120 八方塞がり
「では早速アシュタリアに向かおうじゃないか!」
満面の笑みを浮かべたアウグストはリーンフェルトが未だかつて見た事のない程の張り切り具合を見せている。
「いや無理だから……アウグストそれはしきたり的に無理なんだ」
「それはどういう事かね?」
「どうせ受ける気はない見合いだが……相手にその男がどれほど強く優秀であるかを証明する為に狩りをしなくちゃいけねぇんだよ」
「ほうほう……アシュタリアにはそんな文化が」
かなりの知識を有しているだろうアウグストですら知らないしきたりに、彼の目が好奇心を湛えて輝く。
一方のカインローズはといえば、眉間に皺を寄せて、見事に嫌そうな顔をしている。
「いやアシュタリアでも大分古い家にしか残っていない風習だがよ。一応俺の家も古い方でな、そのしきたりを免れる事は出来ねぇ」
「それなら問題ないでしょう? カイン程強ければ獲物も選り取り見取りでしょう?」
「ははは、事態はそう簡単じゃねぇんだよアウグスト。これは結婚するに足りるかどうかの試練でもあるんだ。従って相手の家柄にも寄るが大物が好まれる。そりゃこじんまりとした獲物じゃ強いかだなんて分からねぇしな」
腕を組んで話を聞いていたアウグストだが、その腕をほどき手を打つと、何かを思い出したようにリーンフェルトに尋ねた。
「相手の家柄ですか。確か使者のコゲツ殿は御神体を管理する一族と言ってましたよね? リン君」
「ええ私もそのように記憶しています」
それを聞いたカインローズは一層鬱々とした表情に変わると、大声を上げて頭を抱える。
「……あ~すまん。俺それ聞かなかった事にするわ。つか絶対ぇ帰りたくない!」
突如慌てふためき大人げも無く駄々を捏ね始めたカインローズに二人は困惑しつつも、なぜそうなったかを質問する。
「一体どうしたというのだね?」
「そうですよ。一体何がそんなに嫌だったのですか?」
カインローズは既にげっそりと疲れ果ててた顔で、それも顔が少々青ざめているのが気になる所であるがその口を開いて答える。
「御神体を管理する家ってどこだか知ってるかお前ら」
「それはヘリオドールを守護する一族と置き換えられるね」
「つまりだ。アシュタリアの帝王家かそれに類する一族って事だ。意味分かってっか?」
「ではカインは王族になるのだね。素晴らしい事じゃないか?」
「んなとこの姫を嫁に迎え入れてみろ! もう自由に遊びにいけねぇじゃねぇかよ!」
これはいい縁談なのではと感じたリーンフェルトの一言は、彼の眉間の皺をより一層深くさせる結果となる。
「えっと……そろそろカインさんも身を固めるべきでは?」
普段から遠征任務に託けて、酒や料理を食べ歩き、夜は繁華街に消えて行く事もある彼である。
勿論その事を良く知っているリーンフェルトからすると、真面目に任務について欲しいという思いがある。
「はぁ!? リンてめぇ何言ってやがる! お前だってお見合いが嫌で逃げ出したんじゃねぇか!」
「えぇまぁ……そこは否定出来ないのですけど、普通に考えて良い話なのではないのですか? アシュタリア屈指というか最上級の相手ですよね?」
「あん? それを言ったらお前んとこのマルチェロだって、今や自称王位継承者じゃねぇかよ」
言い返したカインローズにリーンフェルトは先の言葉を棚に上げて怒り始める。
「……カインさん本気で言ってますか? あれはどう頑張っても無理です。例え私好みの容姿だったとしても人として嫌いですから」
凄く理不尽だなと感じながら、変に喧嘩するのも馬鹿らしいとカインローズはさっさと矛を収める事にした。
「まぁ今回の俺の相手だがよ。誰だか大体想像が付いてんだ絶対アイツだよ」
「アイツとは誰なんですかカインさん」
「あぁ……恐らくだがナギ・コウリウ・アシュタリア。俺の許嫁で記憶が確かなら今、八歳だ」
「八歳!? カインさんそれは犯罪ですよ!」
リーンフェルトのその弁にカインローズは苦々しく笑うと、落ち着いた口調で説明を始める。
「まぁなんでこんな話になっているかというとだな。うちのクソ親父がその昔皇帝家の剣の指南役やってた頃な、当時反乱を企てた連中が攫った皇帝の弟を救ったんだ。その時の約束ってのが、いつか自分に娘が生まれた時は親父に嫁がせるというものだったのさ」
彼の溜息は交じりの説明に疑問を持ったリーンフェルトは、すかさず疑問点を質問する。
「では、本当はお父様が相手なのではないのですか?」
「本来はそうなんだが、話があった段階で親父は既に五十を超えてたんだわな。流石にこれから生まれてくる子に五十歳の許嫁では可哀想だという話でそのお鉢が俺に回って来た訳だ。だがよ……そっからが問題なんだよ。その皇帝の弟ってのがその約束を守る為にそりゃもうわんさか嫁を娶って頑張ったんだが……出て来る赤子が皆男でな」
「つまりここに至るまで女児が生まれなかったという事だね? カイン」
アウグストが納得したように頷きながら答えを言い当てると、ガックリと肩を落としたカインローズが話を続ける。
「ああそう言うこった。よくもまぁ四十年近く前の約束を守ろうと頑張ったもんだよ。そのおかげでそいつの所には七十七人ほど子供がいるんだぜ?んでやっと娘が生まれ
たのが八年前だ。俺はそいつの為にも本来はアシュタリアに帰るつもりはなかったんだがな……」
恨みがましい目で二人を見るその視線を躱すようにリーンフェルトは目を逸らしたが、アウグストは眼鏡を中指で下から鼻にかかる部分を押し上げると少し考え込み一通り脳内で理論を組み上げた後に話し始めた。
「そんな裏話があったとはね……でもその話、もしかしたら覆せるかもしれないじゃないか」
「なにか思いついたのですかアウグストさん?」
「まぁ今の話の流れだと前例に倣って断りを入れる事が出来るのではないかね?」
「ん? アウグストそりゃどういう意味だ?」
「いやね。年齢差を理由にカインのお父さんが断ったのならば、君だって年齢差で断れば良いじゃないか。大体普通に考えて四十近いオッサンと八歳の幼女を結婚させようだ
なんて話が無理がある。そう思わないかね?」
アウグストの弁は確かに筋が通っている。
しかしカインローズの表情は一向に優れず、一層の大きな溜息を吐き出すと溺死した死体の様な目でチラリと二人を見てから項垂れて見せた。
「……それケフェイドならな。アシュタリアでは皇帝が絶対だ。しかも相手は皇帝の弟で約束を違えるは武士の恥ってな。あぁ武士ってのはケフェイドで言うの所の剣士み
たいなもんだ。強い信念を持った剣士という意味では教会のテンプルナイトに近い物を感じるがまぁ……頭が固い連中なんだが。無理な事を平気でやり遂げようとする連中な訳だ。ここまでお使いに来たコゲツってのは皇帝直下の隠密部隊、御庭番の一派だった気がするぜ。だから今回の話は皇帝も了承済み、だから国内ではなんら問題のない話。下手すると皇帝の弟が必死に約束を守った美談と言った感じで吹聴されている事が考えられるぜ」
打つ手なしと言った感じでカインローズは深い深い溜息と共に両手で顔を覆った。
「ふむ……八歳ともなれば容姿はあのアルミナ君以下か」
「アウグストさんもそこにアルミナさんを引き合いに出さないでください!」
「いや済まないね。うちに容姿の幼いの彼女しかいないものでね」
場を和ませようとしたのだろう、アウグストの冗談つもりで吐いた言葉はカインローズの何かを刺激したのだろう。
不意にふさぎ込んできた顔をガバッと上げると、弱弱しく悲しそうな声でぼやく。
「アルミナ以下……あぁどう頑張っても親子だよなぁ。見た目」
「そんな事ありませんよ! アルミナさんだって……」
「リン君。残念だがその論理は既に破綻しているよ。良くて親子、最悪人攫いと幼女だ」
なんとかフォローしようとするリーンフェルトにアウグストは自信有り気に言い放つ。
あまりの言い様に、遂にカインローズは声を荒げる。
「だぁぁぁ!! てめぇら好き勝手言いやがって。元はと言えばヘリオドールを研究したいお前の欲望だろうが!」
自分の身に起こっている不幸は元はと言えば、アウグストのせいだとばかりに怒鳴り散らすが、アウグストは至って冷静に怒りの矛先を必殺の一言でへし折る。
「まぁそこは否定しませんが……経費、自腹で払いますか? カイン」
完全に開き直ってしまったアウグストは、カインローズの急所である金銭面を的確に突いてくる。
「うぐぅ……それを言われるとキツイもんがあるが」
「まずはカイン。立派な獲物を取る所から始めましょう。獲物は何が良いでしょうねぇ?」
「チッ。楽しんでんじゃねぇぞコラ! こっちはいろいろ既に面倒臭くて死にそうなんだぞ!」
全て他人事であると楽しむアウグストに、話が果たしてまとまるのかと不安に思うリーンフェルト。
そして四十歳が大分至近距離になって来ているカインローズは未だ八歳の嫁という事実が受け入れ難く、なんとしても脱走をしようと画策するのであった。