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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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128 なりきりセット

 一方、カインローズは母親であるキトラが話があるという事で、大広間に残っていた。


「それで母ちゃん、改まって俺に何の用事だ? お見合いは仕方が無いから今更四の五の言わずに受けるつもりだ。それで文句は無いだろ?」


 カインローズも行動にいろいろと問題はあるがいい年の大人である。

 久しぶりに会ったとはいえ、親をどこか面倒に思ってしまうのは仕方のない事だろう。

 早く話を切り上げて解放されたい気持ちから、お小言の先を自ら潰して終わらせようとする。


「それはハクテイの家の者としてね。そうではないのよカイン」


 そんな気持ちを全部見透かしてるようにキトラは微笑みながらそう告げる。


「な、なんだよ改まって」

「大きくなったわねカイン。すっかりおじさんに片足突っ込んでしまっているけれど」


 それはハクテイのキトラでは無く、母親としてのキトラの弁であった。


「あぁ青年と呼ばれる様な歳の頃にはこっちにいなかったからな」


 十代の中頃に家出してから四十が見え隠れする年まで、実家に帰らずにいたのだ。

 その為少年から青年になっていく過程と言う物をキトラは見る事が出来なかった。

 そこに母親として悔しさがあるが、当時のアシュタリアがカインローズにとっては牢獄の様な場所であった事も知っていた。

 だからこそ連れ戻そうとは思わなかった。

 いつか自分の息子が帰って来た時には、少しでも住みやすい環境にする。

 それがキトラの行動理念となり今日まで来ている。


「貴方の事だからさぞ凛々しかったでしょうに。それこそ若い頃のアベルみたいに」

「……さぁどうだかな。アシュタリアから出た俺はしばらくグランヘレネで冒険者をしていたんだぜ」

「知っているわよ。ハクテイの情報網からカインが外れる事はなかったわ」

「ケッ……結局俺は檻の中にいたってわけか」


 悪態を吐くものの別段嫌そうではないのは、あるあたりから時々ベスティアの気配を感じていたからだ。

 それは近寄る訳では無くただ一定の距離を保ち、そして気が付けば消えているような存在だった。

 だからそれが両親の手の物なのではないかという思いはあったし、干渉してこないならば気にしなくてもいいと割り切っていたのも事実だ。


「そうじゃないわ。いくつになっても子供の事は心配をしてしまうものなのよ。改めてお帰りなさいカイン」


 そう言われるとなんだか幼い頃に戻ってしまったようで気恥ずかしかったカインローズは顔を明後日の方向に向けながら返事をした。


「……あぁ」

「もう。そんな所までアベルと似る事ないのに……やっぱり親子ね」

「んなっ!?」


 どうやら照れている仕草はアベルローズに近いらしい。


 本人がまるで意識していない所でアベルローズに似ていると言われると少々煩わしい気持ちになる。

 親なのだからどこか似ていても不思議ではないのだが、父親であるアベルローズはどちらかと言えば苦手な相手である。


「はいはい、そんな事はいいわ。客室にはベスティアなりきりセットを用意しておきました」


 文句を言いそうな息子をさっと言葉で制して、キトラは部屋の隅に用意してあった箱からベスティアなりきりセットを取り出すとカインローズに手渡した。


「なんだよそれ?」

「言葉のままよ? なりきりセット。ほら、ベスティアの国に来てシュルクのままだと何かと面倒なのよね。それで開発したのが……」

「なりきりセットかよ」


 こんな子供だましみたいなアイテムで何が変わるものだかと、若干呆れた声を出すカインローズにキトラは至って真面目な口調で話し始める。


「アベルと頑張って考えたのよ? お互いの偏見がなくなる様にってね。少なくともなりきりセットを着けるくらいベスティアへの敵意は無いと判断できるし、敵意があるとベスティアにしか分からない程度に耳や尻尾が反応する様な細工が施されているわ」

「なんだよそれ。結局の所信用してないんじゃないか?」


 なりきりセットを道具として見るならば音の出る首輪といった所か。

 そんな物を着けた相手と分かり合えるのか。

 こちらの都合だけを押し付けたそんな物が必要なのかとカインローズはキトラに問う。


「カインがそんな事言うなんてね」


 十年以上の月日は確実にカインローズを成長させているし、その考え方も多くのシュルクに触れる事によって当時とは大分変わっている。

 それはキトラの目から見ても喜ばしい成長であった。


「俺は見た目だけはシュルクだからな。逆に外の世界の方が生きやすかったんだよ」

「だからこそ見た目って大事な事、分かるでしょ」

「まぁ耳だ尻尾だとうるさい国だからな」


 幼少の頃は耳が無い、尻尾が無いと散々言われ続けたカインローズである。

 この国においてそれだけがステータスであり、重要である事が痛い程分かっている。


「そう言わないで欲しいわね。大分頑張ったのよ? 私もアベルも。お年寄りは今も頭は硬いけど」

「あぁ爺さんとかか? まだ生きてるのかよ」


 四祭祀家の中で爺さんと呼ばれる存在は玄帝家のガントウ翁を指す。

 四家の中でも最年長の当主であり、先々代の皇帝から仕えているアシュタリアの重鎮中の重鎮である。


「玄帝様はお元気ですよ。最近更に頑固さを増していますけど……」

「爺さん、半日は御神体に祈りを捧げていたからな」


 カインローズがまだアシュタリアに居た頃からガントウ翁の話は有名であった。

 なにせ一日の大半を御神体、ヘリオドールに寄り添い、祈りを捧げているという人物であったからである。

 そうガントウ翁に思いを馳せるカインローズとは別に、キトラは先程までとは打って変わって低いトーンで話し始める。


「カイン。最近他国の御神体が相次いで壊されているのは知っているかしら?」


 その件についてはサエスでもグランヘレネでもその傍にいたし、セプテントリオンとしても関わっている。


「あぁ。その場に居合わせる事が多くて驚いているぜ。んでそれがどうしたって言うんだ?」

「ねぇカイン。何故ベスティアがシュルクから迫害されるのか知ってるかしら?」


 突然ベスティアの話を始めたキトラに面食らってしまう。

 小さい頃から、今もだが考えてどうにか出来る価値観ではなかった為に、カインローズの中には一種の諦めがある。


「さぁな。少なくとも生まれた時には既にこうだったろ?」

「何故かと調べれば女神達の争い……神話にこそ原因がある事に行き着くわ」


 キトラの行動理念から行けば原因とは何であるかを調べ、突き詰めた結果がこれだ。


「母ちゃん……何考えてんだ?」


不穏な空気を纏うキトラに、心配したような声色で問うカインローズの表情も少々不安げである。


「私はね。御神体……シュルク達はヘリオドールと言うのでしたか。それに支配される世界を変えようと思っています」

「つまりアシュタリアのヘリオドールを壊したいって話か?」


 カインローズは敬虔なヘリオドール信奉者ではないが、それが国にとってどういう意味を成す物であるかは重々承知しているつもりだ。

 だからこそ突然そんな事を言い始めた母が心配になる。


「神殺しが出来る魔導師の手配まで、陛下には内々で話を通してあります」

「おい! 正気か! 母ちゃん。それは全てのベスティアの心を折っちまわないか?」

「かも、知れません。しかし多角的なアプローチの結果陛下を説得出来ました。カインは知らないと思うのだけど、実は貴方と同じ様な子供が徐々にだけど、アシュタリアでは増え始めているの」

「そりゃ一体……?」


 今一ピンとこない様子のカインローズにキトラは、ヒントを出すべく口を開く。


「ロマンチックに言うと女神達の呪いが解けかけているといった感じかしら?」

「母ちゃんそれじゃわからねぇよ」


 どうもこういう本題を迂回したような表現は苦手だとばかりに、カインローズは後頭部に手を遣るとガシガシと頭を掻いた。


「こういう表現も分からない様じゃ女の子にモテませんよ?」

「茶化すな、余計分からなくなる。もっと分かりやすく説明してくれ」


 窘めるキトラに嫌そうな顔のカインローズは結論を促す。


「簡単にいうとね。シュルクとベスティアでの結婚が増えた……混血が増えているのよ。そうなると……」

「そうか俺みたいなガキが産まれてくるって話か」


 キトラは一つ頷いてから、子供に言い聞かせるようにゆっくりと話し始めた。


「私が結婚した頃はありえない組み合わせだったのだけれど、努力のお蔭で一部のシュルクがベスティアと結婚するまでに至った。いがみ合っている世代が大分いなくなったのも今の環境を後押しする要因になっているわ」

「だがそれじゃ俺みたいな目に遭う奴が出ちまうだろう?」


 カインローズが体験した檻の中のような閉塞感がある世界を、彼等から生まれた子供達が生きて行かなくてはならないのかと思えば胸が苦しくなる。

 それは只管に理不尽な世界だったから、出来ればそのような思いをせずに生きて欲しいと願うのは先達だからだろう。


「ここ西都の中で言えば概ねシュルクへの抵抗感は薄れて来ていると確信していますよ。それになりきりセットを着けておけばあまり外見での問題は気にならなくなるみたいですしね」

「なんだよ……それ」

「アベルと私でカインが帰って来れるように頑張った成果よ」


 そう言ってキトラはカインローズに胸を張って微笑んだ。


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