11 襲撃
三日目の朝を船上で迎えたリーンフェルト達は、今日は揃って食堂で朝食を取ると荷物の点検に入った。
昼前には港町クロックスへ到着の予定だ。
クライブは既に荷物の確認を終えていたらしく、馬車に荷物を運び入れている。
「積荷を見張っていたっすけど、特に何もなくて良かったっすよ」
安心した表情のクライブを横で見ていたアトロが小突く。
「気を抜くのはちゃんと任務を終えてからですよ」
「わ、分かってるっすよ!もうやだなぁ。ははは……」
クライブがアトロから逃げるように距離を取ると、アトロは小さく息を吐いた。
「ともあれここからはまた陸路ですし、前回は襲撃があったと報告されてますからね。用心していかなければいけませんよ」
「わかってるっすよ。ええ、大丈夫っす」
少しクライブを疑わしく見るアトロだったが、しばらくすると肩の力を緩めた。
その横でリーンフェルトは今回の任務について、カインローズに意見をする。
「王家派の仕業ではないかという報告書でしたね。出てくるようであれば説得したいと思っていますのでチャンスをください」
そういうリーンフェルトの目には確かな意志が見て取れる。
前回の輸送部隊が襲われオリクトを奪われた事が起因して護衛任務にあたっているのだが、リーンフェルトには思うところがあるのだろう。
カインローズは深く考えはしなかったようだが、やりたいならやらせてみるかと結論が出ると深く頷いた。
「…ああ、分かった一度だけな。だが説得するお前に危害を与えようとした場合はすぐにでも切り伏せるつもりだ」
「ありがとうございます」
「まあ、連中にもいろいろあんだろうけどよ。邪魔しようってんなら俺は容赦なく仕留るぞ」
そんな打ち合わせをしつつ時間は流れ、無事にクロックスへと船は到着する。
「やっと陸地だぜ」
船から桟橋に掛けられた昇降用の板から、桟橋へと降り立ったカインローズは、両手を上に広げ背中を少し反らし身体を伸ばし始める。
西大陸の玄関口であるクロックスの港に着いたリーンフェルトもまた少し身体をほぐした後辺りを見回す。
「ここが西大陸ですか……」
リーンフェルトの視界の先には水のオリクトの恩恵を受けた街並みが広がっている。潤沢な水が水路となり街の各所へ繋がっており、
特に港から伸びる水路は幅も大きく船からの積荷を効率よく市街地へ運べるよう工夫がなされている。
「どうです、リンさん?初の西大陸の感想は」
「ケフェイドとは随分違うっすよね」
船から馬車を下ろし合流したアトロとクライブがリーンフェルトに声を掛ける。
「そうですね。ケフェイドに比べて暖かいですし、多分水路に陽の光が反射しているのでしょうけど街全体がキラキラとしていて素敵です」
そこにカインローズが何かを思い出したように割り込んできた。
「そういやクロックスには別名があったよな?」
「ああ、カルトスのクリンベリルってあれっすか?」
「そうそれだ!どこだかの詩人がつけたっていうな」
「カルトスのクリンベリル…」
「朝は緑豊かな大地を映し、海に沈む夕日を映してはまた表情を変える街そのものがクリンベリルのようだと詩にした若手の詩人ルーネの一節なのだそうですよ。ここら辺ではかなり有名ですね」
間髪いれずアトロが景色に見惚れているリーンフェルトに解説を入れる。
「確かに綺麗な所ですね」
「国の玄関口ですからサエス王国は気合い入れてるみたいっすよ。他に王都へと続く街道沿いの街には噴水があったりとか」
「なんにしても水のオリクトさまさまってわけだ。ケフェイドとはやはり違うよな」
カインローズの言葉にリーンフェルトも思う所があるらしく、深く頷いて同意を示す。
「なんだか別世界に来たみたいですよ」
「ははは。確かに見慣れないかも知れないが別世界じゃねぇさ。さてこれから八日掛けて目的の街まで行くが…キナ臭い報告が上がっている。心して行こうぜ!」
カインローズの号令の下、一行は次の街であるルエリアへと馬を走らせるのだった。
港町クロックスから南西に向かって伸びる街道はサエス王国によって整備されている為、比較的道はなだらかだ。
街道から向かう先に目をやれば、水のヘリオドールの恩恵を受けた大地に緑が鬱蒼と茂る森があり多くの生命を育んでいるのだろう。
そういえばシャルロットは冒険者として、ここでいくつか仕事を請け負っていたという記録があったとリーンフェルトの父であるケテルが言っていたが
まだこの大陸にいるのだろうか?
リーンフェルトの脳裏に行方不明の妹の顔が過る。
一瞬表情に出てしまったのだろう、それをどう解釈したのかはさておきクライブがリーンフェルトに話しかける。
「ここいらは比較的安全な道なんっすよ。ちょっと外れを行くとヘルハウンドなんかに襲われたりするっす」
とクライブが豆知識を披露すればアトロはそれを補足する様に言葉を繋ぐ。
「ここら辺はまだそんなではないですが、王都に近づくにつれて自然も豊かになるのがサエスの特徴でしょうか。そこに動物が生息していますから魔物も食べ物に困りません。だからそれなりの数がいるんですよ」
「まぁもっとも、駆け出しの冒険者が日銭を稼いで暮らせる程度には湧いてるってこった」
つまりそこそこの危険度があるという事だ。
リーンフェルトは気を引き締めると、視線を近場に戻すとクロックスから王都に向かうのだろう行商人の姿が疎らに見えた。
ゆるゆると何事もなく四日目を予定通りの行程で終え、野営の準備をしていた時の事だった。
辺りが夕闇に覆われ、視界が狭くなってきた頃を見計らって報告書にあった彼らが現れた。
「おいお前ら、その荷物オリクトなんだろ?御大層にアル・マナクの紋章まで付けて分りやすいんだよ!ま、偽装してもすぐに見つけるけどな」
「アル・マナクも懲りないね。前回の輸送品も粉々に砕いてやったのに」
盗賊まがいの服装をした男達数名がそんな事を言いながら余裕を持って現れたのには理由がある。
今リーンフェルトはアトロと二人だけで行動している。
と言うのも遡る事数時間前になる。
二日前辺りから行商人達に尾行されている事に気がついたカインローズが罠を張ったのだ。
「すまん!こっちの馬車の車輪が壊れたようだ!先に行ってくれ!」
彼らに聞こえるようにカインローズが叫ぶとリーンフェルトは頷き、アトロの馬車と先行する。
足の止まった馬車ならば襲いやすいだろうとカインローズは囮になり、襲ってきた所を返り討ちにして数名捕らえてアジトを吐かせ、王家派残党とリーンフェルトが話せるようにするつもりであったのだが、筋骨隆々のオッサンが護衛をする方よりも女がいる方を狙ってきたようだ。
当初の予定とは狂ってしまったが、アトロはいたって冷静だ。
「リンさん囲まれましたね」
馬車を木に括り付け火をおこしていたアトロは静かにリーンフェルトに状況を伝える。
「むしろ出て来てくれて好都合です」
リーンフェルトはすぐさま立ち上がり名乗りを上げた。
「私はアル・マナク第七席リーンフェルト・セラフィス!公爵家に名を連ねるものである!王家派の一党とお見受けするが、代表者と話がしたい!」
リーンフェルトが盗賊まがいと判じているのは、彼らの靴が妙に綺麗であったり、ボロを纏っているがちらりと見えるシャツが上等な物であったりと変装にしては雑であったからである。
本物はもっと目の色が暗い。
士官学校の試験には賊討伐などがあったため、リーンフェルトにはその差異が違和感として残ったのも確信を裏打ちしている。
盗賊まがい達はリーンフェルトの名乗りに、明らかな動揺が見て取れる。
「なっなぜ我々のこと…」
「しっ!やめろバレるだろ」
肯定と取れる事を口走ってしまった一人に慌てて別の男がフォローに入るが既に遅い。
「どうやら間違いないみたいですね」
口走ってしまった男をはじめ、数名がばつの悪い顔をしている。
「それで?公爵家の人間が何の用だ?」
「ここの一党を率いている人とお話がしたいのですが」
相手の動揺大きいのが良くわかる。
それでも元貴族というのはこういうところで機転が効かねば生きてはいられない生き物なのだろう。
すぐに装備の良い男が流れを一掃するように大きな声で一言。
「それは出来ない相談だな」
それで王家派の人間達の動揺が鎮静方向に向かった事を肌で感じる。
このままでは押し切られるかもしれないとリーンフェルトもカードを一枚切る。
「今ならばまだそれほど大きな問題にもならないでしょう。私を窓口にして共和国側と交渉していただいても構いませんから王家派を解散してください」
しかし男は毅然とした態度で反論する。
「俺たちはアルガス王家所縁の者達だ。それを滅ぼした組織の人間など信じられるものか!」
「ですがこのままではその一国を滅ぼした戦力がこちらに目を向けるでしょう。そうなってからでは遅いのですよ」
「それでもだ!我々はアルガス王家に恩がある。それに……」
「それに?」
「それに我らには御旗がいらっしゃる」
その続きを促すように聞き返すリーンフェルトに、そう言い切った男の後ろから見覚えのある男が目深に被ったフードを下しながら、指をさして睨みつけた。
「誰かと思えばセラフィスの貧乳暴力女じゃないか?」
「…マルチェロ?」
思わぬ所で出くわしたものだ。
リーンフェルトは平静を装っているが、内心苦虫を噛み潰したような気持ちだった。
「ふん…相変わらずの貧乳と男みたいな恰好。お前も変わらんな」
「そうですか。貴方は随分とスリムになられているじゃありませんか」
「お前らがアルガス王家を滅ぼさねば、今もこんな苦労はしていないだろうよ」
少し身長が伸びたマルチェロの顔は少しやつれて見えたが、相変わらずのねっとりとしたいやらしい目つきの奥に怒りの色が見える。
「どうしてこうセラフィスの女どもは私に楯突くのが好きなのか」
「別に好き好んでそうしているつもりはないのだけど?」
「まあ、姉は正直どうでも良いのだ。どうせ貧乳だしな」
「貴方の判断基準も変わりませんね」
「妹のシャルロットはどうしたのだ?私が迎えに行ってやったのに、身支度をするから明日来て欲しいだなどと言うから待ってやったのに逃げよるしな」
「逃げて正解ですね。あの子が不幸になります。それに……正直マルチェロ、貴方自分が気持ち悪いと思われているの自覚されてますか?」
「ふん…この高貴な私が気持ち悪い訳なかろう?むしろ光栄に思うべきところではないか。これだから貧乳暴力女は」
リーンフェルトは何とか説得出来ないかと試みるが、マルチェロはそれを拒む。
おそらくこの一党とは交渉の余地がないのだろう。
「ならば力ずくで解決するしかないみたいですね」
「おお、怖い怖いこれが貧乳の凶暴さよ。なぜこれが公爵の娘かは本当に解らぬ」
「ええ、もういいです私が甘かったのです。少しでも被害を出さずに事が済めばと思ったのですが無理なようですし……マルチェロ、貴方はここでしっかりと仕留めておかないとゴキブリのようにまた現れそうですから骨も残しません。燃やし尽くしてあげます」
アトロはリーンフェルトの物言いに苦笑しながら手に武器を持った。




