動物界での生活 ③ 動物界の子ども達
登校初日。伝輝はいよいよ教室に入り、動物界の生徒達と対面する・・・
「今日からクラスメイトが一人増えます。
伝輝君、どうぞ」
ツキノワグマの団助先生に呼ばれ、伝輝は恐る恐る教室に入った。
教室内は、前後に黒板があり、後ろの壁には掲示物が貼り出され、その下には生徒用の荷物用棚がある。
天井の蛍光灯は規則正しく並んでいて、その下には木目色の机と椅子がある。
どれもそれも、伝輝が今まで使ってきたものと全く同じと言っても良かった。
唯一異なるのは、そこに座っている生徒達だった。
十六人分の座席は二人分だけ空いていた。
その他の席には、猪、虎、鹿、熊、猫がどどんと座っている。
アジア象のマグロが廊下側の一番前に居て少し安心した。
その隣にはマグロと一緒に校舎に入って行った犬が座っている。近くで見るとラブラドールレトリバーだと分かった。
後方の座席には、自分と同じ姿形の男の子が座っている。彼だけはとてもにこやかに伝輝を見ていた。
まだ子どもの年齢だからだろうか、虎や熊もやや小ぶりの体格だった。
だが、昨日ゴンザレスや樺達と会った時よりも、はるかに緊張するのは、恐らく、自分を見ている動物達の表情が非常に強張っているからだろうと、伝輝は感じた。
伝輝は、自分のクラスに転校生が来た場面を思い出した。
無関心を装っても、やはり気になり、目線を送らなくともどこか張り詰めた雰囲気を感じ取っていた。
それは、転入する側、受け入れる側、双方の独特の緊張感から生じるものだったのだろう。
「豊 伝輝君。
人間の雄、中・大型動物の中でも、最長クラスの寿命を持ちます。
生物学的にはヒトとほとんど変わりないが、あくまでヒトではなく、人間なので、皆、伝輝君がここの生活に慣れるまでは、あまり無理させないでくれ」
団助先生は、「人間」と「ヒト」を使い分けているが、伝輝にはどういう違いがあるのか分からなかった。
「伝輝君、君の座席は窓際後ろの方のドリスの隣だよ」
「ドリス?」
「伝輝、ここ!」
男の子が立ち上がり、手を挙げた。
まだ、挨拶もしていないのに、ドリスという少年は呼び捨てで伝輝を呼んだ。
伝輝は招かれるまま、ドリスの隣の席に座った。
座席には、マグロが置いてくれたのだろう、荷物が積まれていた。
「十分後に学習を始めるから、それまで静かに休憩しているように」
そう言って、団助先生は教室を出た。
扉が閉まった途端、わぁ! と教室内の動物達が一斉に立ち上がった。
「人間だ!」
「本物の人間!?」
「ドリスと似てないね」
「むしろアリに似てるね」
動物達は伝輝の周囲に群がり、物珍しそうに眺めている。
伝輝はどうしてここまで自分が注目されているのかが分からず、戸惑った。
「おい、ちょっと待てって。
お前らは伝輝から見れば猛獣なんだから、あんまり寄るなって」
ドリスという少年が、周りを制するように手をかざした。
流暢に日本語を話しているが、彼の顔立ちは東南アジアを思い浮かべるような、濃い顔立ちをしている。
「悪いな、ビビらして。
マグロから聞いたんだけど、伝輝は昨日人間界から動物界に来たんだってな。
俺はヒトのドリスだ。よろしくな!」
「ヒト?」
「そ。俺はヒト、伝輝は人間。
動物界では唯一この種類だけは二つに分けているんだ。
つまり、人間界で生きる方を人間。動物界で生きる方をヒトって呼んでいるんだ。
と言っても、見た目では区別つかないけどな」
「そうなんだ・・・」
だから、昨日から動物界にいても、不思議そうな目で見られなかったのか、と伝輝は納得した。
「俺の先祖はオーストラリア先住民、アボリジニのことね。
なんだけど、じいちゃんの代で日本に移住したんだ」
「こいつんち、米農家なんだぜ」
猪の男の子がニヤニヤしながら言った。
「うるせー。じいちゃんが、米育てたくて日本に来たんだよ。悪いかよ」
「ちゃんとジャポニカ米育ててるんだぜ」
「だから、うるせぇって。
まぁ、今後は学校では俺と一緒に過ごすことが多くなるだろうから、よろしくな。
俺は人間界には行ったことないんだ。色々教えてくれよ。
アリも行きたがっているしさ。
アリは俺と同じヒトなんだけど、今日は熱出して休んでいるんだ。
学校終わったら一緒に見舞いに行こうぜ」
ドリスがほぼ一方的に話している間に休憩時間が終わり、団助先生が教室に入ってきた。
生徒達は各々問題集らしきものを机から出し、黙々と勉強を始めた。
団助先生は伝輝の席までやってきて、数枚のプリントを置いた。
「伝輝君はこのテストを受けてね。
前半の体力テストみたいに、今度は君の学力を確認するからね。
ドリス、絶対に答えを教えたりしないようにね」
「分かってまーす」
団助先生が席を離れると、すかさずドリスは伝輝に小声で話しかけた。
「おい、お前俺よりちょっと年下だよな?
だとしたら、人間界の日本小学生レベルの学習内容か?
テストで分かんないことがあったら俺に聞けよ。
俺は人間界の日本高校生レベルの学習を今やっているから」
「てか、授業はしないの? 自習?」
「は、どういうこと?」
「だから、皆で一緒に授業を受けないの? 今日は自習の時間なの?」
「皆で一緒に? 無茶言うなよ。
クラスは中・大型クラスにまとめられているけど、学習ペースはバラバラに決まっているだろ?
俺達のペースで学校にいたら、ほとんどのやつらは学校で寿命を迎えるよ」
伝輝はハッとした。
確かに、小学校6年間の時間で、大体の動物は赤ちゃんから大人になる。
そうなると新たな疑問が生じた。
「じゃあ、皆もの凄く短時間でいっぱい覚えなきゃいけないんじゃ・・・」
「ドリス! 伝輝君!」
団助先生の声が響いてきたので、二人は会話を止め、互いに勉強に集中することにした。
だが、伝輝はなかなか目の前の問題に取り組むことができなかった。
なぜ? と思うことが多すぎて、頭の中が整理しきれていなかった。
学習テストは間二度ほど小休憩を挟み、約二時間程行われた。
学習時間後、団助先生は明日の連絡事項を話し、また明日、と挨拶をした。
今日は午前授業だったらしい。
「伝輝君」
マグロが小さな紙袋を持ってきた。
「お疲れ様。今日は僕掃除当番だから、一緒に帰れないんだ。
これ、お母さんが作ってくれたお昼御飯だから、帰ってから食べてね」
「あ、ありがとう」
「お、マグロ。気がきくじゃねーか」
ドリスが伝輝の肩越しに手をかけもたれるようにしながら言った。
すっかりなれなれしくなっている。
「安心しな。俺がちゃんと伝輝をまごころ荘まで送るからさ。
何せ、俺は唯一伝輝と同じ種類だからさぁ」
「同じじゃないよ、ドリス。
お願いだから、無理はさせないでよ」
マグロは心配そうだったが、ラブラトールレトリバーに呼ばれたので、渋々その場を離れた。
「さ、行こうぜ。今日は色々寄るところがあるからよ。
昼飯も歩きながら食おうぜ」
ドリスはポンッと伝輝の肩を叩き、自分の荷物を背負った。
彼もまた伝輝のものより大きい紙袋を持っていた。
ドリスは見た目こそ自分と変わらないが、マグロと一緒にいるよりも、伝輝は妙に不安を感じてならなかった。
オーストラリア先住民に関しては、特に詳細を調べている訳ではありません。ドリス君も、あくまで先祖がオーストラリア先住民だったという感覚なんだと思います。そういう設定です。