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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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104 炎熱の貴公子

 サエス防衛陣地では傭兵隊長の男がサエス側の指揮官に詰め寄っている。


「俺様は飛行できる偵察部隊がいるとは報告を受けてないぞ」

「我々もその情報は把握していなかったのだ。仕方が無かろう!」

「まぁいい、次からはそんな事がない様にしてくれ。俺様の部下は誰もが火の魔法の使い手だ。この戦いでのその意味をしっかりと頭に叩き込んでおけ!」

「うぬぬぬ……」


 部下を危険に晒してしまった事が余程腹立たしかったのだろう。

 傭兵隊長である彼の機嫌はかなり悪い。


 機嫌が悪い理由は他にもある。

 ここ最近の傭兵生活で随分と体が引き締まってきたその男、炎熱のガーネットという傭兵団を率いている彼は腹回りの肉が気になっていた。

 腹回りのふくよかな肉こそ富の象徴である。

 だが今の彼の腹回りは以前のそれと比べるとやや引き締まっていると言える。


「全く、ひもじい民の様に腹回りがなだらかではないか……」


 本人の悩みとは反比例して体捌きや剣術の腕、魔法の制御などの技術が確実に上がってきている事にその男、炎熱のマルチェロは戸惑いを感じていた。

 確かに公爵などは実にスマートな体型であったが、奴の家は貧乏だったからだ。

 そう納得させて部下に向き直る。


「この戦いで稼げるだけ稼いでいこうじゃないか! 俺達はもうケフェイドに未練はない。新天地で新たな王国を作るのにも資金がいる。俺様に力を貸してくれ!」


 そう鼓舞して見せると部下の傭兵達は気さくに笑い返した。


「何言ってるんですか! 皆貴方を信じてここまで付いて来てるんですから、任せてくださいよ!」


 その返事が気恥かしかったのか、マルチェロはそっぽを向いて声を荒げる。


「ふん! 勝手にしろ!」

「はいはい、皆勝手についていきますよ」


 そういって傭兵団に笑いが溢れる。


 マルチェロ・ブランガスト・アルガスは何の因果かサエス防衛戦に参加する事になる。

 空から偵察し指揮をしていたのが因縁の相手、脳味噌お花畑のリーンフェルトである事には気付かなかったようである。


「あの空にいる奴が厄介だな。あれをなんとかしない事にはこちらの戦法が通じないぞ」


 それに返事を返したのは元護衛、現在副官の職にある魔導師だ。

 彼ともかなり長い付き合いであるし、それなりに優秀である事をマルチェロは知っているし、信頼もしている。


「ここは一つオリクトを使って空でも飛んでみますか」


 恐らく冗談の類であるこのセリフに以外にも食いついたのはマルチェロである。


「確かにあれを使えば一時的に空は飛ぶ事が可能か……」


 自分達を貶めたオリクトに縋るのは、心情的にもストレスだ。

 だがしかしここで活躍し、サエスからある程度纏まった資金を調達出来れば、どこか小さな島でも買ってそこに自分の国を作ろうと考えていたマルチェロにとっては天啓以外の何物でもなかった。


「その作戦乗ったぞ! 団にある風のオリクトをありったけ持って来い。俺様があの上空にいた魔導師を仕留めてくる!」

「そ、そんな大将がそのような事、危険です!」

「だが、それ以外にあの空にいる魔導師にどうやって対抗するんだ?」

「それはまた皆で考えれば代案も出るでしょう」

「いいや出ないな。この戦場で恐らく一番強い俺様が行くのがどの面から見ても有効だろ」


 伊達に帝王学を学んできた訳ではないマルチェロは、意外にもそういう決断をすると行動が早い。

 副官の魔導師は溜息を一つ吐いて辞去し、マルチェロの為に風のオリクトを集め始めたのだった。





 グランヘレネの陣地はといえば臨時とはいえ指揮官となってしまったリーンフェルトが何故かコンダクターが溜めていた書類まで片付けねばならなくなっており、机に向かってぼやいていた。


「絶対に割に合わない仕事ね……これ。もうこんな陣地見捨ててグランヘレネに帰還しようかしら……」


 机の前にはあの三人の中級士官達が立っており、とにかくリーンフェルトに仕事をしてもらおうと必死である。


「こんな書類仕事、貴方達でも出来るでしょ?」

「いえ……これは本当に上級士官以上が決済しなければならないもので私などではとても……」

「なんなら戦地任官しても良いんですよ。私の裁量で許される範囲でならば」

「いえ……我々は昇進するだけの結果を残しておりません。それに別に上級士官達が死んでその席が空いたわけでもありませんし……」

「なら、何人か私がこっそり消してきてあげますから、それでいいですか?」

「そ、そんな! 落ち着いてください!」

「私は至って冷静ですけど?」

「駄目ですってリーンフェルト司令殿」

「ちゃんと臨時とつけてください! コンダクターさんが復活したら私はさっさとグランヘレネに帰りますからね!」



 大分ストレスが溜まっているのだろう。

 リーンフェルトの言動が少々物騒であるが、カインローズがダウンしている今誰一人としてリーンフェルトを諌める者がいない状態である。

 しかし、昔取った杵柄だろうかグランヘレネ軍の運営はリーンフェルトに変わってからかなり物資の消費を抑えつつも快適な陣地生活となっている為、兵士達からは概ね好評である。

 だからこそ、今ここでリーンフェルトに逃げられる訳には行かない彼等中級士官三人衆は、この陣地にいるグランヘレネの兵士達の命運を


 任されているとも言える。

 尤も口でいろいろと文句を言うものの、書類仕事を迅速に上げるリーンフェルトの事務処理能力には見習う所が多くあると思ったのだろう


 彼等は時折メモを取りながらその仕事ぶりを観察するのであった。


 陣地が俄かに騒がしくなって来ている事に気が付いたリーンフェルトは彼等に問いかける。


「何やら外の様子が騒がしいようですが?」

「どうも再びサエスの傭兵部隊が火を放っては逃げてと繰り返しており、本陣から人手を出して鎮火に当たっているようです」

「クッ……なぜそれを早く言わないのですか。この陣地にいる者全て土魔法くらいしか真面に使えないじゃないですか。それでは消化活動も遅れて、我々の物資なども焼き払われてしまいますよ。私が鎮火して来ます」

「そんな! 司令が矢面に立つ事など危険ですよ!」

「ならば火を消す方法を持ってる者は三人の中にいるのですか?」

「いえ……それはその……」


 言いよどむ三人衆を一気に畳み掛ける。


「と言う訳で私が行くしかないみたいですね」


 そう言って机から立ち上がると三人衆から書類が進まなくなった事へのため息が漏れた。

 さてリーンフェルトが本営のテントから出て来ると確かに陣地の外側に待機していたアンデッドの一角が燃やされている事を確認できた。


「性懲りもなく仕掛けてきましたか……」


 リーンフェルトの見立てではグランヘレネではありえない単体で飛行する魔法使いに警戒心を持ってくれれば良かったのだ。

 しかしそれもあまり効果が無かったようだ。

 では今回の襲撃はどこから行われたのかと言えば、上空に明らかな影を見つける。

 恐らくあれが犯人であろう。


 つまり飛行するグランヘレネの兵士を潰しに来たのである。

 わざわざ日中にそれを仕掛けてくるあたり、少数だが残っているドラゴンゾンビ部隊を警戒しての事だと推測される。

 ここは挑発に乗るべきか、それとも耐え凌ぐ局面であるかどうかを瞬時に判断する。

 結果は明確だ。


「あの上空から戦力を削ってくる魔導師を叩きます」


 そう言ってリーンフェルトはローブの帽子を目深に被り、シャハルに阻害認識をの魔法を掛けてもらう。

 これで準備は万端とリーンフェルトは上空の影に向かって飛翔する。


「はっはっは俺様の作戦に引っかかったな!」


 上空の影まで上がりその影を確認してリーンフェルトは目を見開く。

 それはどことなくあの憎いマルチェロに雰囲気の似た青年である。

 例えて言うならばダイエットに成功したマルチェロであろうか。

 そんな事を考えていたら目の前の男は高笑いをしながら名乗りを上げた。


「炎熱の貴公子マルチェロとは俺様の事だ! どこのどいつだが知らないが俺様に倒されるがいい!」


 ビシッっと指を刺しながらそう言い放つ彼にリーンフェルトは動揺していた。

 なぜマルチェロがこんな所にいるのか、確かにサエスで見かけたには見かけたが、こんな大陸南端の方まで来ていたとは驚きである。

 さらに先程の名乗りは二つ名が着いていた。

 勿論自称という事もあるが、彼は炎熱という二つ名を認められて名乗っているのだろう。

 自称では彼のプライドが許さないはずである。


「……マルチェロ……」

「ああん? 俺様の名前には様をつけろ!」


 どうやら性格までは変わっていないらしい事に、妙な安心感を感じつつリーンフェルトは戦闘態勢に入る。


「ん……? その構え。お前ケフェイドかどこかの出身じゃないか?」


 いつものように姿勢を構えたリーンフェルトを揺さぶるようにマルチェロはそれを指摘してくる。

 マルチェロらしからぬ勘の良さに驚きつつもリーンフェルトは量の肩から力を抜いてダラリと降ろした。


「なんのつもりだか知らないが、この勝負貰った! 炎熱の二つ名が由来のこの技を受けてみろ!」


 流れるような動作で両手を前方で交差させて、練り上げた魔力を解き放つ。

 右手は横薙ぎに払い除ける様に、左手は下段から上段に向かって救い上げるような動作で魔法を発動させれば、普通の魔導師であれば防ぐのすら困難なほど死角のない熱と炎がリーンフェルトに襲い掛かる。

 この熱ならば呪文を詠唱するタイプの魔術師は喉を焼かれてしまい、手も足も出ないだろう。

 セプテントリオンクラスは最低でも無詠唱必須と言える。

 そもそも魔法のイメージさえしっかりしていれば、詠唱による補強は要らないのである。

 故に呪文を唱えるレベルの魔術師は三流扱いなのだ。

 詠唱時の隙が生じるならば、詠唱は魔導師として克服しておくべき課題であろう。



 必殺技と本人が呼ぶあたりかなりの自信があったのだろう事は窺える。

 そして魔法の腕もなんだか上がっている事に驚きつつも、リーンフェルトもまた左手に展開した吸収の力で持って一瞬にしてマルチェロの

 魔法を吸収、そして一連の動作に乗せて魔法の吐き出しを開始する。


「俺様の炎がっ!?」


 驚くのは無理もない。

 カウンター気味に繰り出されたそれをマルチェロが躱し切った事にも正直驚くリーンフェルトに彼は口を開く。


「自分の技が返された時の事くらい想定しておけとはよく言った物だ。危うく自分の魔法で黒焦げになる所だったぜ。お前中々良い腕してるじゃないか。俺様の部下にならないか?」


 突然懐柔を始めるマルチェロに無言のままリーンフェルトは左右に首を振る。


「だよな。そうだと思っていたぜ!」


 律儀に返事をしたのもつかの間、マルチェロは懐に仕込ませていた風のオリクトを投げ放つ。

 恐らくBランク程度の風の魔力が解放されて一瞬リーンフェルトは体制を崩してしまう。


「敵に隙を見せるのは三流のやる事だぜ!」


 その弁に少々苛立ちを覚えたリーンフェルトは思わず言い返す。


「やってる事がしょぼいのは三流に入らないのですか?」

「しょぼいとはなんだ! 俺様は自分の国を作る為に目下努力中の身であるぞ! っというかお前は女だったのだな。胸もまっ平らだから全く気が付かなかったぞ!」


 流石と言わんばかりに地雷を踏み抜くマルチェロにリーンフェルトは彼の必殺技を上回る炎を生み出すと思いっきりぶちかます。


「そういう発言は女の敵なのです。滅びなさい!」


 憐れマルチェロは直撃こそ躱す事に成功したが、いくつか身に着けていたオリクトのコントロールを失い失速してゆく。


「ふん、今回はここまでのようだな」

「もう二度と現れないでください」

「それは保証しかねる」

「では次は確実に仕留めますので」

「ふん、覚えておけ! 炎熱のマルチェロは不死鳥のごとく蘇っていつの日かお前を倒す!」

「はいはい。もう二度と現れないでください」


 さらにいくつかのオリクトをピンポイントで破壊したリーンフェルトは地に落ちていく彼を見ながら、きっとこの程度じゃ死なないのだろうなと思いながら陣地へと帰還するのであった。


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