神は峻拒する
「ミカ…なのか?」
「えっと。私はミカエル。何処かで会った?ゴメンだけど覚えてないわ。」
その天使は、何を隠そうクレハの恋人である甘菜美華と瓜二つだったのだ。身長こそ違えど、髪の色が濃いピンク、そして背に生える羽を除いてミカにそっくりであった。
その天使ミカエルは、不思議そうな顔でクレハを眺める。当然だ。彼女は『美華』ではない。ミカが此処に居るはずが無いのだから…
「本当に!本当に違うのか!?だって…!そっくりだろ!」
「えぇ、違う。私の両親は天使よ。貴方と知り合えるはずがない。」
「ハァ。」
それだけ。ただ1回のため息を吐き、クレハは少しだけ一服する。
「分かった。この剣ありがとな!助かったぜミカ!」
「ちょ!私はミカエル!人違いだって!」
「分ーかってるってー!また会おうなー!ミカ。」
そう馬鹿声を投げつけながらルシファーの元へ走り寄る。さっきまでの沈んだ空気は窺えない。
「なんだ、全然やれそうだな。」
「あぁ!ルシファー、契約を頼む。」
「よぉしいい根性してやがる。じゃあどの天使にするかな…なんか希望あるか?」
「それなら決めたぜ。俺はミカと契約する!」
「ンゴホッ!ゲホッ!」
自分を指名されたと理解し、途端に驚きによって変な声を出して噎せてしまった。
「何で私!?言っとくけどまだ下級よ!」
「良いって!俺は君に運命を感じたのさマドモアゼル。」
「一変地上まで落ちてきなさい…」
「ふむ、運命か。それも良いな。サンダルフォン!いけるか?」
ルシファーの問い掛けを承知しクレハの評価を述べていく。
「即時判断・戦闘技術・煽り…は抜きましょう。そして最後に…プラスα勇姿。総合評価は壱です。ミカエル君との契約基準は満たしているかと。」
「そうか。おいミカエルよ!コイツと契約してもらってもいいか?」
そう聞いた瞬間に、ミカエルの顔から不安以外の表情が抜け落ちる。
「私は…その人の命の保証はしかねます…」
顔を逸らす。とても肯定しているようには見えない。よく見れば、周りに集まっていた天使達には安堵、そして憐れみの表情を浮かべていた。
「な、なんだよ?もしかして嫌…?そんな、もしかして契約の方法が破廉恥な事なんですかヤダァァァ!!」
「いんや、契約の仕方がちと脆い橋でな。天使の持つ武器で、その天使が契約者を…あれだ…ブスリと…」
「!」
「失敗すると死ぬ。エデン逝きとかじゃなくてマジに死ぬ。まぁ天使になれても、戦死しちまったら同じだがな。」
そう、かつてアザゼルが問うた言葉をクレハは思い出す。『死んでも?』
天使はアメコミに出てくる正義のヒーローでは無い。神に仕えし対悪魔勢力として名乗り上げた兵士達なのだ。
「私まだ天使になって月日も浅いし…もっと上級の」 「決めたんだ。」
「え…?」
ミカエルの咎めをクレハが遮る。
「ミカさん。俺はアンタに契約して貰いたい。この意思は絶対に折らない。」
「………」
「大丈夫!絶対に死なない。アンタに黒星を付ける気はさらさら無いからよ!」
「死んでも恨まないでよ!」
「いい返事だ。」
その直後。二人を取り囲む群勢から猛烈なファンファーレが飛ぶ。頑張れよ。と…
「決まったな。何時でもいいぞ。手前らのタイミングでサクッと終わらせちまえ。」
「はい…!」
ミカエルがクレハの前まで歩み寄る。その顔にはどうしようも無い緊張が滲み出ていた。
「俺も何時でもいいぜ。痛くしないでくれよ?」
そうニヤリと笑うと手を上げ、無防備な状態で静止する。
「……」
ついに覚悟を決めたかのように目を見開き、剣を構えた。
「Dio estas!!(神の加護があらん事を)」
ミカエルの聖光放つ誓いの剣は、クレハの心臓に怒涛の如く突き刺さる。
「う″!! あ ぁ ぁ ぁ ぁ !!!」
クレハの叫びに呼応するように天界全体が揺れ始める。忽ち空が紅き霧で覆われ。霹靂神がその場を包囲する。その異常な事態に、天使達は困惑し、怯える者もいた。
「ルシファー様…これは!?」
「追放…!」
その時、クレハの立つ足場が、ガラスの如く砕け散る。
「!! クレハァァァァァ!!」
「」
クレハには理解出来なかった。成す術も無く、神の命令に逆らう事も出来ず、墜ちる。
「そんな…失敗…した?」
ミカエルは泣きそうになりながらも、決死の思いでクレハに手を伸ばす。もう、届かない。届けられない。