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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
118/192

118 東方からの使者

 料理対決から数日後アル・マナク本部に珍しい服装の一団が使者として訪れていた。

 その服装はと言えば紋付き袴に陣笠を身に着け腰の得物は刀と、何とも異国情緒溢れる出で立ちである彼等は皆シュルクではない。

 個体差はあるにせよシュルクと獣が混ざったような容姿をしており、体毛に覆われている者、シュルクに近い姿をした者とまちまちである。


――ベスティア。


 発祥の地よりシュルクにより迫害され、追い出された歴史を持つ彼等は獣人である。

 長い旅の果てに辿り着いた東方大陸ボーテスにアシュタリアという帝国を築き、世界の一勢力として今日に至る。

 未だに差別が強い地域もあるが、徐々に世界に認知されて来ている種族である。

 彼等の独自の文化はシュルクには目新しく、また元々手先が器用な事もあり今ではオリクトを使用した製品の開発作成の一角を担う存在である。


 そのアシュタリアからの使者団をたまたま応接室に案内したリーンフェルトは、その場に残る形でアウグストと同席するよう指示される。

 こうして彼女はアル・マナク本部の一階応接室の座り心地の良いソファーに腰掛ける事となった。


「わざわざアシュタリアからの使者、お勤めご苦労様です」


 アウグストがそう使者達の労を労いつつ頭を下げれば、使者代表もまた礼を返してくる。


「うむ。こちらこそ突然の来訪で申し訳ない。実は兼ねてより話があったカインローズ殿のお見合いの日取りが決まりましてな。本人を迎えに上がった次第でござる」


 そんな話があったのかと驚いて目を見開くリーンフェルトを余所にアウグストはその事を知っていたようで、動揺を見せなかった。


「成程カインのお見合いですか」


 アウグストは要件を聞いて面白い物が見れるとばかり口元に笑みを乗せる。

 リーンフェルトとしてはお見合いというのはあまり良い思い出が無い為か、無意識に眉を顰める。


「早速ではござるが、カインローズ殿はいずこに?」


 そう切り出す使者に対して、アウグストは大らかな抑揚ある声で返答する。


「まぁまぁ焦らずに……彼は今、アル・マナクとしての任務でサエス王国の方に居るのですよ」

「さようでござったか。何分書状などで招集しても応じず、来る事を知らせれば逃げてしまう御仁故。こうして無礼を承知で不意を突いて参った次第。しかし居られぬとはこれは困った……」


 使者の男達は皆、狼のベスティアである。

 代表としてテーブルに座る彼もまた切れ長の目に宿る眼光の鋭さから中々の手練れである事が伺える。

 その彼が実に困ったという風に眉を八の字にしていると、妙に愛嬌が合ってつい可愛らしく感じてしまうリーンフェルトであったが気を引き締めて成り行きを見守る。

 ふとアウグストの方を向けば、彼の目が完全に面白がっている時のそれである。

 リーンフェルトがその事に気が付く事が出来たのは、グランヘレネで暫く同行していた経験に寄る所が大きい。

 だからこそ次にアウグストが発した言葉もなんとなく想像が出来た。


「それは皆さんお困りでしょう。ですがご安心ください! このアウグスト・クラトール皆様のご期待にお応え致しましょう」


 そう言って胸を張り、狼の彼に手を差し伸べた。


「これは忝い。してどのような手筈でござるかな?」


 アウグストと手を取り助力を受ける事に同意した彼は、早速段取りを確認したいようだ。

 しかし、アウグスト自身はさほど計画を練ってなどいないようであるが、なにか確信めいた物を持っているようだ。


「それはまだ言えません。ですが必ずカインをアシュタリアに連れて行く事をお約束致しますよ」

「稀代の学者先生であるアウグスト殿がそうおっしゃられるならば、その智謀に期待させて頂く」

「ははは……それと引き換えに実は私からも一つお願いがあるのですが、宜しいかな?」


 するりと自身の要件を挟み込むあたり、アウグストの方が交渉術が一枚上手だろうか。

 使者も頷いてそれに応じる。


「うむ。我の権限では即答致しかねるが、此度の件が上手く行けばそれ相応の褒美が出る事になっておる。して、その願いとは?」

「いえいえ物を貰おうとかそういう訳ではないのですがね。アシュタリアのヘリオドールを拝見したいのですよ。こんな機会が無ければ、見る事も難しいでしょうからね」

「成程……流石、アウグスト殿。研究に対する熱意が凄まじい。結論から言えば、その願いは叶う可能性があると存じます。なにせ此度のお見合いは御神体……いやこちらではヘリオドールと呼ぶのでしたかな。そちらを管理する一族との話でござる故、縁談が上手く行けば許可は下りるのではないかと」


 使者がそう答えればアウグストは満面の笑みを浮かべて、彼の両手を握りしめるとブンブンと上下に手を振って喜ぶ。


「これはまたと無い機会。是非ともカインをアシュタリアまで連れて行きましょう。彼の国に入ってしまえば後はそちらでカインは拘束してしまっても構いません」

「ほうほう……それはそれは」


 なにやら悪巧みめいた二人の笑みにリーンフェルトは一抹の不安を感じた。


「今回はお見合いの為という事で命に関わる事でもありません。結局本人が結婚を嫌がって逃げているだけですからね。アル・マナクは全面的にアシュタリアに協力致しましょう。差し当たっては使者殿達には早速本国にお戻り頂き、カインを捕縛する準備を整えてください。最悪彼ならば空を飛んで他の大陸まで逃げる事も可能でしょうから」


 アウグストの言葉にはっとした表情を見せ、一拍置いて納得するように頷いて見せる。


「そうでござったな。彼の御仁は風神が如く風を操るのでしたな。アウグスト殿、助言感謝致す。では我らは急ぎ戻って準備します故……」


 慌ただしく立ち上がる使者に、アウグストはもう一言付け加える。


「では私の方は早急にカインが帰還できるように動きましょう。こちらからの情報は我らの飛竜部隊が逐一書状を以てそちらにお知らせ致しましょう」

「何から何まで大変助かりまする。拙者もこれでお役を果たす事が出来るというもの……アシュタリアに来られた際は是非我一族におもてなしをさせて頂きたい」

「分かりました。その時を楽しみにしておりますよ使者殿」

「おぉ……そういえば名乗りがまだでしたな。我は月狼の一族、名をコゲツと申す。ではアシュタリアにてお待ち申し上げる。それでは御免」


 数分と立たない内にアウグストは話を纏め、アシュタリアからの使者コゲツはアル・マナク本部を後にする。

 彼等の案内は別者に任せて、この場に残ったのはアウグストとリーンフェルトの二人である。

 先のやり取りが気になった彼女はアウグストへおずおずと質問をする。


「あの……アウグストさん。カインさんの同意無しに決めてしまって良かったのですか?」

「ああ、勿論。カインの事はね親御さんから了承を得ているのだよ。あれでも何気に良家の跡取り息子でね彼。親御さんとも何度かやり取りをしているのだよ」

「カインさんのご両親とですか!?」


 思わず大きな声を上げてしまった彼女が口に手をやるのを見ながら、アウグストは事もなげに話を進める。


「そうですよ。不肖の息子だがよろしく頼むとか、息子の近況はどうかとかまぁそんな感じですね。それに今回のお見合いの件も実はグランヘレネに向かう前くらいにご両親から話を聞いていたのですよ。カインは相当嫌がってましたがね。しかしアシュタリアのヘリオドールを見る事が出来るならばカインに嫁の一人や二人出来ても構いません」

「アウグストさんそれはちょっと酷いのでは……」


 苦笑いを浮かべる彼女にアウグストは至極まっとうな表情で返事をする。


「良いかね? リン君。孫の顔を見せてあげるのも親孝行という物です。カインの親孝行の為に一肌脱ごうじゃありませんか!」


 表面だけ見ればそうなのかもしれないのだが、生憎とアウグストは面白い物を見つけた子供の様に目を輝かせている。


「アウグストさん……ニヤニヤしながらでは説得力に欠けますね」

「正直なところ、カインが素直に結婚するとは思えませんし、こちらはカインをアシュタリアに運ぶだけで雷のヘリオドールを見学できる! そしてそのリスクは最小限。実に素敵でしょ?」

「でも、何でしょう……? カインさんを売り飛ばしてませんかこれ……」

「何を言うんですか! カインの幸せを思えばこそじゃないですか!」

「それがとても嘘臭く聞こえるのですが……」

「そんな事ありません。部下思いな私の本心ですよ」

「物凄く良い笑顔で言うのですね」


 疑って掛かるリーンフェルト余所に、アウグストは満面の笑みを湛え気分も絶好調の様だ。


「それはもう。今後有るか無いかのチャンスなんですよ。アシュタリアのヘリオドールを調査出来ると言うことは。そもそもアシュタリアは獣人の国です。シュルクに迫害され、東方まで追いやられた歴史のある彼等は我々シュルクを警戒し、信用しません。私などは偏見も差別もありませんが、グランヘレネやサエスでは余り良い顔はされません。つまり向こうから使者が来るなど滅多に無い事なんですよ。当然通常では取り付く島がないわけですからヘリオドールに関わる許可など下りる訳がないのですよ! 本来であれば」


 熱弁を振るってリーンフェルトを説得しようとするアウグストだが、彼女の視線は依然として冷たい。


「カインさんをダシにしてますよね。やっぱり……」

「そこはまぁ尊い犠牲という事で」

「やっぱり売り飛ばしている感覚があるんじゃないですか」

「いやいや、別に妻帯者がいても不思議ではないじゃありませんか。組織を辞めるわけではないですし。またまたカインの縁でアシュタリアに赴くだけですよ。それに良縁かもしれないじゃないですかカインにとって。さしずめ私は縁結びの妖精といったところですよ」


 そう言って笑うアウグストはカインローズを呼び戻すべく行動を開始する。


「そろそろグランヘレネの兵士達も回収されている頃でしょうから、とっとと呼び戻しますよ」


 張り切るアウグストは伝令部隊にカインローズを連れて来た者にボーナスを出すと通達すると、サエス方面の飛竜部隊は挙ってカインローズの確保に動く。

 斯くしてカインローズが袋詰めにされて本部に帰還する事になったのは、三日後の昼過ぎの事であった。

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