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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
123/192

123 帰郷

 アシュタリアへの旅の支度が終わったのはカインローズとアダマンティスが酒を酌み交わしてから三日後の事だ。


「さてカイン覚悟は出来たかい?」


 丸眼鏡のレンズを柔らかい布で手入れしながら問えば、不貞腐れた様な声で一言「あぁ」とだけ返してきた。

 今やカインローズの周りだけが葬式の様に沈んだ雰囲気が漂っていて息苦しい。

 カインローズを馬車に詰め込んだリーンフェルトとリナは二頭立ての馬車を走らせる。

 二人で御者台に座り厚手のマントを羽織る。


「なんですの一体あれは」

「マリッジブルーとでも言いますか、逆ホームシックと言いますか……とにかくアシュタリアに帰りたくないのだそうですよ」

「らしくないですわねバカインローズ。もっとしっかりなさい!」


 しかしカインローズからは気が抜けた返事しか返ってこない。


「あぁそうだな」


 その姿に苦笑するリーンフェルトにリナは首を左右に振って一言。


「はぁ……これは重症ですわね」


 溜息交じりのそれにリーンフェルトがフォローを入れる。


「アシュタリアではいろいろあったみたいなので、今くらいはそっとしておいてあげませんかリナさん」


 リーンフェルトもカインローズの過去に何があったかなど全てを知っているわけではないが、何があったかはなんと無くアウグストから聞いていた。だからベスティアの中に見た目だけがシュルクという状況は針の筵であったに違いない。

 自身とは関係のないところでシュルクへの恨みが幼いカインローズへと向けられたのだから、トラウマになるのは頷ける話である。


「なんとお優しいお言葉。良かったですわねバカインローズ!」

「あぁ感謝感謝」


 返事すら適当になっているカインローズに、リナは声を荒げる。


「……あぁもう! 調子が狂いますわ!」


 適当なリアクションしか返してこないカインローズについにリナが限界を迎えたようだ。

 怒った様子のまま御者に専念し出したリナから視線を外して、リーンフェルトは今回の編成を見やる。


 二頭立ての馬車が二台で本部のあるアルガニウムを出てクリノクロアへと向かって進んでいる所だ。

 アウグストが乗る馬車の御者にアトロを配置し、未だ体調不良であるクライブは今回の任務より外れている。

 その代わりにあまり良く知らない他の部隊の御者が一名臨時で配属されていた。

 カインローズの乗った馬車はリナとリーンフェルトがカインローズの突発的な脱走に備えて御者として配置されている形だ。

 万が一にでも脱走した時に、二人で相手取れば、流石のカインローズでも梃子摺る事は目に見えている。

 しかし当のカインローズは半ばアシュタリアを意識しない様にしているようで、現実逃避気味だ。

 やはり今回の事は彼にとって相当キツイ物なのだろう。

 アルガニウムからクリノクロアまでの道のりは普通に馬車を走らせれば一日程掛かる。

 大体の場合は野営をして野宿で一晩を明かし、翌日陽が昇り始めたと同時くらいに出発し昼前には着くような感じである。

 今回もそんな日程で組まれていた為に野宿を挟む事となった。

 この野営の時ですら馬車から出て来なかったカインローズを心配に思いつつリナとリーンフェルトは交代で万が一の逃走の監視を行っていたが、なんの反応も無いまま夜が更けて行った。

 そして陽が上り始めた頃よりクリノクロアへの道を走り出す。


 まだ寒さが緩くはならないが、それでもそろそろケフェイドでも季節は巡る頃だ。


 以前肩口くらいまでの髪の長さだったリナだが少し髪が長くなり印象もなんとなく変わって見える。

 相変わらず趣味のエプロンドレスを見に纏いメイド風に仕上がっている。

 尤も中身に関して言えば何一つ変わっていないのだが。

 リナの容姿を改めて近くで見る事になったリーンフェルトは、まじまじとその顔を見ているとそれに気が付いたリナが慌て始める。


「ああ、いけませんわ! お嬢様が私を見ていらっしゃるわ」

「ええ、すみません。私ももう少し化粧などを学んだ方が良いのではないかと思っているのです」


 リナは自身の黒髪をブンブンと振り乱しながら暴れたために、一瞬馬車が蛇行して大きく揺れる。


「失礼致しましたお嬢様。私とした事が少し動揺してしまいましたわ。お嬢様は最高の素材の持ち主なのですからお化粧など覚えてしまった日には、世界中の害虫達がお嬢様を襲う事など必須。魅了された者は取る物も手につかずただ見とれてしまう事でしょう!」


「えっ……リナさんそれは流石にちょっと……」


 リナの脳内で数十倍にまで美化して磨き上げられたお嬢様リーンフェルトはもはや女神、いや女神以上の女神である。

 相変わらずだなと苦笑しながらリナを改めて見ていると、徐々に顔を赤らめてもじもじとしている。


「な、なんですのお嬢様……そんなに見つめられると私……」

「えっとリナさん落ち着いた下さい。ほらちゃんと手綱を握っていないと、馬車が横転してしまいますよ!」


 リーンフェルトがそう言った矢先、彼女にあまりにも見つめて来るので気恥ずかしくなったリナは手綱操作を誤り車輪で障害物を踏んでしまい右前の車輪が浮き上がり、そして激しく地面へと叩きつけられて大きく揺れる。

 それでもカインローズは言葉を発せず黙ったままだった。




 さてクリノクロアからオリクト式の船に乗れば約五日でアシュタリアのあるボーテス大陸が見えてくる。

 それにリナと共に甲板に上がって来ていたリーンフェルト、潮風を感じながら書類に目を通して口を開く。


「やっとボーテス大陸が見えてきましたね。アシュタリア皇帝はカハイ・コウリウ・アシュタリアという方らしいですけど、どのような方なのでしょうね?」

「アダマンティスからの資料によりますと、オリクトに強い興味を持っているとかでヘリオドールに依存しない革新派の考えを持つ皇帝として知られているそうですよ」

「シュルクかぶれと揶揄する者も中にはいるようですが、表立っては最高権力者の悪口は出ていないようですね」

「治安は比較的安定しているという事ですよね」

「ベスティア間ではという意味ではそのようです。ですがやはりシュルクに対する風当たりは相当な物の様ですから、少々不安ではありますが……」

「でも今回はその皇帝からの招待で来ている訳ですし」

「いえいえお嬢様。どこにでも口さがない者はいるものですわ」


などとリナがリーンフェルトに補足を入れながら話していると、アウグストもまた甲板に上がって来ていた。

 二人の部下を見つけると片手を上げて近寄ってきた。


「おやその資料はアダマンティスからのものだね。どうだね少しはアシュタリアについての情報は頭に入ったかね?」


 そう問われれば二人で首を縦に振ってそれに答える。


「そうかそれは良かった。何か質問などあるかね? 私で良ければもう少し補足する事が出来るが」


 アウグストの申し出に断りを入れつつ、会話が途切れるのも空気が悪いのでその流れのままアシュタリアについて話をする事にしたリーンフェルトとリナは話し始める。


「いえ特に質問がは無いのですが、首都の名前がママラガンと言うのですか? なんだか変わった響きの名前ですよね」


 リーンフェルトの感想に笑みを返しながらアウグストは口を開く。


「アシュタリアは独特な名前や地名が多いのだよ。やはり種族が違えば文化も違うものだね。アシュタリアはねオリクトが開発される前にはその技術力を以て魔力に依存しない機構を組み上げている。これは蒸気機関と呼ばれていてね技術レベルで行けばシュルクの上を行くだろう。彼等は手先の器用な者も多いようでね。そう言った革新的な物が生まれるのだよ」

「その蒸気機関というのは魔法のような物なのですか?」

「そうだね。魔法のよう……疲れを知らないゴーレムの様、ふむ表現に苦しむね。そこは実際に見学でもさせて貰えばいいのだよ。きっとリン君の見聞を広める良い材料になってくれるだろう」

「それは楽しみですね。そう言った仕組みの物なのか、術式で応用できる技術なのかはとても興味があります」


 彼女の言葉に満足げに頷くアウグストに、リナは少々疑問があるようだ。


「ですが我々はシュルクです。ベスティアの方々は良く思っていないでしょう。そこまで技術を開示してもらえるものなのですか?」


 それにアウグストは困ったという顔をわざわざ作ってそれに答える。


「そうなんだよね。本当にそこだけが問題なのだが……そこはカインの父上に頼って見ようかと思っているのだよね」

「カインさんのお父様ですか?」


 深く一つ頷いてアウグストは話を続けるべく話し始める。


「国の中でも最高権力に近い所にカインの父上はいるからね。シュルクながらアシュタリアでは英雄として上手くやっているし。頼むだけならばタダだからね」

「そういえばカインさんはどうしてるのですか?」

「今はアトロ君が傍にいるよ。彼はカインの副官のようなものだからね。話し相手としても申し分ないだろう」


などと話している間に船は停泊準備へと移る。


 徐々に速度が落ちて行き錨が降ろされ船が港に固定される。

 港には多種多様なベスティアの姿が見える。

 そんな中紋付き袴の一団が桟橋に待機しているのが見えた。


「あれは出迎えでしょうか?」

「そうでしょうね。ほら先頭に立っているのは先日本部まで来たコゲツ殿でしょう」


 良く見れば確かに使者であったコゲツが先頭に立ち頭を下げていた。


「この度はよくぞおいで下された。それでカインローズ殿は何処に?」


 早速本題を切り出してきたコゲツに、アウグストは苦笑しながら答えた。


「もう暫くしたら船から出て来るで……」


 アウグストがそれを言い終わらぬうちに数名のベスティアが動きだし船に乗り込む。


「君の部下はせっかちなのではないかね。コゲツ殿」

「いや、面目ない。こちらも皇帝陛下からの勅命。確認は必須でござれば」


 どうやらコゲツ自身が部下に命令している節があるのを、アウグストは苦笑して見せると船の方から暴風が吹き荒れ乗り込んでいった数名のベスティア達が綺麗に海に吹き飛ばされていった。


「ほら言わんこっちゃない……」


 船からふてぶてしい態度で降りてきたカインローズの目には怒りの色が見て取れる。


「これはどういう事だ? いきなり切りつけて来るかよ普通。それとも他の犬コロ共も俺を殺す為にここにいるのか。それとも本当に使いなのかはっきりしろや!」


 どうやら船に乗り込んでいった数名のベスティアはカインローズに切りかかって行ったらしい。

 手荒い歓迎を受けたカインローズが怒りを滾らせながら船から降りて来て、そう言い放てはコゲツは涼しい顔でこう答えた。


「まさしく本物のカインローズ殿でござったか。偽物を用意されては拙者も困る故、確かめさせてもらった。無礼は平にご容赦を」


 そう言って頭を下げて見せた。


「そんな嘘をついても我々にはなんのメリットもありませんよ。それでこれからどちらに?」

「アウグストそこはさらっと流すんじゃねぇ!」

「いえいえコゲツ共殿も命が掛かっているのでしょう。それにカインならばそうそう死んだりはしないでしょ?」

「ったくひでぇ事言いやがる。しかも俺の心配はなしかよ」

「いえいえちゃんと心配した上で大丈夫だろうという信頼ですよ、信頼」

「まぁいいさ。それでお前ら俺をどうする気だ? 一応大人しく従う気でいるが?」


 その問いにコゲツは気にした風では無く、あらかじめ決められていた事を話すように極めて事務的に回答する。


「カイン殿とアル・マナク一行にはカインローズ殿のご実家から迎えの者が来ております故、そちらに従ってくだされば良いそうです」


 そう言って一歩下がるとそこには一人のベスティアが立っていた。

 そして開口一番にこう言った。


「久しいの。カイン」と。

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