人間7号誕生 ⑧ エミリーの活躍
タカシは樺を助ける為、病院を離れた。伝輝は一人でキバ組織を待ち構えることに・・・
日が落ち、辺りはすっかり暗くなった。
明かりが少ない住宅街だが、向かいのファミレスの照明と目薬の効果で、周囲はよく見えた。
風が冷たい。
青色のダウンベストのジッパーを首元まで上げた。
長袖Tシャツの手首をそっとめくり、半透明のプロテクターを見た。
既に各関節部分には、プロテクターをつけている。
背中とズボンの間に挟みこんでいる折りたたみ式の槍(刃の部分はカバーをつけている)を、服の上から撫でた。
槍はドリスの兄のおさがりだが、十分使える。
不思議と通行する動物がいない。
ファミレスもほとんど出入りする客を見かけない。
キバ組織が何かしたのだろうか。
伝輝は落ち着かない様子で病院敷地内の駐車場を歩き回った。
◇◆◇
まごころ町内のとある場所で、黒いワゴンが停まっていた。
助手席に座っているのは、キバ組織のリーダー格、ジャガーのワイヤーだ。
上質な牛革の黒いレザースーツは(ヒトの)女性らしいボディラインを強調させている。
彼女は眉間にしわを寄せながらタブレットの画面を叩いたり撫でたりしていた。
運転席に座っているクッキーが、チラリとワイヤーを見た。
安物のくたびれた革ジャンをはおり、下は普段のヨレヨレジーパンではなくレザーパンツを履いている。
上と下で革の傷み具合が違うので、余計にダサい。
ワイヤーは今回の食材回収の全指揮を任されていた。
タブレット画面には、各担当部隊の隊長からの報告が随時届いていた。
ワイヤーのケータイが着信を知らせた。
「はい、ワイヤーです」
電話をかけてきたのは、食材搬送部隊の副隊長だった。
「ワイヤーさん、至急、食材搬送部隊の隊員再手配をお願いします。
現部隊は、外部からの襲撃で、計画続行不可能になりました・・・」
「何ですって!?
状況を説明しなさい」
ワイヤーが声を荒げたので、クッキーが心配そうに彼女の方を向いた。
「先行メンバーが包産婦人科病院に向かった後に、待機場に雌のヒトと思われる動物が一人現れました。
取り押さえようと試みましたが、催眠剤や麻酔銃が通用せず、その場にいた隊員全員が倒されました。
死者は出ていないようですが、ほとんどの動物が気絶しており、計画を実行できる状態ではありません」
副隊長の咳き込む声がケータイ越しに聞こえた。
電話をかけている副隊長自身も痛手を負っているのであろう。
副隊長が連絡してきたということが、その動物を押さえるために、一番腕のたつ隊長も参戦したが、倒されたということか。
ワイヤーは奥歯を噛みしめた。
「分かったわ。
計画変更の指示を改めてメンバー全体に出すから、あなた達はそこで待機していること。
医療メンバーを派遣するわ」
ワイヤーは電話を終え、タブレットを叩き、医療メンバー手配の指示を出した。
「食材搬送部隊がやられたのか?」
クッキーが尋ねた。
「そうみたい。
搬送部隊は、最も重要な任務だから、厳選したメンバーを集めたのに。
武器を持っていようが、大型動物だろうが、一般動物が太刀打ちできるようなレベルじゃないわ」
「となると、襲撃したヒトは、キバ組織を上回るということになるな・・・」
クッキーが言った。
「そんな動物、いる訳がない。
まごころ警察だって、キバ組織程の実力があるとは思えない。
考えられるとしたら・・・」
ふと、ワイヤーはあることを思い出した。
彼女が訓練生だった時に、聞いた噂がある。
かつて、キバ組織に非常に優秀な動物がいた。
その動物は圧倒的な化け能力と知性を兼ね備えていた。
組織の期待も大きかった。
しかし、その動物は組織という枠に縛られるのを拒んだ。
自由を求めたその動物は、キバ組織から逃げた。
その動物を連れ戻そうと、多くの組員を導入したが、反撃され、連れ戻すことが出来ない上に、無事で帰れる者が一人としていなかった。
まごころカンパニーは、キバ組織が受ける被害の方が大きいと判断し、事実上無罪放免とした。
そいつがまだ生きていたとしたら?
ワイヤーはフッと口元を上げた。
下らない。
そんなことあるわけがない。
もしその動物が生きていたとしても、人間6号に協力する理由がない。
ワイヤーは再びタブレットを叩いた。
「クッキー、プランCに変更するわ」
「プランCに!?
それは最終手段だろ? リスクが大きいよ」
「食材回収が最優先よ。
リスクがあろうと、任務を遂行するわ。
クッキー、包産婦人科病院へ向かって!」
クッキーは黙ってうなづいた。
◇◆◇
グルルルル・・・
伝輝はハッと顔を上げ、周囲を見渡した。
微かにだが、獣のうめき声が聞こえた。
首筋に冷たい水を一筋垂らされたように、伝輝は身震いした。
人間狩りの時を思い出した。
呼吸を最小限に抑える。
暗闇の中、感覚で互いを認識する。
また、三頭か・・・
伝輝は思った。
だが、場所まで特定できない。
伝輝は右手を背中に回した。
敵が姿を見せたら、すぐに取り出して攻撃してやろうと思った。
道路
病院入口の花壇
敷地内駐車場の精算機
奥にある閉ざされたシャッターガレージ
体は極力動かさず、伝輝は眼球と首を動かし、耳を澄ませた。
「!」
伝輝は横に転がり込むように避けた。
「ウッ・・・」
アスファルトに手をつく時に痛みを感じた。
硬くて細かいデコボコのあるアスファルトでは、普段のような動きをしづらいと、伝輝は感じた。
自分が居たところに四足歩行の動物がいた。
伝輝は避けた後に、素早く更に離れた。
しかし、背後にも気配を感じた。
四足歩行のはずなのに、伝輝と目線の高さが近い。
体長は自分の身長を上回っているだろう。
灰色の毛並みの(恐らく)オオカミが三頭、伝輝を囲んでいた。
三頭とも、革製の黒い短パンとチョッキを身に付けていた。
キバ組織か・・・
伝輝は再び背中に手をやった。
「バゥ!」
背後にいたオオカミが吠えた。
伝輝は身体を震わした。
下手に抵抗する姿勢を見せれば、確実にやられるだろう。
今回は、一頭ずつ順番に、とはいかないようだ。
三頭のオオカミはジリジリと距離を詰めてくる。
伝輝と向かい合っていたオオカミが、口を大きく開き飛び掛かってきた。
伝輝はとっさに右手の平を前面に向け、思わず目をつぶってしまった。
ドンッ!
何かがぶつかる音がしたが痛みはない。
伝輝は目を開いた。
目の前には、女のヒトが立っていた。
こちらに背中を向けているので、顔は見えない。
銀色に近い白髪が緩やかに波打って背中の半分くらいまで伸びている。
黒い下着を本来の位置よりもかなり下にずらして履いているので、尻の割れ目が見えかけている。
尻の割れ目の付け根から、白い尻尾が伸びている。
この女のヒト、パンツ一枚しか履いてない?
伝輝が一番驚いた部分だった。
飛び掛かってきたはずのオオカミは、元の位置に吹き飛ばされていた。
「誰だ、貴様!?」
オオカミの質問に返答せず、女はオオカミに向かって走り出し、四足歩行のオオカミの首元を強引に掴んで持ち上げ、ブリッジするように自分の身体を後ろに倒し、オオカミを脳天から地面に激突させた。
オオカミを支点にして、女はひらりと身体をクルッと回転し、立ち上がった。
伝輝と目が合った。
少し吊り上った、大きな瞳。
見覚えのある、若い女性の顔だった。
伝輝の背後にいた、二頭のオオカミが吠えながら、走り出した。
オオカミは伝輝の方を見ていた。
女がサッと伝輝の前に立ち、オオカミを待ち受けた。
一頭のオオカミが二足歩行姿になった。
背丈は女を上回った。
先に四足歩行のオオカミが飛びついたが、女はそれを回し蹴りでオオカミを別の方向へ飛ばした。
女が回し蹴りをした隙を狙って、二足歩行のオオカミが女に殴り掛かった。
女の反応は速く、身体を低くし、それをかわした。
手を地面につき、足を上の方向へ蹴り上げた。
「グゥ!」
オオカミは唸った。
一歩退き、口元に垂れた血を腕でぬぐった。
「何者だ、貴様・・・?
これ以上、邪魔をするなら、手加減はしないぞ」
オオカミが低いトーンの声で言った。
「良かった。
手加減してくれていたのね。
それで、全力だったら、がっかりするところだったわ」
女は言った。
聞き覚えのある声だと、伝輝は思った。
「ナメやがって・・・」
二足歩行のオオカミがつぶやいた時、バッと四足歩行のオオカミが再び伝輝に襲いかかった。
女はあっさりそれを殴り飛ばした。
「遊んであげているのは、私の方よ」
四足歩行のオオカミは横たわったまま、動かなくなった。
女が一瞬背を向けた隙に、二足歩行のオオカミが女を羽交い絞めにした。
灰色の毛並みの逞しい腕が、女の首をがっしり固定した。
「悪く思うな。
俺達の邪魔をした自分を恨め」
オオカミは女の頭を掴んだ。
「ウグッ・・・」
鈍い声を出したのは、オオカミの方だった。
オオカミの手が緩み、女はパッと離れる。
女の尻尾がオオカミの右ひざの関節を強く締め付けていた。
オオカミはその痛みに耐えられなかったようだ。
女は数歩下がり、助走をつけ、オオカミに向かって跳ねた。
オオカミの肩に着地し、両太ももでオオカミの顔を挟み、そのまま自分ごとオオカミを後ろに倒した。
グキッ!
オオカミは白目を向き、ヨダレを垂らし動かなくなった。
女は髪を掻き上げながら言った。
「ねぇ、もっと手ごたえのある動物はいないの?」
◇◆◇
三頭のオオカミと一人の女のやりとりを一部始終見ていた伝輝は言葉を失っていた。
女は微笑みながら伝輝に近づく。
淡いオリーブ色の瞳の中央の黒目は大きく真ん丸になっている。
滑らかな曲線を描いた腰回りに、しなやかに伸びた手足。
この細腕のどこにあんな力が隠れているのだろうか。
夏美程大きくないが、膨らんだ胸の下半分位が白い毛並みで覆われ、胸の突先部分が絶妙に見えないようになっている。
「大丈夫、伝輝?」
「エミリーちゃん・・・・?」
エミリーはニコッと笑った。