人間7号誕生 ④ 二人の違い
タカシの手助けもあり、伝輝と夏美は、無事に包産婦人科に到着した・・・
タクシー内でタカシが包産婦人科病院に連絡していた為、車が病院の前に停まると、入口からボニー先生とちひろ他もう一人の看護師らしき動物がバタバタと出てきた。
「夏美さん、よくお越しくださいました!
病室の手配は済んでいます。
歩けますか?」
ボニー先生が声をかけながら、タクシー代の支払いを済ませたタカシと一緒に夏美を病院内へ連れて行った。
伝輝もボストンバッグを持って、タクシーを出た。
「頑張ってね!」
ヤギの運転手が運転席の窓を開けて言った。
夏美は病室兼分娩室の個室に案内された。
伝輝はボニー先生の指示で、ベッドの傍の棚の一番下の段に置いた。
夏美はベッドに横になった。
「お疲れ様でした。
着替えが済んだら、子宮口の確認をしましょう」
ボニー先生は個室内の設備の説明を簡単にした後、看護師を残して個室を出た。
「では、夏美さん。
一緒に着替えを始めましょうか」
ちひろが壁に設置されている扉付きの棚から病衣を取り出して言った。
淡々と踏み台を動かし、その踏み台に乗って、ベッドを囲むカーテンを広げた。
伝輝とタカシは、カーテンの外に締め出された。
「俺と伝輝は一旦外に出てますね。
向かいのファミレスで、何か食べてきます」
タカシがカーテン越しに夏美に言った。
そして、伝輝の背中を押しながら、個室を出ようとした。
「待って、タカシさん」
夏美がカーテンを少し開け、隙間から二人を見た。
「ここまで運んでくれてありがとう。
それに伝輝と一緒に居てくれて本当に助かるわ」
夏美は青ざめた顔で、一生懸命笑顔を作った。
「気にしないでください。
俺と伝輝は同い年なんで、何か妙に気が合うんですよ」
タカシは伝輝の肩をポンと叩きながら言った。
「同い年、だったの!?」
夏美が小さな声をあげて驚いた。
伝輝の心は、少しモヤッとした。
「見えないでしょ。
それじゃ、俺達はちょっと席を外しますね。
昇平さんはいつ頃来るんですか?」
「もうすぐ到着すると思うわ」
夏美の言葉を聞いて、タカシはペコッと頭を下げて、伝輝と個室を出た。
◇◆◇
伝輝とタカシは外に出た。
午後過ぎに病院に向かったが、気が付けばうっすら日が落ち初めていた。
病院に着いてからずっと黙ったままだった伝輝がようやく口を開いた。
「お母さん、大丈夫かな・・・」
「きっと大丈夫だよ。
ボニー先生の指示のもと、お産へと入るだろうし。
あとは、自然に任せるしかないな。
ざっと、病院内にいる従業員とか確認したけど、多分キバ組織関係者はいないと思う」
「本当に?」
「ああ。
もし侵入できても、短期間すぎて、ボニー先生が重要なポジションには配置させないだろう」
タカシは落ち着いた様子で話した。
病院を出たところで、フッと赤レンガの壁を撫でた。
「そっかぁ、良かった」
伝輝はホッと胸をなでおろした。
「だが、出産直後に侵入して7号を回収する可能性がある。
油断できないというか、これからが対キバ組織対策としては本番だな」
タカシの声色が強くなった。
「建物が『膜』で保護されている。
駐車場には張っていないけど」
「膜?」伝輝が尋ねた。
「化けによる、空間に張るバリアーみたいなものだよ。
かなり質の良い膜だから、間違いなくキバ組織のものだろう。
簡単に解除できないようにもなっている」
「膜があると、マズイの?」
「いや、膜で保護されていれば、外で多少派手な騒ぎが起きても、音や振動など、病院内には影響しなくなる。
つまり夏美さんはより安全な環境で出産ができるってことだ。
言い換えれば、キバ組織も7号回収の為に着実に準備しているということだけどな。
俺も、しばらくは犬には戻れないな」
タカシの話を聞き、伝輝は唇をギュッと閉ざした。
伝輝とタカシは、横断歩道を渡り、病院の向かいにあるファミレスに入った。
食欲がわかなかったが、軽く食べた方が良いとタカシに言われ、伝輝はタカシと同じポトフを頼んだ。
「タカシさん。
どうやって、俺達があの交差点にいるのが分かったの?」
料理が運ばれるのを待っている間に、伝輝は尋ねた。
「GPSだよ」
タカシが水を飲みながら言った。
「ゴンザレスさんが用意してくれた人間狩り退治用ケータイには、人間界のGPS機能が搭載されている。
エミリーちゃんが解析して、俺達がどこにいるかを特定してくれる。
ケータイじゃないけど、咲さんにも持たせていて、それで咲さんと伝輝の位置が分かった。
伝輝が咲さんの車で移動するって連絡が来ていたのに、咲さんと伝輝が合流する前に、伝輝が移動を始めた。
だから、おかしいってことになって、樺さんが咲さんの方へ、俺が伝輝がいる方へ向かったんだ」
「GPS・・・知らなかった。
車のタイヤもパンクしちゃったし、タカシさんが来てくれなかったら、本当に大変なことになってたね」
「いや、そうじゃないんだな」
タカシがニヤッと笑った。
「交差点で信号待ちしている間に俺がタイヤをパンクさせた」
そう言って、タカシはスッと右手を前に出した。
右手の中指の爪だけがズズズと伸びた。
「俺の得意分野は、細胞の修復、つまりは増殖の促進。
応用すれば、身体の一部の強化もできる。
五本指の爪を全部強化して伸ばせば、ちょっとした刃物のできあがりさ」
タカシはすぐに左手で中指の爪をさすり、ペキンと折った。
「爪は伸ばすと、元に戻すのにちょっと時間がかかるのが難点だが」
だからあの時、タカシは右手をポケットに入れていたのかと、伝輝は思った。
「まぁ、車をパンクさせるのは、結構危ない行為だけど、キバ組織も夏美さんの安全が最優先だから、無茶な運転はしないと思ってさ。
ちゃんとすぐに異変に気付いて、無事に停車してくれて良かったよ」
伝輝の表情は暗くなった。
一歩間違えれば事故が起きていたかもしれないのだ。
「伝輝こそ、よく咲さんが偽物だって気付いたな」
タカシがケロッとした顔で尋ねた。
「いつもと様子が違ったから・・・
咲さんはペラペラしゃべるヒトなのに、今日は凄く静かだったから」
「なる程ね。
咲さんに化けていたのはキバ組織の『変身の化けスペシャリスト』で間違いないだろう。
『変身の化けスペシャリスト』の本業は、人間界に枠を持つ動物達のアリバイ作りさ。
例えばゴンザレスさんが、仕事以外でも人間界で生活しているように見せかける為に、代わりに立上権座に化けて、人間界で過ごしたり、寝泊まりしたりするんだ。
奴らの特徴としては、目立った行動はしないってことだな。
基本的に枠を持つ動物は、人間界では地味に振る舞うからな。
だが、今回はそれがアダになったって訳だ」
◇◆◇
注文したポトフがテーブルの前に置かれた。
二人は息をフーフー吹きかけながら、ニンジンを頬張った。
伝輝はタカシを見た。
昇平よりも年上に見える容姿の男がウインナーを口に入れている。
「どうした、伝輝?
冷めちまうぞ」
「何で・・・こんなに違うんだろうな」
「は?」
タカシはきょとんとした様子で伝輝を見た。
「俺とタカシさん。
生まれた日も全く同じでさ、同じ時間生きているはずなのに、何でこんなにも違うんだろう?」
「伝輝・・・」
「俺は、あっさりキバ組織の罠に引っかかって、お母さんを危険な目に遭わせてしまった。
だけど、タカシさんはそれをあっさり助けてくれた」
伝輝はポトフをじっと見つめた。
フォークを持つ右手に力が入る。
「成長速度が違うんだ。
差がつくのは当たり前だ。
それに、伝輝が異変に気付いたから、俺も助けに行くことが出来たんだ。
伝輝が一緒に車に乗っていなかったら、今頃夏美さんも7号もキバ組織の思い通りになっていた。
弱気になるなよ。
お前が夏美さんと7号を守るんだろ?」
タカシは穏やかな口調で話した。
「そうだけど・・・。
やっぱり俺は力が足りないんだ」
「そりゃそうだ。
お前はこれから成長していくんだから。
俺からすれば羨ましい限りだよ。
俺には、老いて死ぬ未来しかない。
今は必死でそれを遅らせようとしているだけだ」
伝輝はタカシを見た。
タカシは、じっと伝輝を見ていた。
「俺は同じ時間の長さを生きてきた伝輝と、これからも同じ時間を生きることができないのが辛いよ」
「タカシさん・・・」
伝輝は再び視線を落とした。
そして、以前から疑問に感じていたことを尋ねた。
「どうしてタカシさんは、そんなにも俺を助けてくれるの?
他の皆が助けてくれないって訳じゃないけど、俺に化けや人間6号のことを教えてくれたのは、タカシさんだし」
伝輝の言葉を聞いて、タカシは頭の上の犬耳の裏をポリポリ掻いた。
「やっぱりおかしいかな?
まぁ、仕方ないんだろうけど。
俺はまごころ荘で産まれてから、動物界で人間に育てられてきたんだ。
ヒトじゃなくて、人間にな。
以前、前田さんが俺が産まれた直後にまごころ荘の二階から落ちて、それを人間がキャッチしたって話したろ。
その人間が俺を引き取って育ててくれたんだ。
だから、人間が違う種類って思えないっていうか、自分も人間と同じだと思うことがある」
伝輝の目が見開いた。
初めて聞いた。
「まごころ荘の住民で、それをよく知っているのは、今じゃカレイさん一家と前田さんくらいだけどな」
タカシは照れくさそうに言った。
◇◆◇
「あ、メール気付かなかった」
ポトフを食べ終えた頃に、タカシがフッと言った。
伝輝もケータイを取り出して画面を見た。
樺
「咲さんの居場所特定しました。
キバ組織に捕まっている可能性が高いです。
救出に向かいます」
エミリー
「タカシさんと伝輝は包産婦人科病院の近くで待機すること。
ゴンザレスは樺さんのフォローに入ること」
ゴンザレス
「了解しました。
もうすぐ仕事が終わります。
現場直行します」
伝輝はメール画面の後に、タカシを見た。
「本物の咲さんのことが心配だったが、やはり捕まっていたか。
樺さん、重大任務だな。
俺達も駐車場で待機していよう」
そう言って、タカシは席を立った。
伝輝も慌ててついて行った。