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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
129/192

129 勘違い

 リーンフェルトの部屋に夕食の準備が出来たと連絡が来たのは各人が部屋に入ってからしばらく経ってからの事だ。


「お客様、夕食の準備が出来ました」


 そう言って現れたのは鹿の獣人である。

 枝の様な角意外は見た目はほぼシュルクの彼の案内の下、広間へと通される。

 見ればアウグストとリナは既に席についていた。


「おや、リン君随分と遅かったじゃないか」


 そういうアウグストの頭には丸めの耳、尻尾は太く短い物が取り付けられている。

 彼は自身の体型から誰かに選んでもらったのか、はたまた自ら狙った物なのかは分からないがなりきりセットがなんの動物を模しているかは直ぐに分かった。

 甘いもの好きであり研究で引きこもる事で、あまり運動をしないアウグストはどちらかと言えば少しお腹が出ている。

 その少し出てきたお腹に狸のなりきりセットは実にマッチングしていると言える。


「アウグストさんは狸です……えっとどうツッコミを入れればいいのか分かりませんが、良く似合っていますね」

「ははは、リン君だって中々似合っていますよ」

「そうですわ。お嬢様の凛々しさが一層際立っておりますわ!」



 そう言ってリーンフェルトのなりきりセット姿を褒めるリナはピンと立った耳が特徴的であり、尻尾もフサフサの物が選ばれている。


「えっと……リナさんのは……」

「犬でございますわ! お嬢様」

「ですよね……」


 リナのなりきりセットは犬である。

 これもまた狙った物なのかはたまた自ら進んで犬を選んだのは定かではない。


 というものリーンフェルトのなりきりセットはシェルムが部屋に案内した後に、そのまま部屋に入り選んで行った物だからだ。

 恐らく他の部屋には召使が配置されていてなりきりセットの説明なんかが成されたので無いだろうか。

 少なくともリーンフェルトにはそのなりきりセットの装着の仕方など分かるはずもなく、その辺りも見越してシェルムは彼女をセットアップして行ったのだ。


「お嬢様のなりきりセットはもしかして……獅子でございますか? そのたてがみが立派ですわね……また」


 正直部屋を出るのを躊躇っていた為に遅くなってしまったのだ。

 耳は確かにネコ科のそれでありなんとなくだが可愛らしく見える。

 しかし、セットに付属していたたてがみは髭の様であり雄々しくある。


「お嬢様……どうしてオスの獅子なのです?」

「なりきりセットの設定が良く分からなかったので、シェルムさんにやってもらったのです」

「お嬢様……それは完全に悪戯されていますわ。女性にわざわざ男性のセットは用意しませんもの」

「シェルムさんはなぜ私にこんな事を?」


 たてがみを揺らして首を傾げたリーンフェルトの背後からシェルムが現れる。


「どうじゃ? なかなか恰好良かろう? やはり凛々しい男子には雄々しいたてがみがよう似合うのぉ」


 そう言って自身のコーディネートが上手く行ったとばかりに頷き、誇らしげに胸を逸らす少女は得意げだ。

 少女が入ってきた場所から少し遅れて現れたのはキトラとカインローズである。


「あら?」


 キトラは既に何かがおかしい事に気が付いたようである。

 そしてカインローズもおかしな事に気が付いた様子で一つ溜息を吐くと師匠の間違いを正すべく彼は口を開いた。


「おい……師匠。リーンフェルトは女だぞ? たてがみなんぞいらねぇよ」

「にゃ……にゃんですと!?」

「おい狐。種族割れしてんぞ?」

「いやだって胸ぺたんこだし……確かに声はハスキーかなとは思わんでもなかったが……」


 普段であれば地雷とも言えるリーンフェルトの胸についてだが、悪意がある訳ではなかったようなので怒ったりはしない。

 これがマルチェロあたりであれば、あっという間に炎がその身を焼いていたであろう。


「胸だけで判断すんじゃねぇ。それにそこのリナはずっとお嬢様と呼んでいたはずだぜ?」

「他国の装いは良く分からぬな。そのように異国の男性の様な服装をしていれば、勘違いもしてしまうであろう?それにしてもリーンフェルト殿には悪い事をしてしまったのじゃ……」

「……いえ、私の方こそ特に疑問を持たないままなりきりセットをつけて貰いましたので……それに私自身あまり女性を意識しておりませんので」

「それはいかんぞ! リーンフェルト殿。ふむ、そういう事ならば妾がとびきりの美女に改造してくるぞよ」

「えっ……」

「いいから着いて参れ!」


 あっという間にリーンフェルトの腕を掴んだシェルムは引きずるようにして彼女を連れ去ってしまった。

 カインローズを凌駕するほどの腕力で引っ張られてしまっては、成す術もない。

 近くの空き部屋を締めきれば、何やらどたばたと動いている音と戸惑くリーンフェルトの声が聞こえてくる。


「あ、あのちょっと!」

「ほれほれ~このボタンを外して……ほれこれを着てみるのじゃ。ここをこうして結わえて、そうじゃここもこうして……」

「ちょ、ちょっと! 本当に……こんな服で……?」

「こうじゃろ~こうじゃろ~。ここにアクセントでどうじゃ!」


 ふすまをスライドさせて空き部屋から出てきたリーンフェルトは先ほどと打って変わって可愛らしくなって出て来る。

 耳は黒猫の物を、尻尾も統一して黒を選んでいる。

 いつもと違うのはまず髪型だ。

 猫耳のあたりから髪が結われて入りツインテールとなっている。

 そのせいか、若干普段よりも幼く見えてしまうのは、シェルムの思惑通りか。

 さらに服装がアシュタリア式の着物へと変わっている。


「あの……この恰好おかしくありませんか?」


 女の子扱いをされたのは果たしていつ振りか、リーンフェルトは頬を赤らめ普段は凛々しい眉も今はすっかり気弱に下がってしまっている。


「ぬっふっふ。どうじゃ! 妾のセンスは!」


 一仕事を終えたとばかりに両腕を腰に当てて、オッサンめいた笑みを浮かべるシェルム。

 真っ先に反応したのはリナである。


「ぐふっ……その服装、仕草の愛らしさ! お嬢様最高ですわ!」

「いやいや、リン君思いのほか似合うものだね。いっそここで花嫁修業をしていくかね?」


 リナが何やら涎を垂らしている横でアウグストも思い出したように、話し始める。


「あ、あの話はまだ残っていたのですか!?」

「そりゃもちろん。なにせ命の恩人との約束だからね。早々違えたりはしないさ」

「確かにリーンフェルトさんはアシュタリアでも通用するレベルですね」


 キトラのお墨付きが出るのだから、アシュタリア界隈でも美女の部類に入ってくるのだろう。


「はっはっは、リン。馬子にも衣装とは……ふぐっ」

「お前は相変わらず余計なのじゃ。一言似合っているとか可愛いとかそう言えば良いのじゃ!」


 シェルムが放ったのであろう指弾がまたもやカインローズの鳩尾辺りにめり込んでいるが、先程よりも立ち直りが早い所を見るとさほどダメージが入っている訳ではないようだ。


「まぁなんだ。なかなか似合っているぞ」

「はい、ありがとうございます。カインさん」


 そう笑顔で答えたリーンフェルトは年相応の笑みを浮かべていた。



――そんなこんながあって大広間に用意された御膳の前に各人が座り、改めて夕食が始まる。


「主人は明日にでも帰ってくるでしょう。大したもてなしも出来ませんが細やかながら今宵の宴をお楽しみください」


 キトラの挨拶もそこそこに早速前菜が運ばれてくる。

 前菜は小鉢に大根の粕漬けであった。


「これは私が毎日糠床を掻き混ぜて作っています」


 そういうキトラの作った粕漬けは程よく漬かっており、粕の風味と仄かな大根の甘みを感じる事の出来る繊細な漬物である。

 キトラ、シェルム、カインローズと並び対面する様にアウグスト、リナ、リーンフェルトという配置で配膳されているその中でリナはリーンフェルトの方をチラチラと見ながらうっとりとした表情のまま呟く。


「それにしてもお嬢様……あぁお嬢様のそのお姿是非とも肖像画を描かせましょう!」


 鼻息を荒くするリナの独り言を聞き、苦笑しながらリーンフェルトは二品目に配膳されたお椀に入った汁物を一口すする。


「これはすまし汁と言っての。中に入っているのは魚をすり潰して団子にしたものじゃ」

「カインったら昔からこれが好きでね。良くおねだりされたものよ」

「あぁ確かにお袋の味って奴だな。こりゃ」


 シェルムが料理の解説をしながら、それに沿って料理が次から次へと運ばれてくる。


 料理が一通り出揃ったあたりからキトラが二度ほど手を叩けば楽器を持った数名のベスティアが広間に現れる。

 内三名が鳥のベスティアらしい。

 演奏に合わせてそのベスティア達が歌い、踊り始めれば宴はいよいよ盛り上がってくる。


 歌と演奏が終わり最後に再びキトラの挨拶があって宴も闌、宴会はお開きとなった。


「旅の疲れは我が家自慢のお風呂で流してくださいね」


 そう言うと一礼して大広間から一足先に退室していく。


 そこからは各人に性別に合わせたお付の者がついて風呂へと案内される。

 途中箱型の昇降機に乗り上へ上へと上がって行けば、行きついた先に屋敷と言っても過言ではないくらいの建物が現れる。

 中に入ればキトラが自慢のと言うだけあって宿屋など遥かに凌駕した広い露天風呂があり、空には満天の星が広がっている。

 視線を落とせば眼下に広がる庭園を一望する事が出来る。

 露店風呂自体が高度な場所にある為か、その解放感は普段では味わえない物だった。

 心行くまでお風呂を堪能したリーンフェルトはもう少し入って行くと言うリナを置いて一足先にお風呂から上がる。

 入口には先程案内をしてくれたベスティアが待機しており、彼女が部屋まで案内してくれた。


 部屋まで戻ってくると、宴会の内に準備が成されたのであろう畳の部屋に布団が敷かれていた。

 ベッドとはまた違った感覚ではあったが、もぐりこんでしまえばあっという間に瞼が重たくなり眠りに落ちてしまった。

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