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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
100/192

100 脱出への道筋

 蟠りもすっかり消えて和気藹々とする彼等に声を掛けるのは躊躇われた。


 しかし今声を掛けなければ自身の命が危ないのも事実である。

 男性二人でじゃれ合っている様は、幼馴染のそれと例えれば説明がつくだろうか。

 ともあれ揺れが徐々に酷くなってきているのは事実で、今も入口付近の天井が剥がれ落ちて大きな音を立てている。

 近くにいたグランヘレネの兵士達が数名巻き込まれて瓦礫の下敷きとなる。

 本当に時間は残されてはいない様だ。


 部下達が瓦礫の下敷きになってしまったグランヘレネの男が叫ぶ。


「オイオイ、ヤベーぞジェイド! 早く助けろ!」

「分かってるよ全く……友人遣いが荒いな」


 蘇った男の方が急かされる様に魔法を発動させようと魔法陣を展開し始める。


 恐らく今この瞬間に声を掛けなければ確実に取り残されるだろう。

 アウグストはいつもよりやや大きめの声で彼等に話しかけた。


「ああ君達、ちょっと待ってくれると嬉しいのだが」


 魔法の展開を始めていた男が声を掛けられた事に驚いたようである。


 彼と視線が交わる。

 アウグストはいかにも困っていますと言わんばかりの表情を作って話始める。


「ははは、ご覧の通り腰が抜けてしまってね。脱出するのなら私も連れて行っては貰えないだろうか?」


 さてこちらの要件は伝える事が出来た。

 人道的な精神の持ち主であるならば、人助けも吝かではないだろう。

 腰が抜けたのはわざわざ教皇が研究の為にと設置してくれた机の傍であった。

 どうやらそれが物陰となっていたようで、アウグストはようやく認知されるに至る。

 こちらの要件に彼は固い声色でアウグストに返事をする。


「……君はグランヘレネの者だろう? 悪いがこの場にいるグランヘレネの民は、スヴィア以外は置き去りにするつもりだ。自分の力で何とか脱出してくれ」


 突き放すような返答に、今度はグランヘレネの男が割って入る。


「ジェイド、違うぞ……この人は……」


 なかなか彼がアウグストの名前を思い出せないようで、言いかけて沈黙してしまう。

 ただでさえ時間がないのに何をやっているのだろうか。

 彼が思い出すまで待つ事は出来るのかもしれないが、今はそんな悠長な事を言ってはいられない。

 それに魔法陣を展開していた男の方はどうやらアウグストがグランヘレネの人間であると勘違いしている様である。


 ならば自己紹介は必要な事だろう。


 そう完結するや否やアウグストは、少しでも助けてもらえる確率を上げるように自己紹介を始めた。


「私の名前はアウグストと言う。自身は研究者だよ。一応、アル・マナクという組織の総帥などという大層な肩書きも持っているがあまり気にしないでくれたまえ」

「アル・マナクの……」


 彼は改めてアウグストに目を向ける。

 どうやら誤解が解けて、興味を持たれたようだ。

 これで多少交渉の余地も出てくるだろう。

 もう一つここで駄目押しの一言を付け加えるのも忘れない。


「オリクトの開発者の方が分かりやすかったかね?」


 魔法陣の彼はどうやらアウグストがどういう人物であるかを認識した様である。

 その脇にいた少女もまたポツリと彼の身分に対する感想を呟く。


「お姉ちゃんの……上司さん……」


 それを聞いたアウグストは少女がリーンフェルトの妹であるシャルロットであると確信する。

 これは良い交渉材料がと内心思いながらアウグストは話を進めるべく口を開く。


「私の命が掛かっているからね。出し惜しみはしない。言い値で取引しようじゃないか」


 そう言ってしまえば対価を要求する事が出来る。

 対価の無い仕事など誰が引き受けてくれるものだろうか。

 勿論善意という言葉も世の中には存在するが、先の彼の言葉からそれは感じられなかった。

 ならば対価があれば動くのではないかという推測である。

 大概であれば対価という報酬を得る為に人は動くものだ。

 助けて欲しいと泣いて頼むより、余程確実性が上がるという物だ。


 そういう意味では交渉上手であるアウグストの方がこの場では誰よりも上であったのかもしれない。


「…………取引……」


 そう呟くと彼は暫し考え込む。

 正直な所現金というのが実は一番アウグストにとって最良の回答である。

 それはオリクトを作り続ける限り無限に近い収益を上げる事が出来るからである。

 次点でオリクトでの支払いだろう。

 何せ製作者であるから最高ランクのオリクトを用意しろと言われても対応出来てしまう。

 それ以外の事は逆に彼にとってメリットと成り得る事柄が想定されるが、そこは条件を聞いてからだろう。

 何にしてもここでの救出を拒む事なく、考え込む程には生存率が上がっている筈である。


 程なくして彼の口からその条件は語られる。


「……言い値と言うのなら、いくつか頼みがある」

「何だろうか?」

「まず、オリクトの開発者と言うのなら今もいくつか持ってるんだろう? 俺はもうかなり魔力を使ってしまったので、脱出するのにも少々不安定だと思う。安定させるのに使いたいので、これは必要経費と思って譲って欲しい。後は、サエス王国とグランヘレネ皇国への復興支援を。マディナムント帝国すら上回るような支援をしてやってくれ。それと…………」


 彼の表情が少し変わった様に思える。

 成程、これからが本題という事なのだろう。

 意を決したように、いや捲し立てるように一気にその条件を言い放つ。


「……君は、リーンフェルトの上司なんだろう? 君の権限なり資金なり何でも良いから使えるものを全部使って、彼女をもう少しお淑やかに……大人しく、優しく、女性らしく! ……………………してやってはくれないだろうか」


 何かと思えば感想に困る条件である。

 サエスとグランヘレネの支援、これについてはオリクトの版図を広げる為という名目もあるが国に対して恩を売りつけることが出来る。

 両国ともにオリクトの需要は高いと言える。

 正直黙っていても商売が成り立つのだが、成程支援か。

 この条件は呑む事は可能だろう。

 しかしもう一つの条件はどうだろうか。

 先の条件とは打って変わって少々難題である。

 アル・マナクの戦闘部隊でもあるセプテントリオンに属する者を如何にしてお淑やかに大人しく、優しく、女性らしくしたものか。

 差し当たってこんなおかしな条件を言うだけの何かが彼等の間で有ったのだろう。


「うん? 君はリン君の知り合いか何かかね?」

「そんなところだ」


 成程、彼もまたリーンフェルトの関係者であるらしい。

 脇に控えた少女は彼女と妹となると、何となくだが彼等の関係性が上手くいっていない事が読み取れる。


(妹との交際を反対されたのでしょうかね、彼は)


 などと思いつつ、想定していた条件よりも各段に容易である事に安堵する。


(流石の私でも出来ない事がありますからね……)


 確信を付いて質問するのは、彼の機嫌を損ねかねない。

 それにアウグスト自身はリーンフェルトについて、女性らしいと形容できる部分は多々ある為どうしてそんな条件になったのかが分からない。


「女性として美しい容姿だと思うのですが、それではいけませんか?」


 面食いという訳ではないが、容姿が良い方がいいとアウグストは考える。

 少なくともリーンフェルトの容姿は誰に聞いても十中八九美しいという回答を得られるだろう。


 しかし彼は嘆くように大きく息を吐く。

 彼のタイプは容姿よりも内面重視……という事なのだろう。

 それで納得しようとしていたのだが、彼は饒舌に訴えかけて来る。


「見た目は整ってるが中身が釣り合ってない。……まあ、彼女を怒らせてしまったのは俺だけれど。怒ったからと言って一方的に攻撃してくるのは魔物でも出来る。アル・マナクの沽券に関わるのでは?」


 指摘を受ければ確かに組織としては少々外聞が悪い気もする。


 それに彼の言葉を聞く限り、リーンフェルトとの間に何かがあった事を察した。

 内容については後で調べるとして、今は話を進めなければならない。

 地鳴りは耳が痛いほど大きくなってきているし、天井から降ってくる塵もその頻度を増している。

 

「ふむ、分かりました。彼女には花嫁修業をしてもらう、と。それで宜しいかな?」


 アウグスト自身、自分の口で言って置きながら何とも滑稽な気分になるのは仕方のない事だ。

 何せ自分の命と部下の花嫁修業を同列に扱われているのだから当然である。

 しかし逆を言えばその程度で助けて貰えるのだから安い物だ。

 何よりも今はこの場を安全に脱出できる事こそが最重要である。


「花嫁……まあ、嫁に行けるかどうかは置いといてそれで大人しくなるならそれでいいよ。…………それじゃ、条件は飲んでくれるんだよな? 先程挙げた条件総て合わせても君の命はそれ以上の価値がある。大特価の安い買い物だと思って黙って飲んでくれると有難いのだが」


 どうやらここで死なずに済みそうな感じがしてアウグストは安心する。


「この程度で命が助かるなら安いものですよ。私はまだまだ研究したいですからね」


 そういいながら彼と握手を交わす。

 これで交渉は成立だ。


 まだ安心は出来ないが、それでも助けてくれるというのだから何とかなりそうな事に安堵して脱出という思考を手放す。


 空いた思考の隙間を埋めるようにもう一度あたりを見回せばそこらかしこに死体が転がり、生き残っている者などほとんどいない惨状だ。

 視界の隅に入ったヘリオドールの台座も出来れば助けて欲しい所だが、そんな余裕はないだろう。

 台座が失われる事に後ろ髪を引かれる思いではあるが、今はどうする事も出来ない。


 内容自体は既に転記済みであるからそこについては問題はないのだが、出来る事ならばグランヘレネの復興作業にかこつけて台座の救出を図って見ようと考えるアウグストであった。

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