動物界での生活 ② 動物界の学校
まごころ町に来て、二日目。伝輝は初めて、動物界の学校に「転校生」として登校する・・・
伝輝とマグロは学校に到着した。
見た目は伝輝が通っている小学校とほとんど変わらないコンクリートの建物だった。
さびついた鉄門や塀の様子も、そこを通る生徒が人間であれば、伝輝の今迄通りの日常と同じだった。
軽やかに走っていく仔ウサギや仔猫や仔犬達に挨拶をしている人間の男性がいた。
グレーのスーツにピンクと白のストライプのネクタイを締めている。
どこの学校にも居そうな普通の先生のような姿だったが、この世界では何だか不思議な感じがした。
「マグロ君!」
「団助先生!」
スーツ姿の男性が手を振って声をかけた。
マグロが駆け足で男性のもとへ行ったので、伝輝も後を追った。
「おはようございます」
「おはよう、彼が伝輝君だね」
「はい」
男性は少しかがんで、伝輝と目線を合わせた。
「はじめまして、伝輝君。僕は担任の団助だ。
分からないことの方が多いと思うが、少しずつ慣れていこう。」
爽やかな雰囲気で話しかけられ、伝輝は少しむずがゆい気持ちになった。
しかし、自分と同じ姿の存在がいるだけでも、これからの生活は少し安心したものになりそうだと、伝輝は思った。
「マグロ君は先に教室に行ってくれ。
僕は伝輝君と校長先生のところに行ってくるよ」
「分かりました。じゃあ、伝輝君、また後でね!」
そう言うと、マグロは元気よく走り出し、校舎の中に入っていった。
校舎の入口の傍で、友達らしき犬と合流していた。
「伝輝君行こうか。こっちだよ」
伝輝と団助先生は生徒達とは違う入口から校舎に入り、校長室へと向かった。
「失礼します」
校長室に入ると、革製のソファのその奥に、少し立派な木製の机があり、黒毛の熊が男性と同じようなグレーのスーツにワインレッドのネクタイを締めて座っていた。
「おや?」
伝輝がやや緊張気味に校長室に入る様子を見て、熊が反応した。
「私の姿にあまり驚いていないようだね」
「ええ。生徒達の姿を見ても、特に反応はありませんでした」
「動物界に来たばかりだと聞いていたが、多少は順応しているようだな」
伝輝は心の中で苦笑いした。
たった一日で慣れたわけではないが、あまりにも周りの動物達が普通に過ごしているので、いちいち驚いてはいられなくなっただけだ。
「団助先生も人間でいる必要はないんじゃないかな?」
「そうですね」
団助先生はそう言うと、少し両腕を上げて伸びをした。
すると、瞬く間に身長が縮み、手の平やうなじあたりに黒々とした毛が生え出した。
伝輝の方を向いたとき、先ほどの人間の男性から、奥に座っている熊と同じ黒毛色の熊になっていた。
「改めて、はじめまして。
僕はツキノワグマの団助です」
背は伝輝よりもやや低く、挨拶しながら窮屈そうなネクタイの首元を緩めると、チラリと白い毛色が覗いた。
「私は校長の良男だ。
私もツキノワグマだ。団助は私の甥っ子にあたるんだよ」
「はぁ・・・よ・・・ろしくお願いします・・・」
二人の挨拶は、伝輝の頭には全く入ってこなかった。
一瞬にして、人間が熊に変わったのだ。
着ぐるみを脱いだのではない。
体毛も体格も丸っきり変わってしまったのだ。
「なるほど。
君は動物界の動物は見慣れているが、化けは知らなかったんだね」
「ばけ・・・?」
「人間界でも、キツネやタヌキが化けて人間をだましたり襲ったりする話があるだろう。
僕達はその化けを利用して、このように二本足で歩いて生活しているんだ。
つまり、本来の姿は四足歩行しかできないのだが、化けることによって、二本足で立ち、残りの二本足を両手として使うことができるんだよ」
伝輝は、なぜマグロ達が当たり前のように二本足で歩いているのかが分かった。「化け」というのは、まだよく分からないが、少なくとも、ちゃんとあの姿になっている理由があったのだ。
「『化け』については、徐々に学んでいこう。
まずは、君の現状について色々調べないとね」
ガララと、校長室のドアが開き、真っ赤な顔をしたワンピース姿のニホンザルが、自分の身体と同じくらいの大きさの紙袋を持って入ってきた。
「はい、新入生用に諸々準備してきたわよ」
「ゆり子さん、ありがとうございます。
伝輝君、彼女は学校事務のゆり子さん。
学校のことで分からないことがあったら、何でも彼女に聞いていいよ」
「その前に、ちゃんと自分で紙袋に入っているマニュアル読んできてよね」
ゆり子さんは、パシッと言って校長室を出て行った。
「さて、伝輝君。早速はじめよう」
良男校長先生がパンッと手を叩いて言った。
「は、何を・・・?」
「体力テストだよ。紙袋に体操服が入っているから着替えて」
団助先生がニコッと目を細めた。
「お疲れ様。さ、これを飲みなさい」
団助先生は日陰で腰を下ろしている伝輝に冷たいミネラルウォーターのペットボトルを渡した。
「ありがとうございます」
体力テストの内容は、伝輝が今まで体育の授業のテストでやってきたものと似ていた。
五十メートル走、走り幅跳び、反復横跳び、握力、柔軟、ソフトボール投げ等々。
一度に立て続けにやると、さすがに少し疲れた。
「人間界の日本の子どもの体力調査と比較すると、君は人間界では平均よりもやや上か、部分的にそこそこ上位のものもあるね。
昨今、子ども体力低下を叫ばれている中で、中々優秀な成績だね。
何か、スポーツでもしていたのかい?」
「いえ、特に・・・」
冷たい水でのどを潤しながら、伝輝は答えた。
伝輝は特に習い事ということをしたことがなかったが、祖父や父に無理やりつき合わされて柔道やら野球やらは身に着けさせられていた。
だが、妙に結果を出してしまうと、たちまち面倒な奴らに目をつけられるので、今まで学校ではわざと手を抜くこともあった。
「これなら、動物界に順応するのにも、あまり時間はかからないかもね。
でもね、伝輝君、これだけは約束してくれ」
団助先生の声が低く落ち着いたものになった。
「僕がOKを出すまで、絶対に他の動物達と遊んではいけないよ。
遊ぶというのはスポーツとか体を使う遊びのことだよ。
良いかい?絶対だよ。下手をすれば命に関わることだから、絶対に守ってくれ」
伝輝はコクリとうなづいた。
そもそも自分は連中と遊ぶ気など全くなかった。
校庭で砂まみれになりながら、犬や猫とゴロゴロとじゃれ合う姿を想像した。
「大丈夫ですよ」
「それなら良かった。では、着替えて教室に行こう。
クラスメイトに挨拶しないとね」
伝輝はドキリとした。
普通の転校でも、どれほど緊張するのか考えたこともない。
ましてや、これから向かう先は、自分と同じ人間はいないかもしれないのだ。
着替えを済まし、伝輝は団助先生の後につきながら教室に向かった。
今の時間は授業中らしく、廊下は静かで他に生徒らしき姿を見ることはなかった。
「ここが、君の教室だよ。
マグロ君が荷物を運んでくれているはずだ」
団助先生はガラガラと教室のドアを開いた。
ザワザワと子どもの声が漏れてきたが、すぐに静かになった。
伝輝は生唾を飲み込んだ。
自分は一体どんなもてなしをされるのか、色々最悪なパターンも想像しながら、教室に入った。