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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
109/192

109 調停者と女王

「我々はこれよりアル・マナクの護衛として女王陛下の下へ向かう!」


 サエス防衛陣地内にいた正規部隊は対応に当たっていた司令官を筆頭にアウグスト達の説得を受け入れ、寧ろ先頭を切って進軍を開始する。

 戦争開始と同時に女王もまた近衛兵を率いて前線まで来ていたのだが、グランヘレネのドラゴンゾンビが確認された段階で防衛陣地を離れ、サエス王国最南端の領地であるアイスフォーゲル領へとその身は避難していたようだ。

 説得を終えて防衛陣地の指揮官からそのような話があり、この一軍は今アイスフォーゲル領へ向かう事となっている。


「既にグランヘレネ陣地はこちらで押さえてありますから戦わなくとも良いですよ。もしも近づくような事があれば、うちの四席が相手する手筈になっているから、間違っても仕掛けないで下さい」


 アウグストが注意とばかりに一言伝えると、防衛陣地の留守を預かる為に残った少数の士官と傭兵達は一様に押し黙っていた。

 やっと戦争が終わるという安堵の顔の者から、後一歩のところで勝利をアル・マナクに掻っ攫われたと思い憎々しい視線を向ける者と様々ではあったが。

 その様子に一瞥して、アウグストとケイはサエス側が用意した馬車に乗り込む。

 二人の姿が見えなくなったと同時に沈黙を破り、傭兵隊長は悪態を吐く。


「また……またアル・マナクなのか! 何度俺様の邪魔をしたら気が済むのだ!」


 マルチェロはその手に火球を宿し、馬車を目掛けて放とうとするがそれを止めた者がいた。


「それくらいにしておきなさい。放ってしまえば、この国からも追われかねませんよ。マルチェロ」


 マルチェロを止めたのはリーンフェルトである。

 先の防衛戦においてサエス陣営にマルチェロがいる事を知っていた事も情報として大きい。

 アル・マナクへの恨みが特に強い彼がそのトップであるアウグストを目の当たりにしたらどうなるかと考えて、マルチェロを監視していたのである。

 驚きのあまりに魔法は不発のまま、火球は霧散するように立ち消える。


「この貧乳お花畑! 貴様も来ていたのか!」


 開口一番にそれかと思うと一つ溜息を吐いて受け流す。

 マルチェロと最後に会った時は確かに、脳内がお花畑と言われても仕方のないくらい周りが見えていない独善的な思いで王家派を説得しようとして失敗した。

 だからこそ、彼の中で依然としてお花畑と呼ばれる事は甘んじるべきとリーンフェルトはその評価を受け入れた。


「確かに以前の私であればそうだったかもしれませんが……今なら多少物は見えてるつもりです。貴方を慕って付いてきた皆さんをここで失うつもりですか?」


 その言葉に苛立たし気に顔を顰めると、リーンフェルトを睨みつけ叫ぶ。


「お前達さえいなければ!」

「そうかもしれません。ですがアル・マナクは現にあるのです。今の貴方は仮想を論じて判断を誤ってはいけない立場……違いますか?」


 馬鹿にしていたリーンフェルトに言い負かされるのが癪だったようで鼻を一つ鳴らすと、低い声で短く答える。


「ふん。お花畑の癖に……ここは引く事にしてやる」

「そうして下さい。こちらも無益な争いなど望んでいませんから」


 リーンフェルトの言葉が届いていたかは分からないが、マルチェロは踵を返して自身の傭兵団へと帰って行った。



 未然に暴動を回避してアル・マナク側へと移動してきたリーンフェルトに、アンリが声を掛けてきた。


「ご苦労だった。彼が王家派の?」

「そうですよ。彼がマルチェロ・ブランガスト・アルガスです」

「全身を焼かれかけたという彼だよね」

「はぁ……あんまりその事を思い出したくないのですが、その彼ですよ」


 マルチェロの話をすればケフェイドにいた者ならば必ずと言っていいほど知っているあの話に、リーンフェルトは深い深い溜息を吐くしかなかった。

 過去の自分がやってしまった事とはいえ、やはり当時を知っている者ならば、王家のやり方に一矢を報いた者、もしくは面白おかしく話が伝わり婚約者である王子に魔法を放った者となっているかは人それぞれなのだろうが、そろそろその話題も上がらなくなって来て欲しいと切に願う彼女である。


「彼は王族にしては随分と痩せて……いや引き締まって見えるな」


 そんな感想を持ったアンリもまた王族の処刑等に立ち会っていたので、アルガス王国の王族と言う物がどのような体型であるかを知っている。


「山賊や傭兵やらで食いつないで来たみたいですから、痩せるのは必然かと思います」

「彼等も苦労をしているのだな」


 しみじみと言うアンリだが、リーンフェルトは彼等に対しては違った考えを持つ。


「貴族として恩恵のある場所でぬくぬくと暮らしていたのです。もう少し王家が他に寛容であればこんな事にはならなかったのかもしれませんけど。そこは自業自得ですから、仕方が無い事です」


 話し込んでふと視線を上げたアンリは防衛陣地で用意された馬車に乗るアウグストと護衛として一緒に乗り込んでいるケイとの距離が離れてしまっている事に気が付いたようだ。


「……おや、大分と馬車が進んでしまっている様だ。我々も遅れずに行こうか」

「そうですね」


 つい立ち止まって話していた二人は少々隊列から遅れ気味になっていた為、慌ててアウグストが乗っている馬車の近辺に警護として就く。


「そう言えば何故アル・マナクが調停役など買って出たのですか?」


 経緯を知らないリーンフェルトにアンリはグランヘレネで起こった事を大まかに話し始めた。


「確かにリンはこちらに居たからな。その事は伝えていなかったか。実はな……土の味ヘリオドールが破壊されたのだ。破壊された現場にアウグストが居たらしいのだが、どうもその実行犯に命を救われたらしいのだ。そしてその場に君の探していた妹、シャルロットと言ったか。彼女もいたぞ」


 それを聞いてリーンフェルトは背筋に氷を差し込まれたような驚きと想像だにしない事実に衝撃を受けた。


 あの二人は教皇の暗殺が任務だと踏んでいたリーンフェルトであったが、事態はそれよりももっと大事になっており、軽く目眩すら覚える。

彼等は自分達が何を仕出かしているか認識しているのだろうか?


 神々の恩恵を断つ。


 これの意味が分からないほど彼等は子供ではない。

 ならばそれがどれほどの人々の犠牲と絶望の上に立っているのか、シャルロットは知っていて与しているのだろうか。


 二人のそれを見れば脅されているという事はないだろう。

 むしろシャルロットの方が懐いている様にさえ見える。

 ならば騙されている線だ。


 これはお人好しの妹が、ジェイドの行いを疑わずに信じてしまっている可能性が否めない。

 しかしだ。

 次に会う時はジェイドの腕を治し、シャルロットと和解し色々な事を話したい。

 そう決めた自分もいる。

 だが彼等は世界を、少なくともグランヘレネという大陸を一つ支配している相手を敵に回している事だろう。

 彼等はこれからグランヘレネで大罪人として生きて行くのだろうか。

 もしそうなるのならば、妹だけでもどれだけ拒まれても救い出そうと心に決めるリーンフェルトであった。

 軍隊に護衛されて大きな問題も無くアイスフォーゲル領アンダインへとたどり着く事が出来た。

 サエスの女王も突然防衛陣地の指揮官自らが一軍を率いて目の前に現れた時には驚いた様子であった。


「何故任務を放棄してここまで一軍を率いて来たのか!」

「そ、それは……」


 指揮官が口ごもるそばから、丸眼鏡の男が女王に話しかけた。


「まぁまぁ怒らないで上げてください。彼は我々をここまで護衛して下さった英雄ですよ」

「ん? そちは何者じゃ? 妾に対して無礼であろう」

「ああ、これは申し訳ない。私はアウグスト・クラトール。アル・マナクという組織の長をしている者でございます」

「アウグストじゃと? そちが妾に何の用じゃ」


 怪訝そうな面持ちの女王に、臆することなくアウグストは要件を述べた。


「まず我々は今回サエスとグランヘレネの戦争を止めるべく調停者として参りました」

「何を要らない事を。あのドラゴンゾンビもリーヴェの化身によって滅びたではないか。我らの勝利は揺るがないのじゃぞ? なぜ調停を受けねばならぬ」

「まずは女王様に一つ朗報をお届けしましょう。貴女の策は成功しました。この意味はお分かりですな」


 少しの間を置いて女王は素知らぬ顔で話の先を促す。


「……ふむ。それで」


「彼にもお話をしましたが、グランヘレネに賠償請求する事は不可能な状態ですよ。とてもではないが貴女の国を復興する程の資金も物資も回収不能です」


 その報告に当てが外れ苛立ち気味の女王は不機嫌そうに言葉を重ねる。


「つまり……何が言いたいのじゃ」

「我々アル・マナクが全面的に復興支援を致します。その表明に参りました……そしてその条件として我々がサエスに要求する事は戦争の停止と両国の和解でございます」


 アウグストの様な大富豪から支援して貰えるならそれに越した事はないのだが、グランヘレネに難のある人物がいる。

この戦争を始めた教皇だ。


「和解などと……あの教皇が首を縦には振るまいよ」

「それについても解決しておりますよ。ですから我らが調停に立っているのです」


 アウグストの回答に全ての回答がある。

 つまりグランヘレネのヘリオドールの破壊と教皇の死である。

 それを読み解いた女王は口の端に笑みを乗せて呟く様に言った。


「そうか……あのジジィは死んだか。それは重畳」


「なればこそ責任を負う者も賠償を払う者も今はおりません。恐らく請求しても無駄となりましょう。戦争とは勝った側に旨味が無ければ損しか産まない物です。どうでしょうか我々の調停を受けてはくれませんか女王陛下」


 アウグストは眼鏡を中指で押し上げながらサエスの女王へと頭を下げたのだった。

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