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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
114/192

114 緊急回避

 胃薬の用意は必須事項としてもだ。

 なんとかしてリナの作る料理を回避する方法はない物だろうか。

 必死に脳をフル回転させたリーンフェルトはいくつか回避の方法を思いつくと早速実行に移す事にした。

 リーンフェルトもまた料理について大した自信は無いのだが、それでも審査員を回避する方法として今思いついたかのようにワザとらしく手を合わせればパチリと小さな音を立てて二人の注目を集める。


「次の任務の事もありますし、私も料理対決に参加します!」


 リーンフェルトは自身も参加する事で、審査員を回避しようと画策したのである。

 しかし当然の事ながら両者からは、疑問が噴出する。

 二人とも白黒つけたいのだから、そんな場を濁す事を許すはずもない。


「疑。では審査員は誰?」

「そうでございますわよ! お嬢様への愛情溢れる料理を誰に審査して貰えばいいのですか」


 その愛の籠った料理が非常に危険な物である事をリーンフェルトは知っている。

 しかもその愛とやらで形容される各食材の不協和音により、壊滅的な味になる事は決定事項のようなものである。

 背筋を走る悪寒が、リナの意気込みの先に出来上がる暗黒物資に対して警鐘を鳴らしっぱなしで止まる気配を感じさせない。


「そうですね……カインさんもいませんし……」


 今カインローズはグランヘレネの軍を預かって遠くサエス王国の空の下にいる。

 この場にいようものならば、巻き込まれる事は必定な彼がいないというのは、一重に日ごろの行いか。

 それはさておき人災を免れる事が出来たのは不幸中の幸いであったに違いない。

 同じような理由でケイと、アンリも本部にはいない為、今回の人選から漏れる。

 そうなると残りはアウグストとアダマンティスくらいか。


 思いついた顔の名を口にすれば、早速アウグストにアポを取る為に、リーンフェルトはその場から逃げるようなスピードで彼の元に駆け込んだ。


「おや、どうしたかね?」


 突然入ってきたリーンフェルトにきょとんとした表情のアウグストはそう訊ねる。


「アウグストさん、実はですね……」


 そうして事のあらましを説明すれば、物凄く嫌そうな表情で、こちらを見返してきた。


「私は……。とても忙しいのだよ。そう今この時も非常に忙しいのだ……」


 話を聞いている内に徐々に目を逸らすように、資料の山に帰って行こうとするアウグストを止めに入る。


「ちょっと待ってください! 他に審査員を出来るも者がいないのです!」

「いやいや……君たちでお互いに作った物を食べてみて評価し合えば良いじゃないか」

「それでは不公平な事が起こるかもしれません。やはり第三者の公平な目線で判断して頂きたく」

「そうは言うけどね。君、リナ君の料理が一口で致死量というのは、この組織にいて知らない者のいない話だよ? それでも私に審査員を願うのかね?」

「ほかに適任者がいないもので」


 確かにアウグストであれば甲乙について文句が出ないだろう。

 そう言う意味においては誰よりも適任者なのだが、しかし確実にリナの料理を口にしなくてはいけないポジションでもある。




「ほら、アダマンティスがいるじゃないですか。彼に審査委員をやらせてみよう」

「勿論アダマンティスさんにもお願いをしてみるつもりですが……」

「何だね彼の了承はまだ取れていないのかね? ならば私が話を着けてやろうじゃないか」


 そう言って意気揚々と立ち上がったアウグストはアダマンティスの下へと向かう。


 アダマンティスの書斎の前に来ると入り口を警備していた隊員に止められる。


「お待ちください。今アダマンティス様は留守にしております」

「おかしいね。私はそれを聞いていないのだが?」

「何でも急用があって、今すぐに行かなければ取り返しの付かない事になると仰っておりまして。先刻飛竜に乗って旅立たれました」

「……アダマンティスさん逃げましたね。これは……」

「おのれアダマンティス何故私も一緒に連れて行ってくれなかったんだ!」


 情報を司るアダマンティスだからこそ、危機を回避して逃亡する事に成功したのだろう。

 そう言う訳で今回の犠牲者はアウグストに確定しつつあった。


「このままではいけませんね……私もまだ死にたくはないのですよ」


 アウグストもまたリナの料理が殺人級に危ない物であるという事は知っている。

 その顔には焦りからか、額から汗がにじみ出ている。


「きっと大丈夫ですよ」

「リン君、根拠のないそれは気休めにもならないと知りなさい。それに元はと言えば君が原因ではなかったかね?」

「それは……その……。はい、その通りなのですが。私もまだ死にたくはないのです」

「であれば話は早い。料理対決など止めさせてしまえばいいのではないかね?」


 根本を消し去る事が出来ればどれほど良かっただろうか。

 しかし、いきり立つ二人を目の当たりにしてしまっているリーンフェルトは力なくそれを左右に振った。


「それは、きっと無理だと思います。なぜあんなにリナさんとアルミナさんは仲が悪いのですか?」

「ああ、その事かね。リナ君は六席だろ? 当然と言えば当然なのだがアルミナ君に負けてね。その辺りからだね。事ある毎に何かを競うようになったのは。向上心と言う意味では喜ばしいのだけれども、話が拗れてくるとこれがもう厄介でね。戦術論などの座学はアルミナ君が、戦闘などの実地訓練では勿論リナ君に軍配が上がる訳だ。お互い得意分野が違うのだから認め合えば良いのだが……中々上手く行かない物でね」


 因縁の相手と言うのは誰にでもいるのだななどと思いながら感想を述べれば、アウグストはやや苦笑した表情でそれに続ける。


「さしずめライバル同士という訳ですね」

「綺麗に言えばね。私からすれば結局子供同士の喧嘩の様な物だよ。それに彼女達は何故かとてもリン君の事を気に入っている様じゃないか」

「ええ、良くしてもらっていると思います。ただ、私のどの部分を見てあんなに好意を寄せてくれるのかは全く分かりませんが……」


 背は低いがここ数日の間に大分親しくなったアルミナと身の危険を感じる程愛を表現してくるリナ。

 どちらも同僚であり二人とは仲良くはありたいと考えるリーンフェルトであるが、それはそれ、これはこれである。

 アルミナの料理の腕前は未知数だが、リナの料理はカインローズやクライブが犠牲となり大参事を齎した悪魔の料理である。

 本人が至って真面目にレシピ通りに作っているのにも関わらず、劇薬となってしまうあたりはもう何かの冗談か、呪われているのかを疑いたくなるレベルである。


「こういう時のカインだと言うのに……グランヘレネにおいて来てしまったからねぇ……」

「こういう時ほどカインさんが頼もしく見える事はないと言うのに……」


 遠い地で任務にあたるカインローズがタイミングよくくしゃみをしたかは定かではないが、うってつけの人物がいないとなると誰かが犠牲になるのである。


「では、こうしましょう。リン君の作った料理を食べてみたい人を募ります」

「私の料理を食べたい人などいるでしょうか?」


 特に女性らしくもない女の手料理など、誰が食べたいと言うのだろうか。

 いればいたで、物凄く物好きだなという感想しかリーンフェルトは持たない。


「そこの所はきっと大丈夫だろう。そしてつられてやってきた人物に審査をお願いすると、これで第三者は立ちますし、私も任命できる」

「……アウグストさんも回避したいのですね」

「折角助かった命をここで散らせるわけには行かないだろう?」


 彼が言うのは先日グランヘレネに赴いた際にジェイドに命を救われた事を指しているのだろう。

 花嫁修業などという余計な課題を置いて行った彼を思い出して苛立ちを一瞬募らせると、慌てて首振って思考を散らせる。

 彼とは仲直りをしなければならない身である事を思い出して気を取り直す。


「それはそうですが、本当にに人は集まるのでしょうか?」

「リン君に興味がある男性諸兄はアル・マナクの中にも相当数いるのだよ?」

「私は全く気が付きませんでしたが……?」

「そういう所もね、含めて花嫁修業に出そうって話ですよ」

「今からとても気が重いのですが」

「まぁまぁ……まずは目の先の危機から回避しましょう」


 そう言ってにこやかに微笑んだアウグストはすぐさま、募集の手配を取り始める。

 勝利対決まで左程時間もない中で、アル・マナク内にこんな情報が流れた。


「本日の夕食時にセプテントリオン七席リーンフェルトによる料理が振る舞われる。これはアル・マナクのお客様を持て成す為の予行である。なお先着順で試食してもらうので周知して欲しいとの事」


 以上がアウグストから出された壮大な罠……いや人身御供を募集する内容である。





 勤務時間中にその情報を耳にしていた男がポツリと呟く。


「リンさんの作った料理っすか……食べてみたいっす……」


 ややほんわりとした面持ちのクライブは馬の世話をしながら呟けば、近くにいた上司のアトロが反応する。


「ならば、先着順との事だからここは私に任せて行ってきても良いですよ」


 クライブのぼやきにアトロはやたら爽やかな笑顔で答えると、彼の表情は一気に明るくなり若干鼻息も荒くなる。

 彼にしてみれば実に久しぶりのリーンフェルトとの対面である。

 任務期間中は会う事も出来ず、見かける事も出来なければ、話掛けも出来ない。

 一方的に募るその思いを組んでか、アトロは彼の反応にやや苦笑気味だ。


「本当っすか!?」


 腹を空かせた魚が釣糸の先に着いた餌に食いつくような勢いで、瞬く間に釣り上げられてしまった彼は満面の笑みで謝辞を述べる。


「アトロさんありがとうっす! 感謝するっす!」

「ええ、滅多にない機会ですし。私も応援だけはしていますからね。頑張ってきてください」


そうして駆け出した後ろ姿を見送りつつアトロはぼやく。


「突然こんなイベントが催される訳がないんですがね……」


 完全に姿が見えなくなった彼を心配しつつ、クライブの分も仕事をこなしながら、後でこっそり覗きに行ってみようと思ったアトロであった。

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