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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
122/192

122 手酌酒

 二本目のボトルが空けようとしている。

 グラスを片手に酒を呑み続けるカインローズは既に強い酒という事もあり大分酔いが回っている。

辛うじて舌がもつれない程度に話してはいるが、ふらつく頭をカウンターに肘をつく事で何とか支えている状態だ。

 そんな姿を目の前で見ているアダマンティスとしては落ち着いて酒も呑めないし、彼のふらつく頭がカウンターに激突するのは時間の問題の様に思える。


「カイン、そろそろやめた方がいいのではないか? 大分ふらついているぞ」

「ああ、良いんだよ。今日は好きに呑ませてくれ」

「ちゃんと家に帰るのだぞ。店主に迷惑を掛けるな」

「あ~あ、分かってる! 分かってるって。ちゃんとお家で寝ますよ~」

「相当酔いが回っているな。儂はそろそろ仕事に戻る。なんなら本部まで運んでやってもいいが?」


 そう提案するアダマンティスだが、カインローズは指先までしっかり伸ばした掌を左のこめかみ辺りに当てて返答をする。


「ご苦労さんであります! アダマンティス殿ぉ!」

「……これは本当に儂が連れ帰った方が良いかもしれないな」


 厳めしい顔がそう言うのだから、ちょっと怖い。

 慌てたカインローズは取り繕う様に酔ってないアピールをしながらもやはり酔ってはいるのだろう、愚痴がいくつも混ざり込んでしまっている。

 もう大人なのだ、愚痴った所で物事が好転する事などほとんどない。

 余程力のある者でなければ、運命の輪を思い通りになど出来ないのだ。


「ちょ、いや冗談だって。仕事に真面目に生きるってどういう気分だよ? 俺は親と国が決めた生き方に首根っこ掴まれた猫みたいになす術もねぇってのによぉ……」

「こらこら、変にクダを巻くな。今の儂が知る限りの情報をお前にくれてやるから、耳をかっぽじって聞くのだぞ」


 実はアダマンティスはこの為にカインローズの元に現れたのだが、言い回しが少々恩着せがましい。


「へいへい……アダマンティスの情報、当てにさせてもらうぜぇ~」


 少々茶化すようなカインローズの態度にアダマンティスは酒を一口含んで少し口を湿らせてから、走り書きで書かれたメモを一読し話し始めた。


「まぁいい。気に留めておくだけでいいから聞いておけ。お前の許嫁ナギ・コウリウ・アシュタリアの情報だ」

「相変わらず耳も手も早いな」


 そうして素直に感心して見せるカインローズだが、アダマンティスは少々複雑な面持ちである。

 耳が早いといういうのは確かにその通りだ。

 遠く離れた場所でも飛竜さえ酷使すれば最短一日で情報を手に入れる事が出来る。

 しかし手が早いとはどういう事かと考えて、酔いの回った頭が導き出しそうな答えに行きつくと思わず笑ってしまう。

 手が早いといえばどうも女性絡みでとっかえひっかえしている様に聞こえるのだが、きっとカインローズのこう言いたかったのだと推測する。


 なによりも先駆けて手配をする手腕に対しするの褒め言葉だろうと。


 さてアダマンティスの集める情報は些細な事でもかなりの精度で入ってくる。

 先のアウグストの部屋もアダマンティスに盗聴でもされているのではないかという不安も呼び起こす。

 とはいえ、実際に各大陸にまで手を伸ばしてネットワーク網を構築している彼である。

 どこで何を喋ったかくらいは本当に把握している気がしてならない。


「その代わりに一頭ほど飛竜を潰してしまったぞ。まぁ飛竜共はまた繁殖させて増やせばいいから大した損害ではないのだが……っと話が逸れたな。本題といこう」

「おう、よろしく頼む」


 事もなげに会話が成立してしまっているが、飛竜は調教と飼育、なによりその食費に莫大な金が掛かる。

 そのあたりの話をアルミナにするのであれば、一頭の死とその情報の費用対効果を比較して頭を抱えるかもしれない。

 なぜならその情報は極めて小さな人間関係の情報に他ならないからである。


「アシュタリアにいる諜報員から上がって来ている話だが、ナギ姫には四つ歳の離れた幼馴染がいるそうだ。名をヒナタ・シユティという。彼はお前が幼馴染の許嫁である事を知らなかったようなのだが、先日知る事になったらしくてな。えらく腹を立てているそうだ。気をつけたまえよ」

「なんだよ、そりゃ……えらい藪から棒だな。しかしそうか家格的には同列家か」

「そういう事だ。シユティ家はお前の実家、ハクティと同じ四祭祀家の一つだからな」


 カインローズは自前の耳の良さで言葉を覚えて来た為に、左程訛りがある訳ではない。

 シュルクにとってどうもアシュタリアの言葉は発音がし辛いらしく、微妙にニュアンスが違って聞こえてしまうのだ。

 ちなみにハクティはハクテイと発音するのが正しく、白帝と書き秋の神事を執り行う祭祀である。

 件のヒナタという奴の家名もシユティではなくシュテイと発音し、書くのであれば朱帝とするのが正しく、夏の神事を司る祭祀家だ。

 余談だが残りは蒼帝家と玄帝家であり、それぞれ春と冬の神事を行う祭祀家となっている。

 今でこそカインローズはディクロアイトと名乗っているが、これは家出した際に祭祀家である事を捨てた為である。

 ティクロアイトとは父方の性である。


「つまりだ。家格は問題ないが問題有りのお前に幼馴染を突然取られた男だな。まぁ男の子ではあるがこれは厄介事の香りだろう?」

「あぁ……もうホント厄介な話だな。しかし先にそれが聞けて良かったぜ。知らなかったら後ろから刺されていたかもしれないからな」

「お役に立ったかね?」

「ああ凄くな。もうこれ絶対突っかかってくるだろう、そのヒナタってガキ」

「おそらくな」

「まぁアシュタリアでいけば十二歳なら元服も終わってるだろうから、一端の男だがな。最悪一人の男として果し合いになりかねん。本当にあの国の文化は面倒臭い……」


 心底嫌そうな声を出すカインローズにアダマンティスは苦笑しながらグラスに残っていた酒を煽って喉の奥に流し込み、空いたグラスに再び酒をなみなみと注ぎながら話す。


「ははは、自分の生まれ育った国だろう。環境はどうあれ」

「それはまぁそうなんだが。本当に良い思い出が無さ過ぎて、逆にびっくりしちまうよ。あぁ……気が重いぜ」

「すまぬな。心中を察する事くらいしか出来んよ」


 何故か申し訳なさそうな声を出すアダマンティスに、カインローズは苦虫を噛み潰したような苦い表情を浮かべつつ返事をする。


「あぁ大丈夫。ちょっと気が滅入ってるだけさ」

「儂の方でも引き続き何か情報が手に入ったならば随時知らせをやろう」

「大丈夫だって! そこまで手を煩わせる訳にはいかねぇよ」


 なにせアル・マナクの中枢であるアダマンティスの諜報部隊を、カインローズ個人の為に使おうというのだ。

 それだけでも十分な提案であり、自身の事情で組織が動くなど以ての外と考えるカインローズにとっては、その気持ちが嬉しくもあるが高々自分事の為ににそこまでしてもらおうとは思っていない。


「なに、どの道アシュタリアの件はアウグストも動くようだから、彼に報告を届けねばならない。そのついでだと思えば気も楽になるだろう」

「んじゃ素直に恩に着ておく」

「そうしてくれ。土産は酒で構わんからな」


 巨大な組織の一部署がカインローズに協力をしてくれるのだ。

 情報量がそもそも桁違いな上にその情報の分析から一種の予知めいた推察を行い、的中させ組織に大きく貢献してきた。

 その力を土産の酒だけで良いというアダマンティスの提案と心遣いはカインローズの荒れていた気持ちを少々和らげる。

 ほぼいつもの調子に戻ったカインローズの声色は先ほどとは違い、若干ではあるが明るい。


「あぁなんか美味い奴を見繕って土産にするぜ」

「では、儂は戻るがカイン、本当に本部まで送らなくても大丈夫か?」

「あぁお蔭様ですっかり酔いが飛んじまったよ」

「マスター今日の勘定は儂宛に請求してくれ。ではな」


 カインローズの勘定まで引き受けたアダマンティスは颯爽と店を後にした。


 その背中を見送ったカインローズは大きくため息を吐く。

 正直アダマンティスというのはカインローズに取って理想の父親像に近いものがある。

 そして現実の尊大な父の姿を思い出して、また気が滅入る。

 そうしてまた一人になったカインローズは朝まで酒場で呑み続け、朝を迎える事になる。

 何とか自分の足で歩きながら、アル・マナクから貸与されている自宅へと向かったのだった。


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