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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
108/192

108 調停の使者

 それからのコンダクターの慌てぶりは寧ろ異様であった。


「アタイはグランヘレネに帰らなきゃ行けなくなった! 後は適当にやっといて!」


 見事に丸投げるとさっさと翼竜に乗って帰還しようとする。


「こ、コンダクター様! それでは我々に死ねと言っているようなものです!」


 中級士官達から悲鳴が上がると、コンダクターは何故かカインローズの方を向いて言い放った。


「別にアンタらを見捨てようだなんて思っちゃないよ……カイン! こいつらの迎えが来るまでここを守ってくれよ!」


 その場の視線を一身に集めたカインローズはいつものように仕方がないなとばかりに頭をガシガシと掻いて見せると一言。


「おう! 任せておけ」


 そう答えるとアル・マナクの面々の反応は様々だ。



 コンダクターが翼竜に乗って飛び去った後、真っ先に叫んだのは年若いリーンフェルトだ。


「ちょっと待って下さいカインさん! 私達の立場が分かっててそれを言っていますか?」

「ん? ああ……お前がやっていたのと似た様なもんさ。ただちょっと俺は直々にお願いされただけってな」

「そうじゃありません。それはアル・マナクとしてサエスと事を構えるという事なのです。それは現行の方針には無いはずですよ」

「だがよ、頼まれちまったもんは仕方がないだろ?」


 そんな問答に割って入ってきたのはなんとアウグストである。


「まぁまぁ……リン君そんなに熱くならないでも大丈夫ですから」

「で、ですが……」


 大きな声を上げるリーンフェルトに少々困り顔のアウグスト。

 組織のトップからの静止にリーンフェルトもトーンダウンせざるを得ない。


「良いのです。リン君は我々の護衛としてこちらに合流、この足でサエス王都エストリアルまで来てもらいますよ」

「しかしグランヘレネ陣地から向かったのならば、敵だと誤解されませんか?」


 彼の言葉に懸念事項を質問すれば、何が支障なのか分からないと言った風にアウグストは事もなげに答える。


「そこはセプテントリオンが三名もいるのですから、問題ではないでしょう? そもそも私はサエスと戦う気などないのですから戦いになどならないのですよ」

「でしたら……カインさんはどうするのですか?」


 グランヘレネ側の依頼を受けてしまったカインローズについての質問をアウグストにするが、これも大した事ではないと笑う。


「そのままでいいですよ。彼女に頼まれたみたいですし。カイン、君は彼等の撤退が終わったらケフェイドの本部へ帰投してくれたまえ。なんだったら彼女さんも一緒に連れて来てくれても私は構いませんよ?」


 アウグストがカインローズの彼女と言ったのはコンダクターの事だろう。

 しかし彼女と称された事が意外だったらしく、カインローズは否定するがアウグスト、アンリ、ケイの表情は新しい玩具を手に入れた様に輝き、そしてニヤニヤとしている。


「彼女? なんだか勘違いしているみてぇだが、あいつとは呑み友達っていうかだなぁ……」


 これは面倒な事になったとカインローズは顔を顰める。


「あはははは、カインの顔が面白いね」

「これはまた……からかう材料が増えましたね」

「カインさん……本当はお二人で何をしていたのですか?」


 疑いの眼差しを向けるリーンフェルトに耐えられなくなったカインローズが慌てた様に吠える。


「いや待てリン! お前らもすごく誤解しているみてぇだが、そんなんじゃねぞ! お前が指揮権を掌握し易い様な行動を取っていただけだからな!」


 言い訳がましいという表情を浮かべるリーンフェルトの向かいに立つアウグストもノリの良い追撃を加えてくる。


「ははは、カイン、照れなくても良いのですよ。なんならセプテントリオンを辞めてグランヘレネに住みますか?」

「クッ……アウグスト、なんて楽しそうな顔してんだ……」

「いえいえ、部下の幸せというものも組織の長としては配慮しなければ。ね?」

「ね、じゃねぇぞ! 丸眼鏡のオッサンがそんな可愛らしく言ったって何にも響かねぇからな!」

「なにを言っているのだねカイン。私は大体可愛いはずだよ」


 その言に少々驚いたように目を見開いたアンリがアウグストにツッコミを入れる。


「……本気で言っているのかアウグスト?」

「ああ、本気だとも」


 さも当然と自信満々に回答するその姿をケイは腹を抱えて笑い出す。


「あははは、アウグスト流石にそれは無理があるよ。君いくつだっけ? もう五十近いよね? あはははは無理無理無理」

「そうですか? そうですかねぇ?」


 とぼけた表情のままその質問をカインローズへと向けたアウグストはクイッと眼鏡を中指で直して見せる。

 一通りからかわれ続けたカインローズは溜息をドッと吐き出すと、その表情はそこらに転がるアンデッド兵が如く疲れ果てていた。


「だぁ……すっげぇ疲れた……とにかくだ。アウグストに任せておけば戦闘にならんのだろ? なら俺がここに居ても戦闘にならん。つまりただの留守番だ。問題ねぇだろ」

「ふむ……アウグストそろそろ冗談はもういいでしょう」


 いい加減話を進めようと真面目なアンリがそうアウグストに話をすると、彼はまだカインローズを弄りたい様子である。


「もう止めてしまうのかい? カインが弱っている事なんてそうあるものではないよ?」

「あはははは、リンもそろそろ冷たい視線を解除してあげてよ。大体女性に奥手のカインがあったその日とか絶対にないし、そう簡単に手なんて出さないから」

「……言われてみれば確かにそうかもしれませんが」

「リンもまだまだだね。僕ほどのカインマスターならこれくらい余裕だよ」

「ケイさん……私は別にカインさんマスターになりたい訳ではないですし」

「そう? リンなら素質あると思うけどね」


 そう言ってケイは実に楽しそうに笑う。




 アル・マナクの掛け合い漫才を見ていた中級士官三人組がどう思ったかはさておきとして、方針は示された。

 カインローズをグランヘレネ陣地へ残し、アウグスト、アンリ、ケイ、そしてリーンフェルトの四人は翌朝サエス陣地へと向かう事になったのだった。






 翌朝、その後ろ姿を陣地の入り口から見送ったのはカインローズと中級士官トリオであった。

 徐々に後姿が小さくなっていく中、士官トリオが心配そうな声を上げる。


「四人だけで大丈夫なんですか? 臨時司令殿」

「そうですよ、元臨時司令殿も確かに魔法の腕は素晴らしいですが、相手は軍隊なんですよ! とても心配ですよ……」

「行った先で殺されてしまう事だって考えられるだろうに……本当に良かったんですか臨時司令官殿」

「まぁまぁお前ら落ち着け。そもそもアル・マナクは中立な立場なんだ。そこに逆に攻撃してみろ……新たな敵を作る事に他ならんし、復興の為にはオリクトだって大量に必要だろ? あれを扱ってるのはうちだけなんだ。供給が止まる事がどれほど国内に影響があるか想像できるか? 恐らく相当不便だろうぜ」


 そう言って笑って見せるカインローズはさっさと陣地へと戻って行くのだった。




 一方、四人しかも徒歩でのサエス陣地訪問はその日の夕方少し前くらいの時間となる。


「待て! 貴様等はグランヘレネの陣地の方から来たように見えるが?」


 早速呼び止められるアル・マナクの面々からアンリが一歩前に進み出て声を張り上げる。


「我々はアル・マナクの者だ。今回のグランヘレネとサエスの戦争の調停に来たのだ」

「調停だと? 何を言っている! こっちは女神様の加護で大勝、後はグランヘレネの気色悪いアンデッド共を始末すればサエスの勝利で終わるではないか!」


 一応中立を謳うアル・マナクには手を出す事は出来ず、サエス防衛陣地からは指揮官が出て来て対応中だ。


「その様な勝ちに何の意味が有ると言うのだね?」

「戦争に勝てばグランヘレネに出された被害の賠償を請求する事も出来るだろう。その賠償金を以てサエス国内を立て直す資金が稼げれば我々は英雄になれるだろう」

「英雄ですか……ふむ、歴史の教科書に名を残したいのかね?」

「武人としてはな」

「ですが……いずれ忘れ去られる功績となりますよ。それは」

「どういう意味だ」


 アンリが指揮官を動揺させた所を見計らいアウグストが説明を始める。


「それはですね……我々アル・マナクが調停に入る事によって復興に掛かるオリクトをほぼタダ同然に支援しようと思っているからですよ。それを君に一存で追い返したとあれば……後世に名を残すどころか愚か者と指を指され笑われながら一生を終えるくらいの不名誉は追う事を覚悟してくださいね。そして耳寄りな情報を君に教えてあげましょう。今のグランヘレネからは君が想定しうる賠償金とやらは支払われない。なぜならば君達の女王の一手が実に有効に働いているからだ」

「な、なんだと……それに女王様が仕掛けた一手なんて私は聞いていないぞ」

「それはそうでしょう。恐らく女王陛下が直々に下されたのでしょうからね。彼の功績に比べれば君の功績は霞んで消し飛んでしまうだろう。そうなれば君が名を残す余地などどこにもなくなってしまうよ。君は良く任務を全うした。しかしそれは運の悪い事に評価されずに終わる事がほぼ確定している」


 サエスの指揮官は苦戦しながらもグランヘレネのアンデッド達の猛攻を毎夜戦い抜いてきたのだ。

 多くの同僚や部下を失いながらも突破されてはならないこの場所を不動にして守ったのだ、それでも目の前の男アウグストはほぼ評価されない戦功と言いきる。

 愛国心から防衛の任務に就いてはいたが、あの悪夢の日々の代償に対する対価を感謝状と勲章一つで終わらせるつもりなのかと聞かれればノーである。

 アウグストと話している内に欲が芽生えてきたサエスの指揮官は思考し始める。

 しかしそれほど政治的な駆け引きを得意としない指揮官は口をついて漏らしてしまう。


「ならばどうしたら良いのだ……」


 その瞬間をアウグストもアンリも逃すはずはなかった。

 この問答の終着点が見えたとばかりに徐に切り出す。


「では、仮に君が我々をエストリアルまで護衛して女王謁見までの手筈を整えてくれたとしましょう。それこそ救国の英雄として名を残し後世まで君の判断が正しかった事を国民が感謝し、君の子孫は後ろ指も刺されずに尊敬の眼差しを向けられた輝かしい人生を送る事でしょう。さてどうします、愚者となるか英雄になるかの二択ですよ……君は実に運が良い」


 そう言ってニコリと営業スマイルをその顔に張り付かせる。

 暫く唸るような声を上げていた指揮官は、力無く頷いて見せたのだった。

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