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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
113/192

113 アルミナ・バイランダム

 サエスから上がってきた物資の見積もりは、グランヘレネのそれよりも多い。


「サエスの方が被害は少なかったはずですが……」

「否。それ違うよ七席」


 その声に振り向いてみれば、ボサボサの頭とグレーのローブに身の丈程ある杖を装備したとにかく地味な女性が立っていた。

 身長はリーンフェルトの腰上程度の高さで止まってしまっており、子供の様であるがれっきとした女性、しかも目上である。

 今回の物資調達の件で頻繁に顔を合わせる事になったセプテントリオンの五席、アルミナ・バイランダムその人である。

 格上を見下ろす感じを心苦しく思いながらもリーンフェルトはアルミナに質問を投げかける。


「どうしてですか? 自国で賄える物もあるでしょうに」


 そう素直な疑問を口にすれば、彼女はそれを肯定する。


「是。それはそう。でもそれだけでは無い」


 それは一体どういう意味なのか間髪入れずに質問を返すと、ムスッとした声で返される。


「どういう意味でしょうか?」

「否。少しは考える」


 彼女はリーンフェルトに思考する事を促す。

 つまりは「少しは自分で考えろ」である。

 確かに答えを聞くのは簡単な事だ。

 アルミナ自身もそう返すのだからリーンフェルトがきちんと答えにたどり着くものと確信してそう言っているのだろう。


「ええと……これだけの資材を送るのは多過ぎると思うのです」

「思。なぜ?」


 漠然とした感想を口にしたリーンフェルトにその先を考える様にアルミナは尋ねる。

 リーンフェルトは一つ息を吐いて心を落ち着かせると、改めてサエスからの出された物資の見積もりは品目数だけ見ても優に倍を越える程多いのかを考える。

 グランヘレネへの物資はまず食糧、続いて建築資材が順番とやってくる。

 薬草などの傷を癒す物も多くはあるが、サエスのそれほど大きくはない。

 では逆にサエスへの物資とは何がそんなに多いのか。

 食糧に関しては実はそれほど数字に開きがある訳ではないのだ。

 であるならば一体何がこんなにも多いのか。

 腰を屈めてアルミナの持つ書類に目を走らせていくと一際注文数の大きい物が目に飛び込んでくる。

 それは石材である。

 使用用途としては道路の舗装や建物にも使用される。

 なぜこんなにも石材が多いのか、リーンフェルトはエストリアルの街並みを思い浮かべながら呟く。


「例え水害の分を加味したとしてもこれではまるで……」


 そこまで行くと後はいくつか想像の域を出ないが答えを導き出せる。

 どれも突拍子もない物だが決して可能性がないものでもない事に驚いて目を見開く。


「是。そういう事」


 答えを導き出しただろうとアルミナ・バイランダム頷き、手を叩く。

 そしてアルミナの回答はリーンフェルトが考えた物の内の一つと合致する。


「是。女王は一国丸ごとリフォームする気、ついでに城も」

「本気でその様なことを?」


 想像と推測から確かに答えは導き出しだがいくらなんでも厚かましすぎではないだろうか。

 そんな思いを込めて返事を返せば、アルミナは平然と回答してもう一枚書類をバックから取り出す。


「是。数字は嘘つかない。これ」


 そう言ってアルミナが一枚の紙を突き出す。


「これは……サエス側に援助する物資の試算結果ですか」

「是。明らかに一国の予算くらい出てる。厚かましい」


 不機嫌そうな彼女にリーンフェルトは一つ確認を取る。


「これ、アウグストさんは知っているのですか?」

「是。既に了承済み……というかこれに彼は興味を持たない」


 諦め顔のアルミナは書類をヒラヒラとさせて溜息を吐く。


「確かにそうかもしれませんが、そもそもアル・マナクに支払い能力はあるのですか?」


 確かにオリクトを求めて各国が競り合うように値を徐々に上げつつ、大量に購入しているのだから一国家程度の収入があっても不思議では無いと思っていたリーンフェルトに、アルミナは不敵な笑みを浮かべる。


「是。勿論ある。これだけ使っても運営に問題なし。サエスの女王アル・マナクの事、ナメ過ぎ。なんなら倍出してもいい」

「そんなにオリクトは売れているのですね」

「是。これに商人達に下ろしている分がある。実際生産が遅れ気味。需要あり過ぎ」


 などと話し込んでいるとリーンフェルトを探しに来たリナが現れた。


「お嬢様こちらでしたか! ってアルミナ!?」

「否。居て悪い?」


 急に態度を硬化させたアルミナがリナに食って掛かる。


「アルミナ……まだその話し方のままなのですか? 正直会話しづらいのですが……」

「是。話し方は個性」


 そう言ってアルミナは胸を張る。

 しかしリナは頭に手をやるとどっと息を吐く。


「別に普通に喋るじゃありませんか貴女。五席就任当初は普通にお話出来ていましたわよね?」


 どうやらこの話し方は後付けの物らしい。

 リナの指摘を打ち消すようにアルミナはそれを否定する。


「否。そんな事はない」

「あるではありませんか、全く……いつまでその間怠っこしい話し方をなさいますの?」

「苛。ちょっと腹立つ」

「でしたら普通に話せば良いのですよ。ね? お嬢様」


 リナの振りにアルミナが被せて話し始める。


「否。七席、話し方は個性。個性は大事、問題ない?」


 すっかり板挟みになったリーンフェルトは苦笑して回答を示す。


「リナさんの言っている事も分かりますし、アルミナさんの主張も理解します。私としてはお二人に仲良くなって欲しいのですけど」


 そう言うリーンフェルトににこやかな笑みを浮かべたリナがまずそれに答える。


「私は別にアルミナの事が嫌いなわけではないのでございますよ? お嬢様」


 しかし、当のアルミナはぼさぼさの髪を左右に揺らしてから、リナを指差して言い放つ。


「否、六席。嘘、良くない。お気に入りの七席の前で良い子ちゃん回答。醜い」


 醜いと言う単語にリナの纏う空気がピリピリし出すのを、感じたリーンフェルトはこの二人をどう仲裁しようかと考える。

 しかし目の前の状況はあまり猶予を許してくれそうにない。

 二人の声が大きくなり、今にも手が出そうなほど雰囲気は逼迫している。


「言うに事欠いて醜いとは失礼じゃありませんこと?」

「そう本心隠して、言い繕うの醜い」

「ふぅ……所詮お子様相手に何を言っても無駄でしたわ」

「否。お子様ではない。六席よりも年上」

「精神的にという意味でございますよ。それくらい私も存じ上げておりますわ」

「悪、六席。 あっち行こう七席」

「あら、お嬢様を連れてどちらに? というよりもでございますお嬢様、アウグストからOKを取り付けて参りましたわ」


 アウグストから了承を得たというのは、次回の任務と宣言されてしまった花嫁修行への同行であろう。


「では次回の任務はリナさんと一緒なのですね」

「疑、七席と六席が一緒の任務……」

「そうでございますよアルミナ。私達はこれから打合せをしなければなりませんの」


 取ってつけたようにそう言ったリナはリーンフェルトの左手を掴むと力任せに引き寄せる。


「疑、ならば私も着いていく」

「何故ですの? 任務には関係ありませんわよね?」

「否、七席は今私の任務を手伝ってもらっている。連れて行かれては困る」


 アルミナがリナに対して抗議をするも、あっさりと躱して雑談と決めつけて押し切ってしまう。


「今雑談をしていたではありませんか」

「否、仕事の話だよ六席。ところで次の任務は何?」


 リナの態度を無視してアルミナはリーンフェルトに次回の任務について尋ねれば、浮かない彼女の口からおずおずと内容が語られる。


「それが花嫁修業という事なのですが」

「七席と六席が花嫁修業……六席の料理、劇薬。死者多数」


 花嫁修業と言えば礼儀作法に始まり、当然料理も行われるだろう。

 リナの料理が壊滅的である事は組織の中では有名な話であり、引きこもりと称されるアルミナですらそれを知っている程だ。


「失礼な死者など出たことなどありませんわ!」

「否。担ぎ込まれた者がいる。生死は不明」

「クッ……それはきっと体調が悪かっただけですわよ。ねっ! お嬢様!」

「えっと……それはちょっと……」


 言いよどむリーンフェルトに、アルミナは勝ち誇る様に胸を張り、トドメとばかりにリナに暴言を浴びせかける。


「嘲。六席の料理は凶器」

「言わせておけば……ならば私と料理勝負をしてくださいませ! アルミナ!」

「笑。これ以上被害者を増やすな。それに私……料理は得意だぞ?」

「ふん! 望むところですわ!」

「応。いつ勝負する?」

「早速今晩にでも」

「あの……この流れって私が審判をしなくてはいけないのでしょうか?」

「是、勿論」

「勿論ですわ」


 見事に勿論の部分だけがきれいにハモるそれに、リーンフェルトは出来るだけ効果の高い胃薬を用意する事を心に誓うのだった。

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