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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
132/192

132 皇弟閣下

 約束の日はすぐに訪れた。

 ナギとヒナタが現れたのは雨がしとしとと降っており、遠出するには少々不向きな日だった。


「来てやったぞカインローズ! さぁ勝負だ!」


 ハクテイ家の門前でそう叫んだヒナタにカインローズはげんなりとした表情だった。

 門が開かれ対面すればヒナタの姿が真っ先に飛び込んでくる。

 本日のヒナタは赤と金を基調とした煌びやかな鎧を着込んでいる。

 背中には先日は見えなかったが翼があり、髪の色と同じ青み掛かった羽毛に覆われている。

 リーンフェルトは彼もまたやはりベスティアである事を改めて感じた。


「チッ……俺が呼んだんじゃねぇっての。それになんだ? なんで見物人が増えてんだ?」


 ヒナタの後ろには彼の父と思しき人物とお付きの兵士大凡百名、さらに大きな傘がいくつも開かれたその下には金色のモフモフ齧歯類が杖をつき立っている。

 それに気が付いたアベルローズが慌てた様子で、雨に濡れるのも気にせず走り出す。

 そして泥が衣服に付く事を躊躇わず直ぐに杖をついた彼の前に移動して片膝をついた。


「これはご機嫌麗しゅうございます。閣下に置かれましては益々ご健勝の事、お喜び申し上げます。しかしまさか閣下自らいらっしゃるとは思いませんでしたぞ?」


 閣下と呼ばれた毛むくじゃらの齧歯類が鷹揚に頷き話し始める。


「此度の事、既にナギから聞き及んでいる。我が武士としての約束を違えぬように頼む。それにおぬしの倅も見ておきたかったのだ、急な訪問を許せよ」

「それは勿論でございます」


 これがアベルローズの表向きの姿なのだろう。

 地方領主として恥ずかしくない対応だと思えるそれはナギを担いで帰って来た時の様な荒い雰囲気ではなく、大きく印象が違って見える。

 話の流れからどうやら彼がその昔アベルローズが命を救ったと言う件の皇帝の弟らしい。

 つまりナギの父親という事なのだが、どうして虎の子が産まれたのだろうか?

 シュルクは両親に何処となく似た子供が産まれてくる。

 リーンフェルトは父親似だと言われるし、妹のシャルロットは母親似と言われる様に面影が伺えるものである。

 であれば親の姿形を子は引き継がないものなのだろうかと疑問に思ったのだが、きっと母親似なのだろうと納得させていると目の前に展開があったようだ。


「これハクテイよ、儂を無視するな」


 兵士を引き連れて現れたもう一人の客人がアベルローズに声を掛けた。

 それは旧知の友人に話しかけるような気やすさを感じさせるそれであり、アベルローズの切り返しもいつもの調子である。


「ん? おお赤くて目がチカチカするわい。もうちぃとばかり目に優しい色の服はないのか?」


 などと言いながら目頭を親指と人差し指で抑えた。


「そうは言うがシュテイ家の色である故な。無茶を言うでないわ!」


 冗談だと分かっているのだろう、彼は笑顔を崩さずにそう答えた。


「カッカッカ。んなもん分かっとるわ。それで今日は何の用だエイシ?」

「ホッホッホ。アベルよ。うちの倅に大層なもん吹っかけてくれたようだな?」


エイシと呼ばれた男こそ現在のシュテイ家の当主であり、ヒナタの父親である。


「そんなもんは無理を通そうとした貴殿の倅に文句を言うのじゃな。むしろ火球に関しては不問じゃぞ? それにしても無理が通りそうな獲物じゃろうが八ツ首ヒュドラは。丁度お前の領地とうちの領地の境に居座っておるからな」


 聞くところによると獲物である八ツ首ヒュドラは白帝領と朱帝領にまたがる様に存在しているらしい。


「確かにあそこが開ければより、流通が良くなるな。アベル」

「まぁそういうこった。ちょうどよかろう。なぁエイシ?」

「しかしヒナタはやっと元服したばかり。まだまだ未熟だ。正直精鋭百名程度でもあれをどうこう出来るとは儂は思っておらんよ」

「何を馬鹿な。高々首が多い蛇如きに遅れを取ってたまるかよ。まっ今回戦うのは俺の倅だがな」


 そう言ってチロリとカインローズに視線を向ければ、彼は嫌な顔をして父親に返事をする。


「別に俺はやりたかねぇっての」


 二人が話すそれに割って入ったのは杖をついたモフモフ齧歯類である。

 彼は見た目とは随分違う威厳のある声で話し始めた。


「してアベル。そちらがお主の息子と玉石の主人殿と従者の方々か?」

「左様でございます閣下。彼らがアル・マナクの方々です」


 玉石とはオリクトの事を指しているのだろう。

 アウグストを筆頭にリナ、リーンフェルトが紹介された後、カインローズが紹介された。


「うむ。余はアシュタリア皇帝カハイの弟ロトルと言う。良しなに頼むぞ」


 ロトルがアル・マナクの面々にそう挨拶を終えた所でアベルローズがカインローズを紹介する。


「これがうちの倅です閣下」

「うむ。アベルよ大義である」


 そう言ってロトルが一歩前に出ると、カインローズは片膝をついて頭を下げる。


「カインローズと申します」

「うむ。顔を上げよ」


 マジマジと顔を見てから肩に手を置いた。


「すまんな余の意地の為に貴殿には苦労を掛ける。余も皇族故な、言った事はそうそう曲げられぬ。まさか娘が産まれるまでに息子が六十六続くとは誰が想像できるかね。ともあれうちの一人娘のナギはそれは器量良しに育って来ておる。目に入れても痛くはないほどじゃな。お主の腕前を見せてくれ期待しておる」

「戦えと言われれば戦いますが、ナギとの婚約の件は……」


 結婚の話を断ろうとするも、ロトルの方が一枚上手である。

 カインローズの言葉に被せる様にして話し始める。


「そうじゃの。少し歳が離れておるかもしれぬが……儂の嫁達は皆それくらい年齢差があるものばかり。なに抵抗感があるかも知れぬが慣れじゃよ慣れ」


 そう言って笑い、結局カインローズへの返答を濁してしまう。

 かくして雨の中一行は八ツ首ヒュドラの住む場所まで馬で移動を開始する。

 そんな中ロトルだけは非常に豪奢な馬車での移動であった。

 西都より南へ向かい、朱帝領へと続く道を三日ほどかけて進むめば目的地だとシェルムは言う。

 二日目の朝には雨も上がり晴れた先に緑生い茂る山々が見えてくる。

 

「あの峠を越えれば朱帝領という事ですか? シェルムさん」


隣に轡を並べるシェルムにリーンフェルトが質問すれば、首を左右に振られてしまう。


「リーンフェルト殿にはあれが山に見えているのであろうが、あれこそが八ツ首ヒュドラの胴体でのぅ」

「あんな山のように大きい物が生き物なのですか?」

「そうじゃとも。夜になれば鼾がうるさく、くしゃみでもすればあたりに竜巻が起こり、寝返りを打てば大地が揺れる。この辺りに住む者にとっては生きているだけで面倒な奴じゃの。まさに生きる厄災なのじゃ」

「聞いているだけでとんでもない相手じゃないですか! あの二人だけで大丈夫なのですか?」


そう問えばシェルムは真顔で答えた。


「過去に倒された実績がある故、勝てないことはないと言ったとこじゃの。当時の文献では万単位の軍を当ててやっと勝利したと言われるの」


リーンフェルトはそんな相手に二人だけで勝てるのかと疑問を持ったのが顔に出ていたらしい。

シェルムは口元に手を当て笑うと種を明かしてくれた。


「もう彼此百年は前の文献にはそう載っておったのよ。今は装備も充実しておるし、戦う者のレベルが違い過ぎるわ。まぁ然りとて、たった二人じゃ。どうなるかはわからぬの」

「装備と言う面からいけばカインさんは随分と軽装ですよね……あんな装備で大丈夫なのでしょうか?」


そう言って視線をカインローズに向ければ自然とその装備が目に入る。


上半身を白色の革鎧で包み、下半身は、黒地に銀糸で模様が描かれた具足を身に着けている。

兜までしているヒナタと比べてみればカインローズの方が明らかに軽装である。

その視線に気が付いてカインローズがリーンフェルトに話しかける。


「なんだ。あんまじろじろ見てんじゃねぇ。恥ずかしいだろうが!」


そういう彼からは緊張している気配は全く感じられない。

一方遠巻きに見えるヒナタは朱帝エイシの隣におり、表情にこわばりが見て取れる。

あれでは思うように動けないのではないだろうかと心配になる。


「あちらは緊張しているようですね。あの子大丈夫なんでしょうか?」


思わずそれを口にすれば、シェルムは笑って見せる。


「模擬戦は数あれど妾の知る限りヒナタは今回の実戦が初めてだしの。良い経験になると良いのじゃが」


と不穏な言葉を口にしたその時だった。

あたりの大地がミシミシと音を立てて揺れ始めたのだ。

激しい揺れに馬達は嘶き興奮状態となったが各自手綱を握って馬を静め大事には至らなかった。


「今のは何だったのですか?」


そう尋ねれば尻尾を揺らしながらシェルムは遠くにある山を指差して答えた。


「言ったじゃろ? これが鼾と寝返りじゃ」


どうやら今回の勝負は本当に危険な相手のようだとリーンフェルトは改めて感じたのだった。

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