101 制御
さて地鳴りは一向に収まる気配は無く、その揺れを更に激しい物へと変えている。
これをグランヘレネの民達は後になんと語るのだろう。
確実に歴史の一ページを飾る事は間違いない。
今回の事はなるべく多くメモしておこう。
いつか書くかもしれない自伝書の一幕を飾るのに、なかなか派手なイベントとして良いかもしれない
などとアウグストが考えている内に魔法使いの彼の魔法が発動する。
火の魔力を高密度に練り込んだ赤い閃光が天井に向かって放たれると落ちてくる瓦礫共々一掃し、貫いた果てには夜空が見える。
そして続けざまに発動した風の魔法が脱出する事になった四名を包み込むと一気に屋根まで飛翔する。
相変わらず腰が抜けたままで下半身に力が入らないのだが、その辺りは配慮してくれているようだ。
屋根に出たあたりで何とか自分で立つ事が出来る様になったのは幸いであった。
どうやら一時的な物だったらしく若干の痛みこそあれど歩けない程ではないくらいにはなんとかなりそうだ。
さて魔法使いの彼はといえば脱出用に巨大なきのこを召喚して見せる。
(はて……なぜキノコなのでしょうねぇ……)
アウグストの脳裏にそんな疑問が出ているのを余所に彼は、きのこの傘に風のオリクトを仕込んでいく。
これは取引成立という事で渡しておいた物であり、出所はアウグストの物だ。
実にAランク相当且つ改良型の高品質を三つ。
これだけあれば恐らく土地を買い、家を建てたついでに数年くらいは優に遊んで暮らせるくらいの額にはなるはずだ。
何せ未だ世に出回っていない高級品である。
今後改良版とそうではない物とで価格が大きく変わって来る事だろう。
グランヘレネの台座から入手する事の出来たこの技術はオリクトをより高みへと導いてくれるだろう。
脱出の為にこの茶色の奇妙なキノコへと乗り移ると、一切揺れを感じない空間、空へと羽ばたく。
いや、きのこなのだから羽ばたくというのは間違いであり、浮いているというのがその実だ。
尤も四人ものシュルクが乗りながらも余裕のある巨大なキノコが空に浮かんでいるというのはシュールな光景に違いない。
キノコから見下ろしたグランヘレネの大聖堂は見るも無残な姿を晒している。
「あぁ……俺んち…………」
教皇の護衛だった男、確か名をペインレスとか言った気がする。
彼は教皇との交渉の際にも護衛として常に付き従っていた。
ケイやアンリが同席すれば好戦的な目つきで彼等を見ていたので、どうにもその印象が強い。
その為彼が大聖堂を自身の家だと表現した事に見た目と不相応な子供の様な事を言うのだなと感じていた。
今はリーンフェルトの妹であるシャルロットと思しき少女が上体を支えて体を起こした所だ。
「……別に良いだろ、今後またあそこに住む訳でもあるまいし」
魔法使いの彼はその呟きに応える様にそう漏らす。
確かに荘厳な佇まいだった大聖堂が今や瓦礫の山である。
地鳴りと激しい揺れだけがあれを壊したかと言えば、一概にそうとは言えない。
大聖堂のほぼど真ん中を脱出の為と風穴を開けた事により、建物としても強度が格段に下がった事も崩壊を招いた原因の一つと見るべきだろう。
礼拝堂にあったステンドグラスなどは当の昔に砕け散り、粉微塵と化している。
下界である所の大地では未だ揺れが収まらず月明かりに照らされてぼんやりと白く浮かぶ街並みは、徐々に激しさを増す大地の怒りに耐え切れずて倒壊を始めている。
逃げ惑うグランヘレネの人々は上空を気に出来る程の余裕はない。
ペインレスと呼ばれていた男は惨状を目の当たりにしながら、どこか壊れてしまった現実を受け入れようとしている節が感じられる。
「そうだけど……荷物……まあいっか…………生きてるだけで丸儲け、ってな……」
そう漏らした後、続けざまにポツリと言葉が零れる。
「……メディシン、大丈夫かな」
どうも誰かの安否を気にしている様である。
アウグストの記憶が確かであればメディシンと呼ばれていた少女もまた教皇の護衛の一人だった筈だ。
しかし護衛と呼ぶには少々奇抜な姿をしており、またそれほど戦闘能力が高いようには思えなかった。
差し当たって救護専門と言ったところだろうか。
そんな彼女の名前が出た事に魔法使いの彼は反応する。
「メディシンって……」
「んあ? あー……ダチ、みたいな? 儀式受けた成功仲間的な奴」
「どんな奴だ?」
この会話から察するにペインレスと呼ばれた男もメディシンと呼ばれた少女も儀式を受けた特別な人物なのだろう事が伺える。
妙にメディシンという名前に食いつく魔法使いの彼を実に訝しげな表情のペインレスが彼女について答える。
「はぁ……? どんなって……いっつもフリフリな服着ててー、鳥っぽいマスク付けててぇー……」
「鳥……!?」
「鳥のマスクって……」
シャルロットと魔法使いの彼が驚きの声を上げお互いの目見やるのを見ていたペインレスはその反応に対して口を開く。
「え、何……お前らメディシンに逢った事あんの?」
「その娘が“medicine”なんだな!?」
「そーだっつってんじゃん……」
アウグストから彼に差し出したオリクトは各属性を三個ずつである。
既にキノコの浮上用に風のオリクトは使用されているが、光属性の物の一つはペインレスの回復へと充てられていた。
これによって血塗れだった彼自身の出血は止まり、傷も徐々に回復しているようである。
しかしシャルロットに体を支えられている辺り、未だ本調子とは言えないようなのだがそんな彼の両肩を掴み興奮気味に揺さぶっている魔法使いの彼は一体彼の事を生かしたいのか、殺したいのか。
ともあれ彼が落ちついた頃にはペインレスは少々ぐったりとしていた。
そして落ち着いたかと思えば、突然こんな事を言い始める。
「…………ちょっと下に降りてくる」
「えっ!?」
驚いたシャルロットが素っ頓狂な声を上げて驚く。
地上ははっきりと言って地獄の様である。
そこにわざわざ降り立とうと言うのだ。
普通ならばそんな選択はしないだろうが、彼は少女を諭すように答える。
「元々一つ用事があるから、君達を安全地帯に連れて行ったら俺だけ大聖堂に戻るつもりだったんだ。ついでにメディシンも連れてくる、それだけだよ」
「危険過ぎます! 今からどうなるかなんて分からないんですよ!?」
「ああ、そうだ。下に降りるついでに聞きたいんだけど……アウグスト。君の部下はあの建物の中にはいないのか? 何なら探して来てやらなくもない」
突然話を振られたアウグストは少々動揺したものの簡素に返事をする。
「護衛はグランヘレネの方々について来てもらいましたから、私の連れ達はいないですよ。お気遣いありがとう」
アンリは実家へ、ケイは恐らく任務を放棄してサボっているに違いない。
カインローズとリーンフェルトはサエスに攻め込んだグランヘレネの部隊と合流を果たしているだろう。
一見ケイよりもカインローズの方が任務に対していい加減なように思われがちだが、どちらかと言えばケイの方が任務に対する意識は低い。
戦闘に対する興味を抑える第三者がいなければ、自身の強さを求めて任務を放り出す傾向がある。
ただ今回彼に指示したのはあくまでもドーナツを買って来る事である。
彼の中でドーナツと筋トレが天秤に掛けた時どちらにそれが傾くかなど想定の範疇内であるので、今更咎める気もない。
魔法使いの彼が返事に頷く。
「それじゃ悪いが……二人共、スヴィアを頼むな」
そう言い残して空飛ぶきのこから飛び降りて行ってしまう。
(このきのこの制御はどうなるのでしょうねぇ……?)
置かれた状況に一抹の不安を感じながらも、とりあえず頼まれた事を行おうとアウグストは風のオリクトの制御を行う事した。
どうにも残された彼等に精密な魔力管理が出来ないように思えて仕方が無かったである。
そもそも魔法を使って居る所を見ていない。
見ていたのであればどの程度の物かも判別が付くと言う物だが、生憎とシャルロットが肉弾戦を得意とするタイプである事くらいしか情報が無い。
それにオリクトの事であれば、自身が第一人者である。
これに関してはこの世界の誰よりもその扱いには長けているだろう。
アウグストは若干放出量の多かったオリクトの魔力を絶妙な出力に調整すると一つ大きな溜息をついたのだった。