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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
110/192

110 値踏みの視線

 アウグストの提案を受けたサエスの女王、マリーナ・ヴァスィリサ・サエスは決断を迫られていた。

 アル・マナクの総帥アウグスト・クラトールは民間人でありながらある意味では、何処ぞの王族よりも、敵国の教皇よりも大物である。

 彼についての情報で最初に上がってくるのは、ヘリオドール研究の第一人者である事。

 そしてこの世界で唯一オリクトを生産し、販売している組織の長である事。

 最後に、アルガス王国を滅ぼすほどの戦力を持ち得ているという事の三点が挙げられる。

 オリクトに関してはその製造方法は完全な秘密となっておりアル・マナク以外に作る事すら出来ない。

 女王としても自国でこれが作れればと実は何度かアル・マナクに探りを入れているのだが、悉く依頼した者は帰ってくる事は無かった。

 今や生活には無くてならない必需品の筆頭に数えられるそれの販売による莫大な資金力は一国を余裕で凌ぐ。

 大富豪と呼んでも差し支えないだろう。

 なぜなら世界各国が垂涎ものと目の色を変えてオリクトを欲しがり、莫大な資金を以てこれを買い付ける。

 今この瞬間も世界のどこかで売買はなされ、彼の元へと富が集まっているからである。


 恐らく赤字とは無縁だ。

 そもそも一個生成するのにどの程度のコストが掛かっているかすら不明なのだ。

 しかし利益率は相当に高いのだろう事は、物量と価格の推移、羽振りの良さから伺える。

 だからこそサエスでも生産に漕ぎ着け、世界に売り出す事が出来れば、他国への大きなアドバンテージとなり、さらに国を発展させる事が出来ると考えていたのだが、その矢先に国の土台たる水のヘリオドールをジェイドにより破壊されてしまったのだ。


 これでまたオリクトの価値は上がり一層の依存傾向となるに違いないなどと考えつつ、それを一手に担うアウグストを見据える。

 彼は自身の研究さえ円滑に行う事が出来れば良いという根っからの研究者であるという。

 それは一国家の権力の座に興味を示さずあっさり捨ててしまう程であると女王の耳にも情報として入って来ている。

 実際の所アルガス王国崩壊後、議会制になった際に議員としての地位を与えられたが研究がしたいという理由でその地位を議会に返上してしまった事に起因する。

 一国の中枢にある権力を欲しいがままに操れる地位を捨てるなど、女王には及びもつかない事である。

 所詮政治のわからぬ学者風情が、大金を手にして英雄気取りで調停役を買って出たのであろうとマリーナは高を括っていたのだ。


 彼の言う策とはジェイド達の事だろう。


 アウグストの言葉を信じるのであれば、どうやら土のヘリオドールの破壊は成功した様である。

 彼の背中の刺青には逆十字が描かれていたので当初はグランヘレネの手の者と推測していた。


 自首してきた事は少々解せなかったが、神々の恩恵を砕いた事への罪の意識か、はたまたシャルロットに説得された為かは分からないが任務を与えて解き放ったジェイドとシャルロットの事を思い出した。

 二人の姿が一瞬脳裏を掠めたが、今は目の前の難敵に集中するべきと気持ちを切り替える。

 そうして再び目の前にいる丸眼鏡の男と後ろに控える三人の護衛の方へと視線を戻し、状況を整理する。


 彼が策と言ってはぐらかすのは、サエスの女王がグランヘレネの女神を弑する事を指示したと表向きには言えない為だ。

 それを表立って言えば、女王が神々の恩恵を破壊する事を命令した事となる。

 一国を預かる身で神々を恐れぬ蛮行を命令し、成し遂げさせた。

 これが如何に罪深い事かは理解しているつもりだが、しかし先に仕掛けてきたのは向こうである。


 水のヘリオドールさえ破壊されなければ、報復として向こうのヘリオドールを破壊せよなどとは言わなかっただろう。

 勿論、民衆や外部には女王がそのような不遜な事を言った事になどなっていないし、確たる証拠がないまま嫌疑を掛けられても白を切るだけである。

 寧ろ嫌疑を露骨に示せば女王に対する不敬罪でアウグストを捕らえる事も可能な状況だが彼は尻尾を出さず、暗に仄めかして来るあたり学者のそれではない。

 政治的な駆け引きも、状況も立場も把握した上で物事を言い立ち回っているという事だ。


(誰じゃただの学者などと言った者は……)


 内心悪態をつく女王は舌打ちしたい気持ちをグッと堪えた。

 これはとんだタヌキオヤジではないかと、女王はただの政治に無頓着な学者だと聞いていたアウグストという人物の評価を改めた。






 値踏みをする様な視線を送っていた彼女の目つきが変わったのを、アウグスト以下護衛についていたアル・マナクの面々は肌で感じていた。

 一気にピリピリと張り詰めた空気へと変わったのは彼女が本気になった証拠だ。

 思わずアウグストは生唾を飲み、その喉を鳴らした。

 オリクトで上がった収益は主に研究設備への投資とアダマンティスが指揮する諜報部隊の飛竜の餌代が高額な所でそれ以外はさほど大掛かりな出費はない。

 職員の給与をケチらず支払ってなお利益の上がる優良企業だ。

 普通の商会ならば一人前になるまではまともな給与は支払われないのが普通なのだが、食堂のおばちゃんのような者まで高待遇で雇い入れている。

 高待遇であるが故におばちゃんでも隊員でも仕事とあれば、向上心を持って頑張るのである。


 仕事に対してのモチベーションが如何にその物事の効率を上げるかについて効果があるかは、アウグスト自身が身を以て知っていた。

 彼がまだ見習いの学者であった頃は文献すらまともに読ませてもらえなかった。

 雑用に雑用を重ねて研究のけの字すらやらせてもらえない日々に不安を抱えながら生きていたのである。

 

 そんな環境であったからこそ、アウグストの若い頃は多くの有望な知識人が皆研究から手を引いて去って行ってしまっていた。

 そして今もそういう体系を持つ商会や研究機関は多いようである。

 

 尤もアウグストは文献を盗み見ては自身のメモに加筆していった口である。

 当時いた著名な研究者の下に入り、違った角度からの解釈や文献に触れる。そうして台座の古代文字に行き着きオリクトを作り上げたのだ。

 さて、目の前の女王だが選択肢は実は多く見えて少ない。

 まず戦争継続が無駄である事。

 そもそもグランヘレネの陣地はカインローズが掌握している為、調停側の手にある。

 この段階で戦う相手がまずグランヘレネが相手ではなくなってしまっている点。

 続いて賠償請求をしたとしても、グランヘレネには支払い能力もそれを実行出来る者もいない点。

 勿論調停を受けないという選択肢はあるにせよ何も得られない為、現実的ではない。


「サエスはアル・マナクの調停を受ける事とする」


 内心は相当苦々しく思っているに違いないのだが、抑揚ある大らかな声色でそれを宣言したのだった。


「アウグストよ、差し当たっては我が国ではオリクトが既に枯渇状態じゃ。至急これをなんとか致せ。何せ納品が二回も遅れておるでな」


 リーンフェルトの初任務であったオリクトの護衛はその二回目に該当する。


「直ぐにご用意致しましょう。サエスですからまずは水のオリクトでしょうか? こちらは全ての属性……勿論闇以外となりますが全て取り揃えておりますよ」


 そう言って懐からAランクの水のオリクトを取り出すと女王に献上する。


「早速か。手回しの良い事だな」

「それが私ども信条でございますので」

「そうか。では水浸しになった我が国土の復興の為に尽力せよ。これで戦争は終いじゃ」

「それが宜しいかと存じます。まずは水が運んできた土を取り除きましょう。こちらには土魔法のスペシャリストがおりますので、彼をこちらの担当に当てさせて頂きましょう。アンリ前へ」


 名を呼ばれたアンリは一歩進み出て女王に頭を垂れる。


「ご紹介に上がりましたアンリ・フォウアークと申します。サエス国内の泥に埋もれてしまった道や街を重点的に復興させていただきます。主要な道が復活しましたらケフェイドより物資を運び入れてサエス国内に行き渡る様に流通させようと考えておりますが如何でしょうか?」

「こちらは援助していただける身。大まかな設計はさせてもらうがそれ以外はそちらに任せる。妾も他にやらねばならぬ事があるのでな」


 女王は王都から各都市に伸びる街道を軍略用の精密な地図へと書き込んでゆく。


「これが物資搬入経路であり、今後のサエスを担う新たな街道じゃ。この通りに事を進めよ」

「承知いたしました。女王陛下」


 アンリは女王から地図を受け取ると、再びアウグストの後ろへと控える。


「先の地図を拝見しますと現在の王都よりもやや東寄りに終点が設けられるのですな」

「さよう。王城に物資が集まっても平時であれば無駄になる。であるならば少し区画をずらす事により物資の輸送を円滑に行えれば、きっと後の発展に繋がるであろうからな」

「なるほどなるほど……流石女王様。先見の明をお持ちの様だ」


 女王を褒めるアウグストとまんざらでもなさそうな女王の掛け合いが暫く続き彼女が退場した後に、アウグストは振り返り護衛の三人に声を掛ける。


「ではケフェイドに帰還しましょうか。リン君」

「あれ、ケイさんは一緒ではないのですか?」


 不思議そうな表情を浮かべたリーンフェルトがそのように問う。


「ケイにはアンリの護衛に付いてもらう予定だよ」

「別にケイに守られなくても、私は一人でも問題ないが……?」


 若干不服そうなアンリにアウグストはフォローを入れて宥める。


「流石にそう言う訳には行きませんよ。サエスには王家派の残党が複数いる事が確認されていますからね。まぁ用心の為だよアンリ」


 そう言ってアウグストはアンリの肩に手を置いて笑うのだった。

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