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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
12/192

12 再会

「とりあえず御者の男は殺せ!貧乳暴力女の方は拘束して人質だ。公爵から活動費をせしめるぞ!者共かかれ!」


マルチェロの意外とよく通る声が辺りに響く。

これで完全に気持ちが切り替わった盗賊に扮していた貴族達は戦闘態勢に入る。

そして交渉の為と貴族達の前に出ていたリーンフェルトに一斉に駆け出す。


が、しかしリーンフェルトまで後数歩の所で聞こえてきた風切り音に貴族達は足を打たれ悶絶し地面へと転がる。


「ぐあっ!」

「くっ…足に衝撃が……」


ヒュン


暗がりに一瞬だけ聞こえる風切り音にまた一人、また一人と足を払われ倒れこんでゆく。


ヒュンッ


今度はマルチェロの近くで護衛にあたっていた男が倒れる。


「クソッ!攻撃が見えない……!!」


夕闇に足元が大分見えなくなってきている中、リーンフェルトに殺到した数名が突然足を抱えて倒れこんでゆく。

さらに自身の近くで護衛にあたっていた元騎士の男も、足元に攻撃を受けたらしく片膝をついてしまった。


「ええい!何が起こったのだ!?」


マルチェロが慌てた声をあげるのも無理はない。

そして動揺した声もまたよく通る。

後続の貴族やその手下達の動きが鈍くなる。

スピード重視の突撃から一転、今は謎の攻撃に警戒を払いながら慎重にリーンフェルトとの距離を縮める。


一方リーンフェルトは何が起こっているのか予想はついている。

アトロがバックアップに回ったという事だ。

ちらりと後ろを見るとおこしていた焚火の側に立っているアトロの見え、その両手には鞭が握られていた。


暗がりの小さな焚火にぼんやりとアトロの姿が浮かんで見える。その手元から顔へ視線を向けるが、小さな焚火の明るさでは精々口元までしか見えない。

しかしその口元がニヤリと笑っており、それが全てを物語っている。


アトロはその両手に持った鞭を器用に扱い、貴族達の足を払ったのだ。

アトロからリーンフェルトの距離は約5メートル。

更にマルチェロまでの距離はこの倍近くあり、その護衛を牽制したのだからその腕前は一流である。


伊達に二つ名のある元冒険者は違うということなのだろう。


それでもやはり数は向こうの方が圧倒的に多い。


「クソッ、こっちの方が圧倒的に人数が多いのだ!複数で切りかかれ!!」


マルチェロの声が先ほどよりも高くなっている。


「あの後ろの御者に複数で当たれ!奴の鞭がさっきのネタだ!」


そしてなかなか的確である。

どう見破ったのかは分からないが、マルチェロは答えに辿りついたようである。

そうなるとアトロは接近戦に持ち込まれていく。

勿論接近戦であってもアトロは遅れを取るような事はないだろうが、当然リーンフェルトの援護と言う意味では鈍くなるのは道理だ。


リーンフェルトもまた複数の敵から接近戦を強いられている。

一人一人はさほど強くはないのだが、四方から絶え間なく繰り出される斬撃をレイピアで牽制しながら足や腕を中心に貫き戦力を無効化していく。


「ふん…戦っていても全く揺れたりしないのだな!貧乳暴力女!」

「貴方さっきから人の事を貧乳、貧乳って…覚悟なさい!!」

「ふふん、ない物はないのだ。それが真実そして!お前は捕虜となり公爵から金を引き出す!」

「本当に出来ると思っているのですか?」

「当然だろう。なにせ私はアルガス王家の正統なる後継者なのだからな」

「……後継者ですって?」


確かマルチェロには上に10人以上兄弟がいたはずだ。

これは王国時代に必修であった王家の歴史関連であったし、マルチェロ自身も自分との見合いの時は第十八王子だったはずである。


「第十八王子である貴方が、後継者であるはずがありませんよね?」

「それはどうだろうな?兄上や姉上はみな未来を悲観して果ててしまわれたからな」

「そんな…それでは何のために生かして追放したのか……」


王家の末路を聞かされたリーンフェルトは少なからずショックを受ける。

なぜならば自分もまた、この王家派を説得して生かそうとしていたからである。

一度助かった命を無駄に散らせる事もない。

命を粗末にするなど…死ぬ事が最も苦しい事ではないのか。


「生かされた事は優しさか?それは命を奪われるよりも辛く苦しい屈辱であるとわからなかったからか?私からしてみればそれは違うな。

新政府は王族が朽ちていく様を国民に見せたかっただけなのさ、時代が変わった象徴として」


そう自嘲気味に笑うと、マルチェロはその容姿からは想像出来ない素早さでリーンフェルトに斬りかかる。


「くっ…そんな事はないはずです。新しい時代をみんなに生きて欲しかったのだと思います!」


しかしマルチェロは鼻で笑うと、いっそ憐れむようにリーンフェルトに顔を向けた。


「ふん、貧乳…お前の頭の中はお花畑か?存外甘いのだな。

いいかよく聞け!あの栄華を極めた王族がやつれて道に倒れているのだ。自分達が飢えている時に、何不自由なく丸々と肥えていたあの王族がだ。復讐の対象が目の前に転がっているのだ、仕返しくらいするだろう。

なぜ、余剰ある食べ物を分け与えてくれなかったのか。

なぜ、こんなにも自分達は苦しい生活を強いられているのかと。だから落ちぶれた王族に国民どもは石を投げるのだ。飲み水の一口も与えては貰えないのだ」

「それは王家が国民にしてきた事だからではないですか。それでも新しい時代になる為に、追放という処置で王族は許されたのです」

「お花畑にはこれ以上語っても無駄な気がするな。政府が許しても国民が許すかと言えば許すはずがないのだ。なぜ恨みや怒りの感情を見ない?綺麗事ばかりでは生きてはいけないのだよ貧乳暴力女」


マルチェロの言葉がチクリとリーンフェルトの胸に痛みをもたらす。

説得。なんとも傲慢ではなかったか。

何よりあの傲慢を体現していたマルチェロからの指摘だ。確かにこれでは頭がお花畑と言われても仕方がない。

相手の立場や状況を側面からしか、自分の見える範囲でしか物事を見なかった結果だ。

迷いが生じれば魔法の精度が下がる。

そうなれば魔法で肉体強化しているであろうマルチェロにすら、磨いてきた剣技が追いつかない!


「どうした貧乳暴力女!動きが鈍ってきているぞ?お前は本当に甘いな!目の前にいる敵を斬り伏せろ!」

「言われなくても!もう一度丸焦げにしてやるわ!」


リーンフェルトの周囲にいくつもの火球が出来上がる。それをありったけの魔力でマルチェロにぶつける。

着弾と同時に火柱が上がり闇を焦がす。

視界が開ける。


「ふん…これはお粗末だな!私を殺すのを躊躇ったか…その油断が自身に死をもたらすのだ!」


魔法は大きくズレており、マルチェロには当たらなかったのだ。


「ああ…本当に私は未熟だな……」


自信のあった魔法ですら上手くコントロール出来ず、大きく外してしまった事にボヤくリーンフェルトの目前までマルチェロは迫ってきており

手にした剣は振り下ろされる。


諦めと共に目を閉じると、不意にだらしないオッサンの声が聞こえる。


「本当に未熟だな。もう一度修行をやり直すか?」


リーンフェルトとマルチェロの間にカインローズが割り込んだ形だ。


「げぇ!?筋肉ダルマ!もう追いついてきたのか!?足止め部隊は何をしているんだ!」


筋肉ダルマとは、おそらくカインローズの事だろう。


「あんな連中物の数分だぜ?俺を殺すなら三倍は用意しやがれよ」


そうマルチェロに啖呵を切るカインローズは、両手持ちの大剣を構える。


「ぐぬぬ…筋肉ダルマが相手では分が悪い!撤退だ!」


カインローズが追いついた事で、分断して叩く事が叶わないと分かると否やマルチェロは撤退を指示する。


「待ちなさい!マルチェロ!」


声を振り絞って叫ぶリーンフェルトに、マルチェロは振り返りもせずに叫ぶ。


「待てと言われて待つ馬鹿がおるか!貧乳お花畑!」

「リン。貧乳お花畑って?」

「うるさいです!」


一瞬カインローズに気を取られ、再びマルチェロに意識を戻した時にはすでにその姿はなかった。


「逃げられちまったな」

「カインさん…私は甘いのでしょうか……?」

「おう。甘々の砂糖菓子だな。相手の立場や状況がまるで飲めていない」

「そう…ですね……」


カインローズはきっちり断言する。


「要はなんだ…優しさは大事だが、甘さと履き違えてはいけないって事だ」


その言葉を聞いて押し黙るリーンフェルトに、一言カインローズは付け足す。


「ま、そういうのもこれからの経験から学べば良いんじゃねぇか?」


カインローズはニカッと笑ってリーンフェルトの頭に手を置くが、さっと払い除けられる。


「やめてください。髪が汚れます」

「ひどっ!?」

「酷くなどありません!乙女の髪に気安く触れないでください」

「ああ、うんまあ立ち直ったのなら良いんだが」


ちょっと理不尽に思うカインローズではあったが、気落ちしていない事を評価する事にした。



襲撃者達が去った後、しばらくしてクライブが最後に合流する。


「火柱が見えた時の旦那ったら凄かったっすよ。全身に風を纏って文字通り飛んでいったすから」


すっかり夜の帳が降りてしまい動けなくなったので、その場で野営をする事になった。

そんな食事の席でのこと。

クライブが火柱が上がった時のカインローズの様子を語りだした。


「あんだけの火柱だからな。あそこまで飛べば良いんだから難しい事じゃないさ」


そんな会話の中リーンフェルトは黙ったままカップに入れられた暖かなスープを口にしていた。


カインローズが今晩の見張りをすると買って出て就寝となった。

リーンフェルトとアトロは火の近くで寝袋にくるまる。

クライブは御者台で毛布にくるまり眠るようだ。

睡魔はあっさりとリーンフェルトを捕えると、そのまま連れて行ったようだ。

カインローズは火の番をしながら、あれこれと考えていたのだが、だんだん面倒になり考えるのを止めた。輸送任務はまだ始まったばかりだ。リーンフェルトの心を鍛える為のメニューは仕事が終わってからでもゆっくり考えよう。そう結論付けた。

その頃には東の空はうっすらと明るくなり、小鳥の鳴き声もちらほらと聞こえてくるようになった。


「ふぁ…ねみぃ……」


カインローズは自身の後頭部をガシガシと掻くと、立ち上がり大きく背伸びをする。


「さて、残りの行程は何もなければいいんだがなぁ」


朝日に向かってそんな事をぼやいた。

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