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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
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人間7号誕生 ⑤ 樺VSハイエナ兄弟(前編)

夏美から、「おしるし」の連絡を受けた咲だが・・・

 昼過ぎの時間帯、咲は包産婦人科病院から車で少し走ったところにある住宅街にいた。

 住宅が並ぶ一角にコインパーキングがあり、咲はそこに車を停めていた。


 早朝に秋田犬の自宅出産の立ち会いがあった。


 予定より少々時間がかかってしまい、午後になり、ようやく秋田犬の自宅を後にした。


 夏美からのメッセージを見て、病院に行く指示を送った。

 まごころ荘に戻る為、咲はコインパーキングに足早に向かった。


「来たぞ、ロース」


 咲の車の運転席側隣に停めている黒のワゴン車の中で、赤いバンダナを頭に巻いたシマハイエナの若い男が言った。


「分かっている。

 慌てるなよ、ヒレ」


 運転席に座っている「ロース」と呼ばれた、同じくシマハイエナの若い男が落ち着いた口調で言った。

 彼は青いバンダナを頭に巻いている。

 二人とも上半身は裸で、革製の長ズボンを履いていた。


 二列目助手席後ろにいるヒレの隣には、ヒグマの女性が座っている。

 彼女はパンツスタイルのナース服を着ていた。


 咲は走っている間に、エンジンキーの遠隔ボタンを押して、車のドアロックを解除した。

 運転席ドアの前につき、ドアを開けようと手を伸ばした。


 その時、ワゴンのドアが開き、ヒレが後ろから咲に抱きついた。

 左手でガッシリ咲の口元を押さえ、右手に持っていた小型麻酔銃を首元に打った。


 咲は抵抗する間もなく、意識を失った。


 ヒレは素早く咲をワゴンの二列目座席に座らせた。

 同時にヒグマの女性が車外に出た。


 ヒグマの女性は咲を見た。

 予め包産婦人科から手配していたナース服は、咲が着ているものと一致した。


 ポンッとヒグマの女性は姿を咲そっくりのヒトに変えた。


「カバンの中に、財布とケータイがあったぜ。

 車のキーは?」


 ヒレがポイッと、咲が持っていた斜め掛けバッグを女性に渡した。


「地面に落ちてたわ。

 ヒレが襲った時に落としたのね」


 声も咲そっくりに化けていた。

 女性はそのままサッと咲の車に乗り込み、エンジンをかけ、コインパーキングを出発した。


「俺達も、例の場所に行くぞ」

 ロースがエンジンをかけながら言った。

 ワゴンの窓は外からは暗く、車内が見えなくなっていた。

 ワゴンは何事もなかったかのように、発進した。

 

 咲は眠っていた。

 財布、ケータイ、車のキーがすぐに見つかった為、彼女の身体までは詳しく調べられなかった。


 咲がナース服の下に、首からかけた小型音楽プレーヤーを身に付けていることを、ヒレとロースは気づいていなかった。


     ◇◆◇


 樺が到着したのは、沿岸部にあるまごころ町の工場地帯だった。


 沿岸には工場が立ち並び、幾つも伸びている煙突の一部からは白い煙が空へ昇っていた。

 大型トラックやコンテナを積んだ船が工場の周囲に集まっていた。


 樺はタクシーの運転手に料金を支払い、車を降りた。

 エミリーからのメールを確認しながら歩いた。


 目的地は、工場地帯のすぐそばにある商業・住居複合地域だ。

 工場で働く動物達の生活の為に存在する場所だ。


 グレーのTシャツの上に、厚手の桜色パーカーを羽織った樺は、背中にゴルフバッグ程の大きさのリュックを背負ていた。

 彼の背中にあると、普通のリュックに見えてしまう。


 樺はスーパーや飲食店がある場所から少し奥にある通りに入った。

 一本中に入ると、雰囲気が変わった。

 店舗や小さいビルが並んでいるが、ほとんど営業していない。


 この通りは、日中工場で働いた動物達が立ち寄る飲み屋が集合している為、この時間では、どの店も閉まっている。


「ここか」


 樺が立ち止まったのは、古びた雑居ビルだった。

 一階は居酒屋で、二階はカラオケスナックが入っている。

 三階は空いているようで、三階部分の看板には「テナント募集中」と貼り紙が貼られていた。


 樺は居酒屋の傍にある、二階以上のフロアにつながる入口のドアを開けようとしたが鍵がかかっていた。


 他に中に入る方法はないかと、樺はビル周辺を捜した。


 雑居ビルの隣は同じくビルだった。

 その間を見ると、隣のビルの外階段が壁側についていた。

 それをつたっていけば、目的地の三階の窓に到着できそうだ。


 樺は外階段を上ろうとした。

 しかし、自分の身体の大きさと重さでは、古い階段はきしみ、音が目立つ。

 幅も大型動物への配慮はされていない。


「仕方ないな」

 樺はポンッと姿をヒトに変えた。

 ヒトに化けられることは、まごころ町では公表していない。

 顔を見られない様、パーカーのフードを被り、紐を引っ張りピッタリ固定した。


 リュックを下ろし、改造したベルト付き水鉄砲を何丁か取り出し、デニムのベルトや肩に提げた。

 リュックは階段下に置いておくことにした。


 なるべく音を立てぬように階段を上り、目的の三階部分の窓の位置まで到着した。


 樺はそっと手を伸ばした。

 パチッと軽く音がした。


「『膜』が張られているのか・・・」

 一階の入り口には張られていなかった。

 恐らく三階部分にのみ張られているのだろう。

 強力なものではなく、侵入者を察知する類のものだろう。


 樺はベルトに引っかけていたプラスチック製の小型水鉄砲を手にした。

 そっと窓に銃口を当て、引き金を引いた。

 中から噴射された液体が窓にかかり、パチンッと小さく音を立てた。


 化け医療で頻繁に使われる薬品の中に、化け効果を解除するものがある。

 治療する際に、二足歩行姿ではなく、本来の四足歩行姿や大きさに戻す必要があるからだ。


 樺は独自に調合し、空間の化けなどにも効果を発揮する薬剤を作り上げていた。


 水鉄砲をベルトに引っかけ、再び窓に手をやった。

 スススと簡単に窓が開いた。


「ツメの甘い動物だな。

 鍵をかけていないなんて」


 階段の柵に足をかけ、樺は窓からビル内に侵入した。

 共用廊下部分は照明がついておらず暗かった。


 樺は気持ちを落ち着かせるために、大きく深呼吸した。

 窓と反対側の壁には、いくつか扉がついている。

 そのどれかを開ければ、咲と、キバ組織もいるだろう。


     ◇◆◇


 雑居ビルの三階はワンフロアのみだった。


 埃被った空っぽの室内で、咲は窓際に雑に置かれていた。

 手首と足首をガムテープで縛られた咲は眠り続けていた。


 フロアの中央に置いたソファに寝そべりながら、ヒレは咲を見た。


「良い感じに脂肪がついていて美味そうだなぁ。

 今日は狩りの日だと、勘違いしたことにしちゃ駄目かなぁ」


「馬鹿なことを言うな。

 俺達は与えられた任務だけを確実にこなすんだ」


 隣に座っているロースが、本を読みながら言った。


「うるせぇなー。

 だってつまんねぇだもん。

 指示が出るまで、ヒトをここで見張るだけなんてよ。

 折角、バラの叔父貴おじきが俺らのこと推薦してくれたのによぉ。

 もっと、何ていうか、ガチな任務ってのをやりたいのよ、俺は」


 ヒレはソファの片隅に置いたビールケースに手を伸ばした。

 ビールケースはひっくり返されて、底部分にベニヤ板を置き、簡易机になっていた。


 その上に、ワンタッチオープンタイプの蓋がついたサッカーボール程の大きさの容器を置いていた。

 ヒレは蓋を開けて、中に入っているものを取り出した。

 乱暴に掴んだものは、生きた家畜のヒヨコだった。


 首をピクピク動かすヒヨコを、ヒレはポイッと口に入れた。

 そして、舌を転がして小刻みに動くヒヨコを舐めまわした。

 んわっと、口を開け、ヨダレまみれのヒヨコを身体を半分外に出した。


「行儀が悪いぞ、ヒレ」

 ロースが顔をしかめた。


 チラリとロースを見たヒレは、ヒュッとヒヨコを口内に戻した。

 モグモグと噛んで飲み込み、ペッと口に残った黄色い羽毛を吐き出した。


「そういえば、お前さっき空気を入れ替えたいって、廊下の窓を開けに行ったけど、戻る時にちゃんと鍵をかけたんだろうな」


「いちいち、細かいなぁ、ロースは。

 どうせ膜を張ってんだから、問題ないだろ?」

 ヒレはだらんとソファの上で寝返りを打った。


「全く・・・」

 ロースは呆れた様子で、ヒレを見た。


     ◇◆◇


 カチャリ


 コロコロコロ・・・


 ドアが開く音がした。

 そして、わずかに開いたドアの隙間から、野球ボールほどのプラスチックの球体が転がってきた。

 丁度ソファの目の前辺りで止まった。


「何だ?」

 ロースが立ち上がった。

 ヒレも身体を起こした。


 ブシャア!


 球体がパカッと二つに割れ、白い煙が一気に噴き出した。


「うわっ!」

 ヒレとロースは思わず目をつぶった。


 ガチャ!


 樺が室内に入った。

 素早く周囲を見渡し、入口の向かい側の窓際に倒れている咲を発見した。


 樺は咲に近づいた。

 脈を確認し、眠っているだけであると判断した。

 手足首のガムテープを外した。


「ぐっ」


 背中に痛みを感じた。

 樺は素早く振り向いた。


 白い煙が薄れる中、四足歩行姿のシマハイエナ二人が樺を睨みつけていた。


 赤いバンダナを頭に巻いた方は、ハイエナにしてはやや小柄だが、四肢が太くたくましかった。

 青いバンダナの方は、赤い方よりも、大きく細身だった。


「変なもの、ぶちまけやがって。

 誰だ、てめぇは!」

 ヒレがドスのきいた声で叫んだ。


 樺は背中を強く引っ掻かれたことを、血がにじむ感覚で判断した。


 催眠剤が通用しなかったのか。

 さすがにキバ組織だな。


 樺はそっと背中に手を回し、水鉄砲を持った。


「なぁ、ロース。

 任務の中に邪魔者の始末ってあったっけ?」

 ヒレがニヤつきながら言った。


「ヒレ。そうだ、あった。

 ターゲットのヒトを攫おうとする動物なら、緊急警戒動物にしても良いと書かれてあった」

 ロースは表情を変えずに言った。


「そりゃあ、良い。

 こいつの肉は硬そうだから、美味くないだろうけど」

 ヒレは舌をベロリと出した。 

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