表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
74/84

人間7号誕生 ② 陣痛

夏美の出産予定日が近づく中、まごころカンパニーでは、美食会が開催された・・・

 ベランダの窓を通して6号室の居間に、朝日が優しく差し込んだ。


 台所のコンロの上には、作りたての味噌汁が入った鍋と油をひいただけのフライパンが置かれていた。

 どちらも火はついていない。

 換気扇の音だけがゴーッと小さく響いていた。


 夏美がトイレから出てきた。

 朝食を作っている途中で一旦手を止め、用を足しに行ったのだ。


 だが、夏美の表情は、スッキリしたというものにはなっていなかった。

 むしろ、少し重いものになっていた。


 夏美は洗面所から昇平の鼻声が聞こえてくるのに気付いた。

 昇平は洗面所で洗濯機にタオルなどを入れて電源スイッチを入れようとしているところだった。

 夏美が入ってきたことに気付き、昇平は振り向いた。


「なっちゃん、どうしたの?

 ちゃんと洗剤の量を確認して入れたよ」

 そう言って、昇平はピッと洗濯機のスタートボタンを押した。


「ねぇ、しょーちゃん。

 もしかしたら、もうすぐ陣痛が来るかもしれない」


「本当?!」

 昇平は驚いて声を上げた。


「・・・おはよう」

 顔を洗いに来た伝輝は眉をしかめながら、両親がひそひそ向き合って会話しているのを見た。


「おはよう、伝輝。

 あのね、もうすぐ陣痛が来るかもしれないの」

 夏美は伝輝の方を向いて言った。


「えー!

 じゃあ、早く病院に行かなきゃ!」

 伝輝の目がパッチリ見開いた。


「落ち着いて、伝輝もしょーちゃんも。

 すぐ産まれる訳じゃないから。

 ただ、陣痛が起きるかもしれないだけ。

 でもそれもいつ来るかは分からないの」

 夏美はニコニコ笑いながら言った。

 

 先程トイレで「おしるし」を確認したのだと夏美は説明した。

 「おしるし」がどんなものかまでは、男二人には詳しく話さなかった。


「しょーちゃんも伝輝も、普通に仕事と学校に行く。

 私が病院に行くことが決まったら連絡するからね」

 ちゃぶ台で朝食を食べながら、夏美がキビキビ言った。


「なっちゃんが今日病院に行くなら、俺はすぐにはお見舞いに行けないかも。

 動物園で施設定期総検査があって、職員は一日ドタバタしそうなんだ」

 昇平が卵焼きを口にほおばりながら言った。


「俺は午後休んでも良い?

 午前はペーパーテストがあるけど、午後は普通授業だから」


「わざわざ休まなくても良いわよ。

 何かあれば学校に連絡するから、その時は早退させてもらいなさい」

 伝輝はちょっと不服だったが、黙ってご飯を口にかき込んだ。


 ゴンザレスからもらったケータイの事は、誰にも言っていなかった。

 (そもそも、メンバー間でしか使えないので、言っても意味がない)


 伝輝と昇平は、ソワソワしつつも、夏美に追い出されるようにして家を出た。


 玄関のドアを閉めた夏美は、一仕事終えたようにフーッと息を吐いた。


 居間に戻り、食器の片付けをする前に、咲とボニー先生にメールを送った。

 二人からは「おしるし」の段階でも報告するようにと言われていた。


「さてと、のんびりしている暇はないわ。

 いつ陣痛がきても良いように、準備しておかなくっちゃ」


 夏美は手短にメールを打ち終え、ヨイショっと膨らんだお腹を持ち上げるように立ち上がり、台所へ向かった。


     ◇◆◇


 人間5号の出産が近い。


 まごころカンパニーの一部上層部とキバ組織リーダー達の間で、その情報は瞬く間に広がった。


 ワイヤーはカツカツと黒い本革ブーツの踵を鳴らしながら、キバ組織本部棟内の廊下を早歩きした。


 上層部から、食材回収の準備をするよう指示が出た。


 キバ組織は表向きは狩りの日を適切に運営する為の組織である。

 極秘任務に対して行動する特殊集団であるとは、世間に知られないようにしないといけない。


 今回の指示についても、キバ組織は周囲に行動がばれないように必要最低限の動きしかできない。

 その中で、最大限の結果を出すことが求められる。


 ワイヤーは奥歯を噛みしめた。


 回収可能時刻は不明、場所は住宅街の一角にあるまごころカンパニー系列でない病院。

 ターゲットは死なせるどころか傷一つつけることも絶対に許されない。

 食材の鮮度保持の為、会場に運ぶ時間も最短にしなければならない。


 どうすれば良いのよ・・・


 キバ組織のメンバー選出、組員配置、全体行動計画について、任務に関する事前準備は全て彼女に任されていた。


 その時、ポケットに入れていたケータイがブルブルと着信を知らせた。


「はい?」


「よう、ワイヤー」


「バラ?

 悪いけど、今は忙しいのよ」


「人間5号の子どもの回収指示が出たんだろ?

 参加組員には俺の甥っ子二人を使ってくれ。

 若手の中では一番勢いがある。

 そこそこ、良い働きするぜ」


「あなたも手伝いなさいよ」

 ワイヤーは立ち止まり、廊下の壁に寄りかかり、バラとの会話を続けた。


 動物界で使われているケータイは顔に当てるだけで、会話ができる。

 頭の上にある耳にいちいちケータイをかざす必要はない。


「参加はするが、俺は好きに行動させてもらうぜ。

 その代わり、俺に何かあっても、自己責任にしちまって構わないから」


「ちょっと、バラ。

 何をするつもりなの?」


「今回の計画の一番の邪魔になるであろう動物と、ちょっと遊ぼうと思ってな。

 ワイヤー、早い段階で包産婦人科病院に『膜』を張っておいてくれ。

 ただし、建物のみで敷地内駐車場はそのままにしておくんだ」


 ワイヤーは顔をしかめた。

 『膜』とは、空間に施す化け技術だ。

 様々な種類があるが、一般的なのはバリアー効果だ。

 膜張りは、ワイヤーの得意分野でもあった。

 膜を施すことにより、狩りの日で街中を肉食獣が走り回っても、公共物や重要建築物に被害が出ないように防ぐことができる。


「良いけど、無茶と任務の邪魔はしないでよ」

「分かってるって。

 ありがとうよ、ワイヤー。

 じゃ、よろしくな」

 バラがそう言って、ケータイは切れた。


 ワイヤーは再び歩き始め、シマハイエナの兄弟にケータイで連絡をとった。


     ◇◆◇


 昼休みが始まる頃に、夏美から学校に連絡入った。

 伝輝は早退するよう団助先生から言われた。


 伝輝の下校時間は、最速記録を更新した。


 玄関をドアを開ける頃には、呼吸困難になったかと思う位、息を荒げ、汗をかいていた。


「おかえり、伝輝。

 随分慌てて帰ってきてくれたのね」


 夏美が洗面所から出てきた。

 普段と変わらない様子でけろっとしている。


「赤ちゃんは?」

 伝輝はゼーゼーと息を吐きながら尋ねた。


「まだすぐには産まれないと思うわ。

 でも、そんなに強くないけど、陣痛が始まったの。

 今は収まっているけどね。

 これから、痛みも強くなるし、陣痛が起こるペースも小刻みになって来るから、今の内に入院の準備とかしないと。

 伝輝も手伝ってくれるかしら?」


「分かった!」

 伝輝は大きな声で返答し、バタバタと寝室に入り、リュックを乱暴に投げた。


 夏美と伝輝は、入院する夏美の荷物や、産まれてくる赤ちゃんの荷物の準備を行った。


 陣痛が始まると、夏美は居間に敷いた布団の上で横になり、身体を休ませた。

 傍らにはノートとペンを置いてあり、スマホの時計時刻を適時記入していた。


 夏美が休んでいる間は、伝輝は夏美の指示に従い、片付けなどをしていたが、やっぱり落ち着かない。


「大丈夫よ。

 ちゃんと咲さんやボニー先生に連絡をとって、陣痛の状態を知らせているから。

 病院に行く指示が出たら、咲さんが迎えに来てくれるか、タクシーを手配してくれることになっているわ」


 夏美は痛みで、顔が少し青ざめていたが、伝輝に優しく話しかけた。


 時間はこんなにも恐ろしく長いのか、と伝輝は感じた。


 夏美は二、三十分痛みで横になった後に、むっくり動き出し、シャワーを浴びたりトイレを済ませたり、軽食を摂ったりした。


 伝輝もシャワーを浴び、いつでも出かけられる状態に服と下着を着替えた。


「咲さんから、病院に行きましょうって、メールが来たわ。

 咲さん、別のお産が終わったから、これから迎えに来てくれるそうよ。

 間に合わないようならタクシーを呼んでくれるって」


 夏美が伝輝に言った。

 伝輝は少しだけ安心した。


 咲が迎えに来るのを待っている間に、伝輝は寝室に移動し、ケータイをパカッと開き、画面を見た。


 午前中に学校のトイレでこっそり一斉メールを送り、今朝夏美が言っていたことを皆に伝えていたのだ。

 その返信が一斉メールで、各々から帰ってきていた。

 皆、今日の予定を報告していた。


ゴンザレス

「今日は夕方まで仕事です。

 取引先との打ち合わせが入っている為、早退できません。

 夏美さん、頑張ってください」


「夜勤明けで午前中には仕事が終わります。

 用事を済ませてからまごころ荘に帰ります。

 伝輝君、連絡ありがとう」


エミリー

「秘密」


タカシ

「今日は夜勤からそのまま夕方までフルタイム出勤」


 伝輝の表情は不安で硬くなった。


 今のところ、樺さんが空いているくらいか。

 だが、まごころ荘に戻っているかまでは分からない。


 エミリーちゃんから「秘密」というメッセージが来た場合、自分達の計画の為に、本格的に動いている時だと、以前タカシから聞いたことがあった。


 つまり、エミリーちゃんは夏美の出産に向けて動いている。

 それは同時に、キバ組織も動いているという意味になる。


 伝輝は一斉メールで、もうすぐ咲の車で病院で向かうことを伝え、ケータイを閉じた。


 眉間の揉み、表情をほぐしてから、伝輝は寝室を出た。


 やがてドアチャイムが鳴った。

 伝輝がドアを開けると、咲が立っていた。


「こんにちは」

 咲はニコッと笑った。


 大きなボストンバッグを肩に提げ、伝輝は咲の車の方へ向かった。

 夏美は咲と一緒にゆっくり階段を降りた。


 運転席側の後部座席に座り、夏美はお腹の膨らみを避けるようにしてシートベルトを着用した。

 伝輝は夏美の隣で、後部座席の真ん中に座った。


「出発します」

 咲はエンジンをかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ