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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
13/192

13 邂逅

あの襲撃から更に四日が過ぎた。

あれ以来マルチェロを含めた王家派の連中とは、遭遇していない。

リーンフェルト達は街道を更に南下し、この任務の中継地点であるルエリアの街が見えてくる。


「やっと次の街が見えてきましたね」

「だな。明日には辿り着くことができるだろう。とりあえず宿を取って明日は英気を養うぞ!」

「今度は酔い潰れて寝坊しないでくださいね?」

「お…おう」


早速リーンフェルトに釘を刺されたカインローズは、曖昧な返事をして有耶無耶にしようとしている。


そんな様をアトロとクライブは苦笑交じりに見ていた。

ルエリアの街に近づくに連れて見えてきたのは街の外に居並ぶスプリンクラーだ。

それから噴出される水が陽の光を乱反射させる。


「あれは…スプリンクラーでしょうか?」

「そうっすよ」


街の中心に大きな噴水広場があるのだと、クライブが言っていたのを思い出す。

しかしまだ街が見えて来たばかりで、その姿はまだ見えない。


「観光地としてなら良いのでしょうけど、暮らし辛そうですね」


そんなリーンフェルトの感想をアトロがさらりと拾いフォローが入る。


「あのスプリンクラーもそうなんですが水を使ったサエスの国家事業の為、誰も文句は言わないのだそうですよ」


国の事業でならば仕方のない事だなと納得がいったのだろう、リーンフェルトが無言で頷くのを見て取ったアトロはさらに続ける。


「あのスプリンクラーにオリクトが使われているかまでは分かりませんが、オリクトを使用する事を前提とした装置は、定期便に見られる送風や推進力を得る大型な物ばかりではないですよ。むしろ日常の小さな困り事をなくすように便利な機器が次から次へと発表されてます。

魔力の強い者を高額な報酬で雇い、家事をやらせるくらいならば安価な機器とオリクトを代わりに使った方がどれほど楽な事か。

まず雇主として食費は保障しなければならないでしょうし、仕事や主人に文句もあるでしょう。何かのはずみで下手な恨みを買うかもしれないのですよ…人を雇うという事は」


何か人を雇った時に苦労したのだろう、アトロはそれを思い出したのだろうしみじみとした感情が言葉に乗っている。


「オリクトを機構に組み込んだ機器が売れれば売れるほど、それに比例して消費されるオリクトの量は増えてゆくっすから。このオリクト運送任務とその護衛はとても重要って事っすよ」


そう盛り上がるクライブにカインローズも割り込んできた。


「リン、気ぃ引き締めていかないとな。それとなんだ、機械いじりの話だったよな?意外になんだが…うちの組織で言えば、アンリがそういうの得意なんだよな」

「あのアンリさんがですか?」


アンリとはセプテントリオン第二席として各地を飛び回り多忙を極めているアンリ・フォウアークの事である。

それだけにリーンフェルトが反射的に聞き返してしまう程の衝撃を受けたようである。


「そうなんだよ、いつどこで開発してるんだか知らねぇんだが…いくつか発表もしていたはずだ。内容までは覚えちゃないがな」


あの多忙なアンリさんが、いつ開発に時間を充てているのだろうか?

リーンフェルトは疑問に思ったが、アンリの寝る間も惜しんで開発に打ち込む姿が容易に想像できてしまい妙に納得してしまった。


「もうしばらくすると二股に分かれる街道が見えてきますよ。そこまで来ればルエリアはすぐそこです」


アトロの解説に一行は頷く。

色々あったが明日の昼くらいには、風呂に入って疲れを流してしまおう。そう心に決める。


「その二股の道ですが片方はルエリアに、もう片方は長閑な牧草地帯へと繋がっています。ここら辺の食べ物を生産している大きな牧場がいくつもあるのですよ」


そこからこの辺りの名産などの話をしながら、件の道に差し掛かった時だった。

物々しく武装した冒険者パーティー一組と、鎧ごと背中を引き裂かれ呻いている仲間を背負いボロボロの装備を纏った冒険者数名とが情報交換している場面に遭遇した。


元冒険者であるアトロは特に気負う事もなく彼らに話しかけた。


「何かあったのですか?」


そう尋ねるアトロにルエリア方面から来た冒険者の一人が答えた。


「グリフォンが出たんだよ。そんで俺達はこれからそいつの討伐ってわけだ」

「グリフォンか…物騒な話だな。まあ、襲ってくるようなら斬り伏せるが……俺達はルエリアに向かう訳だから。遭遇する事もないだろうよ」


そう言って話を早々に切り上げたカインローズを見る冒険者の表情が硬い。


「なんだよてめえならグリフォン狩るのは余裕だみたいな言い方しやがって…折角答えてやったのになんだよ、あったまくるな!」


そう聞こえる様に叫ぶ冒険者だが、そんなものは気にもならないとカインローズは鼻で笑う。

雰囲気の悪くなった所でリーンフェルトが、その冒険者に話しかける。


「本当にすみません。あなた方の武運をお祈り致します」


そう言って微笑むと満更でもなかったようで、頬を赤くした冒険者はしょうがないと言った感じでパーティに戻っていった。


「ちょっとカインさん、あれは酷いのではないですか?あんなに気を悪くされてましたよ?」

「ああ、気を悪くさせたんだよ。グリフォンにあのレベルの防具じゃ即死を免れないぞ。どうせ懸賞金も破格なんだろう。人生の一発逆転だってあるかもしれないが

それも全て、命あっての物種だろう。

あいつらあのままだと確実に死ぬからな。大分力も入っていたから少し冷や水をぶっ掛けたんだよ。冷静になれば見えてくる物があるしな」

「それはどういう……」

「背中をやられてグッタリしてるやつの装備と自分達の装備の差だな。やられた男はハーフプレートだ。見た感じ鉄製だろう」

「そうですね。私にも鉄製のように見えました」

「ならさっきの連中は?」


それを聞いたリーンフェルトは少し考えて、すぐに気がついたようである。


「…物々しい装備ですが、どれも革製でしたね」

「まあそういうこった。鉄を容易く切り裂く爪の持ち主にそれよりも硬度で劣る防具をつけた所で意味などないだろ?」

「そうですね…彼ら大丈夫でしょうか?」

「心配ではあるが…俺達には俺達の任務があるからな」


結局このカインローズの一言でリーンフェルトは口を噤んだ。


「旦那、今日はもう大分陽が傾いている。明日には着くんだから急がずここで野宿にしましょう」


アトロの提案で二股の道から少し戻った所に開けた場所を見つけたので、そこへ馬車を寄せ野宿の準備をする事になった。

陽が完全に沈む前に滑り込んできたキャラバン隊が準備を終える頃にはそこそこの人数であった為、賊の心配はないだろうと判断した

カインローズは全員にさっさと就寝するように命令すると、自分だけふらりといなくなってしまった。


リーンフェルトは命令に従いその晩は早々に就寝した。

野宿には随分慣れたものだが、安心して休めるわけではない。

明日には潤沢なお湯を使ったお風呂に入り、柔らかいベッドで眠れる。それだけを楽しみにして。


翌朝、リーンフェルトは早速カインローズを見つけると睨み付けた。


「ちゃんと起きれたのですね。昨晩は他のキャラバンまで呑みに行ったのですか?」

「ンなわけないだろが…アトロに仕事を頼まれてな。ちょっと用を足しに行って来たのさ」


カインローズが昨晩いなくなったのは一人でふらりと、どこぞのキャラバンに混ざり朝まで呑んだくれてくるものだと完全に決めつけていた

リーンフェルトは確認の為に話を進める。


「何かしたのですか?」

「ほら見て見ろ!馬車の幌を無地の奴に変えたんだよ」


馬車に目を向けると確かに昨日までアル・マナクの紋章が入った幌が綺麗に畳まれており、少し使用感のある無地の物に付け替えられていた。


「アル・マナクの紋章には威嚇の意味があったのですが、逆に悪目立ちしているんじゃないかという事で変えてみました」


確かにケフェイドでは絶大な効果がある方法だったので、それが普通だと思ってしまっていた。

確かに大きく描かれた紋章は目立つ。

リーンフェルトは産まれてこのかた紋章と生きてきた。

所属を明らかにする事で地位や権威に守られてきた…リーンフェルトにとって、紋章はあって当たり前だったのだ。

そういう事にも気づけるようにならなければと気持ちを新たにした。


再びルエリアを目指し街道沿いを進む。

件のグリフォンがいると言う情報のあった丘を右手に一路西に向かって進む。


「グリフォンの奴と会わなきゃいいっすね」


空を見ながらクライブは馬車を走らせている。


「あまり余所見しないでくださいね?」

「嫌だなぁリンさん。警戒っすよ警戒って…うわぁ!?」


それは一瞬の出来事だった。

クライブの馬車はあり得ない速度で突如として生えて来た蔓に車輪を絡め取られ横転したのだ。


「クライブさん!?」


リーンフェルトは地面に転がされたクライブに声を掛ける。

頭から落ちたのだろう、クライブは額から血を流しグッタリとしている。


「カインさん!クライブさんが!」

「リン!落ち着け、まずはクライブを止血しろ!俺が第二波に備える!」


完全な不意打ちに動揺を隠せなかったが、カインローズの声に冷静さを取り戻せたのは士官学校時代の経験だろう。


すぐさまクライブの止血を始める。

朦朧とした意識の中クライブは、リーンフェルト越しに見える馬車を指差して、擦れた声を発した。


「なっ…なんっ……すか…あれ……」


振り向きリーンフェルトが目にした物は、異様の一言に尽きる。


地面から湧き上がるように現れた無数の蔦が車輪に絡みつき動きを封じられたところに、さらに巨大な水晶が地面から突き上げるように生える。

それは巨大な獣が馬もろとも荷台を食い破るようにも見えた。

荷台が音を立てて壊れていく中、オリクトを収めていた箱もまた串刺しとなり、破壊された箱の隙間からオリクトが地に溢れる。


「あっ……」


呆気に取られて自然と口から声が漏れる。

これはなんだ?

なにが起こって…

地面から生まれた水晶の内部が一瞬チカチカと明滅すると次の瞬間


ーーーーーードンッ!!


勢いよく爆発し何もかもがその高熱に飲まれ、馬は喉を焼かれ息も出来ないままに真っ黒く焼け爛れ絶命する、そんな状況だ。

オリクトもまた爆発の強い衝撃に耐えきれずに粉々に砕かれ、込められた魔力は解放されてしまいその抜け殻も虚しく地に還る。


その爆風の煽りを受けて、後続の馬車に乗っていたアトロが吹き飛ぶ。

元冒険者の彼は受け身を取るとすぐに立ち上がった。

しかし馬車の方は無残にも焼き払われてしまった。


この状況に思考が停止しかけた時にカインローズの怒声が聞こえた。


「リン!クライブ!アトロ!警戒しろ敵襲だ!!」


緊迫感のあるカインローズの声にすぐさま気持ちを切り替え辺りを警戒する。


「敵は……クソっ上か!!」


カインローズが見つけるや否やそうごちる。

それはケープマントと髪を風の魔法ではためかせた黒い影。

その姿にリーンフェルトは噛みつくように叫んだ。


「貴様、王家派の者か!」

「……」


男は黙して語らず、ただつまらない物を見るような目でリーンフェルトを見下ろしていた。


その男に向かいリーンフェルトは剣を構える。

切りかかる隙を探るべく精神を研ぎ澄ますが、そこに不意に聞こえてきたのは場違いな一言だった。


「お姉ちゃん……」


確かにそう聞こえた。

怪しげな男よりもそちらに視線を向けて目を見開く。

そこには抜けるような黄緑色の瞳と茶色交じりの金髪、母の面影のあるタレ目の少女がいた。


見間違うはずがない、シャルロットだ。


しかし、なぜこんな所にいるのだろう?

確かにサエス王国にいるという話を父であるケテルから聞いてはいたが。

そんな思いがそのまま口をついて出てしまう。


「シャル!?何故貴女がここに……」


そう思うがそれよりもだ。


「早く離れなさい!そいつは危険だわ!!」


あの危険な黒い影のような男のそばに現れた妹にめいっぱいの声で叫ぶ。

しかしその妹からの返事は予想だにしない言葉であった。


「…………ごめんね、お姉ちゃん。また今度逢えたら詳しく話すから……」


そう言いシャルロットは地を蹴り宙に浮かぶと、男の首に組み付き締め上げ地面に引き摺り墜とす。

そして地面に引きずるかどうかという所で男を肩に担ぐと、その場から物凄い勢いで走り出した。


「どういう事……?」


突然現れ襲撃者を連れ去ってしまった妹の背を見送りながら、その場に取り残されたリーンフェルトはそう呟かずにはいられなかった。

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