これが「力」
天界からの落下中。クレハは何とか生き残れないかと思考を巡らせる。しかし、それよりも頭を支配するのは焦りだ。
(やばい。やばいやばいやばい!失敗した?落ちたら死ぬ?剣が刺さってる…死ぬ!)
目の前まで景色が迫る。そして、何も見えなくなった。
……………………「ぁ…」
どうやら、まだ死んではいない様だ。クレハは仰向けに寝転がっており、クレハの身体を受け止めたであろう地面には落下の速度を物語った窪みが出来ていた。
「痛え…めっちゃ痛え。」
よく見ると此処はクレハが霊魂となった場所。惨劇のクリスマスの裏路地だった。
「はっ!成功したのか!?………無い。」
一瞬喜ぼうとしたクレハであったが、その背中には天使の羽は生えていなかった。
「まぁ、助かって良かってぉわぁぁぁ!!剣刺さってるの忘れてたッ!」
普通に見て致命傷の筈だが、ややコミカルに剣を引き抜く。
「以外と我慢できるもんなんだなぁ…」
「ーーー。」
「? 誰か居るのか?」
声のした方向に振り向く。まだそこには何もいない。しかし、直ぐにその正体を現すこととなった。
「あ、、、悪魔!!」
奥の暗闇から現れたモノは、鬼でも、蛇でも無く、悪魔だった。あの闇にすら溶け込めぬ純黒を纏い、深淵宛らの目と口で嗤う。
「くッ!そぉぉぉぉ!」
クレハは全力で逃げ出す。悪魔の力を、身をもって体験したからだ。天使の力無しでは悪魔に太刀打ち出来ない。天使の力無しでは…
(ん?契約は失敗したのか?だったらどうして俺は生きてる。たまたま当たりどころが良くて死ななかった?それでもあの高さから落ちて生きてるのはおかしい。まさか…)
クレハはその足を止め、逃げる体にブレーキを掛ける。そして振り返り、
(頼む…!)
悪魔の腹部目掛けてミカの剣を一心不乱に振るう。するとその刀身から微量だが、しかし強い光が放たれる。
「!?」
その電関の一撃を、悪魔に読めるはずも無く甘んじて受ける。そして悪魔の身体から、黒々とした煙が噴き出す。
「やった…!やったぞ、成功だ!」
「ー…」
「まだか!」
悪魔がクレハへと逸散に詰め寄る。右手を高らかに振り上げ、クレハの眼を睨む。
「首筋に1発…」
首筋に1発、あの残忍なかぎ爪が振り下ろされる。その攻撃をクレハは完全に見切り、姿勢を下げて軽く躱す。そして居合の要領でまたも腹部に一閃。黒煙が噴き出す。
「ーー…!」
今度は左手での攻撃。先ほどと同じ動作で、同じ間合いで攻撃してくる。今度は半身で交わし、一閃。右、左、右と同じ様に繰り返され、辺りが黒で満ちる。
「ーーー!!!」
激怒したかの様に俊敏な動きで剣を掴み、投げ飛ばす。クレハは剣を離さず共に飛ばされるが、その衝撃をもろともせず、一回転し体制を立て直し、裏路地の壁に着地。そのまま地に着く事無く壁を蹴り、悪魔へと迫る。
「ミカの仇…。!!!!」
今までで最速にして最強の攻撃。より一層強い光が瞬き、悪魔の体を縦に一刀両断する。
「ー…!」
「死人が喋んなよ…いや、人でもねぇか。」
何かを言いたげだったが、それも叶わず、黒い霧となって四散する。
「これで終わったと思うなよ…殲滅して、絶対にミカ(美華)を連れ帰る!」
「ーーー?」
「ーーーーーーーー。」
「ー?」
「ー。」
「………」
まさか。そんな嫌な予感も的中してしまった。奴らが、多勢で現れたのだ。数にして六体。
(嘘だろ?これは…)
クレハは剣を肩に置き、駈け出す。
(無理だろ!!)
「「ーーー!」」
天使になったからなのか、足が異様に早い。ただ、それでも悪魔は一枚上手だった。追いつかれたのだ。
「ーー!!」
六体が一斉に攻撃の体制を取った。クレハは足をつまづき転び、尻をついたまま後ずさりする。
「ヤメロォォォシニタクナァァァイ!」
「………アレ?」
「情け無い。それで私と契約するつもりだったのか。」
「ミカ!それに…」
クレハの目の前、否、クレハを跨いで君臨する巨漢が一人。その名を…
「サンダルフォン。助太刀に参った!」
「おっさん!」
悪魔六体の攻撃をその手に持つ巨大なアックスを横にして受け止めていた。
「生きていたかクレハ!よし、一気に突破するぞ!我輩に続け!若者達よ!」
そう言うと、鍔迫り合う悪魔達を、力任せに押し返す。そして大きく構える。すると、刀身に淡い緑の光が風の様に集まりだす。先ほどのクレハと違い、大量で強い光だ。
「GODDAMN!!」
そのまま前方に力強く薙ぎ払う。光の旋風が悪魔達に飛び掛かり、狩る。
(凄い…さっき俺が馬鹿にしてたのが嘘みたいだ。武器や技であんなに変わるのか。)
「さぁ!走れ!今ので完全に暴露た!天使の力に釣られて集まってくるぞ!」
「はい!貴方も。早く!」
「お、おう…」
霧と化した悪魔達を突っ切り、三人は駆ける。
「ミカ。出来れば名前で呼んでほしいなー、なんつって。」
「…名前は?」
「クレハだ。宜しくな!」
「よろしく。」
「来たぞ。」
言葉に促され辺りを見回す。すると、壁からワラワラと悪魔達が滲み出て来る。今度は膨大な数だ。数える事が出来ない程に…しかもまだまだ湧いてくる。これは捌いていてはキリがない。
「邪魔だ!ムシケラ共が!!
『滅する神旋風』!!」
サンダルフォンがアックスを逆さに持ち、柄頭を使って突きを放つ。その突きは風を纏い、竜巻となって悪魔の群れる道を疾駆する。壁から這い出さんとする悪魔達はこの突風に切り刻まれ、吹き飛ぶ。死には至っていない様だが、動きを止めるのには十二分である。
「すげぇ!これが天使の力か!」
「ガッハッハ!我輩はこれでも大天使だからな!只の悪魔何ぞに引けは取らんさ!」
「へェ〜。だったら特別な悪魔はどうなんだァ?」
「「「!?」」」
一同は驚愕する。上空から突如として降臨し、頭を覗かせた悪魔が『喋った』からだ。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」
クレハは、余りの驚き度合いにより声が裏返る。はっきり言って場違いである。
「貴様!大悪魔か!」
「せっいか〜い♪アスモデってんだ。宜しくな。そいじゃァ死ね。」
「グ、ぬぅ…!?」
一瞬の出来事であった。その悪魔アスモデがバク宙し、尻尾を振るった。正確には尻尾に付いた刃を振るい、サンダルフォンの顔を真正面から斬りつけたのだ。
「グォォォォォ!!畜生、目が…!」
不意打ちを喰らい、顔を押さえてのたうち回る。これは戦線復帰は難しいだろう。
「大丈夫か!おっさん!」
(なんだコイツ!明らかに他のと違う!)
アスモデには他の悪魔達とは明らかに異なる点が多々存在した。まず見た目。人間には程遠いが、はっきりとした形をしている。色も黒では無く、赤紫といった感じだ。そして通常個体よりも1回り大きい。強力な個体である事は一目瞭然だ。
「あァ?なんだァコレ?人間かァ?違うな…臭うぜェ!!ウマそうな気配がよォ!」
アスモデが狂気の形相を浮かべ、クレハへと飛び掛る。
「うぉ!?」
なんとか攻撃は防いだ。しかし、腕力で負けている。直ぐに力量の差が現れ、クレハが押されだす。
「く…負け…るか…!」
「ヒヒヒヒヒヒ…」
あと少し、爪の切っ先がクレハの文字通り眼と鼻の先になった時に、クレハの刃にミカエルが加勢する。
「そうよ!負けちゃ駄目!ミカさんを助けるんでしょ!?」
「そうだ…ミカ…待ってろ…!」
「ヒヒ…グ…このォ。」
「押せぇぇぇぇぇ!」
クレハとミカエルの持つ剣が閃光を放つ橙色の光だ。そしてその剣はアスモデを一気に押し返す。
「うぉっとォ!危ねぇ危ねぇ。」
「はぁ…はぁ…」
どうやら攻撃は凌げたが、肝心のアスモデには傷一つ付けられなかった様だ。
「ミカ…おっさん連れて逃げてくれ。コイツからは俺が逃げる。」
「な!それは駄目よ!貴方普通の悪魔からも逃げられなかったじゃない!それを大悪魔なんて…」
「じゃあお前から逝くか?クソアマ!!」
「! 止めろ!」
アスモデがミカエルへと刺突に掛かる。狙われている、と気づいた時にはもう遅く、目を塞ぐしかできる事はなかった。
「………?」
「な、なんだてめェ…?」
その寸前まで迫る手を、一人の天使が掴み、止めていた。
「クソアマ…?クソアマァ!?なんだその最高にイカさねぇ言葉はぁ!?」
「ルシファー様!」
「くそ!何だよ!動かねェぞ!」
アスモデはルシファーの手から必死に逃れようとしているが、その手は一寸も動かない。
「ルシファー様。すみません…不意を突かれました…!」
「サンダルフォン。大丈夫だ。ミカエル!応急手当頼む!」
「は、はい!」
「クレハ。手前はよく見とけ。これが戦い方だ。」
「分かった。」
「調子に乗るなよ…ボケェェェ!!」
アスモデの尻尾が、血を振り払ってルシファーへと迫る。しかし、その刃が届く事は無かった。
「!?」
ルシファーの放った紫電によって、刃を弾かれたのだ。
「はッ!手前こそ調子に乗るなよ…内のモンが世話になったみてぇだな!夜露死苦ぅ!!」
「……!、ブフォォォ!!」
鬨の声を上げ、アスモデを紫電の帯びた拳で殴る。その超速殴打をアスモデは避ける術も無く、命中。猛烈な勢いで吹き飛び、壁を破壊してようやく止まる。
(夜露死苦って…やっぱガラ悪り〜。)
「こ、殺す!お前は殺す!殺してやる!!」
アスモデは怒号を上げ、手を握り締めて力を溜める。すると、その拳に瞋恚の焔が燃え上がる。そして、大地を蹴り、ルシファーへと挑む。
「キェェェェェ!!」
「悪いがもう付き合ってらんねぇな。地獄で泣いてろ。」
そう言い放ち、拳を作って突き出す。そして、展開。
【明けの明星】
「え?」
クレハは漠然とする。瞬きをしたその時にはもう終わっていた。アスモデの体が、原型を保てなくなりバラバラに崩れ落ちてゆくのをただ眺めていた。全く見えなかったのだ。
ただ、ルシファーの攻撃を受けたアスモデになら見えただろう。ほんの一瞬、指先から生成され、ワイヤーの如く放たれた紫閃が自らの体をバラバラに焼き切るのを。
「ー、ーーーー!」
それを見かねた悪魔達が、一斉に襲い掛かる。
「あ、危ねぇ!」
「寄るな!!下衆がァァァァァ!!」
耳鳴りが身体中を駆け巡る。ルシファーが咆哮を上げたのだ。その咆哮により、悪魔達の動きが一切合切止まる。そして…
「さっさと去ね!」
鬱陶しそうに吐き捨て、大地を甚だしく踏み付ける。それに呼応するように紫電が全方位に走り、硬直する悪魔達を討つ。
「………すげぇ。」
そして、遂にその場に立つフリークスは居なくなった。
「これが…」
これが天使の頂点。天使長暁ルシファーである。