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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
134/192

134 狩りの仕方

 カインローズよりも一足先に躍り出たヒナタがその長く伸びた髪を風に靡かせて空を疾駆する。


 背中にある青みの強い翼で羽ばたけば、捉えた風を推進力に変えて一層の加速を生み出し空中を滑るように進み距離を縮めると、腰に差した刀を抜いて切りかかる。

 加速により威力を増したその一撃が一閃、ヒュドラの胴を捉える。

 しかしその一撃に身動ぎ一つしないヒュドラを見れば、その身体の強固さだけが酷く強調されたような形だ。

 心のどこかでただ大きいだけのヒュドラだと侮っていた部分は無かっただろうか。

 内心舌打ちをしたヒナタは一応反撃を警戒して一旦距離を取る。


「クソっ……なんて硬さだ」


 そう苛立ちを吐き捨てた。

 手首に走るジンジンとする感覚は、その昔剣術の稽古で誤って岩を切りつけてしまった時のそれと似ている。

 リーンフェルトの目から見てもヒナタの一撃は体重に加えて自身の翼による加速の勢いをそのままにヒュドラへとぶつけている。

 しかしそれではヒュドラの装甲を破る事もなく、反応すらされていないあたり痛覚にすら届かなかったと言う事だ。

 事実ヒナタが切りつけた場所は何事もなかったように、肉が盛り上がり傷を修復していく。


 敵は野生に生きる魔物である。

 ヒナタの攻撃に自身に対する明らかな敵意を敏感に感じ取ったのだろう。

 自身に敵意を向ける者が如何なるものか。

 どのようなムシケラか分かりはしないがその姿を見てやろうと思ったかは定かではないが、明らかな敵意に反応して地中に埋まっていた部分が露わになっていく。

 背に生える木々は揺れ動く振動で無残に葉を散らせ、地鳴りがしてそこらの地表が次々と剥がれて土埃が舞い上がれば地中に隠していた八つの首が各々意志を持った個体として現れ、ヒナタを敵として認識したようだ。


シャァァァァァァ


 蛇の鳴き声のようなそれが目覚めたぞと主張するようにあたりに響き渡る。


 そんな中でもカインローズはゆったりと歩き、ヒュドラまでの距離を詰めようとはしない。


 一方、ヒナタは全部で十六もある瞳から一身に睨みつけられて動けなくなる。

 動けばすぐに食らいついてやるぞと言わんばかりのそれに場を呑まれてしまっていた。

 さしずめ蛇に睨まれた蛙とはこのことか。

 成人しているとはいえヒナタはまだ十二歳である。

 圧倒的な経験不足と、ヒュドラからのプレッッシャーが重く重く圧し掛かり動きが鈍くなる。

 嫌な汗が噴き出て背中を伝うのが分かる。


「蛇っころに怯んでんじゃねぇ……お前の気持ちはその程度なのか? ならばお笑い草だな。掃除の邪魔だからそこを退いていろ」


 いつの間にかヒナタの後ろにまで来ていたカインローズがそう声を掛けた。


「そんな訳ないだろう! 俺はまだやれる。たった一撃で俺を判断するのは止めて貰おうか」

「ふん……どうだかな。まぁ後は行動で示して見せろや」


 言うや否やカインローズの体はスルリとヒナタを躱して、ヒュドラの前に踊り出る。


「でかい蛇がのさばってんじゃねぇ。俺は今物凄く機嫌が悪ぃんだ」


 抜刀してからのスピードが普段とは段違いで鋭く早い。

 普段からカインローズに稽古をつけて貰い、そのスピードを知るリーンフェルトですら最初の太刀筋が見えなかった程である。

 右手で抜き払った一撃はヒュドラの体躯が一瞬浮き上がるほどの衝撃を生み出したようだが、カインローズの斬撃は強固な鱗に阻まれ斬り飛ばすに至らない。

 しかしその衝撃は大地を砕いてヒュドラの巨躯を地中に沈ませる程である。

 彼の一撃が如何に重いものかが窺える。


「硬ぇんだよ! 蛇公め。これならどうだ? 刃だけが武器じゃねぇって事を教えてやんぜ?」


 不敵な笑ったカインローズは雷の魔力を刀身に流し込むとヒュドラの口目掛けて飛び込んだ。


「カイン様!」


 悲鳴にも似た声がナギからあがる。

 思わずヒュドラに向かって駆け出しそうになったところをアベルローズに止められる。


「大丈夫だナギちゃん。うちの倅はそう柔に出来てねぇ。まぁ見ててみな」


 そう言ってヒュドラに視線を戻せば内側から首を雷で焼き切り再生を封じながら、首を喉奥を食い破るようにして現れたカインローズは振り向くとズタズタに切り裂かれた首を切り落とすべく愛刀を振り下ろした。


「な、言ったろ?」

「はい! カイン様はお強いです!」


 話に聞いてたように山の様に大きな魔物に向かい、首を切り落とす様を見る事が出来たナギは、憧れのカインローズの雄姿に目を輝かせている。


「ふぉっふぉっふぉ。高々首一本。まだ奴には七本も首が残っておるさ。ヒナタにも勝ち目はあるだろう」

「さてどうだかな。力量差ってものがあるだろう……お前のところの倅はちぃとばかし経験が足りなかったかも知れぬぞ?」

「まぁ見ておれ。うちのヒナタだって首を切り飛ばすことくらい出来るわ。あいつは俺の自慢の息子だからな」

「カッカッカ。ならばお手並み拝見といこうか、エイシよ」


 親は親同士で息子達の戦いぶりについて熱くなっているようである。

 それにしてもカインローズらしいともいえる戦法に、リーンフェルトとリナは半笑いの表情を浮かべている。


「あそこでヒュドラに飲み込まれますか……あれがもしも毒とか持っていたらどうするのでしょうね?」

「多分カインさんの事ですから風魔法を使ってそういう物を避けていると思うのです。しかし見ていてびっくりしましたね。飛び込んで食べられるだなんて」

「見ているこちらがハラハラしてしまう展開など望んでいませんのに。後で文句を言わなければなりませんわね」

「それよりもだ。カインは戦闘スイッチが入ってしまったみたいだね。これ間違って勝ってしまったらカインは結婚しなくちゃいけないんだけれども、ちゃんと覚えているのかね?」


 アウグストが口にした言葉でアル・マナクの女性陣は呆れた表情を見せる。


「多分忘れてしまってはいないと思うのですけど……」

「そう言われると不安になってしまいますわね。なにせあのバカインローズですものね」



 さて言われ放題言われているカインローズには持前の耳の良さで実はしっかりと聞こえていたのだが、それを無視しててあっさりと二本目の首を倒しにかかる。


「しっかり聞こえてんよ。まぁ中に入らなくてももう大丈夫だぜ。骨格はしっかりと見てきたからな」


 そう誰にも聞こえないくらいの小さな声でぼやく。


 二つ目の首は激しく体をうねらせてカインローズ達の攻撃を回避して回る。

 もちろん他の首達も隙を狙っては鋭く、そのしなやかな体のバネを使って打ち出される風魔法のように素早い体当たりと牙で反撃してくる。

 それらを全てかわしながら、カインローズはヒュドラの眼球をその愛刀から繰り出された突きで抉り、そのまま返しの刃で上段に切り上げるようにして、頭蓋骨の内側にあるだろう脳みそに損傷を与えればしばらく地面をのた打ち回るとヒクヒクと痙攣を起こしやがて動かなくなった。


「さてこれで二本目だ。んで大口叩いていた坊ちゃんは何も出来ずじまいか? その程度なら今後俺の名前を呼ぶ時は様でも付ける事だ」

「クッ……言わせておけば……カインローズ絶対にお前を許さない!」

「許すかどうかは勝ってからにしろよ」

「ああ! 言われなくとも!」


 さっきまで少々硬く感じられたヒナタの動きも、今は怒りのせいか随分と滑らかになったと一目でわかる。

 これが本来のヒナタのスピードであり、戦闘スタイルなのだろう。

 カインローズによるヒュドラ解体ショーは今になって思えば、倒し方を教えているようなものだ。


 意図に気がついたのはやはり両親である。


「おい。あいつもしかして」


 そう言ったアベルローズにキトラは小さく頷いて見せる。

 夫婦の阿吽の呼吸とも言うべきなのだろうかキトラが何を言わんとしているかを理解したアベルローズはつまらなさそうに鼻を鳴らして見せた。


 さて気がつけば要領を得たヒナタもまたヒュドラの首をあっという間に刈り取っていく。

 しかしヒュドラもまたただでは起きない。

 自身の再生能力を生かして、死んだはずの首を別な首が焼き切られた傷口もろとも食いちぎる。

 その際にヒュドラの緑色の体液が盛大にぶちまけられているのだが、とうにこの二人は汚れることなど折込済みである。

 見開かれた目で一瞬のチャンスをものにするべく、刀を構えてにじり寄る。

 新たに生えてきたはカインローズによって一掃される。


「やっぱ再生してすぐだと鱗もまだ柔らかいのなっ!」


 カインローズの先程はじかれた刃が魔力を付与することもなく、スッっとヒュドラの首に吸い込まれていきあっという間に切り飛ばす事に成功する。

 普段から斬撃の手数が多いカインローズである。

 一部の隙を見せずに向かいくるやわらかく新生した首を薙ぎ払い、突き刺し作業のように首を沈めていくのであった。

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