人間7号誕生 ⑫ 記念写真撮影
最終話です。
「ただいまより、本日のサプライズ食材の発表を行います。
皆様、ステージにご注目ください」
まごころカンパニー本社内で連日開催されている美食会の会場中に、女性司会の声が響き渡った。
ステージには、マスカルポーネ氏が堂々と立っていた。
スパンコールが散りばめられた黒地のタキシードはスポットライトが当たるとキラキラ反射した。
綺麗というより、目がチカチカする。
「十日間に渡る、この史上最大の食の祭典も、いよいよクライマックスです。
今宵、お届けするのは、まごころカンパニーでなければ絶対に入手出来ない逸品でございます」
ガラガラと、豪華な装飾が施されたワゴンがステージ上まで運ばれた。
ワゴンの上には、銀色のクロシュ(皿の上に被せる蓋)が置かれている。
「それでは、ご紹介いたしましょう!
本日のサプライズ食材は、人間の胎盤と臍帯(へその緒)です!」
マスカルポーネ氏の合図に合わせて、従業員がクロシュをパカッと開けた。
赤黒い固体と縮れた管の一部のようなものが、ステージ上のスクリーンに映し出された。
招待客からは、驚きや興味や疑念の入り混じった声が上がった。
「この胎盤と臍帯は、正真正銘、人間界の人間のものです。
ヒトではございません。
まごころカンパニーが、昨晩独自ルートにより、入手いたしました。
この食材が人間のものであることを、どうぞこれから上映するスライドショーでご確認ください」
スクリーンには、夏美が人間界の病院で健診を受けている画像が何枚も映し出された。
キバ組織が密かに撮り溜めていたものだった。
動物界のそれとは違う雰囲気を感じ取った客達は、徐々にこの食材に対する疑惑を薄めていった。
「この食材を試食される方を、オークションで決定いたします。
刺身、グリル、フリット。
お好みの食べ方をお選びください。
さぁ、まずは胎盤からです」
沢山の動物達の金額を示す声が会場内から飛び交った。
金額はグングン上がっていく。
会場の端で、着慣れない正装姿(バンダナもサテン地だった)のヒレとロースが不満そうに、オークションの様子を見ていた。
彼らは救助に向かったクッキーによって、樺とのやりとりの記憶を消されていた。
「まごころカンパニーじゃなくって、キバ組織が入手したんだぜ。
何で、俺達のことは全然触れないんだ?」
ヒレがぼやいた。
「当たり前よ。
私達はまごころカンパニーの極秘任務を請け負うのよ。
表に立つわけないでしょう」
胸元と背中のカッティングが大胆な、黒いロングドレスを着たワイヤーが二人に話しかけた。
「ワイヤーさん」
ロースはピシッと背筋を伸ばした。
「でもよ。
それじゃあ、殉職したバラの叔父貴がうかばれねーよ」
ヒレがポケットに手を突っ込み、壁に寄り掛かりながら言った。
「目立ちたいなら、キバ組織には向かないわ。
己の死さえも、時には公表してはならない。
それがキバ組織よ」
ワイヤーは冷たく言い放ち、二人の前から去った。
なぜかパリッとしない正装姿のクッキーが、二人分のワインを持ってワイヤーのところにやって来た。
「プランD」
グラスの中のワインを揺らしながら、ワイヤーが言った。
「潜入させたまごころ総合病院の看護師に、胎盤と臍帯を運ばせて、何とか体裁は整えたけど、キバ組織の失敗であることには変わらないわ」
「気にするなよ。
もともと失敗する可能性が高い任務だったんだ。
実際、誰にもお咎めはないだろう」
クッキーがワインを飲みながら言った。
「・・・バラはなぜ殺されたの?」
ワイヤーが言った。
クッキーはドキッとした。
「原因はどうであれ、バラは何があっても自己責任だと言った。
追及しない方が良い。
追及すれば、極秘任務ではなくなってしまう」
クッキーは冷静さを装いながら言った。
世間に公表されない存在だからこそ、キバ組織内の仲間意識は強い。
特に、ワイヤーとバラは訓練生時代から活動を共にしている。
タカシがしたことは、彼女にとっては、最も許せない行為の一つだったろう。
タカシさん、無事でいろよ・・・。
クッキーは心の中でつぶやいた。
◇◆◇
十月のある日の昼下がり。
秋晴れの空の下、爽やかな風が吹く。
カレイの提案で、退院した夏美と赤ちゃんと一緒に、まごころ荘の皆で記念写真を撮ることになった。
お包みの中で、ムヤムヤと赤ちゃんは口や小さな指を動かしている。
「はじめまして。
優輝君でーす」
夏美と昇平が、皆に紹介した。
ゴンザレス、樺、マグロ、カレイ、(前田さんに代わって)咲が、アナゴさんの指示のもと、集合写真用の台やベンチを作った。
(エミリーはその間、その場からいなくなっていた)
伝輝はタカシの部屋のチャイムを鳴らしたが、反応はない。
あれから、タカシの姿を誰も見ていないと言う。
仕事も有給をとって休んでいると、樺から聞いていた。
伝輝は縄梯子を見た。
何度か屋上に行ったが、タカシはいなかった。
今回もそうかもしれないと思いつつ、伝輝は梯子に手をかけた。
「伝輝・・・」
タカシ(犬の姿)は屋上で寝そべっていた。
こちらを見ていないが、伝輝が上ってきたことに気付いていた。
「悪いけど、俺は撮影に参加しないよ」
「何で?」
伝輝はタカシの隣に座った。
「俺に赤ちゃんに会う資格は無いよ」
伝輝は辛くなった。
「そんなことを言うなよ。
タカシさんがいなかったら、俺も優輝も今ここにいなかったはずだよ」
「けど、俺はこの手で命を奪った。
たくさんの動物の命を救いたくて、俺は化け能力を身に付けたのに・・・」
伝輝は寝転がっていたタカシを肩を持ち上げ、後ろからぎゅっと抱きしめた。
頭から首にかけてのモフモフした毛並みが暖かくて気持ち良かった。
「タカシさんがいなければ、俺がバラを殺していた。
タカシさんは、俺の代わりに、その手を汚してくれたんだろ?」
伝輝の言葉に、タカシは奥歯を噛みしめた。
「当たり前だ。
これから先、命を奪った手で、お前は何十年も生きることになるんだぞ。
そんなこと、させられるかよ・・・」
「タカシさんだって、これから先も一緒に生きていくんだ。だから・・・」
だからいつか、タカシが罰を受けなくてはならない日が来たら、自分も一緒にその罰と向き合おう。
絶対にタカシさん一人だけでその罪を負わせない、と伝輝は心の中で誓った。
「伝輝・・・」
「何?」
「暑苦しいから、離れてくれ」
タカシは困りながら言った。
「じゃあ、優輝と一緒に記念撮影する?」
「・・・分かったよ、だから早くどいてくれ」
伝輝はニコッと笑い、手を離した。
タカシはブルルっと身震いして、毛並みを整えた。
「全く・・・。
ヒトも人間も、犬をお触り専用動物とでも思っているのか?
樺さんとかゴンザレスさんとか、マグロ君とかには触ったり抱きついたりしないのによ」
タカシは不満そうに言った。
だって、ワシャワシャもモフモフも、他の皆じゃあ出来ないんだもん。
伝輝は思ったが、言うとタカシは嫌な顔をしそうなので、実際に声に出すのは止めた。
◇◆◇
「それじゃ、まずはご家族だけで撮りましょう!」
カレイさんがはつらつとした声で言った。
撮影者から見て、向かって右から、夏美、昇平、伝輝の順に一番手前のベンチに座った。
夏美の右手側に優輝の頭が来る形で、優輝は夏美の腕に抱かれていた。
「撮るよー」
アナゴが鼻先でデジタルカメラを下から掴み、両手で支えながらピントを合わせた。
フラッシュがたかれる。
タカシを誘ったは良いが、よく考えれば伝輝自身も写真は好きじゃない。
ましてやこんな家族写真なんて、どんな顔をして写れば良いのか分からなかった。
「ねっ、しょーちゃん。
次は親子チュー写真にしようよ!」
夏美が言うのが聞こえた。
「それ、いいね!」
昇平も乗り気だった。
「それなら、アナゴ。
もっと近づいて撮ってちょうだい。
夏美さん、優輝君をもう少し高い位置で抱いてくれるかしら?
そうそう、昇平さんと夏美さんの顔の高さに合わせて・・・」
カレイとアナゴも楽しそうにしている。
昇平の隣で、伝輝はため息をついた。
アホらしい。
どんだけ、親バカなんだよ。
大体、そんなことをしたら、二人の顔に挟まれて、肝心の優輝の顔が見えなくなるじゃないか。
「撮るよー。
はい、チュー」
アナゴの合図と共に、スッと伝輝の頬に昇平の顔がくっついてきた。
「ギャー!」
◇◆◇
数日後、6号室の玄関の下駄箱の上に、二つの写真立てが飾られた。
一つは、まごころ荘前駅の駅員の犬に撮ってもらった、全員の集合写真。
もう一つは、豊家四人の集合写真。
夏美が優輝の頬にキスをしている。
その隣には顔面を掴まれ後ろに押し倒されそうになっている昇平と、必死の形相で昇平の顔を掴んでいる伝輝。
「何で、この写真にしたの?」
伝輝は夏美に尋ねた。
「だって、これが一番ウチらしいじゃない」
夏美はニコニコしながら言った。
記憶操作とか、催眠とか、化けとか、そんなの関係ない。
自分の親は元々どこか変なんだなと、伝輝は改めて思った。
長い間、お付き合いくださいましてありがとうございます。




