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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
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人間7号誕生 ① 包産婦人科病院

まごころ町でのお産が近い、伝輝の母、夏美。彼女とお腹の中の赤ちゃんを、まごころカンパニーから守る為、伝輝達の抵抗はひっそりと続いていた・・・

 咲が1号室に住み始めてから数日後に、伝輝と夏美は健診と見学を兼ねて、咲が所属しているつつみ産婦人科病院に行った。

 他の患者の訪問を終えたナース制服姿の咲がまごころ荘に戻り、咲の車で病院に向かった。


 包産婦人科病院は、赤レンガの洋館のような外観をしており、一見すると病院とは分からないほどだった。

 建物の傍にシャッター付きガレージと、平置きの有料駐車場スペースが広めに確保されていた。


 中に入ると、段差のない玄関に受付ロビーまでつながる壁スロープなど、患者に配慮した設計が細やかに施されていた。


 ロビーのソファで待っていると、咲に呼ばれ二人は診察室に入った。


「紹介するわ。

 私の師匠のボニー先生よ」

「正しくは、兄弟弟子ですけどね。

 師匠の知識を引き継いでいるだけで。

 初めまして。

 私がこの包産婦人科病院の院長を務めています、ボニーです。

 今日はようこそお越しくださいました」


 ボニー先生は、雌のセントバーナード犬だった。

 たるんだ目元や口元の皮膚をブルブル動かしながら、穏やかな口調でボニー先生は話した。


「この病院は、自宅出産、院内出産、緊急出産など、お産に関わることはほぼ網羅しています。

 咲から院内出産希望と聞いておりますので、今日は健診の後に、分娩室などを見学して行ってください。

 ちひろ」


「はい」


 ボニー先生の背後で立っていたチワワ犬がヒョコッと現れた。

 二本足で立っていても、身長は百センチ超えているくらいで、椅子に座っていたボニー先生に隠れて今まで見えなかった。


「後で、夏美さんと伝輝君を案内してちょうだい」

「かしこまりました」

 ちひろはペコリと頭を下げた。

 クリーム色の柔らかい色の毛並みの身体を、淡いピンク色のナース服で包んでいる。

 ペット愛好家であれば、写真を撮りまくりたいほどの愛らしい姿をしている。


 咲は別の仕事の為に診察室を出た。

 問診後、夏美と伝輝はエコーで胎内の様子を見せてもらった。

 画面に白黒のゴロゴロ動く映像が映し出された。


「今、右手が動いたわね」

 ボニー先生と夏美は、赤ちゃんの位置などが分かるようだが、伝輝は説明されてもよく分からなかった。


 今後の流れについて、夏美とボニー先生が話をしている間に、伝輝はトイレに行った。


「・・・胎盤とへその緒についてはご協力を・・・」

「・・・分かりました」


 ガチャリと伝輝が診察室のドアを開けて入った。

 二人は会話を止めた。


「おかえり、伝輝」

「それでは、病院を案内しますね。

 ちひろ、後はお願い」

 ちひろは身の回りの片付けをしていたが、ボニー先生に声をかけられ、パッと夏美の前に立った。


「では、こちらへどうぞ」

 テテテと早歩きのちひろについて行きながら、伝輝と夏美は病院の中を案内してもらった。


「不妊治療の方や女性器官の病気の方など、この病院は妊娠・出産以外のお客様もいらっしゃるので、基本的に個室で用意しています。

 夏美さんには、分娩室兼用のベッド個室を用意いたします。

 分娩前から産後退院まで、基本的に同じ部屋で過ごせるようになっています」

 

 伝輝は夏美の顔を見た。

 夏美の表情はまごころ総合病院の時とは違って、不安そうな様子は感じられなかった。

 伝輝は安心した。


 ちひろの案内も終わり、夏美と伝輝はロビーで待っていると、咲が小走りでやってきた。

 三人はまごころ荘に戻るために駐車場に向かった。


「ありがとうございました。お大事に」

 玄関でちひろがペコリと頭を下げて挨拶をした。

 伝輝と夏美も挨拶をして、病院を出た。


「あの、ちひろって看護師さん、丁寧で感じの良い方ね」

 夏美が咲に言った。


「ええ、最近入った看護師さんなんですが、覚えが凄く早くて、ボニー先生も感心していますよ」

 咲がニコッと笑いながら言った。


     ◇◆◇


 病院の廊下の窓から、咲達が乗った車が駐車場を出ていくのを、ちひろは確認した。

 そしてすぐにポケットからケータイを取り出し、パパパと文字を打ち、「人間5号、健診終了。包産婦人科病院での院内出産に同意した」というメッセージを、とある相手に送った。

 送信完了し、ちひろは窓の傍の台をぴょんと降りて、スタスタとその場を去った。


     ◇◆◇


 咲の車は見た目はピンクシルバー色の軽自動車で、四角い車体を上から押して平たくしたような形をしているが、車内は意外とゆったりしていた。


「包産婦人科病院はいかがでしたか?」

 車を走らせてすぐに咲が後部座席の夏美に話しかけた。


「とっても素敵な病院だったわ。

 ボニー先生も感じの良い方だったし。

 それにしても、二人はどういう関係なんですか?

 咲さんは師匠って呼んでるけど、ボニー先生は兄弟弟子だって言うし」


「ええ、本当の関係は兄弟弟子です。

 私達の本当の師匠は既に亡くなっていますが、師匠の医者としての知識を、ボニーが『記憶の種』として植え付けて引き継いだのです。

 だから、私にとっては、ボニーが師匠のような存在なんです」


「「記憶の種?」」

 夏美と伝輝が同時に発声した。


「『記憶の種』というのは、化け治療で、動物の脳内の記憶を外に引き出して、他の動物の脳に植え付ける行為のことですよ。

 記憶を移植するってことですね。

 医療や化学などの分野が発展するには、動物達の研究成果を直接に脳に引き継いでいく方が効率が良いんです」


「まるで、SFの世界ね。

 動物界の化けのことは、しょーちゃんから多少聞いていたけど、本当に奥が深いわ。

 咲さんは、師匠の記憶を引き継がなかったの?

 引き継げば、わざわざ自分が勉強しなくてもすぐに覚えられるんじゃ?」


 夏美は感心しながら尋ねた。

 咲はバックミラー越しに二人を見た。

 そして、顔をくしゃっとさせて笑った。


「あはははは。

 寿命の長い動物がそれやったら、大変なことになりますよ!

 だって、生きていれば勝手に自分の記憶や知識が増えて、整理しきれなくなるのに、他の動物の記憶が入り込んだら、頭が混乱しちゃいますよ!

 記憶の種は、寿命が短い動物だから対応できるんです」


「なるほど。

 じゃあ、伝輝は自力で頑張らないといけないわね」

 夏美が伝輝の方を向いて言った。


「折角、他のしゅよりも長く生きられる動物なんだから、わざわざ他者の記憶なんて取り入れる必要ないですよ。

 自分だけの知識と経験を積んでいけるなんて、ありがたいことだと思っていますよ。

 本当、私はヒトで良かったって思います。

 あ、そうだ。これからちょっと寄り道しても良いですか?

 この近くに美味しいお惣菜屋さんがあるんですよ。

 今晩のご飯のおかずに丁度良いかなぁって思うんですけど、夏美さんいかがですか?」


 咲は話題を変えて、夏美に話しかけた。


「良いわね!

 今晩のご飯の献立考えていなかったから助かるわ!」

 夏美が嬉しそうに言った。


「じゃあ、行きましょう!

 ヒトが作っているんで、きっと二人も食べやすいと思うわ!

 あと、そのお惣菜屋さんの近くにうどん屋さんがあるんですけど、そこも美味しいんですよ。

 最近、自宅出産立ち会いをした時に初めて入ったんですけど、お揚げさんがジューシーで・・・」


 その後、咲はひたすら食べ物の話を喋り続けた。


「喋りっぱなしですみません!

 私ってば、運転中は喋ってないと、逆に集中できなくて・・・。

 他の患者さん乗せててもこんな感じで・・・。

 うるさかったら言ってくださいね!」


 夏美はニコニコと「大丈夫よ」と返事していた。


     ◇◆◇


 夕方を少し過ぎた頃、まごころ荘に到着した。

「お疲れ様です」

 咲は、6号室の前で夏美と伝輝と別れ、階段を降りて1号室に向かった。


「咲さん、こんばんは」

 咲が階段を降り終えたところで、スーツ姿のゴンザレスが声をかけた。


「こんばんは。仕事終わりですか?」

「ええ。咲さんも今日はもう終わりですか?」

「そうよ、今日はもう特に予定もないから、家呑みでもしようかなって」


 咲は手にしていた惣菜の入ったビニール袋をゴンザレスに見えるように前に出した。


「良いですね。あ、そうだ、咲さんにお渡ししたいものがあります」

 ゴンザレスはカバンをゴソゴソしながら咲に近づいた。


 取り出したのは、ヒトの女性の手の平でもすっぽり収まる程の大きさで、やや細長い長方形の平っべったい機械だった。

 ピンク色をしており、面の部分に小さな画面とボタンがついていた。

 側面にはチェーンがついており首からかけられる長さになっていた。


「音楽プレーヤーです。

 ラジオも聞けて、凄いのはイヤホンなしで首からかけていれば自分だけが音楽を聞けるんです。

 まごころ荘に住む方にはおそろいで渡していまして。

 あ、でも管理人さんの分は無いので、内緒ですよ」


 ゴンザレスさんは人差し指を口元にやり、ニヤッと笑った。

「ありがとうございます。

 私、イヤホンが苦手でこういうのあまり使ったことがなかったの。

 早速使わせてもらうわね」

 咲はゴンザレスに礼を言って、1号室に入った。


     ◇◆◇


 一日一日と日は過ぎていった。


 伝輝はお腹の大きな夏美と過ごすことが当たり前に感じてきた。

 出来ることなら、ずっとこのままでいてほしいと思うこともあった。

 しかし、お腹の赤ちゃんが動きが大きくなる度に、いつか来るその日を迎えなければならないという覚悟をせざるをえなかった。


 十月に入り、まごころ町の木々の葉の色も少しずつ黄色や赤色や茶色に変化し始めていた。


 まごころカンパニー本社には、講演会やパーティーができるホールなど幾つかある。

 その中で最も広くて高級なホールには、ぞろぞろと日本列島内外を問わず様々な招待客が入って行った。

 皆、上質なスーツやドレスを身に纏っている。


 入口の看板には「まごころプレミアム美食会会場」と書かれていた。


 場内は立食パーティー形式になっており、壁側には椅子が設けられていたが、ほとんどの客が立って、美食会開催を待ちわびていた。


「皆様、お待たせいたしました。

 ただいまより、まごころカンパニープレゼンツ、まごころプレミアム美食会を開催いたします。

 開催のご挨拶として、今回の特別主催者であり、メインスポンサーである、メル牧場最高責任者マスカルポーネ氏より、一言お願い申し上げます」


 奥に設けられたステージの傍で、司会のサラブレッドの女性が言った。


 拍手を浴びながら、黒のビロード生地のダブルスーツに金色のネクタイを締めたホルシュタイン種のマスカルポーネがステージに上がった。


「この美食会は、まごころカンパニーが日頃お世話になっているお客様の中でも特別なお客様だけが、参加することができる、大変貴重な機会でございます。

 十日間行われるこの美食会では、日替わりで滅多に手に入ることのできない希少な食材を用意しております。

 もちろん、通常メニューもわがメル牧場が厳選した最高級食材でお作りしています。

 皆様はこの十日間、お好きなタイミングで、お好きな料理を、お好きなだけ楽しんでいただければと思います・・・」


 マスカルポーネは、意気揚々に話を続けていた。

 下座で従業員に混じって話を聞いていたクッキーとワイヤーは、肝心の食材確保のめどがたっていないことに、焦りを感じていた。


「人間5号の状態は?」

「ちひろの報告によると、この十日間の間で出産が始まる可能性は高いということだったわ」

「大丈夫なのか?」

「私に聞かないでよ。

 自然に任せるしかないのだから。

 ちひろは、急きょまごころ総合病院から派遣させた看護師だけど、そこそこ良い働きをしてくれているわ」


 ワイヤーの話を聞きながら、クッキーは頭をクシャクシャと掻いた。


「それでは、皆様、乾杯!」

 マスカルポーネが堂々とした声が会場内に響いた。


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