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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
124/192

124 師弟

 コゲツ以下数十名の後方から現れたのは可憐な少女だった。

 彼女は狐のベスティアであるようで頭頂部にあるピンとたった耳に金色の髪の毛。

 顔立ちはシュルクのようにも見える彼女は髪の色と同じ色をした尻尾を持っており、赤を基調とした艶やかな振袖を美しく着こなしている。


「カインさんこの方がお相手の方ですか?」


 その問いにカインローズはゲンナリとした目つきでリーンフェルトに答えようと口を開いた。


「違う! こんなロリバ……」


 全部を言わせまいと動いた少女の拳がカインローズの鳩尾を一瞬で深く抉り、それ以上の言葉を空気を叩き出すという方法で止める。

 憐れカインローズはボーテス大陸と接吻する事となった。


「全くこいつは昔からそうだ」

「昔から? そうですよね。お相手の方とは生まれてこの方合っていないのですものね。ではカインさんこの方は?」


 リーンフェルトは自身の勘違いに気が付き改めてカインローズに問えば、地べたを這う男は短くその回答を返す。


「師匠だ。俺の」


 紹介を受けた少女はアル・マナクの面々に向かい小さく会釈をすると名を名乗る。


「そこのバカが大変世話になっていると聞いている。師匠として深く礼を申します。妾の名はシェルム。狐月派一刀流の師範を務めている者じゃ。此度はカインのご母堂に出迎えを頼まれた故、馳せ参じた次第。以後案内人を務めるのでよしなに」


 そう挨拶したのも束の間、彼女は赤い瞳に弟子を捉えて言い放つ。


「さっさと起きんか! この馬鹿者め。もう復活しておろう? いつまで地に伏せておるつもりじゃ」

「久方振りにあったってのにこのクソバ……」


 カインローズがやはり全部を言い切る前に一陣の風が大地を薙げば、カインローズはこれを躱して立ち上がりシェルムから距離を取る。


「手、いや足が早いのも変わらねぇ……」

「ふむ。伊達にお前の倍は生きておらんからの」

「俺だってあの頃の俺とは違うんだぜ」

「ほほう。実家の敷居を跨ぐ前にボロボロになりたいと見える」

「言う程ボロボロになんてなるものかよ」

「ほほう。暫く見ない内に言うようになったじゃないか」


 シェルムの口元がニヤリと歪めば、カインローズもまたニヤリとして見せる。


「妾の流派……どこまでその身で磨いたか見せてみよ!」


 そういうや否やシェルムの姿がつい先ほどまであった場所から、あっという間にカインローズを捉える間合いまで詰め寄る。


「シェルムさん……早いです!」

「カインも負けていないだろうリン君」


 カインローズはこの速さは想定済みだったらしく、すぐさま魔力を解放して風で壁を作り上げる。

 竜巻の様なそれはシェルムの一撃をいなし、反撃とばかりに刀を抜けば流れる風の壁を刃先が擦る様に一文字に振りぬく。


「俺の一撃を受けてみろクソ師匠!」


 刃先はカインローズの腕力と風の魔力で一気に剣閃が加速されて、シェルムを追い詰めるが彼女は寧ろ鼻で笑う。

 そして無数の青い火の玉を作り出すとその切先に向かって放つ。


「はん。相変わらずいろいろと未熟な技よな……術はいつも繊細に使えと言うておろうに!」


 風を纏った刀身を這うように青い火の玉はスルスルと絡み付いて柄の所まで浸食を許してしまう。

 そしてそこまで来てしまえば風の壁に引火して身動きが取れなくなる。

 青い火がカインローズを取り囲み身動きを封じてから、シェルムはじわじわとその温度を上げて行っているようだ。


「それにしてもこの程度かやカイン。最初の威勢はどこへ行ったのじゃ?」

「この程度大した事じゃねぇ。むしろ想定しうる話でな。本当の目的はこれだぜ、師匠!」


 カインローズは身に纏う風の壁を消し去って、青い炎が襲い来る前に雷の魔力を纏い直しそのスピードで以て炎の檻を脱出しさらに間合いを詰める。


「ふむ。多少は成長しておるか……ならばこれはどうじゃ?」


 シェルムの身体がぶれている様に見えだすとそこからの展開は早い、鼠算式に分身を増やしていくシェルムにカインローズは刀を霞みの構えを取ると腰を深く落とした。

 ただでさえ素早いシェルムがそのスピードのまま分身し、さらにそのどれもがバラバラな行動を取りながらカインローズに襲い掛かる。

 ある者は槍を、ある者鉄扇を他の分身も他の武器を個々に構えて切り払い、突き崩し、叩き伏せようとする。

 しかしカインローズも負けてはいない。


「しゃらくせぇ! 所詮は分身、消し飛ばしてやるぜ! うぉぉぉぉぉぉ!」


 咆哮と共にカインローズを中心にして雷を解き放てば螺旋を描いて分身達を次々と消し去って行く。


「何時になく本気ですわね。バカインローズのくせに」


 しかしその言葉とは裏腹にリナのそれには驚きと感心が入り混じっている。

 普段滅多な事では本気を出して戦わないカインローズを良く知っているからこそ彼が本気である事と、本気で相手せざるを得ない相手というのも驚いたのである。

 そしてあのスピード、正直目では捉えきれない速さで展開される攻防を自身に置き換えた時どう対処するべきなのかを考える。

 その横で同じくこの戦闘を興味深く見えているリーンフェルトもまたこの対戦を自身に置き換えてシミュレートを重ねる。


「私であればまず本体を狙いますわね」


 リナが自身で導いた答えを口にすれば、聞いていた彼女は質問せずにはいられない。


「ですがリナさん、シェルムさんの本体はどれですか? 見た所カインさんもそれは見破れずに広範囲攻撃に巻き込んで対処しているように見えるのですけど」

「えぇ確かにそこは難しいのですが、別にトリックさえ分かってしまえばこれくらいは見破れますわ」

「もう見破ったのですか、リナさん!?」

「ええ私も似たような術を使いますので」


 リナの技で似たような技などあっただろうかと首を捻れば、確かに縦横無尽にナイフを操るリナのそれと似ていない事もない。


「それはもしかしてナイフの……でしょうか?」

「流石お嬢様! ご明察ですわ!」

「ですがいまいち仕組みが分かりません。なぜ分身達は皆バラバラに動いているのでしょう?」

「そこがこの術の妙ですわね。実は三体しか実体のある分身はあの場には居ないのです」

「えっ?」


 思わず声を出して驚いても誰もリーンフェルト不思議がる者はいない。

 周りで見守る誰もが、既に三十体を超えた分身を相手取るカインローズの戦いぶりを目にしているはずなのだが、リナは首を左右に振る。



「いえお嬢様、まともに動いているのは唯一攻撃を仕掛けていない一体。実態を持って攻撃しているのは二体ですわ。後は幻影ではないかと。良く目を凝らしてみてくださいませ……一体だけ全く攻撃を仕掛けない分身が居ますでしょ?」


 そう言われてもう一度二人が戦うその場を見れば、リナの言う通り一体だけ攻撃を仕掛けない者がいる。

 その分身は時折小さく唇が動いて呪文を唱え、分身の数を維持している様に見える。


「カインさんはあれに気が付いていないのでしょうか?」

「いえ、お嬢様。カインの事ですからとっくに気が付いておりますわ。でも近寄れない理由があるのでしょうね」


 そう分析するリナにアウグストが補足を入れに現れる。


「そうだねぇ景色に同化して見えづらくはなっているのだが空に二つ、大地に三つ術式が組まれていますよ。いずれも大爆発を起こしかねない術式ですね」

「こんな短時間で良く五つもトラップを仕掛けているだなんて……」

「いやいやこれは厄介だね。搦め手があまり得意ではないカインに対して、シェルム殿は師匠と言うだけあって苦手な攻め方をよくご存じの様です。痺れをきらして突っ込めば確実に罠に巻き込まれてカインの負けは確定でしょうからね」


 リーンフェルトの目にはその罠を見つける事すらできない。

 戦えば確実に罠に嵌りやられてしまうだろうなどと考えていると、シャハルの声が脳裏に響いた。


「見えぬ罠は厄介かもしれんがのぅ。我らだけの力で食い破ってしまえば良いのじゃ。主殿は時折我の能力を忘れるでな……」


 確かに今のリーンフェルトであれば如何なる魔法、魔法陣であってもシャハルの吸収能力をもって食い破る事が出来るだろう。

 しかし戦っているカインローズにはそんな力はない。ではどうやってこの状況を打破しようというのか。

 意識を集中して高速の攻防を目で追えば、防戦一方だったカインローズに動きが見られる。


 先程よりも一層濃く練り上げた雷の魔力をその身に纏うと、轟音と共に右足が地を蹴る。

 次の瞬間四か所の罠が発動して爆風を撒き散らすが、カインローズはそれを食らわない程のスピードで移動を繰り返し、遂に全く攻撃を仕掛けなかった分身、恐らく本体芽がめけて一太刀浴びせるべく上段からの袈裟切りを放つ。


 仮に本物の肉体に向かって刃物を振り降ろして大丈夫な物なのだろうか。

 それではシェルムの命を奪う事になりかねないのではないだろうか。

 そう心配するリーンフェルトとは対照的に自身の師匠を切るカインローズ。


「み……ごと…」


 袈裟切りが綺麗に入ったシェルムは血を噴き出しその場に倒れる。


「し……師匠? マジかよ! なんで本体が!?」


 どうせ偽物だろうと高を括って切ったはずの分身が血を噴き倒れた事に動揺を隠せないカインローズの足元で一瞬何かが閃いた。

 次に起こったのが上空に吹っ飛ばされるカインローズの姿と全く無傷のシェルムである。


「全く……師匠の死ぐらいで動揺しおって。まだまだじゃの。しかしあそこまで分身相手に戦えるようになった事は評価しようぞ我が弟子よ」


 完全な不意打ちという形で喰らってしまった罠に、受け身すら取る事が出来ずに地面に叩きつけられたカインローズは大きな音と土埃を巻き上げる。

 丁度、晴れた日にうっかり水辺から出て来てしまった蛙の様な無様な姿でひっくり返り彼は笑う。

 それは師匠を本当は殺めていなかったという安心感からくるものなのか、少々いつもより声色が高く、そして嬉しそうだ。


「ハッハッハ。やっぱり生きてやがったかこのクソバ――」


と全てを言い切る前に今度は完全にカインローズの意識を刈取る。


「師匠を心配する所は昔から可愛げがあったが、いい歳こいてこれではもう一度叩き直さねばなるまいの」


 そう短く呟くとカインローズの頭を一撫でするのだった。


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