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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
126/192

126 西都へようこそ

 アベルローズを先頭にキトラ、シェルムと続きアウグスト、リーンフェルト、そしてカインローズにリナという並びで廊下を歩いているが後方からの会話が聞こえてくる。


「バカインローズあれはやらないんですの? 見栄でしたったけ?」


 既に意地の悪い笑みを浮かべているリナの質問にカインローズはかなり苛立っている。


「あんな糞恥ずかしい事、誰がやるか! あれは親父は好きでやってんだよ……つか親父のそれに触れないでくれ。マジで頭が痛くなる」

「そうでしたの。つまりませんわね……いっそ当主はあれをしなければならないとか決めてしまえばいいのに」

「止めろアホ! そんな事言いだした日には、本当にあれをやらなくちゃいけなくなるだろうが!」

「いいじゃありませんの。我こそは踊り狂う暴風とか少しアレンジしてやれば良いじゃありませんこと?」

「だから……やらねぇっての!」


 そんなやり取りの聞きながらリーンフェルトは徐々にカインローズの調子が戻って来ているのではないかと感じていた。

 ともあれカインローズが元気になってくれればそれでいい。

 暗く落ち込んでいる姿は彼には正直似合わない。


 さて、一行の歩みが止まり大広間に案内されると一段高くなった上座にアベルローズ夫妻、そのすぐそばにシェルムが座り、それと対面するようにアウグスト以下アル・マナクの面々は一列に座る事になった。


「改めてようこそ西都へ」


 アベルローズがそのようにアル・マナクの面々に話しかける。


「あの……すみません。ここはアシュタリアではないのですか?」


 リーンフェルトがアダマンティスから渡されていた資料にはボーテス大陸丸ごとアシュタリアであるという説明が成されていたのだが、あえて西都と言ったアベルローズの言に違和感を感じたので、物おじせずに質問してみるとその回答は彼の横に座っているキトラから得られた。


「この国は他の大陸と統治形態が少々異なりますね。まず御神体のあるアシュタリア帝国と呼ばれる土地はこの大陸の中央の方になります。四祭祀家については?」

「はい、国の運営に携わる四つの家で、神事を行うという事は知っています」

「そうですか。実際にはアシュタリアを取り囲むように東西南北をそれぞれの祭祀家が統治している形になりますわ。その中でもアシュタリアよりも西側を任されているのがハクテイという事になります。歴史を紐解けばこの四祭祀家は各地方を治める国王でしたが、御神体の力で四方の国々はアシュタリアに服従する形となり今に至ります」

「そんな歴史があったのですか……」

「はい。そんな歴史があるので地方は地方の特色が強いですね。我々もここを西都と呼んで旧王家の首都を本拠地にしております。ちなみにボーテス大陸の玄関口は二か所ありまして、一か所目はここ西都。もう一つはシュテイ家が治める南方にハタタガミという港街があります。あちらはグランヘレネやマディナムントが近いのでここよりも賑やかで大きな街ですよ。もしお時間があるのでしたらそちらも観光する事をお勧めしますわ。そうそう、うちもアル・マナクのオリクトのお蔭で引けを取らないくらい発展してきているのですよ」

「成程、こちらは確かにケフェイド寄りにありますからな」


 アウグストがキトラの言葉に頷いて見せる。

 西都はボーテス大陸の西側やや北よりに位置している。

 必然的に交易を行う相手として一番近い港と言えばクリノクロアとなってくる。

 アルガス王国時代はケフェイド産出の鉱石などが輸出されアシュタリアからは食糧、特に小麦などが多く取り引きされていた。

 しかし王家が無くなった今では多少ケフェイドの自給率も上がった為、食糧一辺倒の取引は少なくなっているようだ。

 代わりに出て来たのは鉱石ではなくオリクトという魔力を込める事の出来る石だった。

 用途に合わせて魔力を込めて使用すれば、大量の木々を燃やし水を蒸発させ動かしていた機器も資源の消費を最小限に留めてしまえる。

 火の魔力と水の魔力を込めたオリクトさえあれば、アシュタリアが開発した蒸気機関を動かせる事に気がついたのは流通が始まって直ぐの事だ。

 そしてこれからはこれが大きな力になると確信したアベルローズとキトラはオリクトの流通を掌握する事に成功する。


「はい。その為、昨今浸透してきたオリクトの国内販路を一手に担っております」


 キトラはにこやかに会釈してみせる。

 オリクトの販路を一手に担っている。

 この言葉の大きさを理解できたリーンフェルトは思わず息を飲む。

 なぜならばその莫大な利益を生み出すオリクトを手中に収め、さらに一手に担う事で恐らく価格操作も可能だろう。

 アシュタリアの経済がどのように動いているかはしっかり把握は出来ていないが、オリクトの需要がうなぎ上りである事は事実である。

 そこを握っているのだ。

 どれだけの莫大な利益を生み出すのか正直リーンフェルトも想像できない。


「ええ、お蔭様でボーテスにもお客様を得る事が出来ました」


 ぺこりと頭を下げてアウグストはキトラに謝辞を述べる。


「ふふふ、ご謙遜を。あれは黙っていてもいずれアシュタリアに入って来て、産業革命を起こしていた事でしょう」

「そんな革命だなんて物騒な」

「いえいえ、動力が今までの物よりも優れています。私達以外の誰かが先に見つける事が出来ていれば、その者達が今までの技術と掛け合わせて新たな物を作り出す事になっていたでしょう。ベスティアはそういう事に優れた種族なのですから」


 和やかに会話がなされている事からアウグストとアベルローズ、そしてキトラの関係は非常に良好の様だ。



「それにしてもアシュタリアというのは不思議な所ですな。見る物全てが物珍しい」

「カッカッカ。それは貴公等がアシュタリアに初めて来たからだろうな。俺も昔若かった頃はそんな感じだったが、もう何年だ? ずっとここに住んでるからな。逆に貴公等の服装など見ていると、何とも懐かしい気持ちになってくるもんさ」


 アベルローズは若い頃にアシュタリアに流れ着いたシュルクの冒険者だった。

 元々パーティを組んでいた連中と折り合いが合わず一人で冒険者を続ける為にアシュタリアに渡ったのだが、その当時はシュルクに対するベスティアの態度は今よりも露骨であったらしい。

 紆余曲折有ってハクテイのキトラと結ばれて、子を成してからはアシュタリアに骨を埋める覚悟で今日まで生きてきた。

 この男の数ある楽しみの中でも一、二を争って好むのは息子であるカインローズをおちょくる事である。

 尤も不器用な親が子にじゃれついていると言ってしまえば可愛く聞こえるかもしれないが、さて息子の方はどう思っているのか。

 そこら辺を加味出来ない辺りは一匹狼で生きてきたアベルローズとって匙加減の分からない所らしい。


「しかしカイン、お前やっと帰って来てくれたのね」

「いや……俺は帰る気なんざ無かったよ。これっぽっちもな。大体八歳の幼女を俺の結婚相手にしようだなんてとち狂った事を通そうとする方がどうかしてるんだ。親父が断ったように俺も年齢差を理由に断りを入れたいんだが?」

「カッカッカ……儂はあん時もう五十を越えてたからな。流石に子を成すのは無理な話だし、俺にはキトラがいてくれればそれでいいしな」

「いやですわ。貴方……」


 頬を赤らめつつも、妙に嬉しそうなキトラにカインローズも苦笑いを浮かべるだけだ。


「まぁなんだ。俺が言うのもなんだが将来確実に美人になるぞ、ナギちゃんは」


 既に面識もあるのだろうアベルローズはそう笑って見せるが、カインローズからは拒否の一点張りだ。


「そういう事を言ってんじゃねぇ」

「ならお前、好いた女子の一人でも連れて来てみろ」

「うっ……そっ……それは」

「どうせお前の事だ。女子に対して奥手になっておるのだろう? いつぞやの恋文は想い人に渡せたのかよ」

「たく、一体いつの話を持ち出してきてやがんだ親父! 俺も男だ、女の一人や二人……」

「カインやめておくのじゃ。お前が嘘を吐く時は顔にこわばりが出る。両親や師匠がそれを知らないとでも思っておるのか?」

「くっ……」

「カッカッカ。下手な嘘は吐くな。という訳で奥手で女子にも話しかけられないような軟弱者には八歳の幼女を囲って妻にするという選択肢しか無い。そういうこった」

「いや、俺だってちゃんと」


 言い返そうとした時にキトラとシェルムの口が同時に開く。


「出来ておるか?」

「出来てますか?」


 二人がカインローズを見据えてそう問えばやはり言葉に詰まってしまう姿に、リーンフェルトは助け舟を出す。


「ほらカインさん。先日いいお相手がいたじゃないですか! グランヘレネのコンダクターさん!」

「チィ……リン。お前ぇ!」


 リーンフェルトは先の任務で出会ったグランヘレネの将校コンダクターを思い出していた。

 直近で彼の浮いた話などそれくらいしか思い出せないリーンフェルトはカインローズを救うべく発言したつもりだったのだが、その言葉は呼び水となって一層の質問がカインローズに雪崩れ込んでくる。


「どのような女子なのだ? そのカインと良い仲のグランヘレネの娘は。腕は立つか? それとも器量よしか?」

「ほう……カインがのぅ? 妾もその相手が大変気になるのぅ。何せ初恋の相手が妾じゃったからなぁ。さぞ美人なのであろうな?」


 ニヤリと笑うシェルムとアベルローズの視線を受けきれなくなったカインローズがリーンフェルトの方を睨みつけて声を荒げる。

 リーンフェルトとして善意なのだが、状況としては尻に突然火をつけられたようなものだ。

 カインローズは背後から燃え広がるそれを、必死に抑えるより他ない。


「何か勘違いをしているようだがリン。何度も言うが俺はお前が軍権を掌握しやすくするために、そのような行動を取っていただけだぜ。つか、どさくさに紛れて何を言ってるんだこのクソッ……グフッ」


 禁句を口にしようとしたカインローズの鳩尾にいつの間にかシェルムが指弾で飛ばした鉄の玉がめり込んでいる。


「暗器ですわね……あの術をいつ放たれたのかまるで分かりませんでしたわ……是非私も習ってみたいですわ」

「うぬ? やはりただの給仕係ではなかったか。暗器を好むか? ではこちらにいるうちに手ほどきをしてやろうぞ」

「ありがとうございます」


  妙に嬉しそうなリナの返事に、シェルムはウインク付きで答える。


「なにせカインの同僚故な。特別サービスじゃ」

「このやろう……突然暗器なんて飛ばしてくんじゃねぇあぶねぇだろうが!」

「大丈夫じゃ、カインの頑丈さは折り紙つきじゃ。これくらいでは死なんよ」


 一転扱いがとても雑になるシェルムであったが、その表情は柔らかい。

 次に口を開いたのは満面の笑みの浮かべたアウグストだった。


「カイン。シェルム殿が初恋の相手とはまた面白そうな話じゃないかね?」


 その言葉にカインローズの眉間の皺が一層深くなったのは言うまでもない。

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