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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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1 その少女、狂暴につき

 北大陸ケフェイドにある旧王都アルガニウム。

 この地を支配していたアルガス王家が滅んだのは、今から二年ほど前になる。


 王国より追われていたアウグスト・クラトールを護衛する為に、結成されたアル・マナクという私設部隊が王国軍を返り討ちにした事から王家の圧政に苦しんでいた地方貴族が加わり、瞬く間に大陸は内戦に突 入していった。

 後に歴史の教科書に載るアウグスト・クラトールと組織アル・マナクが表舞台に出てきた瞬間である。


 彼らはいつしか解放軍と一括りに呼ばれるようになり、一年間の戦争の末ついに王都アルガニウムへなだれ込みアルガス王を処刑、王族の追放処分を決めると暫定政府の樹立を宣言して、内乱で荒れてしまった国内の復興に着手していった。

 その際急速に普及していったのはオリクトと呼ばれる魔力を蓄積できる人工魔石だった。


 王国にはヘリオドールと呼ばれる巨大な魔石があり、有効範囲があるものの王家はこれを運用する事で栄えていた。

 神々の恩恵とも呼ばれるヘリオドールの所有こそが、王家の正統性の証明であるとしていた王族が追放になった為アル・マナクがヘリオドールを接収し管理する事になった。


 元々アウグストはヘリオドールの研究者であり、その研究の副産物でオリクトが出来たという。


 さて暫定政府樹立から一年。

 復興のお祭りとでも言えば良いのだろうか。

 長年圧政に苦しんだ民にも大々的に復興を感じてもらおうとアウグストによって企画されたのが武術・魔法なんでもありの大会だった。


 元々アル・マナクは席次と呼ばれるランキング式の給与体系なのだが、不公平の無い様に二年に一度入れ替え戦すると決めており、それをそのまま応用する形での開催したのだ。


 娯楽に飢えていた人々は連日行われる試合の勝敗を話題に酒を飲み、大いに盛り上がっていた。

 大会も終わりに近づくにつれて優勝候補は絞られてくる。

 今やアルガニウムではその話題で持ちきりだ。


「どっちが優勝するんだろうな?」

「そりゃ今までの戦いを見てきているならわかるだろ? ゲーニウスだよゲーニウス!」

「やっぱりゲーニウスかねぇ?」


 酒場で盛り上がっている酔っぱらいの横で静かに飲んでいた男が、ふらりと会話に割って入る。


「おう! あの鍛え抜かれた筋肉見たかい? ありゃきっと相当な魔物相手に鍛えて来たに違いないよ」

「しかも決勝戦の相手は女じゃないか。なんであの女が勝ち上がってきたのか正直良くわかんないんだけどね」

「そうそう! なぜだか対戦相手がみんな降りちまうんだよな」


 ゲーニウスの対戦相手は今回の大会の中でかなり異質な勝ち抜け方をしている。

 それはなぜだか分からないが、全て不戦勝でトーナメントを上がってしまって来ていたからだ。

 そんなわけで早々に決勝へのチケットを手に入れてしまっていた女の方には不信感しかない。


「あれにはちょっと不自然さを感じるよな」

「まっ、お前さんらはあのゲーニウスってのに賭けるんだろ? おい! 他の連中もゲーニウスか? それなら俺はこっちの女に賭ける! どうだ、一口乗らないか?」


 静かに飲んでいたはずの男は酒場全体に響き渡るほど大きい声で賭けをしないかと持ちかけた。

 どう考えてもゲーニウスが有利、相手は女で大会中一度も戦っていないのでその実力は全くの未知数。

 酔っぱらい達は酒を飲んで気が大きくなっているせいか、はたまたゲーニウスの戦いぶりを見てきているせいかゲーニウスコールが巻き起こる。


「あ~大人気だねぇ…あいつ。まぁいいや、明日の決勝戦の結果で逃げ出さないように、俺は今この店に金を預けていくぜ! お前らも預けて行けよ。はっはっは」


 男は懐から金貨を十枚ほど取り出すと、笑いながら酒場の店主にそれを預けた。


「こんだけの人数相手に負けたらこれくらい行くだろ? 足りなくなったら追加で持ってくるから心配すんなよ」


 金貨など商人が持っている物だ。

 普通に生活していれば銀貨や銅貨の方が使い勝手が良い。

 その男はとても商人は見えなかったが、金貨は本物の様で確認した店主鼻息を荒くしている。

 その興奮が伝わってか酒場は、この男から巻き上げてやろうと言わんばかりにゲーニウス側に人が集まっていく。

 男はニヤリと笑うと酒場をふらふらと出て行った。


「そりゃリンに賭けるだろうよ…なんたって俺の弟子だぜ?」


 もう一軒くらい賭けを吹っかけてやろうかと男は自分の懐の金貨の枚数を数え始め悪い笑みを浮かべた。


 翌日は雲一つ無いカラッと良く晴れた日だった。


 そんな日差しが差し込んだ部屋で男は目を覚ます。

 結局もう一軒ハシゴして同じ手口で賭けを吹っかけた男はまだ酒が残る体を怠そうに起こすと、自身の魔力から作り出した水をコップに注ぎ一息に飲み干した。


「ふぁあ…だりぃが仕方ない。それじゃそろそろ行きますかねぇ」


 大きな欠伸をした男は、身なりもそこそこに整えて闘技場に向かって歩き出した。


「決勝戦日和だねぇ」


 そんな事をぼやきながら観客がごった返している闘技場の入り口…とは反対の裏手にある通用口で警備にあたっていたアル・マナクの隊員に声を掛けた。


「よぉ! ご苦労さん通ってもいいか?」


 隊員は目を見開き誰であるかを確認するとスッと道を開けた。


「お疲れ様です!」

「お前らもこんな裏口で暇だろ? 酒はやれないけどよ後でこれで飯でも食ってくれ」


 そう言って金貨一枚を隊員に放ってやると、鼻歌交じりに闘技場の中に入っていった。


 どうやら選手入場には間に合ったようである。

 裏口からそのまま見晴らしのいい舞台袖まで来ると、腕を組みこれから入場してくるだろう選手入り口の方に目を向けた。




 片方は筋骨隆々のいかにも戦士と言わんばかりの肉体を誇った男だ。

 年の頃は30手前と言ったところか。

 クレイモアを肩に担ぎ、ハーフプレートメイルに身を包み、目の前に対峙した相手を見据えている。


 さてもう一方。

 この男の対戦者は、男とは比べ物にならない華奢な体つきをしている女だった。

 プラチナブロンドの髪を緑のリボンで後ろに結わえており、その紫色の瞳には強い意志を感じる。

 服装はと言えば貴族の子息が通う学校の制服の様であり、鎧も着けていない。


「ふん。そんな玩具じゃ俺の剣を止める事は出来ないぜ? 鎧も着ないなんて戦う気があるのかよ! さっさと降りちまいな!」


 男は女の武器を見て鼻で笑うと、小馬鹿にしたような顔をして棄権を促す。


 女の方の装備はレイピアである。

 男の担ぐクレイモアに比べれば針の様に細い。

 とりわけデザインが凝っているわけでもなく、湾曲した金属板で作られたナックルガードも厚みがありぼってりとしていて、女が持つ物としては洒落っ気も無く少々野暮ったい。

 女は特に気にする様子もなく、挑発にも動じず視線だけを男に向けた。


「生憎と私も負けるわけには行かないので」


 女はそう一言だけ相手に返して、腰に差している簡素な造りのレイピアの柄に手を置き、落ち着いた様子で立ってる。

 武器、体格を見ても明らかに男の方が強そうに見える。

 観客もまたどう見ても勝負にならないと思っているようだ。

 なぜならこの試合の女の予想配当率は、男の十倍差となっているのがなによりの証拠だろう。


 そこに風のオリクトを使用した魔道具で、声を増幅させた実況者の声が流れる。


「さぁ! 始まりました席次入替戦の決勝戦! まず右手は今回の入れ替え戦を危なげなくほぼ一撃で相手を沈めてきた剛腕のゲーニウス!」


 選手の紹介に闘技場にいる者達は大きな歓声を以て、その興奮を伝えている。

 ゲーニウスもまたその歓声に手を上げて応える。

 その人気たるや闘技場のスター選手のようである。


「さて左手は今回初参加にしてまさかの決勝戦進出! しかもいずれも不戦勝で勝ち上がってきたリーンフェルト!」


 リーンフェルトと呼ばれた女性は優雅な一礼をしてみせると、手を掛けていた柄を握りレイピアを抜く。

 勢いよく鞘から抜き払われた刃は空を切り、ヒュンと音を立てその剣捌きの鋭さを誇示すると、再び鞘に戻した。

 しかし観客からの反応はいまいちであった。

 それはやはり不戦勝で上がってしまってきた為、彼女の戦いぶりを目にする事が出来なかったのが最大の理由だろう。


 そんな勝ち上がってきた者と得体のしれない女の試合を、観客たちは今か今かと始まるのを見守っていた。


 リーンフェルトは直ぐに始まる物だとばかり思っていたのだが、決勝戦という事もあり主催者であるアウグストの挨拶が始まる。

 そんな決勝戦開会の挨拶をリーンフェルトは聞き流しながら、この二年間を思い出していた。

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