苦笑した。

 彼の思いつくイジメの様なノルマは決まってあの笑みがある時である。

 とはいえ内容についてはあまり思い出したくないのだが、魔力コントロールなどに成果があったのは間違いではないので感謝の念は一応あるにはあるのだが、出来ればもっと違った教え方をして貰いたいし、出来れば二度としたくないとリーンフェルトは本気で考えている。

 きっとカインローズもあの閃いた時のアンリの笑みを思い出したのなら、嫌な記憶がいろいろと蘇って確実に嫌な顔をするだろう。


 この場にいないアンリの話を混ぜながら話を始めたアウグストは彼等の戦う様子から、視線は逸らせずにこんなことを言う。


「しかし、嫁など貰ってしまったらケイがカインと筋トレする時間が無くなったと言って私の所に来そうで今から戦々恐々としているのだよ」

「それはそれで健康的で良い事なのでは?」


 そう応えたのはリーンフェルトではなくリナである。


「せめて普通の運動ならばだね。相手はあのケイだよ君……。私程度ではとてもハードな筋トレメニューにはついていけないし、私は私で研究の時間は減るし。なにより小太りというアイデンティティを失ってしまうよね。それは失ってはならない特徴だと思うのだよ。私は」


 そう言い切ったアウグストにリナは伊達メガネ越しに冷たい視線を向ける。


「……小太りくらい解消しませんか。そんな所にアイデンティティを持たなくても宜しいのでは御座いませんか? スマートな殿方の方が女性にはモテますわよ?」

「いやいや女性にモテたくないかと言われれば私も男だからね。だがしかし特徴と言うのは大事な物だよ? 私の個性を彩る一部だよ? 大体私の周りは戦闘に特化している者ばかりだからねぇ」

「それはセプテントリオンの誰かが護衛に就いているからですわよね?」

「それを言われると確かにそうなんだが。一人くらい丸い体型の者が混ざっていても良いと思わないかね? アクセントだよアクセント。ともあれ私はケイとの筋トレは御免だから。もしそうなったならば後は頼むよ?」


 などと言われてしまうとなんとも不穏に感じるが、今は兎も角目の前で戦っているヒュドラの方に集中するべきだとリーンフェルトはその瞳を戦っている二人へと戻した。

 彼女の隣に居たリナとアウグストはその首の数がすっかり少なくなってしまった事でこの戦いへの興味が薄れつつあるようだ。

 そして勝敗は明らかにカインローズの勝利で終わるだろうと言う確信からくる安心感もあるのだろう。

 戦闘の流れを見ればカインローズの絶対優位かつ安定して事が進んでいる。

 ヒナタの技量は彼の近くにいるカインローズと比較して見ると、かなりの開きを感じざるを得ないのは事実である。

 もしかしたら今もカインローズは本気という物を出していないような、どこか余裕めいた雰囲気があるのを彼等は感じてるのかもしれない。

 自身の師匠でもあるカインローズがヒュドラ相手に無双している様は弟子としては少々誇らしくもあるのだが、どうも所々今回のカインローズは芝居がかっていてそれだけでは終わるように思えないのである。


 終わってみればヒナタとカインローズの切り落とした首の数は同数となっており、実力だけ見れば明らかに調整した様な感じしかしない。

 討伐が終わりぐったりとして動かなくなったヒュドラを見分する為に、離れていたところから観戦していたロトル他アシュタリアの面々についていく形でアウグスト以下アル・マナクの面々も彼等の傍まで向かう事となった。


 近づいて見るとやはり大きい。

 巨木と見間違う程太い首がそこらに八本も散乱しているのである。

 見た目はとてもグロテスクだ。

 生気を失ったヒュドラの首を見分している時だった。


「キャァ!」


 ロトルについてヒュドラの傍に来ていたナギから悲鳴が上がったのだ

 その場で真っ先に動く事が出来たのは普段からナギを気に掛けていたヒナタである。


「ナギっ!」


 素早く動く事の出来た彼は間一髪でナギを突き飛ばす事に成功する。

が、しかしそれはヒナタの腕を肩まで食い千切り地中へと逃げようとしている。

 どうやら先の戦いで切り落とした首の一つがまだ生きており見聞にあたって近寄った弱そうな個体、つまりナギを餌にしようと襲い掛かったのだ。


「取り逃すかよ!」


 カインローズが地中に逃げようとしたヒュドラを退治した事によって完全に八つ首ヒュドラの沈黙が確認される。

 その傍ではナギが取り乱してヒナタに近づこうとするのをロトルのお付の者達に止められている所だった。


「放してください! ヒナタちゃんが私を守ってあんな大怪我を……誰か治せる方はいらっしゃらないのですか!」


 その言葉に誰しもが目を逸らし俯く。


「これもまたサムライの定めよな……愛する者を命がけで守ったか。ヒナタよ我が娘を助けてくれて感謝する」


 そうロトルが深々と片腕を失くし、血塗れになって地に倒れた彼に頭を下げる。


「ありゃ……お前が切り落とした首だな。なんでしっかりと仕留めておかねぇんだ! 馬鹿野郎が!」

「ふっ……あれはあんたが切り落とした首だろ? グフッ……」


 カインローズの言葉に血を吐きながらもそう答えたヒナタは自身の身体が徐々に熱を失っていくのを感じていた。

 恐らくこれはもう助からないのだろう。

 瞳だけを動かしてなんとか食い千切られた肩口を見ればあったはずの腕と自慢の翼がごっそりと無くなっている。


「これは無様だ、な……サムライとして……許されぬ恥だ……」

「もう話すでない! ヒナタ!」


 地に倒れ込んだ息子を抱き上げたのは、ヒナタの父エイシである。

 一目でもう助からないと分かるほどの怪我だ。

 残ったもう片方の手を握りしめて、今にも失われそうな命に呼びかける。

 お祭りの雰囲気が一瞬にして暗く重く沈んだものに変わっていく。


「ねえ! 誰かヒナタちゃんに治癒魔法を! どうして誰も動かないの……」

「それはなナギ……あれではもう誰にも助ける事は出来ないからじゃよ」


 娘にそう語りかけたロトルはナギを抱き締める。


「そんな! 嫌だよ……ヒナタちゃん! 死なないで! 嫌……誰か……」


 ナギの悲痛な叫びが辺りに響く。

 胸を鷲掴みにされるように悲しみが込み上げてくる。

 誰もが嗚咽を漏らし始めた頃だ。

 リーンフェルトに向かって豪い形相でカインローズがこちらに駆けてくるのが見えた。

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