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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
133/192

133 八ツ首ヒュドラ

 近づけば近づくほど何とも規格外な生き物だなとリーンフェルトは自身の開いた口を閉じようとは思わなかった。

 まず山だと思っていた物こそが八ツ首ヒュドラの本体である事、これに一番驚いた。

 遠巻きから見ればそれは山にしか見えず、またシェルムの冗談だろうと思っていたのだが、距離が縮まるにつれて冗談だったという気になる。

 なぜならば山の様な背には道の様な物もあるし、木々が鬱蒼と生い茂っているからである。


「あれが本当に八ツ首ヒュドラなのですか? シェルムさんの冗談には乗せられませんよ」

「ふむ、これは日頃の行いかの? 信じて貰えぬのは仕方がない。もう少し近くまで行けばあれが生き物じゃとわかるじゃろう」


 その話をしてから二時間もすれば、その山の麓付近に辿り着く。

 そしてこの山が明らかにおかしい事はここまで近づけば、リーンフェルトでも分かる。


「明らかに息遣いを感じますよね……」


 リーンフェルトの耳に聞こえてきたのは確かな呼吸音と、吐き出される呼気によって生じた強風が撒き散らす枯葉と土埃が空高く舞い上がっている様である。

 山と形容しても差し支えないこの巨大な体に吸気しているのだから、吸い込みも吐き出しもかなりの音量である。

 それを例えて言うのならば夏の終わりにやってくる大嵐の様である。


「そういう事じゃ。そういう意味で言えば間違いなく生物である事が分かるじゃろ?」


 冗談などではないぞと胸を張って話すシェルムに、リーンフェルトは頭に浮かんだ疑問を素直に口にした。


「でもこれ……こんなに大きくなるまで、どうして誰も気が付かったのですか?」


 言われてみれば不思議な話である。

 突然こんな山が出来上がる訳ではないだろうし、大地の様に見える本体は動いているのだから気が付かない訳がないのである。


 しかしシェルムはそれに対して非常に難しい顔をする。

 なぜこんなにも大きくなるまで発見できないのか、むしろ小さな個体がどのように育つのかを説明したならば、理解を得られるだろうと考えたシェルムはその生態について話し始める。


「こやつらは土の中である程度まで大きくなるのじゃが、時折小さい奴が地表近くで見つかっては近隣住民によって駆除されるという事はあるのじゃ。じゃが当然地中深くの話。故にずっと気が付かれずに育ち続ける個体がおるのじゃな、今回の奴のように。地中から地上の何かを感知して出て来るのじゃろうが、何に反応して地上を目指すのかも不明なのじゃがの。じゃからある日突然大きな山が出来上がるように見えてしまうのじゃな。アシュタリアの子供達に読み聞かせる昔話にはかなりの数、八ツ首ヒュドラが出現するから下手な主人公よりも記憶に残るのじゃろうな。アシュタリアだけで見るならば知名度はナンバーワンの化物よ」


 シェルムの言葉を聞きながら、もしも自分がこれの討伐を命じられたならばどう解決するかを考えて、まず育ちきる前の幼体を駆除する事が出来れば容易いのではないかと考える。

 然程大きくない幼体であれば、仮りに戦闘経験の乏しい者でも寄って集れば倒せるレベルの相手だという情報は解決への大きな手がかりである。

 幼体の内に退治する。そうする事で突然現れる彼等を抑制する事が出来るのではないかと思ったのだ。

 実際シェルムの言った通り地表に出て来てしまった幼体は近隣住民でも対処出来るのだから、この状態であるならばそれほど手間ではない。

 それこそリーンフェルトの様に戦闘に慣れた者ならば、一人でも退治出来てしまうに違いないし、アシュタリアの兵士や武士と呼ばれる者達がどの程度の強さかまでは分からないが、そう多くない人数で対処出来るのではないだろうか。


「では地中にいる間に退治、もしくは幼体を地表に誘き出して退治してしまえば、迂闊に手が出せない程大きな個体を生み出さずに済むのではないですか?」


 その答えに少々落胆気味にシェルムは溜息を吐くと、その訳を教えてくれた。


「本当にそれさな。地中にいる小さい奴さえ排除出来れば良いのじゃが、今もその手法は確立されておらんのじゃよ。もしその方法が分かったのならばアシュタリアでその名を歴史に残す事が出来るじゃろうな。間違いなく」


 そう言って少々意地悪そうな表情を作って笑って見せた。


「何か解決の糸口になる方法はない物なのでしょうか?」

「さぁの。これを研究しておる者もこの国には多いのじゃ。興味があれば話を聞きにでも言って見たらいいのじゃ。案外ベスティアよりもシュルクの方が解決策を持っているかも知れぬしの」

「時間があればという所ですね、それは」


 そう答えてからもう少しこの件について考える。

 こういう時は色々な知識を知っているアウグストあたりに話を聞けば面白い回答が得られるのではないかと思うのだが、生憎と彼はリーンフェルト達の傍には居ない。

 では一体どこに行ったのかと言えばロトルの馬車の中である。

 道中暇だったのだろうロトルは兄であるアシュタリア皇帝カハイが甚くご執心である玉石ことオリクトに興味を少なからず持っていた。

 そしてこの世界で唯一、オリクトを作成する事が出来るアウグストが目の前にいるのであれば、その話を聞かなければならないだろう。

 もしかすればアウグストから有益な情報を入手、最終的にはアシュタリアでオリクトを生産する事が出来ればどれだけの富を成す事が出来るのだろうか。


 アシュタリアにも普及し始めたオリクトはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで国内に広がって来ているようだ。しかも腕の良い職人が多いアシュタリアは他国よりも開発用の需要があるのにもかかわらず品薄状態である。

 これは別に白帝家がオリクトの一切を仕切っているからではない。

 明らかに生産に対して世界の需要が追い付いていないのだ。


 出来上がったオリクトの配分は勿論アウグストの匙加減一つでどうとでもなる。

 ならばとロトルは直談判をしてこれを解消しようと動くのは尤もである。

 未だオリクトの製造方法はアウグストと本当にごく一部の幹部のみに開かれた特権である。

 オリクト自体は工場のようなプラントと呼ばれる施設で生産されているのだが、その場所はアル・マナク内でもトップシークレットである。

 斯く言うリーンフェルト自身も暗にプラントの存在こそ仄めかされたが、プラントの場所までは知らされていなかった。

 仮に場所が割れて襲撃でもされたならばオリクトを製造できなくなるかもしれないし、その技術を盗まれるかもしれない。

 そんな事になればアル・マナクにとっても甚大な被害が出る事は間違いない。

 それを知っている数が少ない程、秘密が漏れる確立は低くなるのだから仕方のない事なのだろう。


 シェルムと話し込んでいたリーンフェルトだったが、辺りが騒がしくなってきたので視線をそちらの方に向ける。

 見ればカインローズとヒナタが支度が終わったのだろう八ツ首ヒュドラの退治に出かけるようだ。

 観戦組は被害の出ない場所、このあたりでの見物となるそうだ。


「ではこれより、カインローズとヒナタによる八ツ首ヒュドラ討伐を開始する」


 馬車から降りてそうロトルが宣言すると弾き出されたようにヒナタが自身の翼を広げてヒュドラの元に飛んでいく。

 一方カインローズからはやる気を感じない。

 大あくびをしてから、ゆっくりと歩き始めるといつものようなスピードではなく。

 風に揺れる風船のようにふわりと浮きあがるとタラタラとヒュドラへと向かっていく。


「あれで本当に大丈夫なのでしょうか?」

「まぁ見ておれ。あれでも妾の弟子故な」


 シェルムはそんなやる気のないカインローズに何かを感じている様である。


 こうして八ツ首ヒュドラ討伐は始まりを迎えたのだった。

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